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第78回 (平成20年8月号)

「罠にはめられた…」「慰謝料300万円だ!」
本当にセクハラ被害者なのか!?

SRアップ21石川(会長:菊池 寛治)

相談内容

62歳のF社員と29歳のU社員(女性)は、ここ数ヶ月コンビで仕事をしています。F社員はいかにも職人というタイプで、若い女性と仕事をすることに苛立ちさえ覚えていました。一方、U社員は天真爛漫な感じで、愛想の悪いF社員に興味をもっているようで、時折からかいながら、顧客への営業に励んでいます。そんな明るいU社員が、仕事が終わった後、幾度となくF社員を飲みに誘いましたが、F社員は一度も誘いに乗りませんでした。ある日J社長がF社員を呼びました。「実は、U社員から苦情があってね…。現場や車の中で君からセクハラを受けている、というんだよ。何か心当たりはあるかね」F社員は転地がひっくり返るほど驚き「そんなこと絶対にありませんよ。どうして私があんな小娘に手を出さなきゃならないんですか。逆に邪魔で仕方ありませんよ…」と今にも泣きそうな顔で社長に訴えました。「しかし、相手の親御さんもクレームを言ってきているし、なんとかしなきゃならないんだよ…わが社が対応しないと親会社にまで相談するといっている…」とJ社長も苦しそうです。「自分がU社員と話をつけます。濡れ衣なんてまっぴらですよ。もともと女として意識なんかしていないのですから、セクハラなんてあり得ませんよ」とF社員が言うと、「そこなんだよ。相手は女性としてみてくれていない。言葉も乱暴だし、平気で肩をたたいてくる、と言っている。君が意識していないから、女性に言ってはいけないことを話したりしたのじゃないかね」とJ社長が冷たく突き放します。F社員は「会社のためにこんなに頑張ったのに、社長は私を信じてくれないのですね。私が辞めれば事は収まりますか?それとも金を払って謝りますか」F社員の言葉に、J社長も詰まってしまいました。

相談事業所 E社の概要

創業
昭和59年

社員数
31名(パートタイマー 2名)

業種
通信機器の販売および工事業

経営者像

大手企業の下請けとして、比較的安定した経営を続けるE社のJ社長は67歳、定年後の社員も積極的に雇用し、現在3名の者が働いています。安心して仕事が任せられるということで、J社長は彼らの賃金を下げることはありませんでした。。


トラブル発生の背景

どちらの話が本当なのか、ことセクハラに関しては企業も頭が痛い問題です。年が離れていても、男女ペアで仕事をさせたことに問題があったのでしょうか。
個人情報やセクハラ、パワハラといった問題が多発する昨今です。なかには、わざとこのような問題を起こす者も増えているようですが、企業としてどのような対策が有効なのでしょうか。

経営者の反応

「困ったなぁ…F社員も大事だし、U社員も被害者ということになると、お互いを立てなきゃならなくなる…」とJ社長が悩んでいます。先日、E社の総務部長が双方からの聞き取りを行いましたが、お互いの言い分が平行線で、話をまとめるにも手立てがありませんでした。U社員の父親からは、娘を退職させるから、再就職できるまでの給与と慰謝料を支払え、といわれています。一方、F社員も会社を休んだままです。このままでは、U社員にお金を支払い、F社員という有能な技術者を失ってしまいます。
「セクハラなんて無かったのではないかな…なぜ、F社員を信じてやれなかったのだろう…」J社長と総務部長が話し合っても、一向に結論がでません。痺れをきらしたJ社長が「とにかく、この問題もそうだし、今後のこともある。わが社には、10名も女性社員がいるし、戦力になっている者も多い」と総務部長に言うと、相談先を探すよう指示しました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:二木 克明)

さて、セクハラ等に関する社員間のトラブルに会社がどの程度まで介入しなければならないのでしょうか。それにはまず、会社にどのような法的責任が生じるのか、を知らなければなりません。

