社会保険労務士・社労士をお探しなら、労務管理のご相談ならSRアップ21まで

第9回  (平成14年11月号)

社会保険脱退後に社員が死亡、遺族年金はどうなる!

SRアップ21山形(会長:山内 健)

相談内容

K株式会社は、創業から順調に業績を伸ばしていましたが、バブル崩壊後はジリ貧といった感じの町工場です。 古いタイプの経営者のためか、経験と感による経営から脱皮できず、経営の見直しはおろか労務管理も従来のままといった感じです。
こんな工場ですが、創業からの熟練工が多いため、その技術を見込んでそれなりの得意先は確保していました。

あるとき、得意先の一社が急に注文をストップしてきました。K社の社長が慌ててその会社に出向くと、「御社の技術力は買っているが、御社よりも総合的に品質管理が勝れ、価格も安い取引先が見つかったので、悪く思わないでくれ」とのことでした。
普段から資金繰りに苦しんでいるうえに、大事な顧客喪失です。 すでにこのときには、社会保険料が4ヵ月滞納となっていました。
社長は何度か社会保険事務所と交渉していましたが、埒があかないため、会社を閉鎖したと偽って社会保険から脱退することに決めました。
社員たちには、「経営状態がよくなったら再加入するから…」と言って、渋々納得させる始末です。

ところが、社員たちが国民健康保険、国民年金に切替えて数ヶ月した頃です。43歳の社員が海でおぼれて死亡するという事件が発生しました。 子供がいない未亡人は、「なぜ遺族年金がもらえないのか」と、社長に詰め寄ってきました。

相談事業所 K社の概要

創業
昭和52年

社員数
15名(パートタイマー 3名)

業種
電気機械器具製造業  

経営者像

71歳、資金繰りや後継者問題に悩み続けている。人柄は良いのだが、先見性がなく、何かにつけてマイナス思考タイプ


トラブル発生の背景

K社の社長は、社会保険は「当然の労働条件である」ことをまったく理解していませんでした。 単なる「保険」として単純に考え、目先の経費にとらわれるばかりで、危機管理の意識すらありませんでした。
経営諸問題をはじめ、社会保険等に関しても、「費用がかかる」と専門家に依頼することをせず、自分の経験と判断だけで人を雇い、事業を行なっていたのです。 これまで問題が起きなかったことが不思議です。

経営者の反応

K社社長は、未亡人から「法人の会社は社会保険に強制加入だと、社会保険事務所で聞きました。どうして脱退したのですか、できるのですか」と続けざまに質問され、返す言葉がありませんでした。
「とにかく、専門家に相談するから…」という言葉が精一杯です。
なんとか未亡人を帰宅させた後は、電話帳を片手に社会保険労務士を探し始めました。これは、と思った広告には、「SRアップ21、SRネット」の文字がありました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)

まず、K社社長には「使用者」としての自覚がないため、基本的な労働契約から説明しなければなりません。

K社と社員の間には、労働契約関係が成立していますから、この契約に基づいて、使用者たるK社は、社員に対して、種々の義務を負っていることになります。 まず、労働契約の中心的な義務として、社員に対して報酬を支払う義務があり、附随的な義務として、労務の提供にあたって、労働者の生命・健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務と言います)があります。
さらに、K社は法人であって社会保険の強制適用事業所となりますから、保険の主体である国との関係はもとより、被保険者となる社員との関係においても、社会保険加入義務があると解されます。
よって、社会保険から脱退してしまったK社の行為は、国との関係で違法であること、社員との関係でも契約違反となるのです。

K社社長は、「社員たちには、経営状態がよくなったら再加入するからと言って、(社会保険脱退を)渋々納得させた」と言って、一見すると社員たちがK社の社会保険加入義務を免除したのだから、契約違反にはならないと反論します。
しかし、K社社長の言い分は、通用するものではありません。社員の承諾を得れば、使用者は種々の義務を免れることができる、ということになると、相対的に弱い立場にある労働者が事実上承諾を強要され、その保護が不十分になってしまうおそれが高くなるからです。労働者の承諾による使用者の義務免除は、限定的にしか認められないのです。

K社社長が言う「社員たちの納得」には、まったく意味がありません。
今回の事件は、K社が労働契約上の債務(社会保険加入義務)不履行を犯し、これにより、遺族年金を受給できないという損害を、死亡した社員の未亡人に与えたことになりますので、当然、その損害を賠償しなければなりません。
賠償すべき金額は、社会保険に加入していればその未亡人が得られたであろう遺族年金の額(未亡人の年齢に対応する平均余命を基に遺族年金総額を算出したうえ、所定の計算式により中間利息を控除した金額)になると解されます。

