社会保険労務士・社労士をお探しなら、労務管理のご相談ならSRアップ21まで

第200回 (平成30年9月号) SR東京会

日帰り出張に関するトラブル?!
「日帰り出張で残業代が支払われないのはおかしい!」「出張扱いだから残業代はない!」

SRネット東京(会長:小泉 正典)

T協同組合への相談

S社は実店舗を廃止し、インターネット通信販売に特化。売上拡大とともにコスト削減と効率的な経営で毎年利益を増やしています。面倒見が良い社長ですが、自分の経営についての信念と手腕に絶対的な自信をもっており、ついていけない社員にはなかなか厳しい社風の会社となっています。
Aさんは、中途で採用され、営業部に所属しています。バイヤー的な仕事もしており、全国各地に出張も多く、今まで特に会社に不満があるような話はありませんでした。先日、クレーム対応のため、日帰り出張をしてもらった後の給与明細を見たAさんから「残業代がついていない」と総務に確認がありました。普段は泊りがけの出張で、日帰り出張はその日が初めてでした。「出張扱いなので、出張手当がついていま
す」と総務担当が回答したものの、納得がいかないAさんは総務部長に不満をぶつけてきました。聞けば、日帰り出張後も仕事が間に合わず、会社で残務処理をしていたようです。会社の就業規則には、出張の場合は出張手当を支給する旨はありますが、日帰り出張後の勤務については記載がありません。総務部長は社長に相談しましたが、「出張手当がついているのだから残業代は不要!文句があるなら辞めてもらってもよい」と言うのみ。残業代がつかないことにAさんは納得せず、困った総務部長はT協同組合へ相談をしました。相談を受けた事務局担当者は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業S社の概要

創業
2002年

社員数
正規25名 非正規13名

業種
インターネット通信販売業

経営者像

実店舗販売から、インターネット通信販売へ切替えを行い、独自の販売ツールを積み上げ、売上を拡大してきた経営者。チャレンジ精神が旺盛だが、ときに独善的となってしまう部分もある。


トラブル発生の背景

日帰り出張後の残業代に関するトラブルです。
日帰り出張の取扱いや、その後の事務処理対応について、残業代がないことにAさんは不満をもっていますが、社長は残業代支払い事由にあたらないと、支払う気はないようです。

ポイント

Aさんは、泊まりの出張についての会社の対応には納得しているようですが、日帰り出張時の残務処理も出張扱いとなっているところに疑問を感じているようです。
S社には就業規則に出張についての規定があり、出張は出張手当がつくようですが、それですべて足りるのでしょうか? 出張手当を支払えば、残業代は支払わなくても問題はないでしょうか?

Aさんへの対応も含め、今後の注意点などS社の社長へ良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:麻布 秀行)

事業場外労働に関するみなし労働時間制について
今回の事案では、まず、当該出張に要した労働時間が算定し難いか否かが問題となります。すなわち、労働基準法(以下「労基法」という)38条の2第1項には、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。(ただし書 省略)」と規定されています。
「労働時間を算定し難い」という要件がありますので、当該出張中、使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合には、労働時間の算定が可能となり、上記制度の適用はありません。通達(昭63.1.1基発1)によれば、①何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合、②事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合、③事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合は、みなし労働時間制の適用はないとされています。仮に、本件事案の出張が、上記通達に記載の例にあてはまらず、労働時間を算定し難い事案ということであれば、出張後、会社に戻って仕事をするなど、労働時間の一部に事業場外の業務以外の事業場内での労働が含まれていたとしても、その日は、会社に戻ってきて仕事をした時間を含めて全体として所定労働時間労働したものとみなされ、残業代は支払わなくてもよいということになります。
しかし、労基法38条の2第1項には、「ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、(中略)当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす」とも規定されています。したがって、当該出張において通常の状態で客観的に必要とされる時間が6時間であり、会社に帰って3時間労働した場合には9時間労働したものとみなされ、所定労働時間8時間を超える1時間については残業代が必要となります。なお、通常必要とされる時間については労使協定で定めることができますので(労基法38条の2第2項、3項)、このような協定を定めることも視野に入れるべきと思われます。
次に、事業場外労働に関するみなし労働時間制の適用がない場合です。
みなし労働時間制の適用がない場合は、当該出張に要した労働時間と帰社後の労働時間を合計した労働時間をもとに残業代の支払いを決めることになります。その際、出張に要した移動時間を控除すべきかが問題となります。この点、出張に伴う移動時間について、通勤時間と同様、労働時間には含まれないと判断した裁判例(横浜地裁川崎支部 昭49.1.26判決)や、移動時間中何らかの業務を行う旨の指示がない場合や物品の管理等の特段の事情がない限り、移動時間は労働時間であるとは認められないと判断された裁判例(大阪地裁 平成16.10.22判決、大阪地裁平22.10.14判決)があります。また、出張中における物品の監視等別段の指示がある場合のほかは労働時間ではないという通達(昭23.3.17基発461)も存在します。したがって、上記例外にあ
たらない限り、原則移動時間は労働時間に含まないことになります(なお、上記判断と異なる判断を下した裁判例も存在します(松江地裁 昭46.4.10判決))。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:近藤 由香)

