社会保険労務士・社労士をお探しなら、労務管理のご相談ならSRアップ21まで

第69回 (平成19年11月号)

「勝手に親に請求するな!」
社員の不始末を身元保証人が全額弁済!!

SRアップ21広島(会長:守屋 薫)

相談内容

「この四半期はかなり利益が上がった。今後も頑張ってくれ…」とK社長の訓示が始まりました。しかし、不思議なことに社員たちはニコニコしています。というのも、長い話が終わった後には、“社長賞”の支給が待っているからでした。K社長は、会社に貢献した者、会社に損失を与えた者、それぞれにきちんと対応する性格の持ち主です。前者だけならば、これほど良い会社はないのですが、ついに大事件が発生してしまいました。
「なにぃ!150万円盗まれただと!」K社長の前で営業部長とH社員が小さくなっています。実はH社員のミスで、ある国のブローカーに手付金を持ち逃げされたのでした。「お前らはバカか…この商売で…しかも外国人に手付金など支払うものか…」と怒鳴り散らします。「私は注意しろ…と言ったのですが…」と言い訳する営業部長をさえぎるように「もういい、とにかく不始末は自分で弁償しろ、いくら誤っても金は返ってこない…」と言うと社長室に戻りました。
さて2日後、H社員の始末書は提出されましたが、150万円を弁償する!という気配が一向にありません。K社長はついに痺れをきらし、「Hの身元保証人の電話番号をもってこい」と総務部長に言いつけました。
それから3日後、H社員が血相を変えて社長室に飛び込んでいきました。「勝手に人の親に電話して、150万円振り込ませるとはどういうことだ!」しかし、K社長も負けてはいません。「おい、誰かHの身元保証書をもってこい、ちゃんと“弁償します”と書いてあるだろう」と二人の言い合いが続いています。最後はH社員が「こんな会社辞めてやる。150万円も取り戻すからな」と捨て台詞をはいて社長室のドアを蹴りながら出て行きました。

相談事業所 E社の概要

創業
昭和58年

社員数
35名(パートタイマー 12名)

業種
雑貨等の輸入販売

経営者像

海外から珍しい雑貨等を仕入れ、国内の小売店に商品を卸売りするE社のK社長は64歳、幅広い人脈でさまざまなルートから商品を仕入れています。信賞必罰がS社長のモットーでした。


トラブル発生の背景

H社員の過失がどの程度のものかがはっきりしませんが、業務上の過失に対する責めを100%社員に請求できるものでしょうか。
H社員に無断で身元保証人に賠償させることも行き過ぎのようです。また、身元保証人がすべての責を負うものではありません。身元保証の限界についても、しっかりと学習する必要がありそうです。

経営者の反応

「損失は回収したし、できの悪い社員は辞めたし、結果よければ…という感じかな」とK社長が専務に笑いかけています。「社長、いくらなんでもかなり強引過ぎますよ、他の社員のことも考えてください。たまたまHの父親は金持ちですけど、今回のようなことが他の者にも通用すると思わないでくださいよ。」と専務がたしなめます。「しかし、それでは何のために身元保証人がいるのだ。今回のように社員が責任取れないから必要なんだろうが…」と聞く耳をもちません。専務は理論派で人事畑出身ですので、今回のことが大きな問題になるような気がして仕方ありません。「わかりました社長、しかし、今回の処置は専門家に検証してもらいましょう。他の社員への説明もあるし、Hがどのような行動に出るかもわかりませんし…」というと、「まぁいいだろう」とK社長もしぶしぶ承諾しました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:中井 克洋)

そもそもE社がH社員に対して、盗まれたお金を弁償しろと請求できるか、仮に請求できるとしても150万円全額を請求できるか、が問題となります。

■ H社員の責任の有無
E社がH社員に対して損害賠償請求する場合の法的根拠は、民法709条の不法行為責任もしくは民法415条の労働契約上の債務不履行責任です。そしてこれらの責任を追求するには、H社員に過失(ミス)があることが必要です。
どうやら、本件におけるH社員のミスは「この商売(海外からの雑貨仕入れ)」において、「外国人」に手付け金を支払うことはやってはならない、この常識を守らなかったということにあるようです。
その常識が本当かどうかはE社に立証責任がありますが、仮に本当であり立証できたとしてもそれだけでH社員の過失が認められるわけではありません。H社員がその常識を知らない場合には、H社員の経験年数、H社員に対するE社の指導・教育がどの程度なされてきたか、が問題となり、また常識として知っていたとしても今回の取引相手のやり方の巧妙さなどを総合的に検討する必要があります。

