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第74回 (平成20年4月号)

健康管理?と就業禁止!
「まだ出勤できないんじゃないの!?」

SRアップ21福井(会長:小玉 隆一)

相談内容

「とりあえず給与は20万円にしておくか…」とT社長と総務担当のE専務が打合せをしています。「まったく、いつも“とりあえず”で、何も根拠がないのだから困るよな」「本当だよ、将来が不安だよ…」とその話を聞いていた社員たちがこそこそ話しています。そこへ経理の女性社員が入ってきました。「T社長、インフルエンザで休んでいたC社員が明日から出勤すると言って…電話が入っていますが…」という話を聞くやいなや、「おいおい、インフルエンザはすぐに治らないぞ、遷ったら大変だよ、とりあえず今週は休むように言ってくれ」と言うと、またE専務と話を始めました。「C社員はもう来なくてもいいよな、今度入社した社員の方が見所あるよ、インフルエンザになったから、と解雇できないかな」と社長と専務は大笑いしました。
その月の給料日のこと、C社員が社長と話しています。「今月はやけに給料が少ないのですが…」とC社員「当たり前だよ、半月も休んでいたのだから」とT社長「すっかり治ったのに、社長が会社へ来るなといったのでしょう、その日については給料を払ってくださいよ、これじゃあ、家賃も払えないですよ」とC社員が泣きついています。「仕方ないだろう、俺には他の社員やお客様を守る義務がある、健康管理が悪くて、他人に病気を遷すようなやつを会社に置いておく訳にはいかないんだよ、健康保険の給付金でも請求しろよ」とT社長が冷たく言い放つと、「そうですか、私の健康管理が悪いということですか、ひどい言い方ですね、いいですよ、それでは辞めますよ、そのかわりただでは辞めませんからね…」というと、C社員は私物をまとめ、会社を後にしました。T社長とE専務は顔を見合わせ、「うまくいったね」とほくそ笑んでいました。

相談事業所 Y社の概要

創業
平成16年

社員数
8名(契約社員 1名)

業種
ソフトウエア開発業

経営者像

Y社のT社長は39歳、大手の情報処理会社を退職し、有志で会社を設立して3年になります。若さ故に“感”で物事を片付けることが多く、そんな場当たり的なやり方が社員の不満となっています。


トラブル発生の背景

いったい社員のことをどう考えているT社長なのでしょう。性格といってしまえばそれまでですが、好き嫌いで社員を処遇する典型的な人物のようです。
インフルエンザやおたふくかぜといった感染性の病気に社員が罹ってしまった場合、企業はどう対応すべきでしょうか。

経営者の反応

「伝染病だから、当然出社禁止だろ。有給も使い切っているし、仕事もしていないのに、なぜ給料を払わなければならないんだ!」T社長が電話でもめています。どうやらC社員から、給料の請求と解雇予告手当の請求があったようです。やっと電話を切ったT社長は「Cのやつ、○○労働組合で相談したとか言っていたが、会社が仕事をさせなかったから、最低でも6割、状況によっては全額会社が給料を支払わなければならないんだってさ…しかも、自分で辞めたのに“いじめ”で解雇された、だって…」とE専務に話しかけました。「組合といわれると、ちょっと嫌ですね、こちらも対応策を考えておきましょうか」「そうだな、今週中に支払わないと、“あっせん”に持ち込むとか言っていたしな…面倒なのは嫌だよ」とT社長は顔を曇らせました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:金井 亨)

