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第201回 (平成30年10月号) SR東京会

無期雇用転換と転籍に関するトラブル?!
「契約が通算5年にならないようにしている!嫌がらせだ!」

SRネット東京(会長:小泉 正典)

R協同組合への相談

P社は2代目社長となってから、人件費や売上の落込みなどから経営が苦しく、それでもなんとかやっていたものの、今年になって半分の4店舗を大手チェーン店に売却することを決断。売却された4店舗の社員は大手チェーン店へ転籍するか、残りの4店舗へ異動するかの選択をすることになりました。
中途で採用されたYさんは、先代が気に入りP社に引抜きのような形で入社。ところがすでに社長となっていた2代目の強い意向で、正社員ではなく、有期契約社員として入社しました。このYさんから強い口調で社長に電話がありました。「せっかく今年で5年となり、正社員となるはずだったのに、このタイミングで転籍しろというのは、正社員にさせないための思惑だ」「そんなことは思っていないが、転籍がいやなら転勤するしかない」「いや、せっかく子どもを保育園に入れたばかりで、転勤はできない!」「転籍も転勤もできないなら退職するしかないじゃないか」「そんなのは嫌がらせだ!」Yさんは、もともと正社員希望だったのです
が、それを2代目が「更新しないことはまずないから」と契約社員にしたため、Yさんは無期転換ができる5年を待ちわびていたようです。
転籍も転勤もできないというYさんに困り、2代目社長はR協同組合に相談をしました。相談を受けた事務局担当者は、専門的な相談内容について連携している地元のSR アップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業P社の概要

創業
1999年

社員数
正規20名 非正規35名

業種
飲食業

経営者像

先代が1店舗から始めた定食屋が繁盛し、8店舗まで増えたが、2代目に代替わりしてから売上が落ち込み、何店舗かを売却することになった。2代目は当初は実家の家業を継ぐ気はなかったため、経営にプラスとなるはずの店舗売却にさほど抵抗はないが、のれんを守ってきた古株の社員とはなかなか意思疎通ができていない。


トラブル発生の背景

転籍に関するトラブルです。Yさんは会社が変わる転籍となった場合、自身は同じ店舗で同じ仕事をしているにもかかわらず、有期契約がリセットされることに不満をもっています。また、もしP社に残っても転勤をともなう異動となるため、受け入れがたいようです。

ポイント

無期転換ルールは、転籍の場合、今まで通算されてきた有期契約期間についてはリセットとなるのでしょうか? Yさん自身はまったく落ち度がなくとも、転籍か転勤となってしまうか、退職するしかないのでしょうか? 転籍の場合、前職の有給休暇等はどのくらい引き継げるものなのでしょうか? Yさんへの対応も含め、今後の注意点などP社の社長へ良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:市川 和明)

転籍とは、現在の勤務中の会社との雇用契約を合意解約して、新たに別の会社と雇用契約を締結することをいいます。人事異動の一つですが、労働者の同意が必要です。転籍前後で労働条件に大きな不利益が生じるようでは、労働者の同意を得ることは難しくなります。ですから、給与や有給休暇、福利厚生の面で、転籍前の労働条件と比べて不利益とならないような配慮をすることが一般的です。転籍後の会社との雇用契約のなかで、従前の労働条件を引き継ぐことを合意することもありますし、転籍後に給与水準が下がるようなら、転籍前の会社からしばらく補填をするとか、有給休暇についても転籍前の会社が買い取ることもあります。グループ会社間の転籍では就業規則でルール化している場合もあります。
労働契約法18条は、有期労働契約が一定期間を超えて反復更新された場合には、有期契約労働者の申込みにより、無期労働契約に転換させる仕組みを定めています(無期転換ルール)。無期転換ルールが適用されるためには、「同一の使用者」との間で締結された2以上の有期契約の契約期間が通算して5年を超えることが必要となります。
本件では、Yさんが5年経過前に大手チェーン店に転籍した場合、使用者がP社から大手チェーン店に変更になりますから、法文上は「同一の使用者」との間の契約期間を通算しても5年にならないということになります。とはいえ、事業譲渡により営業中の店舗をそのまま大手チェーン店に売却するもので、社員の労働実態には特段の変化がないと考えられます。この点、就労実態に変更がないのに、同条の適用を免れる目的で派遣契約に切り替えて使用者を形式的に変更したり、請負形態を偽装したりする場合、同条の潜脱にあたり許されません。通算契約期間の計算においては、従前の使用者と同一の労働者との有期契約が継続しているものとする施行通達(平24.8.10基発0810第2号の第5の4(2)イ)があります。この通達の趣旨に鑑み、使用者変更の実態や全体像を検討して、無期転換ルールの回避を目的とした事業譲渡であると評価できる場合には、P社と大手チェーン店を「同一の使用者」と解することが可能と思われます。本件では、P社と大手チェーン店には特に資本関係もなく、Yさんを正社員にさせない目的で店舗を売却したという事情も見当たらないので、「同一の使用者」と解することは困難ではないかと思われます。もっとも、転籍先の大手チェーン店がP社での契約期間も通算して5年を超えれば正社員として採用することを、Yさんと個別に合意することは問題ありません。

