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第84回 (平成21年1月号)

うつ病完治!?職場復帰したが仕事ができない…
減給していいですか?

SRアップ21山形(会長:山内 健)

相談内容

U社員がうつ病で休職して早や3ヶ月となります。U社員は勤続18年の営業担当で、成績もそれなりに上げていましたが、自己防衛本能が強く、自分が窮地に陥ると、他人のせいにしたり、言い訳を繰り返すところをW社長は嫌っていました。W社長もU社員の良いところは認めながらも、“休職”を命じることができ、内心ほっとしていました。「これで半年もすれば円満退職だな…」
ある日のこと、U社員が会社にきました。「そろそろ仕事ができそうですので、復職をお願いしたいと思いまして…」W社長も妻である専務も突然のことで驚きました。「しかし…、仕事ができるといっても…」とやっとのことで言葉を返すと「社長、大丈夫ですよ、ほら医者の診断書をもらってきました」とU社員は得意顔です。「それなら仕方ないか、それでは来週の月曜日から出社しなさい」といって、U社員を帰しました。「思ったより、早く直ったな…」W社長夫妻は顔を見合せ、「本当に仕事させて大丈夫かな…」と不安しきりでした。
案の定、W社長夫妻の不安が的中し、U社員は出社したものの、会計を間違え、営業車を車庫に衝突させ、電話の応対も不適切でクレームが発生するなど、散々な状態です。「君は、完治していないのじゃないか?こんな調子では仕事は無理だ、もう一度休職してはどうだい?」とたまりかねたW社長がいうと「私も不安で医師に相談しましたら、責任ある仕事や緊張感の伴う仕事は、無理かもしれないと言われました。しかし、事務やサイトの編集でしたら問題ないと思います。医者もそう言っていました」とU社員が待っていたかのように答えます。
「そうか…それならできる仕事に見合った賃金に変更させてもらうよ、とりあえず今月は営業手当の8万円は支給しないからね!来月からの賃金は改めて考えるよ」W社長の言葉を聞いたU社員は信じられないような顔をしていました。

相談事業所 M社の概要

創業
昭和41年

社員数
6名

業種
貴金属販売業

経営者像

M社は商店街の中央に位置する貴金属販売店です。創業40年の歴史をもち、固定客も多く、W社長は商店街の会長も務める顔役的な存在です。社員6名全員が勤続10年以上のベテランです。


トラブル発生の背景

精神疾患による休職からの復職、中小企業にとって頭の痛い問題です。
復職させた場合の能力、成績考課で果たして労働条件を変更できるのでしょうか。また、会社も痛手(休職されたこと・復職後実害が発生したこと)を被っていますが、会社は、どこまで我慢しなければならないのでしょうか。

経営者の反応

次の日からU社員は姿を見せませんでした。辞めるとも休職するとも、何の連絡もありません。W社長もあえてU社員に連絡することはしませんでした。「無断欠勤だな、解雇するか…」とW社長がやけ気味に言うと「そんなことしたら、なんて言われるかわかりませんよ、とにかく早くU社員と連絡をとって、どうしたいのか聞いてみましょう」と妻である専務が説得します。「いや、彼の要望を聞いても応えられないよ、雑務しかできないなら、相応の賃金にしないと他の社員にも申し訳ないし、病気だからといって甘やかすのもどうかと思うよ、それが嫌なら、また休職するか、彼じゃなくて会社が決めることじゃないかな…」W社長はため息をつきながら、どうしたものかとぶつぶつ言っています。「二人で考えていても、よい解決策は出ないようね、U社員が何か言ってくる前に、どこかに相談しましょうよ、いじめだとか、法律違反だとか言われたら大変ですよ、商店街を歩けなくなるわ」と専務が提案しました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)