本件の発端は、T社長が、明日から出社したい旨の連絡をしてきたC社員に対して「今週は休むように」と指示したことでした。さて、このT社長の指示に、法的な問題はなかったかどうかを検証してみましょう。
労働契約を締結した場合に、労働者から提供された労務を受領することが使用者の義務となるかどうか、には争いがありますが、一般的には、使用者には労働者の労務を受領する契約上の義務まではないと考えられています。
したがって、使用者が会社の経営上・衛生管理上の事情から自らの判断で労働者の就労を制限しても、原則としては問題ありません。
しかし、使用者が社員の就労を受け入れることも拒絶することもまったく自由にできるのかというと、そうではありません。
人にとって労働は、賃金の獲得手段のみならず、自らの能力を活かして働くという自己実現的な充足感を得るための活動でもありますから、労働者が使用者に対して「働かせろ」という権利(就労請求権)は、法的に保護されるべき権利であるからです。まったく合理的な理由もないのに長期間にわたって労働者の就労を拒絶し続けることは、その間の賃金支払の有無にかかわらず、それ自体が労働者の就労請求権に対する侵害として違法と評価されるおそれがあります。
一方、T社長が指示した休業期間が、社内感染防止の観点から必要といえる範囲の期間だったのであれば、指示自体には法的な問題は生じません。しかし、仮にC社員が完全に治癒した後も長期間就労を拒絶し続けたとすれば、C社員の就労請求権に対する侵害行為となり、不法行為に基づく損害賠償請求の対象となる可能性があります。
次に、T社長がC社員に対して休業中の賃金を一切支払わなかったことに問題はなかったのかを考えてみましょう。
休業期間中の賃金の取り扱いの定めは企業によって異なりますが、法律的には、次のような解釈となります。
まず、「使用者の責に帰すべき事由」により労働者が休業した場合は、使用者は、休業期間中平均賃金の60%以上の賃金を支払わなければなりません(労働基準法26条)。この「使用者の責に帰すべき事由」は広く「使用者側の事情」と解釈されており、会社の経営・管理上やむを得えず社員を休ませる場合であっても、天災事変などの不可抗力にあたらないかぎり、労働者に対して賃金を支払うべきであるとされています。これに対し、労働者本人の事情による休業の場合は、使用者が賃金を支払う義務はありません。
C社員が、元通りの職務を行える程度まで回復するのに要した期間(基本的に医師の診断書に基づいて判断します)については、本人の事情による休業とみるべきあり、Y社が賃金を支払う必要はないでしょう。これに対し、C社員が回復したにもかかわらず“T社長の休めという指示”により出勤することができなかった期間については、もはや本人の事情とはいえず、会社の都合による休業とみるべきです。したがって、この期間の休業については、少なくとも60%の賃金をC社員に支払わなければなりません。
最後に、C社員が「会社を辞めた」ことが、法的にどのような意味を有するのかを考えましょう。
労働契約を途中で終了させる方法としては、大きく分けて「解雇」と「退職」があります。「解雇」は、使用者からの一方的な解約です。労働者保護の観点から、使用者の解雇権の行使は厳しく制限されており、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は、無効とする判例法理が確立しています。
これに対し「退職」は、労働者の意思に基づく労働契約の解消です。
「解雇」と「退職」の区別は一見明確なようですが、現実には、使用者が、厳しく規制されている「解雇」という形式を避けるために、労働者に対して強く「退職」を推奨することが少なくありません。退職推奨行為は、あくまで労働者の意思を尊重する形で行わなければならず、使用者が脅迫的に退職を強要したり、真実と異なることを告げたりしたがゆえに労働者が退職した場合は、脅迫・詐欺もしくは錯誤に基づく意思表示としてその退職が無効となります。
また、労働者の退職の意思表示自体は有効と評価される場合であっても、使用者が追い出しの意図で職場いじめを行い、労働者を退職せざるを得ない状態に追い込んだ結果としての退職である場合は、使用者は、不法行為責任として、労働者の精神的損害に対する慰謝料及び次の仕事に就くまでの賃料相当額の解雇に準じる重い損害賠償責任を負う可能性があります。
本件については、C社員がT社長との口論の末に、あくまでも自分の判断で会社を辞めたのですから、労働者の意思に基づく「退職」と評価するべきでしょう。ただし、T社長らが以前からC社員を退職に追い込む目的で職場いじめを行っていたような事情のある場合には、Y会社は、C社員に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。
Y社は、C社員休業中の賃金の一部を支払う義務があることを念頭に置いたうえで、事態の収拾に向けてC社員と話し合いの場を持つべきでしょう。当事者間での解決が難しい場合は、労働局の下部組織である紛争調整委員会のあっせん制度や、民事調停や労働審判などの司法制度などを利用するのも一考です。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:中村 和彦)

