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第88回 (平成21年5月号)

受注激減!解雇か?賃下げか?…
「社長の給料は下げましたか?!」

SRアップ21大阪(会長:木村 統一)

相談内容

「今月は先月以上に受注が落ち込むな…この状態では営業してもどうしようもない…」とN社のE社長が困り果てています。近所の町工場は、閉鎖したところ、社員を全員解雇し家族だけで操業を続けているところなど、最近は暗い話題ばかりです。
 N社でも3ヶ月前に、契約期間が満了したパート2名の契約更新を行いませんでした。「さて、何とかしないと、このままじゃ借金まみれになってしまう…」E社長は考え込んでしまいました。
 一方、「私たちが一生懸命やっているから、会社がやっていけるのよ、それなのに、時給が上がることもないし、何か言おうものなら、“パートの分際で何を言う”って押さえつけられて…こんな景気だし、やめようかなぁ…」と親分格のS子がみんなに話しています。他のパートたちもS子に賛成し、口々にE社長の悪口を言っていました。

 次の日の朝、E社長が全員を集めて話し始めました。
「皆もわかっているだろうが、いよいよ受注が減少してきた、ついては、社員は10%減給、パートは2人一組で、毎日半数が業務に従事できるようにシフトを組むように、早速明日から実行したいのでよろしく…」
 社長の話が終わる前にS子が「それでは給料が半分になってしまいます、会社の状況はわかりますが、みんな生活もありますし、いきなり言われても無理です」と言い返しますが、E社長も仕事を失うよりもいいだろう的に言葉を返し、議論にはなりませんでした。
 社長が工場を後にすると、S子を中心にパートが集合し、善後策を話し合いました。「実際に仕事するのは半月ほどになるとしても、“休業手当”は請求できるのでは?」「実質的な“解雇”と同じよ」「社員は10%、パートは半分なんて、日頃の仕事振りを見てないからだわ…パートを軽く見た差別だわ…」

相談事業所 N社の概要

創業
昭和51年

社員数
2名 パートタイマー16名

業種
自動車部品製造業

経営者像

二代目のE社長は59歳、以前は社員が多かったN社ですが、徐々にパート主流の体制に切り替え、今では女性16名のパートが製造工程をまかなえるようになっていました。しかし、パートたちのE社長評はよくありません。。


トラブル発生の背景

昨今の社会経済情勢は、かなりの勢いで中堅・中小企業の資金繰り事情を悪化させています。しかし、E社長のとった方法は、あまりにも一方的過ぎたようでした。
 企業努力と従業員の協力、雇用維持に向けて労使が協調路線を歩むためには、どのような方策が望ましいのでしょうか。

経営者の反応

パート同士の打合せが終了した後、S子とパート代表の2名が社長室にいました。「不躾ですが、E社長や奥様(役員)の報酬はどの程度お下げになったのでしょうか?」とS子が質問すると、「どうしてそんなことを君達に言わなければならないんだ!経営上の機密事項だ!」とE社長が激昂しました。しかし、S子たちは怯まず、「では結構です。下請業者は相変わらず出入りしていますが、あの方達には何も言っていないのですか?」と質問を変えました。「取引先をどうしようが、これも経営者の問題だ、君たちには関係ない」と突っぱねました。「これでは話合いになりませんね、私たちも生活がかかっているので、争いは好みませんが会社に請求できるものは請求しようと思います。退職する者は退職金も請求しますよ、パートだから退職金はない、とは言わせませんからね」とS子が言いました。E社長は強く言い返そうとするのをやめて、「社員が黙って協力しようとしているのに、嘆かわしいものだ…」と独り言のようにつぶやき、「それならこっちも専門家に相談することにするよ…」と捨て台詞を投げつけました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:吉田 肇)

S子達、パートタイマーは、パートタイム労働法に基づき、休業による賃金カット、退職金について、正社員との均等な待遇を求めてくることが考えられます。

改正パートタイム労働法に基づく事業主の義務
 まず、パートタイム労働法の概要を説明しておきましょう。改正パートタイム労働法は、パートタイム労働者(以下「パート」といいます)を4つの類型に分け、類型ごとに異なった事業主の義務を定めています。