「休職」という用語は、実定法上は公務員に関する法令にのみ見られるもので、私企業の関係では法令上の概念ではありません。そのため、私企業においては、労働協約や就業規則で多種多様な休職制度が定められており、これを統一的に把握することは困難ですが、あえて最大公約数的に定義すれば、「ある従業員について労務に従事させることが不能又は不適当な事由が生じた場合に、使用者がその従業員に対し労働契約関係そのものは維持しながら労務への従事を免除すること又は禁止すること」ということになります。
休職には、本件のような業務外の傷病による病気休職(傷病が業務に起因する場合には労働災害の問題になります。うつ病のような精神疾患でも過重労働等が原因であるとして、業務起因性が肯定されることがありますが、本件は業務外という前提で話を進めます)の他にも、傷病以外の自己都合による欠勤が一定期間に及んだときになされる事故欠勤休職、起訴休職、他社への出向のための休職、懲戒休職等、目的や内容を異にするさまざまなものがあります。
病気休職は、業務外の傷病による欠勤が一定期間に及んだときに、休職期間を定めて行われるもので、就業規則等に基づく使用者からの休職命令として行われるのが通常です(就業規則に定めがなくとも、業務命令の一環として可能と考えられます)。休職期間中に傷病から回復して就労可能となれば休職は終了して復職となりますが、回復せずに期間満了となれば自動的に退職又は解雇となり、実質的には解雇猶予の機能を持つものといえます。病気休職は、本人の都合ないし本人の責に帰すべき事由によるものと考えられることから、就業規則等において、休職期間中は無給で(健康保険からの傷病手当金の給付はあります)、勤続年数にも算入しない旨定められていることが多いようです。
このように、休職期間中に傷病から回復して就労可能となれば、復職ということになるわけですが、では、どの程度まで回復すれば就労(復職)可能と判断され、使用者は復職させなければならないのでしょうか。U社員は、休職前に担当していた営業の仕事を従前通りに遂行できる程度までの回復はしていないものの、事務やサイトの編集のような比較的軽易な仕事ならできると言っています。M社は、U社員の希望通りに配置転換しなければならないのでしょうか。
こうした点についての裁判例をみますと、比較的古いものでは、「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復した」かどうかにより判断すべきとするものがあり(平仙レース事件?浦和地判昭40.12.16労働関係民事裁判例集16巻6号1113頁)、この基準によれば、U社員は復職可能とはいえないでしょう。しかし、裁判例のニュアンスはその後変化しています。当初は軽易業務に就かせれば程なく通常業務へ復帰できるという回復ぶりである場合には、使用者はそのような配慮を行うことが義務付けられることがあるとするものがあり(エール・フランス事件?東京地判昭59.1.27判例時報1106号147頁)、さらに、従前の業務に復帰できる状態ではないので、より軽易な業務に復帰させてほしいとの申出が従業員からなされた事例では、労働契約上職種を限定していない場合には、使用者は現実に配置可能な業務の有無を検討する必要があるとする裁判例も現れています(JR東海事件?大阪地判平11.10.4労働判例771号25頁)。また、最高裁の判決でも、疾病のため労働者が使用者に命じられた現場作業に従事することができないとしても、直ちに債務の本旨に従った履行がないとはいえないとし、労働者の職種の限定がない限り、労働者の能力、経験、地位、使用者会社の規模、業種、使用者会社における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして、当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべきであるとされています(片山組事件?最一小判平10.4.9判例時報1639号30頁)。
裁判例に照らしますと、U社員が従前の営業の仕事ができないからといって、復職を認めないと簡単に言うことはできません。M社には、同社内において、U社員を配置できる他の業務がないかどうかを検討すべき義務があり、そのような業務がある場合には、U社員をそのような業務に就かせなければならないということになります。つまり、完治していないU社員を配置できる業務が現実的にある場合には、復職をさせずに休職期間満了をもって退職(解雇)とすることは違法と評価されることになります。M社のような従業員6名の小規模な会社では、大企業と異なり、従業員の配置の自由度はかなり低いものと思われますが、配置換えの現実的な可能性は検討しなければなりません。
それでは、比較的軽易な職種への配置をすることによって復職させることとなった場合、労働条件、特に賃金については、どのように扱うことになるのでしょうか。この点について明確に判示した裁判例は見当たりませんが、職務内容が軽易なものへ変更される以上、変更の内容・程度に応じた賃金の減額は認められるものと考えられます。しかし、減額できるのは、あくまで職務内容が変更された後の賃金についてです。W社長は、U社員に対し、今月の営業手当を支給しないと言ってしまいましたが、まだ職務内容が変更されていない今月分について減額することは許されません。
U社員は次の日から連絡もなく出社しなくなりましたが、ひょっとすると、M社長の一言でうつ病が悪化してしまったのかも知れません。無断欠勤だから解雇してしまおう、と考えるのはいささか短絡的です。U社員に連絡を取り、今月分の営業手当不支給は撤回したうえで、U社員の病状と意思を再確認して今後のことを決めるべきです。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:西村 吉則)

本件において、W社長が、U社員本人より復職の申し出と主治医の診断書に基づき、安易な復職判定を行なった結果、対応に苦慮を強いられることになりました。
M社のような中小零細企業におけるメンタルヘルス疾患に罹患した社員の復職などに関し、1.復職の判定 2.復職後の措置 3.休職期間中の解雇 4.休職期間満了退職の留意事項が問題となります。