本件トラブルの根本原因は、Y社の日頃からの労務管理が、T社長の「感」で物事を片付ける場当たり的な手法に端を発したものです。
場当たり的な労務管理では、社員間で不公平が生じるなど労務トラブルに発展するケースが多くなってしまいます。会社には、複数の社員が協力しあいながら業務を行っているわけですから、労働条件や職場規律を整備し、合理的で効率的な労務管理を実施する必要があります。そのためには、Y社が会社の憲法ともいうべき「就業規則」を見直し、その規定に沿って日頃の労務管理を実践していくことが求められます。
適正な就業規則は、社員が自分の能力を最大限に発揮し、心身ともに健康的に働くことができる職場環境を整えることになります。社員にとって魅力ある職場をつくることは、人材の確保や育成の観点からも大事であり、会社の発展にも繋がっていきます。
また、T社長と総務担当のE専務が「とりあえず給与は20万円にしておくか・・・」「C社員はもう来なくてもいいよな・・・」などと人事に関する打合せをなんと社員に聞こえる場所で行っています。人事に関する情報の中には、社員の個人情報に関するものが多く含まれていますから、他の社員に容易に聞かれる場所での打ち合わせは絶対に行ってはなりません。Y社は、社員の個人情報の取扱いについても規定を整備して、規定に沿った運用を行うべきでしょう。
さて、T社長がC社員に対して「インフルエンザはすぐに治らないぞ、遷ったら大変だよ、今週は休むように」と指示したことについては、弁護士の説明の通り、C社員のインフルエンザが完治していなかったとすれば、その指示は会社が社員の健康に配慮したものとして是認されます。
労働安全衛生法第68条は、伝染性の疾病その他の疾病(次の規定例のとおり)については、罹患した社員の就業を禁止しています。この法律を根拠としてY社の就業規則に次のような規定を盛り込む必要があります。

 

第○○条(病者の就業禁止等)
1 会社は、社員が次の各号に該当するときは、産業医その他専門医の意見を聴いて、就業を禁止する。
(1)病毒伝播のおそれのある感染症の疾病にかかった者
(2)精神障害のために現に自身を傷つけ、又は他人に害を及ぼすおそれのある者
(3)心臓・腎臓・肺等の疾病で就業により病勢が著しく悪化するおそれのある者
(4)前各号に準ずる疾病で厚生労働大臣が定めるものにかかった者、その他傷病等により医師が就業不適当と認めた者

2 社員は、同居の家族及び同居人、又は近隣住民が感染症法に定める疾病にかかったとき、又はその疑いのあるときは、直ちに会社に届け出て必要な指示を受けなければならない。

会社は、産業医や専門医の意見を事前に聴いて、就業の禁止および就業の再開を判断します。また、社員の定期健康診断の結果と日頃の顔色や勤務の様子などから個々の社員の健康状態を上司等が把握しておくことも大切となります。

 

Y社としてはトラブルをこれ以上大きくしないために、早急にC社員と話し合いの場を持ち、事態解決に向けた対応が必要となります。
話し合いの場では次のことを念頭においてC社員と努めて冷静に話し合います。
(1)インフルエンザによる病気欠勤であるため、休業4日目からは健康保険の傷病手当金が利用でき、標準報酬日額の3分の2が給付されるので、その手続きについてY社が協力することにします。
(2)病気がすっかり治り出社できていた日以後については、会社の指示による休業であることから平均賃金の60%の休業手当を支払うことにします。
(3)解雇予告手当の請求については、弁護士からのアドバイスにもあるとおり、口論の末にC社員の意思決定に基づいて「退職」したものであり、その請求には応じられないことを説明します。
万が一、和解できずに労働局の「あっせん」、簡易裁判所の「民事調停」や地方裁判所の「労働審判」へと話し合いの場が移る事態となれば、その対応に要する労力とコストや社内外への影響などが予想されます。C社員との話し合いの状況によっては、?の休業手当に替えて100%の賃金を支払うことなどを譲歩案として用意しておくことも必要でしょう。
本件のような労使トラブルが起こった時、C社員だけでなく他の社員も会社の対応について非常に関心を持ってみています。それは、他の社員自身がC社員と同じ立場になることも有り得るからです。会社が就業規則や法律等に準拠した誠実な対応を行わない場合は、会社への不信感が増長し、社員のモチベーションの低下の原因になりますので、トラブルが起こった時こそ慎重で適切な対応を行うことが肝要です。

税理士からのアドバイス(執筆:村野 勝)

