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第77回 (平成20年7月号)

「あれっ!彼は辞めたんじゃなかったのか?」
退職申し出の撤回は有効か?!

SRアップ21大阪(会長:木村 統一)

相談内容

Y社は駅前店と公園前店の2店舗を有しています。E社長が常駐する営業最前線の駅前店ではなく、公園前店に仕入部があり、そこにS社員が所属していました。仕入管理を担当するS社員は勤続5年の29歳、先月退職届を出しています。
Y社では有給休暇を取得することがなかなか難しく、S社員も同様に25日の有給休暇が残っていました。S社員は、一日中パソコンと向かい合っていることが多く、そのためドライアイだとか、腰が痛いとか、ぐちを言いながら仕事をするタイプでした。そんなS社員を快く思っていなかったE社長は「そうか、Sが辞めるのか、それは良かった、何かというと給与が安いだの、身体がおかしいだの、文句しか言わないやつだからな…」とごぎげんでした。
S社員退職日の翌週、E社長が公園前店を訪れると、そこにS社員がいました。E社長が驚いて公園前店の店長を呼びつけると「引継ぎが終わっていないし、有給も消化していない、また、目の障害については労災ではないか…といって、退職を延期すると言ってきたものですから…、私も当面Sが居た方が助かると思って…」と歯切れ悪く店長が答えます。「ばかやろう!本人が辞めるといっているのに、なぜ辞めさせないのだ。あいつがいなくても誰でもできる仕事だろう、それに、なぜ俺に報告しない!」E社長は激怒し、S社員を呼びました。「なぜ、会社にいるのだ!退職届は受理しているのだから、早く帰りたまえ、そして二度と会社に来るな!」としかりつけました。冷静なS社員は「店長は退職の撤回を受け付けてくれましたよ、退職届は改めて提出します、しかし、社長が解雇するというなら話が違いますね、不当解雇で訴えますよ…」

相談事業所 E社の概要

創業
平成6年

社員数
9名(アルバイト・パートタイマー 10名)

業種
ペットショップ

経営者像

昨今のペットブームの時流に乗ってY社の業績は好調です。60歳のE社長は、人の好き嫌いが激しく、機嫌の良いときはいいのですが、日によっては特定の社員をいじめる傾向がありました。


トラブル発生の背景

社長の目が届かない店舗で発生した退職トラブルです。「知らないうちに…」という言い訳が通るのでしょうか。
小さな会社で複数店舗を有する場合の店長の教育、権限の委譲、報告・連絡体制に問題があったようです。

経営者の反応

「解雇予告手当…有給休暇の買取…労災申請…慰謝料…だと!」数日後、S社員からの内容証明郵便が会社に届きました。各店長を呼んで善後策を検討しましたが、2人とも「そんなの無視すればいいですよ、辞めるといったのに勝手にきているのでしょう、給与も支払わなくていいのではないですか」「私は退職申し出の撤回など受けていませんよ、本人が勝手に言っているだけですよ」と、他人事のような話ばかりで危機感も持っていません。「仕事だけでなく、労務管理の“いろは”から教えなきゃだめだな…」E社長はため息をつきながら考え込みました。とりあえずS社員には何らかの返答をしなくてはなりません。文面には、「1週間以内に回答なき場合は法的手段に訴える」と記載があります。
「何とかS社員に一矢報いることはできないものか…言われっぱなしになることもないのではないか…」2人の店長を帰した後に、E社長は相談先を探すことにしました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:門間 秀夫)