また、K社社長個人も、K社(法人)と同様の責任を未亡人に対して負うことになります。社長個人と社員との間には契約関係は存在しませんので、契約違反(=債務不履行)という法律構成による責任は発生しませんが、不法行為という構成による責任を免れないのです。 このようにK社及びK社社長は、高額の損害賠償責任を負担しなければならず、ただでも苦しい資金繰りがますます苦しくなってしまいます。
未亡人との間で賠償金の分割払いの和解でもできればまだしもですが、一時払いを要求されたら、おそらくK社は倒産してしまうでしょう。目先の保険料負担を惜しんだために、会社の存続そのものが危うくなるということもあるのです。
社会保険料等の公租公課の支払に困るような状態に陥ったときには、経営のあり方を根本的に考え直してみる必要があると思われます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:池田 順一、西村 吉則)

弁護士の厳しい指導があった後ですから、K社社長は相当に落ち込んでいました。
私が申し上げる方法は、社会保険事務所との相談次第、となりますが、事態収拾に向けての話をしておきます。
このままでは死亡した社員の妻は、お子様がおられないことから、遺族基礎年金を受給できません。また、遺族厚生年金では、子のない妻でも遺族の対象となりますが、受給のための短期要件である「被保険者期間中の死亡」という条件を満たしておらず、死亡した社員の年齢が43歳では「老齢厚生年金の受給に必要な加入期間の要件を満たしている者が死亡したとき」という長期要件(25年加入)も満たしていません。

そもそもK社は社会保険の強制適用事業所であり、常時従業員を使用し事業を継続している限りは、社会保険を脱退することはできないこととなります。(厚年法第6条)したがって、適用事業所全喪失届と被保険者資格喪失届の取消をし、死亡した社員を含め資格喪失した者全員の被保険者資格の回復(資格喪失取消届)をするように勧めました。
K社は虚偽の脱退前に4ヶ月の社会保険料を滞納していた事実もありますので、この状態で再加入しますと約6ヶ月分の保険料納付義務が新たに発生します。
一括納付等の通常の納付方法では、会社の運営に支障をきたすことが明白ですし、資金自体がない可能性も高いことから、社会保険事務所に対し、完納する意思があることを明らかにした支払計画書による延納の申し出をする必要があるでしょう。
死亡した社員の資格が回復すれば、その妻は遺族厚生年金の受給権者となることができます。
社会保険事務所からお叱りを受けることは避けられないでしょうが、弁護士が説明した遺族年金にかかる損害賠償部分は免れることができます。
なお、死亡した社員の妻が自ら社会保険事務所に対し「被保険者資格に関する確認(審査請求)」を行うことも出来ます。 この「被保険者資格に関する確認(審査請求)」は、いつでも文書あるいは口頭により行なうことができます。その結果、社会保険事務所の調査によって、K社の虚偽の社会保険脱退が明確になれば、K社は調査されて前述の手続きをとらなければならなくなります。
いずれにしても、死亡した社員の妻は遺族厚生年金を受給することができると思われます。
K社としては、言われる前にやるか、言われてからやるかの、選択となります。

バブル崩壊後の景気低迷の中、最近特に社会保険料の負担が大変との理由により、社会保険を脱退できないかとの相談が多く寄せられています。実際K社のような違法行為の事例もあり、会計検査院からの指摘を受け再加入した事業所も後を絶ちません。
会社存続を錦の御旗とし、強制適用事業所でありながら社会保険の脱退もやむを得ないと思考するその底には、年金に対する不信感があることも否めない事実です。

厚生労働省による年金の生涯受取額の公表、国民年金保険料の滞納者の増加、国民年金保険料の納付場所の追加等年金に関する話題が新聞紙上を賑わしていますが、その度に強く感じることは、年金制度の目的は老後生活の安定のみを図るものではないということです。 21世紀は企業の社会性が問われる時代と言われます。

社会保険は、社員が安心して働ける当然の労働条件の一つと位置づけ、賃金の一部として経営に組み込むものであって、決してプラスαの経費ではないことを理解しておきましょう。制度の先行きや賃金の手取額の問題を取り上げ、社会保険制度を批判するのではなく、相互扶助の精神を養うことが重要です。

K社については、今後の労務管理対策についても指導しておきました。 長年の経験と勘による経営から脱却できず、経営の見直しをなおざりにしていたことから、以下の項目について取り組むことが必要だと考えます。
 1.就業規則の作成・届出
 2.賃金制度の見直し
 3.職場の改善
 4.安全衛生教育の実施