■ H社員の責任の程度
次にE社がH社員に責任を追及できるとしても150万円全額を請求できるとは限りません。
この点、最高裁は、「被用者の加害行為により、直接損害を被り、または使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し、損害の賠償または求償の請求をすることができる」と判示しています(最判昭51年7月8日)。この最高裁判例は交通事故の事例ですが、東京地判平成4年3月23日判決では、証券会社の歩合外務員が、上司から内金の入金があるまでは新たな買い付け注文をしてはならないと業務命令を受けていたにもかかわらず、入金のないままに新規注文をしてしまったことにより会社に損害を与えてしまったという事例があります。この場合は、株式を取引所に対して実際注文する部署が、この新規注文が業務命令違反であることを看過したとして、会社の過失割合を3割認めています。
このような判例などを参考にして本件を検討すると、営業部長が「注意しろと言ったのですが…」といっていますが、E社において取引相手との交渉や決済をチェックできる体制が日頃からどのようにとられていたのか、本件取引においてはその体制がどのように機能していたのか、の観点からの検討が必要となります。
しかしながら、前述東京地裁裁判例のように明確な業務命令に違反した場合であっても、会社の過失割合が3割認められていることからすれば、本件の場合、手付金を交付してはいけないと指示があり、かつ交付の場面においても経理できちんとチェックしていたが防げなかったなどの事情がない限り、H社員に対して全額を請求することは難しいのではないか、と思われます。
次にE社が150万円のうちある程度をH社員に請求できるとした場合、身元保証人の責任の有無および程度が問題となります。

■ 身元保証人の責任の有無
身元保証契約というのは、従業員の行為によって会社が被った損害を賠償することを約束するという旨の会社と身元保証人との間の契約です。この契約は、責任の範囲が抽象的であり、保証人の責任が重くなりすぎる危険があるため、「身元保証に関する法律」によって、その範囲が制限されています。
まず、期間は5年以内に定めなければならず、何の定めもしていない場合には3年と定めたものとみなされます(同法2条)。また、賃貸借契約のときによくあるような自動更新の規定は無効で、期間満了後も、身元保証が必要な場合には、期間満了の都度、身元保証契約を結ぶ必要があるとされています(東京地判昭和45年2月3日)。
本件では入社時に身元保証がされていますが、その後先の期間が過ぎていれば、そもそもH社員の親に対して責任を追及することはできず、E社は受け取った150万円全額を返還しなければなりません。

■ 身元保証人の責任の程度
仮に期間内であったとしても、身元保証の責任の範囲については、同法5条に、裁判所は身元保証人の損害賠償の責任の及びその金額を定めるにつき、(1)被用者の監督に関する使用者の過失の有無、(2)身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすにあたって用いた注意の程度、(3)被用者の任務または身上の変化、その他一切の事情を斟酌すると定められています。
そして、先程の判例ではこの第5条が適用されて身元保証人は本人の責任の4割だけの請求が認められております。また東京地判平成5年11月19日では、信用金庫の出納係が数ヶ月にわたってATMから合計110万円を抜き取って遊興費に費消したという事案で、信用金庫の側にも専ら同人のみにATMの管理をさせ、毎日の現金チェックをしていなかったなどの落ち度があるとされ、会社側の過失を認めて、身元保証人の責任は信用金庫の受けた損害の2分の1にとどめるのが相当であるとされています。
このような事例を参考にすると、例えばまずE社がH社員に対して請求できる金額が100万円であるとした場合、父親に対する関係では、会社の監督が十分だったのか、父親はどのような経緯で身元保証人になったのか、などの事情次第ではその100万円に対してさらに何割かが差し引かれることになると思われます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:青木 秀行)

労働関係における損害賠償については、一般の損害賠償とは異なり、民法や労働関係の法令・通達等、または労務管理という判断要素が網のごとく張り巡らされ、この判断要素や基準を無視して「弁償」を求めることを認めていません。
「損害賠償」については、弁護士が説明した通りですので、最初に労務管理上のポイントは何だったのか、を考えてみましょう。
まず、業務上の過失についての処置、および過失の程度、責任・役割度合いによる処分方法等を就業規則または労働協約等で明確にし、周知しておくことが肝要です。ここで注意しなければならないのは、労働契約の中で違約金を定め、または損害賠償額を予定して契約できないことです。(労基法第16条)
次に、過失が発生しない施策、方法、行動等社内で共有できる仕組みを構築することも大切です。たとえば、危険予知訓練、定期的なミーティング、安全マニュアルの作成、指導、助言、教育等を制度化し、組織のリスク管理として社内で徹底させ、ナレッジ効果を図っていくという方法があります。
また、上司・社員・部門間の報告・連絡・相談等のコミュニケーション(風通しのよさ)が良好な組織ほど、過失(ミス)回避につながっていることも確かです。
本件の場合、手付金について営業部長が注意を促し、この商売では払わないのが常識という背景があったにもかかわらずH社員は実行しています。会社は、正確な指導や取引方法の徹底がどの程度なされていたのかを精査し、労務管理上の不備があるとすれば、前述の方法で改善する必要がありそうです。