復職の判定
メンタルヘルス疾患の社員が「治ゆ」したと判断できるかどうかが問題となります。
「治ゆ」とは、原則として「従前の職務を通常の程度に行なえる健康状態に回復したとき」をいいます。従って、従前の職務を遂行する程度に回復していない場合には、復職は認められないのが原則です。裁判例では、雇用契約が職種・職務内容を特定したものであるか否かにより基準が異なります。
(1)職種・職務内容を限定した雇用契約の場合
職種・職務内容を限定した雇用契約の場合には、従前の職務に復帰できなければ、 雇用契約に定める労務提供義務を果たせる状態になったと認めることができず、原則として、「従前の職務を通常程度行なえる健康状態に回復したこと」がその判断基準になります。ただし、職種・職務内容を限定した雇用契約であっても、就業規則に「他の職種への変更」がある旨の規定があれば、他の職種での就労が可能であれば、「治ゆ」の判断基準となる場合もあります。
(2)職種・職務内容を特定しない雇用契約の場合
職種・職務内容を特定しない雇用契約の場合には、従前の職務に復帰できない状態でも「治ゆ」と判断される場合があります。たとえば、「労働者の能力、経験、地位、企業の規模、企業における労働者の配置、異動の実情および難易などを総合的に考慮して、その労働者が配置される可能性のある他の業務が存在し、その労働者がこれを遂行することが可能で、かつ、労働者が当該他の業務につくことを申し出ている場合には、その労働者は雇用契約に定める労働提供義務を果たしている」(東京高判平成7.3.16、片山組事件)として、職場復帰の拒否ができないとされます。従って、できる限り、その社員が勤務可能な職務を探す必要があります。

復職後の措置
(1)復職後の経過観察
復職後、再発の危険時期は、・復職直後 ・内服薬変更や減量時 ・復職から2?3ヵ月後あるいは1年後といわれています。早期に症状の悪化を見つけ出すことが求められますが、その判断は、主治医や産業医などの助言をもとに決定することになります。
(2)勤務状況管理
定期的に、遅刻、早退、休みの回数確認やその理由、たとえば、メンタルヘルスなのか、他の事由であるか、突然の不調のためなのかを確認する必要があります。
(3)業務管理
1、顧客との折衝など、対人交渉は、本人にとって相当の負担を強いられるため、当面サブでつかせて様子を見ます。
2、業務管理を含め、指示命令系統を一本化します。
3、業務遂行に予想した時間と実際に要した時間との差異や、業務中の集中力および業務終了後の達成度などについて、十分な話し合いをもちます。

休職期間中の解雇
一般的に、就業規則の解雇事由として、「心身の障害により業務に堪えられないとき」と規定されています。しかし、精神的疾患といっても多様な症状・程度があり、医師の診断があっても、直ちに解雇することは認められません。本人の症状・程度、職務内容、職場に与える影響、回復の可否に照らして解雇もやむをえないと判断される場合に限られます。

休職満了退職時の留意事項
休職期間が満了しても、症状の回復が見込めず職場復帰ができない場合には、就業規則の定めるところにより休職期間満了による解雇あるいは退職となります。ただし、本人があくまで、復帰可能だった旨主張した場合、地位保全を求めて紛争に発展する可能性が考えられます。そこで、主治医の診断書や産業医の意見をもとに、会社として、復帰が不可能だと判断した根拠を明瞭にしておく必要があります。

今後の対応
(1)健康診断について
1、健康診断実施にあたり、産業医などの意見を聴取し、必要と認められる場合には、検診項目に、メンタルヘルス疾患の有無を加えます。
2、健康診断の結果、社員にメンタルヘルスの異常が認められた場合には、産業医などの意見を聴き、症状が悪化しないよう配置転換や軽減措置など適切に対応するようにします。
(2)就業規則について
1、私傷病休職について、休職期間中には、症状の報告義務を課すこと
2、休職期間について、連続しない休業の場合にも通算できること
3、衛生管理者など健康管理に関する責任者による受診指示に従うこと
4、職能資格制度を定める場合は、会社に降格・降給の権限があること
W社長には、以上について就業規則の見直しをアドバイスしました。

税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)