税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆 )

K社のような社員15名前後の規模の会社は、社員の年齢別分布に大きな偏りがあることが多いようです。
71歳のK社社長自身の後継者問題も悩みの種でしょうが、これから次々と発生してくるであろう、創業時から在職してきた社員の退職に対して、社長はどんな準備をしているのでしょうか。
また、創業から25年、会社にはどれだけの資産と借金が残っているのでしょうか。
強制加入の社会保険からも脱退しなければならないような資産繰りを続けるK社の状況では、かなり厳しい状態です。
経営者にとってもっとも危険な状況は、目先の資金繰りに窮したときです。自転車操業という言葉がありますが、支払日のたびに資金ショートが続き、金融機関や取引業者などを日参するうちに、やがて資金繰りのためだけに奔走することが社長業だと思い込むようになってしまいます。 そして将来の展望も無いまま、時には最初から赤字を覚悟で注文を受けるような状況になってもまだ頑張り続け、ただ借金を増やすためだけの努力を重ねていく、気がついたときにはもう遅い、という状況をよく耳にします。

自分が今している努力が、経営を悪化させるための努力なのだ、ということに気がつかない経営者が意外と多いのです。
法人は、自然人と同じように人格が認められていますが、自然人と同じように病気にもなるし、いつかこの世を去る日も来る、と考えたほうがよいと私は思っています。
法人(会社)にとって、借金は薬でもあり、また毒でもあります。借金はまた麻薬に似て、初めは百万円の借金にも緊張した人が、やがては一億円の借金にも動じなくなってしまう怖さがあることを肝に銘じておきましょう。

インフレ時代は、会社の収益も自然に拡大していたケースが多いので、時の経過とともに借金を目減りさせてくれたものです。しかし、金利水準が低い現在のデフレ時代には、借金は実質的に膨らむのです。会社の売上高がここ5年で半分以下になってしまった会社は無数にあります。借金を返済できるのは、利益が上がってお金が残るからで、そうでなければ借金を返すためにまた新たな借金をしなければなりません。
また、商品開発、市場開拓、設備投資など、目的があってする借金は返せても、資金繰りのための借金というのはなかなか返せないものです。それは目的のある借金とそうでない借金とでは、その「借りる覚悟」が違うからではないでしょうか。

たとえば、目的のある借金は逆にリスクも考え、最悪のケースを想定して計画を立て、いろいろと調査します。さらに、周囲の人や専門家に相談する場合もあるでしょう。それでも失敗する可能性はありますが、十分に検討を重ねてする借金なのですから、「これが経営だ」ということができます。
一方、場当たり的な借金や、すでに借金中毒の経営者の判断でする借金は非常に危険であり、悲しいかな返済の可能性はみえてこないのが実情なのです。
後者(K社)の場合は、時には周囲の声を聞いたり、それも早い時期に専門家と相談することが会社の病気にも有効な手段だと思います。また場合によっては、社員や周囲の利害関係者に対しても大切なことなのではないでしょうか。

精神論的な話ですが、K社社長のようなタイプには、最初に”ガツン”と言っておかないと話が先に進まないのです。
K社の社長がこれから本当にしなくてはならないことは、ただ一時凌ぎの資金繰りに振り回されていくことではなく、この先ますます難しくなるだろう会社内部の労使関係や周囲の経済環境に対して、今ならまだ間に合う、今でもまだできる経営建て直しの方策をまず見つけて実行することなのです。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:草刈 修司)

経営環境が厳しくとも、会社の経営をしている以上、目先の経費にとらわれて、危機管理を全く行っていない点は大きな問題です。
企業を取り巻く多くの変動要素の中で、経営には常に一定の利潤の確保を図ると同時に、成長を実現することが求められています。言葉を換えれば不確実性というリスクが満ち溢れている環境の中で、確実に利潤の確保を図ることが、企業の経営者に課せられた命題であると言えます。ただし、世の中のルールや企業モラルを守る事はその全てに優先される点を見逃しては決していけません。

社内の制度等を変更する場合、特にマイナス方向へ変更する場合は、リスクの発生を認識し、対処する必要があります。小規模事業所ではどうしても、リスク管理というと、安全および防災とクレーム処理程度になりがちであるため、外部に相談・提案をしてくれる専門家をブレーンに持つことが重要です。また、社内には、経営者以外にリスク管理担当者を決め、常に対策を講じられるようにしておくべきです。

