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第71回 (平成20年1月号)

吸収合併!
われわれの労働条件は確保されるのか?!

SRアップ21福岡(会長:豊永 石根)

相談内容

会長の一周忌が過ぎた頃「そろそろK社を吸収合併して経営合理化を進めるか…」とJ社長が役員会で切り出します。K社は、プラント設計部門として40年前に設立され、技術系の社員が50名程働いています。従来からK社社員の給与が高いことが気になっていたJ社長は、合併と同時に希望退職者を募り、H社に移籍する社員には、H社の賃金規程を適用しようと画策していました。
「しかし社長、K社には定年間近の者も多いですし、若い社員はまだ技術を完全に身につけていないですよ、先代もそのあたりのことを心配していたと思うのですが…」と専務が発言するやいなや「そんなことを言っているから社員にバカにされるんだよ。今のグループの売り上げだと全部K社社員の給与になってしまうよ。早く手を打たないと取り返しのつかないことになる…」とJ社長に返され、役員全員が賛同するしかない状態になってしまいました。
「それでは具体案と進行については、専務と人事部長に任せる。他の役員も適宜サポートするように。なお、H社に移籍させる社員は半数位だな、退職金は通算しないからそのつもりで…」というとJ社長は帰宅してしまいました。
専務と人事部長は顔を見合わせましたが、「やるしかないか…」と言うと合併のシナリオを検討し始めました。
合併の大義名分は、“K社の経営建て直し対策が手詰まりとなったこと”とし、H社に移籍するもよし、退職するもよし、ただし移籍する場合の賃金についてはH社の定めによる、という概要となりました。要は、K社の労働条件は一切引き継がない、という内容です。「会社がなくなるのだから、ある意味仕方ないよな」と専務が言うと、人事部長もうなずきました。

相談事業所 H社の概要

創業
昭和30年

社員数
87名(パートタイマー 11名)

業種
プラスチック製品製造業

経営者像

H社はグループ企業を含め、4社で社員約300名です。社長のJは59歳の二代目社長です。ここ数年合理化対策に躍起になっていますが、会長(初代社長で父親)の反対があってなかなか思うように事が進みませんでした。


トラブル発生の背景

K社内での対策をあまり実施せず、手っ取り早い方法でリストラを進めた感じです。K社の社員にしてみれば、売り上げが低迷していることは理解していましたが、振って沸いたような話でした。
H社とK社の社長は異なりますが、実権的にはすべてH社がコントロールしています。

経営者の反応

K社の社員が労働組合を結成しそうな気配を感じたH社の人事部長が専務に報告しています。「それはまずいなぁ…とりあえず社長に報告しよう」と二人で社長室へ行くと、「そうならないように事を進めるのが君達の役目だろう…労働組合といったってまだできていないし、後は個別に説得するとか、何とかしろ!H社まで飛び火したらたまったもんじゃない!」とすごい剣幕で怒鳴られ、すごすごと引き下がってしまいました。
「困ったなぁ…とにかく法律に違反していることがないかどうか検証しなければ…それから社員たちをどう納得させるか、だな…」と専務が言うと、「われわれだけでは無理ですよ、ここは専門家にお願いしましょう」と人事部長が提案し、二人は意気投合しました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:山出 和幸 )