本件では、「退職の申し出の撤回」が認められるか、そしてそれが有効になされたと言えるかが、まず問題になります。
労働者からの退職の申し出は、「退職届」あるいは「退職願」という形式で使用者側に提出されることが一般的ですが、その法律的性質については、
(1)一方的な解約の通知で、相手方に到達した時点で退職が成立する「解約の申し入れ」(労働契約の解除)
(2)その申し入れに対しさらに両者が合意をした時点にならないと退職が成立したとは言えないとされる「合意解約の申し込み」
の2つがあるとされています。
(1)の「解約の申し入れ」は、一方的な解約の通知で、相手方に到達した時点で退職が成立するという以上、原則として撤回は許されないということになります。
一方、(2)の「合意解約の申し込み」については、使用者側から承諾の意思表示を受けるまでは、信義則上撤回が制限される場合を除いて自由に撤回ができるものとされています。
過去の裁判で「退職の申し出の撤回」が許されるかどうか、が争われたときは、当該「退職の申し出」が、前者の「解約の申し入れ」であるのか、後者の「合意解約の申し込み」であるのかが問題とされたことがありますが、ほとんどの裁判例は、その形式や名称に関係なく、後者の「合意解約の申し込み」であると判断して、使用者側から承諾の意思表示を受けるまでは、信義則上撤回が制限される場合を除いて自由に撤回ができると解しています(山崎保育園事件・大阪地裁平成元年3月3日決定・労判536?41等)。
さて、S社員の「退職の申し出」については、前述?・?のいずれであると解するかは難しいところですが、多数の裁判例によれば、後者の「合意解約の申し込み」であるとされて、使用者側から承諾の意思表示を受けるまでは、原則として自由に撤回ができると解釈する方が無難でしょう。
次に、「退職を承諾する権限のある者」についてご説明します
「退職の申し出の撤回」が許されるかどうかは、既に使用者側から承諾の意思表示がされたか否かが重要な意味を持つことになります。
その際、「退職届」あるいは「退職願」を受け付けた者等に、「退職を承諾する権限」があるか否かが争われている事件もあります。
それらの裁判例で、「退職の承諾権限のある者」とされた例としては「人事部長」(大隈鐵工所事件、最高裁三小昭和62年9月18日判決・労判504?6)、「工場長」(ネスレ日本事件・水戸地裁瀧ヶ崎支部平成13年3月16日判決・労判817?51)などがあり、逆に否定されたものとしては「常務取締役観光部長」(岡山電気軌道事件・岡山地裁平成3年11月19日判決・労判613?70)等があります。
本件では、S社員の退職の申し出に対して、会社側からの承諾の意思表示が行われたと言えるかどうかははっきりしません。
しかし、S社員の退職の申し出に対して、会社側から承諾の意思表示を行っていたと言えるとしても、S社員が所属する公園前店の店長がS社員の退職の撤回を受け付けており、また現に「引継ぎが終わっていないし、・・・私も当面Sがいた方が助かると思って・・・。」と言ってS社員を引き続き出社させているのですから、退職の申し出の撤回を会社側として既に承認してしまっているとも言えると思います。
よって、本件ではS社員の退職の申し出の撤回を有効と考えた場合に、その無効を主張し、S社員の就労を拒否するとなると、Y社は、事実上、S社員を「解雇」したということになるおそれがあります。
仮に、本件を「解雇」と考えた場合には、解雇の理由に客観的合理性があり、社会通念上相当であると認められないと、解雇は無効とされてしまいます(労基法18条の2)。
これは全くの私見ですが、本件では解雇の理由に合理性がないとして、解雇が無効とされる可能性が高いと考えられます。
Y社は、従業員の退職の申し出に対する手続きを明確に定めていなかったために、この問題が発生しました。今後、同様の問題が起きないようにするために、退職の申し出があった場合の会社の手続に関する規定等の整備を行い、各店長への周知徹底を図ることが必要です。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:近藤 洋一)

本件は、S社員の退職という労働契約の解消時のトラブルをきっかけに、経営者であるE社長と店長他Y社の従業員の間のコミュニケーション不全が露呈された事件といえます。
まず、一度提出した退職届を撤回することはできるかどうか、という問題については、弁護士の説明の通りですが、もう少し詳しくご説明いたします。
労働契約を解消する手続きには、解雇、辞職、合意退職、当然退職があります。解雇は使用者側の一方的な意思表示による労働契約の解消ですが、使用者と労働者の間で締結された労働契約は、労働者側からの一方的な意思表示によっても解消できます。これを辞職といい、提出した退職届が、辞職の手続きであれば、撤回することはできません。ただし、撤回に関する合意がとれれば別です。
次に、一方的な意思表示による契約解消とは別に、労働者と使用者が合意して労働契約を解消する方法があります。この方法を合意退職といい、一般的には、労働者が申し込みをし、使用者が承諾する形で契約が解消します。合意退職は、申し込みをしても、使用者の承諾の意思表示が労働者に到達するまでは撤回が可能です。本件の場合、「先月退職届を出しています。」とあるので、S社員は退職意思を表明して退職届を提出していることから書面での確定的な辞職の意思があるように思われます。この退職届が「辞職」の意思表示なのか、「合意退職」の申し入れなのか、は何を根拠に事実認定されるのでしょうか。一般に「退職届」「退職願」「辞職届」などといっても結局は労働者がどのような法律効果を望んで書面を提出したか、ということであって、その望んだ法律効果に対して民法的な法的効力を生じます。単に届出の形式だけでその効果を決めるべきではありません。判例も基本的には形式によらず、円満退職を基本としつつ、原則として合意退職が労働者の意図するところだろうと考えているようです。
したがって、「退職届」「退職願」などを表題とした書面が提出されても、その形式ではなく、原則として、労働者からの合意退職の申し込みと判断すべきと考えられます。
ここで、弁護士の見解とは反対の方向で考えてみましょう。
「退職届」の提出について、「合意退職の申し込み」という判断をした場合でも、先月の時点でE社長は、S社員の退職について、S社員への心証からして二つ返事で快諾していたかもしれません。すなわち、「承諾の意思を労働者に伝達した」とすると、S社員の退職届撤回は困難であるということになります。
次に、S社員の退職申し込みを承諾できる承諾権者は誰か、という点については、“労働契約の締結権限をもっていた人”と考えることが一般的でしょうから、Y社のように従業員数が20人程度の企業の場合は、社長だけが承諾権者という解釈も成り立ちそうです。すると、S社員が店長に申し出た退職の撤回が無効だと反論することもできるかもしれません。
ただし、Y社のように事業所を複数有している場合は、各営業所や事業所の責任者に承諾権を付与し、それを規定等で明確にしておく必要があります。また、承諾の意思表示が相手方に到達したことを立証するために、承諾した事実(相手方に承諾した場所、日時)を記載した報告書や稟議書が残っていることが条件です。
このような状況であれば、S社員が「店長は退職の撤回を受け付けてくれましたよ」などと主張しても、権限の当事者ではない者による撤回の承諾であることが明白なため、当初の退職日をもってS社員は自己都合退職となることでしょう。
そもそも、企業組織上の「経営権」とは、労働力と生産・販売等の施設・組織・機構等を有機的に結びつけて企業秩序を定立し、総合的な経営方針と営業目的のもとに遂行する権限のことをいいます。そして、数次の判決によって「経営権」が資本家またはその代理人たる経営担当者にあることを明白に認めています。これらの企業の経営権は、具体的には、その権限を分担行使するために定められている職制を通じて行使されることになります。すなわち、代表取締役等をして当該経営権の具体的行使のために職制の制度を定めて自己の権限を分配し、その手のひらにある従業員を職制につけ(管理職に任命し)、当該権限を分担行使するという関係が成立します。企業組織上、各種の業務上の指示命令権限や管理監督権限は、企業すなわち日常業務執行の権限者たる代表取締役などに帰属しますが、代表者はこの権限を部長、課長、係長といった下部職制に分配し委ねて分担行使にあたります。したがって、職制への任命行為は、この権限を授与することを意味します。また、重要なことは、その部下に対する指揮命令権限を適正に行使する義務があるという点で、権限の濫用や越権行為は許されるものではなく、その監督権限を怠った場合には職務怠慢となり、職制としての責任が問われるということになります。
本件においては、E社長の職制に対する認識が不足し、店長という職制に対する権限付与の意義を十分に伝えず、また、店長自身もそのような認識が皆無であったために生じたトラブルでした。今後は、権限委譲についての理解と職務分掌を明確にするために、社労士等の外部講師による「社内研修制度」などの社員教育を全社的に導入してその意識付けを行う機会を定期的に実施することが求められます。この問題は、企業規模の大小にかかわることではありません。また、一体化した経営体質を構築するためにも、本件のような有事の時はもちろんのこと、日頃から経営者、管理職、スタッフ間での意思疎通(コミュニケーション)が重要な労務管理上のポイントになります。