今回の事例では、日帰り出張後に帰社して残務処理をしている時間が労働時間に該当するのかが問題となります。労働時間と認められると賃金が発生し、法定労働時間を超えている場合は割増賃金(残業代)を支給する必要があるからです。

 

日帰り出張後に帰社して残務処理した時間に残業代を支払う必要があるのか?
労働時間に該当するかどうかは、使用者(会社)の指揮監督のもとにあるかどうかにより、必ずしも現実に精神又は肉体を活動させていることを要件とはしていません。また、使用者の指揮命令下にあるかどうかは、明示的なものでなくても、現実に作業をしている時間のほか、作業前の準備、作業後の後始末や掃除などについても、使用者の明示又は黙示の指揮命令のもとに行われている限り、労働時間に該当します。ご参考までに貨物取扱の業務においての「手待ち時間」も労働時間とされています(昭和33.10.11基収6286号)。
また、出張の往復時間については「出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常の出勤に費やす時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起こり得ないと解するのが相当である」とする裁判例(日本工業検査事件 事件番号:昭和48年(ヨ)142号、174号)があります。
では、今回のように日帰り出張後に会社に戻り業務を行った場合、「労働時間」に該当して残業代を支払わなくてはならないのでしょうか。この点を考えるには2つのポイントがあります。

 

ポイント1  帰社後の残務処理の時間そのものの時間が「労働時間」に該当するのか?
ポイント2  出張先からの移動時間も含めて全体を「労働時間」とするのか?

 

まずポイント1から考えます。会社に戻ってからの残務処理は、出張時以外の平常時に行われる居残り残業と同様とされ、出張の後に会社に戻って業務を行うことを明示的に禁止していない限り、労働時間に該当する可能性が高く、よってその場合はその時間について「残業代」の支払いをしなければなりません。
次にポイント2についてです。帰社後の残務処理の時間が「労働時間」とされるうえで、出張先での業務開始時間→出張先での業務終了時刻→会社への移動時間→会社に帰社し残務処理、の全体を労働時間としなければならないのでしょうか、という点です。出張に際する往復の時間は通勤と同様に考えられることは前述のとおりです。また、出張先での業務を終えて、終業時刻の後に出張先から会社に戻り残務処理をしたのは本人の自主的な判断で、会社が指示をしている訳ではありません。このことから、本人が出張から戻って残務処理をした時間そのものは「労働時間」に該当する可能性が高いですが、出張先からの移動時間も含む時間すべてを「労働時間」とすることは難しいと判断します。
では、出張手当を付けているからといって、残業代を支払わないということは言えるのでしょうか? この点については、出張手当がどのように就業規則で規定されているかによります。出張手当を、一定の時間の残業代として支給すると規定している場合は、出張手当が残業代の代わりになる余地もあるでしょうが、多くの企業の就業規則上の出張手当は「日帰り出張につき〇〇円、宿泊を伴う出張につき〇〇円」という決め方をしています。このような場合には、「出張手当を支給しているから残業代を支払わない」とは言えません。