まず本件に関連する話題に入る前に「損金の算入・不算入」について説明しておきます。会社が納付する税金のなかで最も大きいものとして法人税があります。
この法人税は企業の利益に対して課せられます。さらに事業税や住民税(道府県民税・市町村民税)が課せられるので,実効税率としては約40%強の課税が行われることになるのはご案内の通りです。
したがって,所得が1万円減少すれば税金が約4,000円減少するという関係にあるため,できるだけ課税所得を少なくすることを企業は検討しがちです。
ところが,当期における費用及び損失を会社が費用・損失と認めて計算しても,それが直ちに課税所得の計算上認められるとは限らないので注意して下さい。
この理由は,大きく分けて2つです。
1つは,法人税法のなかで,課税上の目的から『損金の額に算入しない』ということを規定していること。(例:交際費等の損金不算入,罰金の損金不算入)。
そしてもう1つは,その支出した費用又は生じた損失が,『本当に会社のものかどうか』という点にあります。
たとえば,会社がある団体に寄付をしたという場合に,現実に会社の資金から支出したものであり,かつ,その寄付金の領収書もその団体から会社宛に発行されていても,その実態が社長の個人的資格のもとで行ったものであれば,会社の費用とはみないのです。このような理由から諸費用,損失が『損金不算入』となる場合が生じます。
つまり税法では諸費用について,無条件には損金を認めていません。

まもなく新年度に入り、健康診断等が多くの企業で実施される時期です。
診断を受けたがらない社員がいるかもしれませんが、その徹底は労働力の管理の一環であり使用者の責務といえるでしょう。
さて、会社に実施が義務づけられている健康診断は、大きく分けて『一般健康診断』と『特殊健康診断』(労働安全衛生法66条)の2種類です。これらの費用について、税務面からとらえた場合、どの様になるのかをここでは検討していくこととします。
使用者が福利厚生の一環として行う健康診断等(人間ドック・予防接種)については、次のような条件で実施している場合に、その検診に要する費用は福利厚生費として損金の額に算入されることになります。
(1)特定の者だけを検診の対象とするものではないこと。例えば、一定の年令以上の者はすべてその検診の対象としていること。
(2)その健康検診等の内容が健康管理上の必要から一般に実施されるものであり、その費用として通常必要であると認められる範囲内のものであること。
(3)検診費用の額は、会社から医療機関に直接支払われるものであること。
つまり『福利厚生費』として認められるためには、原則として全員を対象としており、全員にその機会が与えられていることが必要です。
したがって『役員のみを対象とした人間ドック費用等』は、上記?の条件を満たしていません。そのため、会社が負担する費用はその役員に対する経済的な利益の供与、すなわち給与として課税されることになります。この給与は定期同額給与の条件から外れるため、損金不算入となります。(法22の3、法35の1、4、所基通36の29)
健康診断等を行ったという証拠資料(請求書、明細書、領収書)の保存はもちろんのこと、社内規定で明記するなど、少しの工夫をすることにより思わぬ課税が起こらないように十分に留意して下さい。『従業員の健康』と『会社の健康』を守る工夫が共に必要です。
福利厚生費を一言でいえば、従業員の福祉を増進することにより労働能力の向上や労働力の確保等を目的とする費用となります。しかし、その支出の内容によっては『社内交際費』となるものもあります。
例えば、年2回の旅行会、永年勤続者の報奨費用、あるいは創立記念の記念品や記念手当なども広い意味では福利厚生費となります。また海の家等の維持管理費などもこれに該当します。もちろん法定福利費(健康保険、厚生年金、雇用保険などの会社負担額)も含まれ、さらに現物給与なども含まれることになります。
ところで、課税上問題となるのは上述したような費用で、『交際費等』に含まれるかどうかです。旅行費用等は前述した通り、通常は交際費に含まれず、永年勤続者の報奨のための費用のうち本人に渡る記念品などの少額のものは交際費等にもまた賞与にも該当しません。しかし創立記念賞与は給与として取り扱われます。
ここで重要なことは、以下の3つの要件を満たしている場合には交際費に該当しないということです。
(1)『専ら』従業員の慰安のために行われるものであること。
(2)運動会や旅行等であること。
(3)これに通常要する費用であること。
もちろん,これだけでは『福利厚生費』と『交際費等』の関係は必ずしも明らかとはいえません。福利厚生費というのは,広く従業員の生産意欲の向上を図るための潤滑油です。そして,本来の交際費等の課税は,一般にいうところの『福利厚生費』に対してまでも課税する趣旨ではありません。このような視点に立って,社員の健康管理とかかる費用について検討することが必要となります。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21福井 会長 小玉 隆一  /  本文執筆者 弁護士 金井 亨、社会保険労務士 中村 和彦、税理士 村野 勝



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