本件の問題点について検討してみましょう。
まず、H社がK社の労働条件は一切引き継がないということは可能なのでしょうか。
吸収合併の場合、合併後も引き続き存続する会社(存続会社)は、合併により消滅する会社(消滅会社)の権利義務を包括的に承継することになります(会社法750条1項)。そのため、消滅会社の就業規則等の労働条件についても、存続会社に承継されることになります。
松江地判昭和39年6月4日労民集15巻3号610頁は、「(吸収)合併により、(消滅)会社の権利義務は包括的に(存続)会社に承継され、従って(消滅)会社とその従業員との労働契約関係は、そのまま(存続)会社に承継されたものというべきである。」としていますし、その他の判例も合併により労働契約が承継されることを前提に判断しています。したがって、本件では、吸収合併により、H社はK社の労働条件をそのまま引き継ぐことになります。
次に、H社は、一旦引き継いだK社の労働条件を社員にとって不利益な条件に一方的に変更することができるのでしょうか。労働条件は、通常、就業規則に規定されていますので、就業規則の一方的な不利益変更について検討してみます。
就業規則は、本来、使用者が一方的に作成し、かつ、これを変更することができるものですが、この問題についてのリーディング・ケースである事件において、最高裁は、「新たな就業規則の作成または変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的な処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該就業規則が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきである。」としています(最判昭和43年12月25日民集22巻13号3459頁)。
そして、その後も、最高裁は、多くの事件で上記判決の考え方を踏襲し、変更された就業規則の条項が合理的なものであるか否かを具体的に判断していますので、就業規則の一方的な不利益変更が許されるか否かについては、「合理的か否か」を基準とする考え方が確立されたものといってよいと考えられます。
それでは、どのような場合に不利益変更の合理性が認められるか、その判断基準は何かということになりますが、最判平成9年2月28日民集51巻2号705頁は、「合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他の関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。」としています。そして、「特に賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成または変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけ高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである」ことを要するとしています(最判昭和63年2月16日民集42巻2号60頁も同旨)。
本件の場合、K社の売上が低迷しているとはいえ、何らの代償措置を採ることもなくK社社員の給与や退職金を大幅に引き下げるというのでは、社員に大きな不利益のみを与えることになり、規定の内容自体相当性に欠けることになります。また、K社社員との間で十分な協議をしていないというのも手続的には相当ではありません。
そうすると、不利益変更の合理性を認めることはできず、H社が一旦引き継いだK社の賃金規程や退職金基準を一方的に不利益に変更することは許されないということになります。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:石橋 誠)

弁護士の説明の通り、企業の合併は、転籍(個別の同意が必要)とは異なり、解散会社の権利義務を包括的に継承することとなります。つまり、従来の労働条件を保障するということになり、給与、退職金、年次有給休暇等も、今迄と内容が維持されるということになります。しかしながら、本件は、H社への移籍時において労働条件を一切引き継がず、労働条件を変更(H社における賃金規程の適用、退職金の通算なし等)を伴っているので、グループ企業内におけるK社のリストラ対策であるといえるでしょう。
ここで、“リストラ対策によるK社再建”と“H社への移籍”との2つのパターンについて考えてみます。
本件は、「手っ取り早い方法でリストラを進めた感じ」という感じなので、当然ながらK社の社員において、理解されるものではありません。
ついては、今一度K社を存続させることを前提に、労働環境の見直し、経費の圧縮、長期的な視点から進められた生産体制の見直し等が行われた後、雇用再構築を検討する方法が残っていると思います。二代目であるJ社長が進めていることは合理化対策ですので、事業の再構築案を具体的に示すことにより、理解を得られるかもしれませんし、K社社員も企業が今置かれている状況を理解させる手段にもつながります。
雇用の再構築には、賃金体系の合理化、人員配置の合理化、雇用人員の整理というものがあります。K社の設立は40年前であり、年功序列型の賃金体系ですので、この体系によると、定年間近の者が多いK社においては、賃金コストが大きくなるのは当然です。これを成果主義や能力主義に基づく賃金体系に変更できれば、必要な人件費の支出が明確になり、J社長による給与が高いという印象を払拭できるのではないでしょうか。
また、若い社員の技術向上の問題も、目的意識をしっかりと持つことができれば克服できそうです。さらに、人員配置においては、不要なポストや配置を見直し、その職務や役職を整理できるきっかけとなります。このような方法により、必要な人件費が明確となり、その段階で必要に応じた希望退職の募集、退職勧奨、最終的には整理解雇を検討してはどうでしょうか。K社の社員には、現状を詳しく説明すると共に、この改定は後ろ向きのものではなく、今後成果を上げ企業収益に貢献すれば、当然評価されるということをはっきり示し、同意を得るようにしてください。
次に、K社の労働条件は一切引き継がず、H社へ移籍する場合について考えてみましょう。K社からH社への移籍については、希望退職を募り退職金は通算せず、労働条件は一切引き継がないという内容になっています。これは、会社を希望退職するか、あるいは労働条件の変更(賃下げ)を認めるかという、変更解約告知と考えられます。一般的に労働条件の変更は、労働者の同意を得ることが必要で、これが得られない以上一方的に不利益変更することはできません。今回の場合は、希望退職と再雇用制度において労働条件の切り下げを行おうとしていますが、その必要性がこの変更により労働者が受ける不利益を上回っていなければ、変更を拒否する者への対応は非常に難しいことになります。また当然ながらこの様な事態になる前に、会社が十分な努力(リストラ対策)を行ったかもポイントとなります。
変更解約告知については、一方的に解雇を言い渡す整理解雇に比べ、労働者にとって希望退職か再雇用かの選択肢の決定権が保障されているため、有効な手段とされています。しかし現在の判例では、整理解雇法理をもって事態を解決しようとする立場が支配的です。
いずれにしても、まずはJ社長の意識改革から始めるべきではないでしょうか。手っ取り早いリストラなどというものは有り得ません。リストラにおいて大切なのは、手段ではなくプロセスです。社長が先頭に立ち、労働者に対して十分な説明と今後の経営理念を示し、かつ、労働者が売り上げの低迷を理解しているのであれば、合意を得られるかもしれません。もちろん労働条件の歩み寄りも必要です。
その要件としては、以下のことが考えられます。
・希望退職者の退職金の上乗せ。
・移籍した者には、K社において移籍日をもって退職とみなし、この金額を保障した後、H社の規定を運用する。
・給与については、調整給与を一年間程度支給し、H社の賃金規定に馴染ませる時間を作る。
・年次有給休暇、勤続表彰等は、K社とH社の期間を通算する。
・職務、職責の見直しを行う。
これらを実施することにより、社員だけに負担を強いるのではなく、企業努力を行っている旨を証明しつつ、単なる賃下げではなく、会社全体に必要な対策であると社員に理解してもらうことが大切だと思います。