■会社の責任について
会社としては、社員と雇用契約(労働契約ともいう)を結んでいるのですから、その付随義務として、社員の職場環境を整える義務があります。これを安全配慮義務といいます。本件に即して言えば、セクハラやパワハラのない、働きやすい職場環境を保つよう配慮する義務がある、ということで、それに違反した場合には、生じた損害について、会社に賠償責任が生じます。損害には精神的苦痛による慰謝料も含まれます。
また、会社がかかる安全配慮義務を果たしていたとしても、社員が他の社員にセクハラ等をした場合、会社の社員が業務の執行について他人に不法行為を行ったものとして、会社が使用者責任を負わなければならない旨の規定があります(民法715条)。この使用者責任は、あくまでも社員が、会社の事業を執行するについて不法行為を行った場合のことですが、上司の立場を利用したセクハラ等であれば、通常は事業の執行についてなされた不法行為と解釈されており、使用者責任が生じることになると思われます。
以上からすると、本件のようにセクハラ被害の申告があった場合、それを放置すれば、安全配慮義務違反を問われる可能性が強くなります。
同時にそれが、勤務中になされている場合はもちろんとして、たとえ勤務終了後であっても、上司の立場を利用して、たとえば「仕事上の話があるからつきあってくれ」などと誘って夕食に連れ出し、その場でセクハラ行為がなされた場合も、使用者責任が生じることになると思われます。よって、本件を放置しておけないことは法的に明らかです。

■J社長の取るべき対処法―その1(調査)
セクハラの被害申告があった場合、社長としては、まずU社員から事情を聴取して、いつどこでどんな被害に遭ったのか、を確認します。必要に応じてメモするなどして、整理しておくとよいでしょう。
次に、F社員の言い分を聞きます。F社員がセクハラを否定するのであれば、U社員の主張する日時場所で一緒だったことはあるのか、その際にどんなことがあったのか、を聴取します。その上で、セクハラがあったかどうか、を判断します。双方の主張が真っ向から食い違っている場合は、大変難しい対応を強いられます。確信が持てない場合に、一方の肩を持って他方を責めたり解雇したりすると、トラブルが拡大する危険もありますので、慎重な対応を要します。早めに弁護士に相談するなど、第3者を入れて相談することも有効です。なお、弁護士に相談しても解決しないような、難しい事案もあります。たとえば、依頼者の言い分が正しいと思って訴訟をしたところ、途中でこちらに不利な証拠が次々と出て来て、実はこちらの依頼者の言い分が嘘だった、というケースも多々あります。
セクハラやパワハラをキーワードとして、最近5年間の判例を検索したところ、99件ヒットしました。この裁判例はあくまでも、公刊されている判決だけですから、1審で和解となったものは入っていませんし、公刊されないセクハラやパワハラの裁判はこの何倍もあることは間違いありません。裁判になった、というのは、相当こじれた事案です。それに至らない事案の数となると、見当がつかないほどあると思われます。
裁判となった場合、セクハラの被害者が原告となって、会社を被告として起こす訳ですが、その中で原告が敗訴した事例も相当あります。また、1審と2審とで結論が逆になることも珍しくありません。この種の事件の判断が、いかに難しいかを物語っております。

■J社長の取るべき対処法―その2
J社長の対処法ですが、何らかのセクハラやパワハラがあったと認められる場合は、少なくとも、加害者を指導し、できれば両名をなるべく引き離し、部署を変更するべきでしょう。ただし、本件では、むしろセクハラがあったかどうか分からない、というのがポイントですので、最後にそれに触れます。
調査しても分からない以上、会社としては、様子を見るしかありません。U社員やF社員が納得できないとしても、それは本人同士で話し合うか、裁判や調停等で解決してもらうしかありません。そのままうやむやになることもあるでしょうが、それはそれで仕方のないことです。
ではそれを本人にどう伝えるかですが、この先の対応は、社長個人のポリシーによっても変わって来ると思われますし、模範解答はありません。私が社長であれば、U社員に対しては、Fの言い分を説明し、社長としてもよく分からないので、しばらく様子を見ることにする、という程度で済ますことになるのではないでしょうか。F社員に対しても、同様にU社員の言い分を説明し、疑われるようなことのないよう、こちらも配慮するが、そちらも気をつけて欲しい、というような言い方でしょうか。
いずれにしろ、自分の言葉で、誠意を持って対応するしかないケースだと思います。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:菊池 佳寿代)

セクハラの訴えがあると、会社は一方的に被害者の立場にたって事実をとらえようと考えるのが一般的ですが、本件のように、本当にセクハラが発生したのか否かということ、すなわち、被害妄想も希に起こることも予想されるため、会社としては事実の把握が最初の仕事になるでしょう。