Yさんは、正社員になりたいことを考えると、大手チェーンと特別な合意ができない限り、転籍はできないようです。P社としては、転籍しないなら、他の店舗で働いてもらうしかないので、転勤を命じることになります(配転命令)。就業規則上「業務上の都合により出張、配置転換、転勤を命ずることがある」などの規定が置かれていることが多く、勤務地限定の合意があるような特別の事情がない限り、配転命令は有効です。本件では、P社は経営が苦しい状態を脱するために店舗の売却を決断したもので、特に不当な目的は見当たらないし、子どもが保育園に入っているという事情だけではYさんに特別な不利益が生じるとまではいえず、配転命令権の濫用ともいえません。この点、育児の必要がある共働きの夫に対する東京から名古屋への単身赴任を、社会通念上甘受すべき程度を著しく超えるものとはいえないとした裁判例があります(帝国臓器製薬事件・最判平11.9.17労判768号16頁)。なお、Yさんが転籍も転勤も受け入れられない場合、任意に退職せず、配転命令に違反して出勤しないということになれば、解雇という事態が予想されます。P社社長としては、大手チェーン店への転籍により福利厚生が充実しているなど労働条件がよくなるようなら、Yさんに転籍を促すとともに転籍に際してYさんを正社員として採用してもらえるよう大手チェーン店と交渉することや、Yさんに対し正社員になりたいなら転勤を受け入れるように説得することが考えられます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:鈴木 麻利子)

無期転換ルールとは?

労働者と有期労働契約を締結し、契約が5年を超えることになったときに労働者が希望すれば、無期労働契約に転換されるというものです(改正労働契約法、平2₅.4.1施行)。
次の3要件がそろったときに成立します。

①有期労働契約の通算期間が5年を超えている
②契約の更新回数が1回以上
③現時点で同一の使用者との間で契約している

 

同一の使用者とは?

「事業場単位ではなく、労働契約締結の法律上の主体が法人であれば法人単位で判断される」という通達のとおり、例えばP社内のA店からB店に勤務場所を変更する場合、事業場を変えても労働契約の締結主体に変更がなければ、雇用契約を継続しているとみなされます。一般的には転籍の場合はいったんP社を退社し大手チ
ェーン店で新規入社となり、無期転換ルールは発生しません。会社組織変更の際は、会社分割(労働条件承継法の対象)では労働契約上の地位が包括承継されるので「同一の使用者」として通算されますが、今回の事業譲渡に関しては、労働契約を承継させるかどうかは個別に当事者の話し合いになります。労働条件を引き継がないことになれば、無期転換ルールは発生しません。「実態を重視すべき」といった解釈もあるため、大手チェーン店と話し合う際はこの点も考慮に入れるべきです。無期転換ルールを成立させないために、同じグループ会社でA社→B社→C社など実態が変わらないにもかかわらず転籍を繰り返させた場合には「同一の使用者」とみなされるという通達も出ていますが、今回は不採算店舗の売却が原因のため、このケースの対象に
はなりません。

 

転籍・転勤とは?

転籍、転勤などは重要な労働条件の変更になるため、労働者の同意が必要になります。同意には個別的同意と包括的同意(就業規則などに定めがある場合、同意は不要)がありますが、出向や転勤は包括的同意が認められているものの、転籍については、個別同意が必要になります。労働条件などを十分に話し合ったうえでYさんの同意を得る必要があります。

 就業規則の記載のポイント
包括的合意で足りるものは就業規則等で規定を設けておく必要がある。・・出向や転勤など

*「 会社が業務の必要に応じて異動を命ずることがある」旨を明記しておく必要があります。

転籍についてYさんに同意を得られない場合には、転勤命令を出すことになります。転勤は上記の包括的同意事項にあたりますので、就業規則などに転勤命令の記載があり、現在、限定勤務社員などの地域限定の契約等がなければ当然に転勤命令は有効になります。命令に反した場合解雇も有効ですが、契約期間中の場合はや
むをえない事由が必要になり(労働契約法17条1項)、育児・介護休業法26条は、勤務場所を変更させる場合、子の養育状況に配慮しなければならないと定めているため、転勤先近隣の保育所調査を行う等をして、真摯に対応する必要があります。