税理士からのアドバイス(執筆:衛藤 政憲)

会社の合併に関してこれを税務面から見た場合、会社の税金と役員及び社員の税金として大きく二つの側面がありますが、それぞれの主な留意事項等は次のとおりです。

■ 会社の法人税に関する留意事項等
会社の合併等に伴う資産等の移転については、税務上はこれを“譲渡”としてとらえますので、時価譲渡したものとして損益を計算し、時価により資産等を被合併法人(消滅会社)から合併法人(存続会社)へ移転しなければならないこととされています。
これが大原則なのですが、法人税法に規定する適格合併等の適格組織再編成に該当するものについては、その資産等の移転を帳簿価額によって行うものとされ、譲渡損益を計算しなくてもよいこととされています(法人税法第62条ないし第62条の5)。
この適格と判定されるのは、本件のような合併の場合であれば、100%子会社との間で合併する場合か、50%超100%未満の株式を有する子会社との間の合併で一定の要件を満たす場合であり、被合併法人の株主等に合併法人の株式以外の資産の交付がされない場合です(法人税法第2条第12号の8、法人税法施行令第4条の2)。
そして、50%超100%未満の場合の一定の要件とは、次の二つの要件です。

(1) 被合併法人の合併直前の従業者(役員及び使用人など現に事業に従事している人をいいます。法人税基本通達1?4?4)のおおむね80%以上が合併法人の業務に従事することが見込まれていること(従業者80%以上引継要件)。
(2) 被合併法人の主要な事業が合併法人において合併後も引き続き営まれること(主要事業継続要件)。

本件の場合、K社がH社の100%子会社ですので、この吸収合併は無条件で適格合併となりますので、K社において合併の日の前日までを事業年度とする通常の法人税の確定申告をするだけでよいということになります。
仮にK社が50%超100%未満の子会社ということですと、適格合併とされるためには前記の二つの要件を満たす必要があるということになります。
前記(2)の「主要事業継続要件」は満たされることが想定されますが、「H社に移籍させる社員は半分位だな」というJ社長の発言どおりにこの合併が実施されますと、前記(1)の「従業者80%以上引継要件」を満たさないこととなりますので、結果的にこの合併は、非適格合併ということになってしまいます。
非適格合併ということになりますと、K社は、通常の事業に関する損益だけでなく合併に伴う資産等の譲渡損益を含めた法人税の確定申告をしなければならなくなりますし、さらに、K社の有する合併の日前5年以内に開始した各事年度において生じた欠損金額をH社に引き継ぐこともできなくなります(法人税法第57条)。
ただし、非適格となることが必ずしも不利ということではなく、例えば、K社からH社に移転する資産に多額の含み損があり、引き継ぐ欠損金額が少額か又は存在しないというような場合には、むしろH社は時価評価後の資産等を引き継ぐために、非適格合併のほうがよいという判断もあります。