■社内調査委員会の設置
現実にセクハラが起きたと訴えがあった時に設置するもので、問題解決処理をする組織になります。相談窓口は個々のケースに即して関係者を指導したり、助言したり調整等を行いますが、この委員会は事実を調査し事実があったか否かを検証して、今後会社としてどう対応するかの指針を与えることになります。

■設置が必要とされる調査委員会の仕組みと運営の手順
(1)委員会の構成
結論によっては社内から不満がでて、今後の業務に影響がでることが必至です。従って、通常は公正な第三者の立場に立てる人事部長、各部門長、労組代表、加害者・被害者の直属部門長、女性管理者などにより構成することになります。
また、調査に限界があることも考えられますので、外部の専門家などに調査依頼を行うことも一つの選択技です。
(2)委員会の権限
委員会は必要な社内調査、調整、斡旋等を行うことになります。本件では加害者が仕事を休んでいますが、通常の仕事に従事していることもありますので、その際には調査の妨害も視野に入れて、それらを防止しなければなりません。委員会が必要と認めた時には、具体的な改善策や異動や懲戒などの人事上の措置を会社に求める提案も行うことになります。
(3)ヒアリングの実施
委員会のメンバーにより当事者双方に事実確認のヒアリングを実施することになります。この作業は迅速に進めなければなりません。あまり伸び伸びにしておきますと、会社は、この問題に真剣に取り組んでいない、との印象を被害者に与えかねません。本件では、被害者の親が金銭等の要求を出していますが、事実を明確にせずに要求に応じることは厳禁です。ヒアリングにあたっては、被害者には日時、場所、内容、頻度等について詳しく申告してもらい、また、加害者に対しては、その事実の確認を取ることになります。もちろん、本人がその意識も全く無いようですから、それはそれでなぜそのような根も葉もない事が申告されたのか、思い当たることがないか、などを確認しなければなりません。そのように詳しく聴いていくことにより、事実が少しずつ明白になっていくこととなります。特に、外勤業務を2人で行わせていたこともあり、他の部門長や同僚も知り得ないことがあり得ることを念頭に置く必要があります。

■ジェンダー・ハラスメント
本件では、セクハラと同様に「ジェンダー」の視点で考えることも必要でしょう。加害者とされる男性の年齢が高いこともあり、一概には言えませんが、人によっては「男の役割・女の役割」を重視するあまり、「女性は男の仕事の補助者、女性は単純反復の仕事をしていればいいんだ」との考えを持つ人も少なくありません。そのような意識や先入感がありますと、
(1)自分の領域を女性に侵害されたくない
(2)女性を対等な労働力と考えない
(3)無意識のうちに性別役割分担の意識を持っている
といった意識が働き、たとえ年齢が離れていようとも、男性となら仕事終了後の付き合いをするのに、F社員は「小娘となんか」という意識で無視しています。
結果的に、男性同士であれば何でもない行為が、セクハラとされることがあり得ることを理解しておきましょう。

セクハラは、男女が対等なパートナーであると考えている職場では、その発生が少ないものですが、男性の優位性が保たれているような職場では、セクハラ問題の根が常に有るのだという意識をもつことが重要です。特に10人もの女性が働いていることも考え、被害を訴えた女性の意向も聴いて、他の社員の納得の得られる解決策を考えざるを得ません。E社には、「セクハラ」「ジェンダー」の両方の問題があるのではないでしょうか。「単に濡れ衣」で済ますことなく、会社全体に隠れた原因があることを認識することから始めることをお勧めします。

税理士からのアドバイス(執筆:村上 博丈)

本件を収拾するための金銭問題に関わる税務上のリスクについて触れてみましょう。
税務上の論点は、下記の2つと考えられます。
(1)U社員への慰謝料
(2)U社員が再就職するまでの給与保証の取扱い
上記の論点にはそれぞれ、E社における法人税上の側面とU社員とF社員における所得税上の側面があります。