今回のケースについて、税務という面からのアプローチとして、会社から、労務の対価として収受する給与(賃金や賞与)の範囲と見舞金や損害賠償金などとして収受する経済的利益に対する税務上の課税関係はどのように扱われるのか、という点について検討してみたいと思います。
所得税法上の所得とは、個人が得た経済的利益のすべてをいいます。会社に勤めることで得られる給与、事業を営むことで獲得した収益、投資活動で獲得した利子や配当、資産の売却で得た利益などのほかにも、債務免除などで得た消極財産の減少による経済的利益やクイズの賞金や賞品なども含めて、経済的利益のすべては所得税法上の所得とされます。その前提のうえで各種の非課税の規定が定義されているわけです。
つまり、これらの所得は、経済的利益の発生形態等により、実際に課税の対象になるものと対象とならないものに区分され、さらにその所得の内容によっておよそ十種類に区分して、それぞれの所得金額が計算されることになります。
給与所得はその区分のひとつですが、所得税法上の給与所得とは、俸給、給与、賃金、歳費および賞与並びにこれらの性格を有する給与による所得をいう、とされています。もちろん給与所得は所得税の課税対象となるわけですが、給与の収入金額から一定の給与所得控除額という控除を差し引いた後の金額が給与所得として課税の対象とされます。
また金銭以外の経済的利益も原則的には、給与所得とみなされます。たとえば従業員を被保険者とする定期保険で、その死亡保険金の受取人がその従業員の遺族である場合の保険料相当額、宿直や日直の際に支給される食事、自社製品や商品の値引き販売による経済的利益なども、給与所得の範疇となりますが、そのすべてに課税されるものでもありません。実際には、基本通達等で、これらの経済的利益に対して、それぞれ細かい規定を設けて非課税となる範囲が示されており、その範囲を超えた場合に課税の対象となるわけです。
さて、見舞金や祝い金の場合はどうでしょうか。使用者から使用人に対して雇用契約等に基づいて支給される結婚、出産等の祝金品は、給与等とされます。ただしその金額が支給を受ける者の地位等に照らして社会通念上相当と認められるものについては、課税されません(基通二八‐五)。具体的な金額は明示されていませんので、いくらまでなら大丈夫ということではありませんから、各種統計資料等を調査しておくことも大切です。
たとえば、ある民間の統計資料によりますと(2007年調査)、一律定額支給の場合の傷病見舞金については、業務上の場合の平均金額で18、641円、業務外の場合で13、859円となっており、最高額・最低額はともに、50、000円・5000円というデータがありました。その傷病の原因が業務上のものなのかそうでないのか、また欠勤期間に応じて支給するのか一律支給なのか、さらには、初回と二回目以降の取り扱いなど、さまざまな要因によって、実際の支給額には違いが出てくると思われます。
次に損害賠償金についてですが、身体の障害に基因して支払いを受けるものや心身に加えられた損害について支払いを受ける慰謝料その他の損害賠償金(その損害に基因して勤務または業務に従事することができなかったことによる給与または収益の補償として受けるものを含む)については非課税とされていますので、原則的には課税されないということになりますが、事実認定にかかわるものも多く、若干複雑になることがあります。損害賠償金という名目ではあっても、その支払者が雇用主であり、その金額が、当然に支払われるべき給与等であった場合には、給与所得とされるケースもありますので、注意が必要です。すなわち会社が雇用契約に基づき使用人に支払うべきものは給与所得あるいは退職所得となり、その範囲の中で課税か非課税かに分かれるということになるケースが多いということです。ちなみに解雇予告手当については、退職を原因として一時に支払われるものであるため、退職所得として、給与所得とは所得区分を異にすることになります。
会社がその役員や使用人のした行為によって第三者に対して与えた損害について、会社が賠償金を支払った場合には、その対象となった行為が会社の業務の遂行に関連して生じたものなのか、あるいは、その行為が使用人等に故意又は重過失があったのかどうかにより、その取扱いが変わってきます。交通事故の場合などでよくあるケースですが、その行為が業務の遂行に関連して生じたものであり、かつ行為者の故意又は重過失がなかった場合には、支払った会社の損金として処理されますが、そうでない場合には、まず第一次的には、会社はその使用人等に対して、その賠償額を求償すべき性格のものであるとされ、そうしなかった場合は、その役員や使用人の賞与(給与所得)とされるのが一般的な税務上の判断となります。
以上のように、損害賠償金等の課税関係は、その名目にかかわらず、その支払理由、原因や事実関係など、いわゆる事実認定にかかわる複雑な問題になることが多いため注意が必要となるようです。

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SRアップ21山形 会長 山内 健  /  本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 西村 吉則、税理士 木口 隆



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