 

就業規則を作成するポイント
出張手当を支給する場合には、就業規則に支給の要件を決めておくことが必要です。それがきちんと明記されていれば、このようなトラブルを未然に防ぐことができます。出張手当について就業規則で決めておくポイントは次の3つです。

 

ポイント1  日帰り出張、宿泊をともなう出張の定義を明確にする
ポイント2  日帰り出張の際の、労働時間の取扱いを明記しておく
ポイント3  日帰り出張の際に、帰社して仕事をすることをあらかじめ禁止 しておく

 

就業規則の出張についての規定を今一度見直し、事例のようなトラブルにならないように未然に規定を整備しておくことが大切です。

税理士からのアドバイス(執筆:上田 智雄)

出張手当については、その支払意図によって税務上の取扱いが異なってきます。出張手当は、基本給のほかに出張による諸費用として支給する金銭であり、非常に多くの会社が出張手当の制度を採用しています。また、その支払意図は「労働の対価報酬」と「出張で生じる雑費と慰労」の2つの区分が考えられます。それぞれについて税務の視点で解説していきたいと思います。

 

1 労働の対価報酬
一般的に従業員へ支給する手当は「雇用契約に基づいて、雇用主から従業員へ支払われる労働の対価報酬」であり、給与所得としての扱いとなり所得税・住民税の課税対象になります。S社の考え方は、出張によって管理しきれない労働時間を出張手当によって包括的に給与支給を行っているとしているようです。この場合の出張手当は残業代も含めた「労働の対価報酬」となり、所得税と住民税が課されることになります。

 

2 出張で生じる雑費と慰労
従業員に支給する手当は、原則として給与所得となります。具体的には、残業手当や休日出勤手当、職務手当等のほか、地域手当、家族(扶養)手当、住宅手当なども給与所得となります。しかし、例外として、次のような手当は所得税・住民税が非課税とされています。
(1) 通勤手当のうち、一定金額以下のもの
(2)  転勤や出張などのための旅費のうち、通常必要と認められるもの
(3)  宿直や日直の手当のうち、一定金額以下のもの

 

出張手当は一定の条件下で、(2)「転勤や出張などのための旅費のうち、通常必要と認められるもの」に該当し非課税となります。これは、いわゆる出張日当と呼ばれるもので、出張をする際に支給される現地での宿泊費や交通費以外の経費の補てんや、本来の勤務地より遠いところにいく心身の負担に対する慰労のための手当のことをいいます。出張先でかかる宿泊費や交通費というのは、あとから会社に請求するのが普通です。しかし、そのほかにも現地での食費や通信費などがかかります。このような雑費というのは会社によっては経費として落ちないこともあるのです。出張日当というのは、このような「出張で生じる雑費や慰労」に対して支払われるものなのです。法人の場合、出張旅費規程を作成して、すべての従業員にその規定に則った金額が支給されていれば、出張日当として扱われることが可能となります。
Aさんは、出張手当では残業時間に相当する労働対価をカバーしきれていないという主張をしているようです。もし、このAさんの主張を受け入れ、S社は追加で給与を支給する場合、そのカバーしきれていない不足額の支出は残業時間における「労働の対価報酬」の支出ととらえるのが妥当と思われます。よって給与所得として所得税・住民税の課税処理がなされます。なお、出張手当を支給する会社側の経理処理は、(1)「労働の対価報酬」は消費税が不課税取引となり、仕入税額控除ができません。これに対し、(2)「出張で生じる雑費と慰労」となる場合は、消費税は課税取引に該当し仕入税額控除が可能になります。出張手当は、できる限り(2)「出張で生じる雑費と慰労」という扱いにできた方が、会社および従業員の双方にとって
税金メリットが大きくなります。なお、海外出張の場合、消費税は不課税取引となり、仕入税額控除ができないので注意が必要です。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRネット東京 会長 小泉 正典  /  本文執筆者 弁護士 麻布 秀行、社会保険労務士 近藤 由香、税理士 上田 智雄



PAGETOP