■U社員への慰謝料の取扱い
(1)E社における税務
F社員の故意又は重過失に起因する慰謝料であれば、本来、F社員に対する債権になり、この慰謝料をE社が負担したならば、F社員が負担できる金額については、F社員に対する給与になります。F社員の故意又は重過失に起因していない慰謝料であれば、E社の必要経費に認められます(法人税基本通達9?7?16)。本件であれば、少なくともF社員の故意又は重過失とは考えにくいので、妥当な慰謝料の範囲内であれば損金算入は可能であると考えます。ただし、F社員とU社員からの聴取の調書など、慰謝料を払うに至った経緯を書面でまとめておく必要があります。
裁判等の然るべき手続きを経て確定した金額であれば、客観性のある金額ですし、企業運営上の必要経費とすることに問題はないと考えます。しかし、金額の算定根拠が不明確であり、客観性に欠ける場合は寄附金認定される(法人税法37?7)可能性があります。
また、「損害賠償金で、心身に加えられた損害に基因して支給するもの」は消費税の計算において、資産の譲渡等の対価には該当しないものと考えられます(消費税基本通達5?2?5)。
(2)U社員における税務
セクハラに対しての慰謝料は、「損害賠償金で、心身に加えられた損害に基因して取得するもの」に該当するものとして、所得税は非課税になるものと考えられます(所得税法9?1?16)。
U社員としても、慰謝料を支受け取るに至った経緯や慰謝料額の算定根拠等をまとめておく必要があります。裁判や示談等により、セクハラの事実が認められ、判例等に照らして、一般的に妥当と認められる金額であることも非課税と認められるには必要な条件であると考えます。
仮に、慰謝料としての妥当額を超えると認定される場合は、その超える金額は、U社員の一時所得になる可能性もあります(所得税基本通達34?1?5)
(3)F社員における税務
E社が負担した慰謝料がF社員の故意又は重過失に起因するのであれば、本来、F社員に対しての給与として課税されます。F社員の故意又は重過失に起因していない慰謝料であれば、F社員に対する給与とは考えられないと考えます。

■U社員が再就職するまでの給与保証の取扱い
(1)E社における税務
U社員が再就職するまでの給与保証を慰謝料と考えれば、前述(1)と同様にE社の必要経費になる可能性がありますが、この場合も、給与は本来、労働の対価であるという観点からすると再就職できるまでの給与保証は、対価性がないと考え、寄附金認定される恐れ(法人税法37?7)があります。
再就職が決まるまでの期間は各々異なるでしょうし、E社が再就職までの期間全ての給与保証責任を負うということは、例えば、同じような理由により、退職した社員に対しての公平性を欠くという考え方もできます。よって、E社とすれば、就業規則等において、セクハラ被害による退職者に対する給与保証を慰謝料に織り込む方法や割増退職金制度を採用等して、再就職までの期間の長短に関係なく、公平に支給する方法を採用することを検討してみる必要があると考えます。
(2)U社員における税務
前述(2)に示すように、再就職までの給与保証が「損害賠償金で、心身に加えられた損害に基因して取得するもの」に該当するものと判断されれば、所得税は非課税になるものと考えられます(所得税法9?1?16)。
また、退職金と判断できれば、退職所得控除があります(所得税法30、所得税基本通達30?1)。
しかし、慰謝料と同様に一時所得に認定される可能性もありますので、支給の経緯や算定根拠の保存等が必要です。
また、再就職するまでの給与保証や慰謝料を、U社員に対しての退職金として支給するという方法も考えられますが、この場合、E社の従業員退職金規程の水準を超える場合には、過大退職給与として、税務上否認される恐れがあります。
そもそも、事実関係の認定が非常に難しい問題であり、本件においても、F社員とU社員のどちらの言い分が正しいのか、この判断を会社側が下すことは、かなり困難であると考えます。E社が仮にU社員の言い分のみを聞き、一方的にF社員を解雇するようなことがあれば、F社員に対する慰謝料等のリスクが発生してきます。加害者と見られていた社員が被害者になる可能性もあり、企業側は加害者と被害者の両者に対しての社会的・金銭的リスクを負うことになります。
慰謝料等にしても、E社の規則や規程に従った支給であれば、そこに恣意性は介入しない訳ですから、寄附金認定される可能性は低くなるものと考えます。税務的な観点から見ても、このようなケースも踏まえて、セクハラの防止対策(社内研修・ガイドラインの作成等)、セクハラ問題が発生したときの対応、セクハラが原因で被害者が退職した場合の慰謝料等に関する取扱い、セクハラの加害者が退職した場合の処遇等を定めた就業規則や退職給与規程を整備しておく必要があると考えます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21石川 会長 菊池 寛治  /  本文執筆者 弁護士 二木 克明、社会保険労務士 菊池 佳寿代、税理士 村上 博丈



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