 

無期転換後の労働条件

無期転換後の労働条件(職務・勤務地・賃金・労働時間等)は、直前の有期労働契約と同一になります。ただし就業規則等で、別段の定めをすることにより労働条件は変更可能です。

就業規則の記載のポイント
・就業規則の適用範囲を明確にする。
・ 定年を定める。
※定めのない場合、終身雇用となる。
・ 仕事の内容や処遇などを今後の活用方法を考えた上で整備する。
(社員の種類例)
①現在のままの条件の無期転換社員
② 現在と異なる条件の正社員(時間限定、勤務地限定、職務限定など)
③正社員

無期転換後の労働条件について、長期的なキ ャリア形成プランを立てYさんに提示することにより定着を図るよう努めることをご提案します。

税理士からのアドバイス(執筆:山田 稔幸)

転籍とは、一般的に、「使用人と、従前の身分関係を断ち切って他の企業に勤務させることをいう」とされています。したがって、転籍は、転籍前法人においては退職となりますから、転籍前法人は、その転籍者について各種の退職に係る以下の手続きを行う必要があります。

 

(1)住民税の納付

給与所得者は原則として毎月の給与から住民税が天引きされます。所得税と同様、本来は従業員が自分で手続きして支払うものを、会社が給料から差し引くことで代わりに徴収します。これを住民税の「特別徴収」と呼びます(反対に、従業員が自分で支払いの手続を行うことを住民税の「普通徴収」と呼びます)。転籍した場合には、退職と同様の取扱いとなりますので、「給与支払報告に係る給与所得者異動届書」を転籍した従業員の住所地の市区町村に提出します。

 

(2)源泉徴収票の交付

国内において給与等の支払いをする者は、その給与等の金額その他必要な事項を記載した支払明細書を、その支払いを受ける者に交付しなければならない(所得税法231条)、と定められています。したがって、転籍した社員に対してもその年分の源泉徴収票を発行する必要があります。

年末調整は、転籍後の法人で実施することになりますが、その場合には、中途入社の取扱いと同様となり、転籍前法人の源泉徴収票に基づいた金額を転籍後の法人の給与に加算して年末調整の計算をします。

 

(3)退職金の支給

転籍者に対する退職金について、在職年数の通算の有無と転籍前法人の支給方法等をみると次のようになります。

①在職年数を通算しない場合
通常の転籍前法人の退職、転籍後法人の就職と同様に転籍時に転籍前法人が転籍者に退職金を直接支給する方法
②在職年数を通算して退職金を支給することと し、それぞれの法人における退職金の額の計算方法を合理的に定めている場合

イ  転籍時には、転籍前法人は転籍者に退職金を支給せず、転籍者が転籍後法人を退職する際に、転籍前法人と転籍後法人がそれぞれの在職年数を基礎として退職金の額を分担して支給する方法

ロ  転籍時に、転籍前法人から転籍後法人に転籍者に係る退職金相当額の引継をし、転籍者が転籍後法人を退職する際に、転籍後法人が転籍前法人からの在職年数を通算して退職金を支給する方法

②については、通常はグループ会社間での転籍において、転籍者が不利にならないように設けられている規定なので、事業譲渡の場合には、①の形で退職金を支給するケースが多くなると思います。

 

(4)通勤費を半年等先払いしている場合

通勤手当や通勤用定期乗車券は、交通機関等を利用している人に支給する場合には、1カ月あたりの合理的な運賃等の額については所得税が課税されません。また、自動車などを使用している人に支給する通勤手当は、通勤距離に応じた一定の金額については、所得税が課税されません。会社によっては、通勤手当の3カ月、6カ月分などをまとめて支給しているケースもあります。通勤手当は、通常自宅から勤務地に基づいて計算しますので、今回のように転籍により異動した場合には、その計算される金額も異なることになります。

したがって、通勤手当を一定期間前払いしている場合には、転籍前法人の最終給与でいったん精算し、転籍後法人において、再度支給する必要があります。

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SRネット東京 会長 小泉 正典  /  本文執筆者 弁護士 市川 和明、社会保険労務士 鈴木 麻利子、税理士 山田 稔幸



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