 4つの類型とは、具体的には、
 第1類型:1週間の労働時間が、通常の労働者の労働時間よりも短い労働者、
 第2類型:第1類型のうち、業務の内容及び責任の程度(以下「職務の内容」といいます。)が通常の労働者と同一の労働者、
 第3類型:第2類型のうち、一定期間、人材活用の仕組みや運用が同じ(職務の内容や配置が、通常の労働者と同じ範囲で変更されることが見込まれる)労働者、
 第4類型:第2類型のうち、雇用契約終了まで、人材活用の仕組みや運用が通常の労働者と同じで、かつ期間の定めのない雇用契約(期間の定めがあっても、反復更新されて期間の定めのない雇用契約と同視することが社会通念上相当と認められるものを含む)を締結している労働者の4つの類型です。
 そして、それぞれの類型ごとに、賃金や教育訓練、福利厚生に関して事業主が講じるべき義務に差異を設けています。(4つの類型の判断基準については、厚生労働省のホームページ参照。)

 このうち、第4類型のパートについては、賃金や教育訓練、福利厚生その他の待遇(整理解雇の要件など)について、通常の労働者(正社員)と差別的な取扱いをしてはならないとされています(パートタイム労働法8条)。これは、強制的な義務なので、違反をすると例えば、正社員との差額賃金や損害賠償の支払いを命じられることになります。
 ただし、前述のとおり、この類型に当たるためには、業務の内容や責任の程度(例えば、クレーム、トラブルが発生した場合に残業をしてまでも対応する責任があるか、業務成果に対する責任など)が同一である上に、雇用契約終了まで職務の内容や配置の変更が正社員と同じである必要があり、これに当たる場合は、ごく限られているといってよいでしょう。
 また、第3類型のパートについては、人材活用の仕組みや運用が正社員と同様とみられる一定の期間について、賃金を正社員と同一の方法で決定する努力義務が課されています(パートタイム労働法9条2項)。これも、当てはまる場合は限られてきますが、たとえ該当したとしても、努力義務なので、裁判で強制することはできません。ただし、労働者の申告があれば、行政から、改善の指導、勧告を受ける可能性はあります。
 第1及び第2の類型のパートについては、正社員との均衡を考慮しつつ、パートの職務の内容、職務の成果、意欲、能力、経験等を勘案して、賃金を決定する努力義務が課されています(パートタイム労働法9条1項)。これも、努力義務にとどまります。
S子達が、そもそも正社員の2名と業務内容または責任が異なる場合は、第1類型のパート労働者に該当します。
 その場合は、E社長が、S子達の事情を十分考慮しないで、パートであるという理由だけで一律にS子達に所定労働日の半分を休業にし、実質的に賃金を正社員より大幅に減給したのは、パートタイム労働法9条1項及び厚生労働省の改正パートタイム労働指針の趣旨に違反します。正社員2名の減給率や、彼らがどのような職務の内容、経験等を持った社員か勘案しながら、均衡に配慮した休業にするよう努力すべきでしょう。

 なお、注意しなければならないのは、労働者が自分の都合で休む場合と異なり、会社の経営上の都合で休業させる場合は、平均賃金の60%以上の休業手当を支払う必要があるということです(労働基準法26条)。この義務に違反をすると、30万円以下の罰金が科されます。なお、本件のように、所定労働日のうち何日か休ませる場合の他に、1日の所定労働時間のうち何時間か休業させる場合もあるので、均衡に配慮した休業を命じる場合には利用するとよいと思います。
 退職金については、パート、正社員を問わず、本来、法律上退職金の支払い義務があるのは、?就業規則やそれに付随する退職金規定に退職金の支給条件が定められている場合や、?退職する従業員に対して退職金を支給する慣行が確立し、その支給額が明らかな場合です。
 仮に、正社員にのみ退職金規定などが存在する場合は、法律ではなく、改正パートタイム労働指針で、その就業の実態、正社員との均衡等を考慮して定めるよう求めています。