現代において、より安定した企業経営を自己責任において実現するためには、リスクが企業にもたらす損失を未然に防止・回避し、同時に損失の発生に備える手段を検討・実行することが、経営戦略の中に強く求められています。

ここでは、K社のみならず、事業規模を問わない必要なリスク対策について述べます。

【 リスク対策の基本 】
(1) リスクの定義
リスク管理で基本的に対象とするリスクとは、火災、賠償、盗難、自動車事故といった損失のみを発生させ、利得の機会をともなわないリスクである。
(2) リスク管理の基本動作
リスク管理の基本動作とは、リスクの発見・確認から始まって、分析・評価という過程を経て、損失発生の可能性を最小限にするために、リスクをどの様に管理・制御するかを検討・実施し、またそれでも損失が発生した場合に備えて、財務上の手立てをどうするかを決定することにあります。
(3) リスクの分析・評価
リスクの洗い出しを行い、そのリスクがどの程度の頻度で、どの程度の損害をもたらすかを分析・評価する作業。
(4) リスクコントロール
分析・評価されたリスクが実際に事故を発生させれば、企業に大きな損失をもたらすとの評価が得られたのであれば、そのリスクを回避・予防したり、軽減を図るといった手立てを講じることが必要です。
(5) リスクファイナンス
リスクが顕在化して企業に損失をもたらす場合に備えて、財務面での手当てを講じること。リスクファイナンスの典型的な手法は保険の活用です。

 

【 損失発生の予防 】
(1) リスクに応じた対策の検討
損失を発生させるリスクは大きく2つに分けられます。
? 企業財産に直接損害をもたらすの恐れのあるリスク。
例えば、火災による建物・設備への損害、従業員などによる背任・横領による企業財産の損害・盗難などによる企業財産の損害。

? 第三者に損害を発生させ、その結果、企業の財産に損害が及ぶ恐れのあるリスク。
例えば、製品の欠陥により被害者が被った損害について、賠償責任を負担することによる損害、工場での爆発事故等により近隣被害を発生させ賠償責任を負担することによる損害。

(2) リスクの確認作業
リスクごとの対応を検討するためには、それぞれのリスクに対し個別に検討を加えることが必要です。このプロセスを進めるためには、例えば、検討対象となるリストごとにチェックリストを作成し、リスクの現状をまず把握した後に、どのような改善を加える余地があるのかを検討するという手法があります。
例えば、工場の建物・設備をチェックするに際しては、
・火災原因を引き起こすような物質や設備の管理がどう行われているか
・火災が発生した場合に、消火必要な設備が設置されているのか、その設備の保守点検はきちんと行われているか等
(3) 損失発生予防のためのコスト
損失発生の予防には、当然のことながらコストがかかります。このコストは主にリスク回避、予防・軽減といったリスクコントロールを実施するために必要とされています。 リスク確認作業での例示で改善が必要と判断される場合には
・火災原因となる物質や設備管理を改善するコスト
・消火設備の設置・改善のコスト、そして保守点検のためのコスト等

 

【 保険の活用 】
(1) 損失が発生した場合の備え
損害を未然に防止するために、様々な角度から個別のリスクごとに分析・評価を加え、リスクを管理・制御したとしても、それでも万一損失が発生した場合に備えて、手法を講じることが必要です。なぜならリスクは、常に不確実性をともなうことから、分析・評価に際して用いた一定の予測を超えて損失が発生する恐れを否定することが出来ないからです。
(2) リスク管理とファイナンスの両立
リスク管理とファイナンスの両立   損失発生に備えて手立てを講じることがなければ財務面での損失が発生することになります。したがって、リスクがもたらす損失に備えた財務手段を選択し、実行することが必要となります。
(3) 損失の保険への転嫁
保険は、保険料を支払うことにより、リスクが現実化した場合に企業が被る損失を保険会社に転嫁させるシステムです。大きな損失を小さく平準化しておく合理的システムです。

 

以上、リスク管理についてまとめましたが、小規模事務所の経営者から見れば、大規模な事務所と違い不可能と思われがちです。しかし、財務体質の弱い企業であればある程、ひとつのリスク被害で経営存続の危機に直面する可能性は大きくなります。
リスクを分析・評価し、損失の発生を回避し、万一損失が発生した場合のことを考え企業活動に必要なコストとして認識することが必要です。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRアップ21山形 会長 山内 健  /  本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 池田 順一、西村 吉則、税理士 木口 隆 、FP 草刈 修司



PAGETOP