■ 役員、社員の退職給与に関する留意事項等
K社の役員については、合併時点でK社の役員としての地位を失いますので、そのことにより退職金が支給される場合には、K社の合併の日の前日までの事業年度中に開催される合併承認総会等においてその額が確定されなければなりません。
ただし、K社の法人税の計算においては、仮に退職金の額が確定しない場合でも、K社がその退職金の額を合理的に算定してその事業年度において未払金として損金経理すれば、その処理は認められます(法人税基本通達9?2?33、9?2?34)。
社員の退職給与に関する留意事項等としては、合併は“包括承継”ですから、会社と社員との間の労働契約は当然にそのままの形で引き継がれることとなります(会社法第750条第1項)。したがって、合併時点で社員に退職金の請求権が生じるということはありませんので、通常の場合、退職金は、合併後の法人を退職するときに勤続年数を通算して計算し、そのときに支給されることとなります。
本件の場合、合併時点で退職する社員は当然退職金の支給を受けることになりますが、J社長は、「退職金は通算しないからそのつもりで・・・」と発言していますので、H社へ移籍することとなる社員についても合併時点で退職金を支給すること、つまり退職金の打切支給を考えているようです。このような打切支給については、税法の原則からすれば退職給与とされないのですが、その支払いが相当の理由により行われるものであって、その後の退職給与の計算において、その支払いをした給与の計算期間を一切加味しないことを条件としてされたものであるときには、これを退職給与(打切支給退職金)として取り扱うこととされています(所得税基本通達30?2(1)、法人税基本通達9?2?35)。
ただし、この場合の「相当の理由」については、「その勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とは見られないなどの特別の事実関係がある」場合であることが必要です(最高裁判所第三小法廷昭和58年12月6日判決)。

■ 法人税以外の合併に係る会社の主な税金及び確定申告書等の提出等
(1)消費税
合併による資産の移転は、不課税取引ですから消費税の課税対象にはなりません(消費税法第2条第1項第8号、消費税法施行令第2条第1項第4号)。
(2)印紙税
合併契約書一通につき4万円の印紙税額となります(印紙税法別表第一第5号文書)。
(3)登録免許税
存続会社であるH社の増資や役員に関する登記、消滅するK社の解散登記、H社に移転する不動産の所有権の移転登記等に関して登録免許税の負担が生じます。
なお、吸収合併に係る登録免許税の計算方法については、平成19年5月1日から登録免許税法施行規則及び租税特別措置法施行規則の一部を改正する省令(平成19年財務省令第35号)が施行されたことに伴い、法務省民事局長から同省令の施行に伴う商業登記事務の取扱いについて通達が出され(平成19年4月25日付法務省民商第971号)、具体的な取扱いが示されています。
(4)地方税
イ 不動産取得税・・・非課税(地方税法第73条の7第2号)。
ロ 自動車取得税・・・非課税(地方税法第699条の4、地方税法施行令第55条の4)。
ハ 道府県民税、市町村民税及び法人事業税
適格合併が行われた場合に、道府県民税及び市町村民税の課税標準に関して地方税法第53条及び第321条の8に、法人事業税の欠損金額に関して地方税法施行令第21条に取扱いに関する規定があります。
(5)確定申告書等の提出
合併法人は、被合併法人に係る国税及び地方税の確定申告書の提出及び納税をしなければなりませんし、合併に係る異動届出書等を提出しなければなりません。
以上、合併に係る税務上の留意事項等についてその主なものを上げてみましたが、このほかにも株主に対する課税として、非適格合併の場合に被合併法人(事例の場合はK社)の株主に対し「みなし配当課税」(所得税法第25条第1項)がされることがあります。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21福岡 会長 豊永 石根  /  本文執筆者 弁護士 山出 和幸 、社会保険労務士 石橋 誠、税理士 衛藤 政憲



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