 以上のように、法律的にはS子達の要求に対して、E社長が負う義務は休業手当を除き努力義務にとどまるのですが、改正パートタイム労働指針は、事業主に対し、パート労働者の意見を十分に聴き、その事情を考慮することを求めており、対応を間違って労働組合の介入を招いた例は枚挙にいとまがありません。従業員との信頼関係を確立して全社一丸となって危機を乗り越えるためにも慎重に、誠意をもって対応すべきでしょう。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:夢野 智行)

昨今の社会経済情勢による不況により、本件のように雇用調整を行わなければならなくなった会社に対して、中小企業緊急雇用安定助成金が創設されました。(平成20年12月から)これは、世界的な金融危機や景気の変動などの経済上の理由による企業収益の悪化から生産量が減少し、事業活動の縮小を余儀なくされた中小企業事業主が、その雇用する労働者を一時的に休業、教育訓練又は出向をさせた場合に、休業、教育訓練又は出向に係る手当若しくは賃金等の一部を助成しようというものです。

 休業する場合の主な受給の要件として

(1) [1] 最近3ヶ月の売上高又は生産量等がその直前3ヶ月又は前年同期比で減少していること。
[2] 前期決算等の経常利益が赤字であること(生産量が5%以上減少している場合は不要。)
(2) 従業員の全一日の休業または事業所全員一斉の短時間休業を行うこと
(平成21年2月6日から当面の期間にあっては、当該事業所における対象被保険者等毎に1時間以上行われる休業(特例短時間休業)についても助成の対象)

 支給額は、休業等した場合の休業手当相当額の4/5(上限あり)で、支給限度日数は3年間で300日となっています。

 この助成金はかなり要件が緩和されていますので、早急に手続をとるようにE社長にアドバイスしました。その上で、S子達パート従業員には、“休業手当”を支払うことを約束し、この経営危機を乗り切るために一致協力して全員の雇用確保を目指す話合いをすることを勧めました。E社長としては、振り上げそうになった拳を下ろすことになり、体裁悪いところもありますが、ここが労務管理の重要なところです。誤りは素直に認め、前向きに改善していくことが重要です。

 ここで、休業手当についてもう少し詳しくご説明いたします。
 休業手当とは、労働基準法第26条により、『使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は休業期間中労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。』と規定されています。これは、勤務しなければ、賃金は支払わない、いわゆるノーワーク・ノーペイが労働契約の上では原則となりますが、労働者が通常どおり働く意思があるにも関わらず、使用者の責任による休業によって働けなくなった場合に、労働者の生活が脅かされないようにするための最低限の生活保障を図ったものです。
 この使用者の責に帰すべき事由とは、天災事変もしくは、これに準ずる程度の不可抗力の場合には免責とされていますが、取引先の事情により使用者が資材、資金を獲得できない場合、原材料の入手難や資金難などの場合には、使用者の責に帰すべき事由があるとされ、休業手当支払いの対象となります。
 また、1日の所定労働時間の一部のみ使用者の責に帰すべき事由による休業がなされた場合は、現実に就労した時間に対して支払われる賃金が平均賃金の100分の60に相当する金額に満たない場合には、その差額を支払うということになっています。
 なお、平均賃金とは、算定事由が発生した日から遡って直近の給与締切日から前3ヶ月間に支払われた賃金をもとに算出します。よって、休業手当を支払う必要がある場合には、毎月平均賃金を計算しなければなりませんので注意してください。

 事業主と労働者との間では、労働条件や会社の規則・方針などの守るべき事項などについて理解のミスマッチが生ずることは十分に考えられます。そのミスマッチを未然に防ぐためには、労働時間や賃金などの労働条件、服務規律などを定め労働者に明確に周知しておくことが重要となってきます。あらためて自社の就業規則を見直し、実態と合っているかどうか、現行法規との整合性はどうかなどをN社もチェックする必要があるかもしれません。

 また、労働契約法第9条、第10条にも留意しておきましょう。

第九条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

 就業規則内容を不利益に変更するには、十分な話し合いの場を持ち、労働者の理解と協力を求め、個別に労働者本人の同意を得ることが必要になります。

税理士からのアドバイス(執筆:飛多 朋子)