税理士からのアドバイス(執筆:飛多 朋子)

本件については、S社員の退職が確定しているとして考察することとします。
まず、所得税と住民税の課税関係についてですが、S社員に退職前後に支払われるものとして、給与、賞与、退職金が考えられます。所得税・住民税の課税に関しては、給与所得と退職所得の2つに分類されます。在職中に支払われる給与、賞与などは給与所得として課税が生じます。給与所得は、「給与等の収入金額?給与所得控除額」で計算されます。
一方、退職に際して勤務先から支払われる退職金などは退職金として課税が生じます。退職所得は、「(退職金の収入金額(源泉徴収前の金額)?退職所得控除額)×1/2」で計算されます。また、退職所得控除額は、勤続年数(1年未満の端数は切り上げ、2年未満の勤続の場合は2年とする)に応じて、20年以内は、40万円×勤続年数の金額、40年超は、800万円に70万円×(勤続年数?20年)を加算した金額となります。障害者になったことが直接の原因で退職した場合には、上記で計算した額に100万円を加えた金額が退職所得控除額となります。
原則的には、退職所得で課税されるほうが税金上は有利になります。
賞与は、在職中に支払われるものは、給与所得と取り扱われますが、退職の際に、賞与の額ではあるが退職金のなかに含めて支払われる場合には、退職所得として取り扱われます。
また、有給休暇が残っているとのことですので、その精算が行われることがあるでしょう。有給休暇の精算については、上記の賞与と同様に在職中に精算されるものは給与所得、退職の際に退職金として精算されるものについては、退職所得として取り扱われます。
次に、退職金についての源泉徴収について説明します。退職金の支払を受けるまでに、退職者が勤務先に対して「退職所得の受給に関する申告書」を提出している場合には、前述の退職所得の計算がなされ、その結果、税額が発生する場合には所得税・住民税を源泉徴収して、差額を支払うこととなります。一方、「退職所得の受給に関する申告書」の提出がない場合は、退職金の収入金額から一律20%の所得税を源泉徴収する必要があります。また、翌年に確定申告で精算することになります。
最後に解雇予告手当が支払わる場合、解雇予告手当は、退職の際に支払われるものですので、退職所得として取り扱われます。
本件は、普段から公園前店の状況を社長が把握しにくかったこと、S社員の退職への対処について、社長と店長の連携がうまく取れていなかったことから、事態が複雑になってしましました。
日頃から上長への報告を密にすることで、社員と管理者、管理者と経営者の意思の疎通が図られていると、今回のような問題は起きなかったことでしょう。

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SRアップ21大阪 会長 木村 統一  /  本文執筆者 弁護士 門間 秀夫、社会保険労務士 近藤 洋一、税理士 飛多 朋子



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