以前より厳しい経営対策のため、社員からパート主体の会社へと変化してきたN社でも、昨今の世界同時不況より、さらに経営が厳しくなっているようです。
 このたびのパート従業員へのE社長の申し出はパート従業員の全面的な不評を招いてしまったようです。さて、パートタイマーへの就業についての対策を行う際に外注先への折衝はもとより、E社長など役員報酬の減額の検討を行うことも会社の存続には必要です。
 役員報酬の減額を行うことで、資金繰り、決算書利益の改善を図ることは可能です。
 ただし、役員報酬の減額を行う際には、税法上の注意点があるので次に述べます。
 同族会社の役員報酬は、定期同額給与または事前確定届出給与に該当しないと法人税上の損金となりません。事前確定届出給与とは、一般の賞与にあてはまるものなので、ここで詳細を述べることは控え、定期同額給与についてのみ説明をいたします。

  定期同額給与とは、次に掲げる給与です。

(1) 支給時期が1か月以下の一定の期間ごとである給与で、事業年度の各支給時期における支給額が同額であるもの。
(2) 次の改定がされた場合で、事業年度内の改定前と改定後の支給額がそれぞれ同額であるもの。
? 事業年度の開始の日から3月を経過する日までにされた定期給与の額の改定
? 役員の職制上の地位の変更、その役員の職務の内容の重大な変更、その他これらに類するやむを得ない事情により行われた改定
? 事業年度においてその法人の経営状態が著しく悪化したこと、その他これに類する理由によりされた減額改定

 したがって、今回のN社については、検討するのは業績悪化による減額ですので、事業年度開始の日から3か月に該当しない時期の減額改定する場合には、?の「経営状態が著しく悪化したことその他これに類する理由」の要件を満たす必要があります。
 具体的には、平成20年12月17日に国税庁より、「役員報酬に関するQ&A」が発表され、具体例が説明されていますので、N社に関係することを下記に述べます。

 「経営状態が著しく悪化したこその他これに類する理由」の具体例としては、(1)取引銀行との間で行われる借入金返済のリスケジュールの協議において、役員報酬の額を減額せざるを得ない場合や(2)業績や財務状況又は資金繰りが悪化したため、取引先等の利害関係者からの信用を維持・確保する必要性から、経営状況の改善を図るための計画が策定され、これに役員給与の額の減額が盛り込まれた場合とされています。
 (1)については、取引銀行との協議内容により、改定理由に該当するかどうか、の判断が出来ますし、(2)については、改善計画の内容により判断できるもので、必要に応じて取引先など利害関係者からその計画の開示を求められれば、応じられるものであることが必要です。
 また、(1)、(2)以外であっても第三者である利害関係者との関係上、役員給与の額を減額せざるを得ない事情があるときにも該当し、減額せざるを得ない客観的な事情を具体的に説明できるようにしておく必要があるとなっています。
 いずれにしても、取引銀行や取引先など社外の利害関係者との関係上で役員報酬の減額を検討すべき状況であることが判断材料にとなると示されています。

 N社の場合、パートの勤務時間や給与の減少対策と役員報酬の減額が行われただけでは、税法上の改定要件に該当しませんが、取引銀行との折衝上で、新たな借入や短期借入金の借換えの条件で中期計画の作成が必要になり、役員報酬の減額を織り込まなければ融資が実行されない場合には、期中での減額改定が税法上も認められる可能性がありますので検討の余地ありです。この際、必ず銀行との交渉経過の記録、提出書類の保管、減額の際の議事録作成が必要です。
 一方、減額要件が整わないなどの理由で、事業年度中は、役員報酬を減額せず、未払にする場合について考えてみます。
 役員報酬が支払われたのと同様に経費が発生するので、決算利益の改善は生じないというデメリットがあります。また、社会保険料の会社及び本人負担、役員の所得税・住民税は発生します。
 しかしながら、会社から給与の支払いは行われませんので資金繰り上のメリットが生じます。また、役員報酬を支給した後、会社に貸し付ける方法も同様の効果が生じます。

 今回は、税法上の減額改定の要件を満たすかについて、焦点を当てて検討しましたが、税法の要件を満たさなくとも、役員報酬の減額の検討を速やかに行うことが経営上重要であることを申し添えます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21大阪 会長 木村 統一  /  本文執筆者 弁護士 吉田 肇、社会保険労務士 夢野 智行、税理士 飛多 朋子



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