■ 身元保証人対策
会社はなぜ身元保証を求めるのか、会社の身元保証とはどういうものかを社長や人事担当者が理解していないと、今回のような問題を引き起こすことになります。

(1)身元保証契約とは・・・従業員が就業規則や労働契約上の義務に違反して使用者に損害を与えた場合、身元保証人がその従業員と連帯して賠償責任を負うことを約する契約ですが、この契約については「身元保証ニ関スル法律」により期間等の制限を定め身元保証人の保護を図っています。(弁護士の説明を参照)

(2)使用者の通知義務・・・身元保証法第3条は、使用者の義務として、[1]本人に業務上不適任又は不誠実な行跡があって、そのため身元保証人の責任を具体化するおそれのある場合、及び[2]本人の任務又は任地を変更したため、身元保証人の責任を加重し、又は本人の監督を困難にする場合は、身元保証人にその旨を遅滞なく通知しなければならないと定めています。身元保証人は、この通知によって[1][2]の事実を知ったときは、身元保証契約を解除することができます。(身元保証法第4条)
そこで、会社としては、[1][2]の事実があったかどうか、あった場合にはこれを身元保証人に通知したかどうか、常に留意する事務上の対策が必要になります。

(3)保証責任の程度・・・身元保証人の賠償責任の有無、及び金額(身元保証法第5条)は弁護士の説明を参照するとして、労務管理面から使用者として本人の監督を怠っていなかったかどうか、が重要な判断ポイントになるので注意を要します。

(4)身元保証人・・・身元保証人の人数は法律に定めがありませんので適宜決めます。多いと保証契約を複雑にしますので、業務内容により適格基準を明確にして2?3人立てさせるのが妥当でしょう。対象者としては近親者が多いようですが、「独立して生計を営む成年者」などと就業規則に資格基準を定めておくのも一策です。

さて、以上の身元保証に係る法律や考え方を踏まえ、どのように本件の収拾に向け取り組んでいけばよいのか検討してみましょう。
まず、本人に無断で身元保証人から全額の150万円を振り込ませたことは、判例や通知義務からも妥当な処置とは思われません。本人が納得していない以上、会社の採った処置や賠償額が不当として無効の訴えを起こされることが想定されます。
ここは、会社として行き過ぎた点は反省し、本人に対し会社として採る処置(制裁や賠償金)を明確にし、きちんと説明を行うことが今後の採るべき誠意ある態度と考えます。当然、身元保証人に対しても経過説明を真摯に行い、受領過多と判断すれば返金します。賠償額は、判例等を参考に今回の会社の監督や損害回避措置、業務命令の徹底等の程度を勘案して決めます。不明の場合は、弁護士に相談することをお勧めします。
次に、本人は「こんな会社辞めてやる。」と言って出て行きましたが、退職の意思を再確認する必要がありそうです。一時的な感情に基づいた発言かもしれませんので、ここは冷静になって退職の意思が真摯で確実なものかどうかを再度確認してみましょう。
いずれにしても、このまま放置することは他の社員に対しても労務管理上好ましくありませんので、早めにH社員と連絡をとり的確な処置を行ってください。
社長の「できの悪い社員は辞めたし・・・」と言う発言の奥には、社員に対する愛が感じられません。信賞必罰も行き過ぎると血の通わない冷めた人間集団を形成することになり、組織の活性化はますます遠ざかり、企業の存続すら危うくなります。これを機会に、人が人として成長する人事制度と組織風土改革に取り組まれることをお勧めします。

税理士からのアドバイス(執筆:荒神 五師)

本件について、身元保証人が支払った損害賠償金と会社が受け取った損害賠償金のそれぞれの取り扱いについてご説明します。

■ 身元保証人が支払った損害賠償金
H社員には全く返済能力がないことを前提条件として

(1) 身元保証人が雑損控除の適用を受けることができるか、という点については、所得税法上、雑損控除の対象となる損失は、災害、盗難または横領による損失に限定されています(所得税法72条1項)。身元保証人が支払った損害賠償金、即ち保証債務の履行に伴って生じた損失は、上記のいずれにも該当しませんから雑損控除の対象とはなりません。
(2) 保証債務の履行のため自己の資産を譲渡した場合において、求償権の行使ができないこととなった部分の金額については、所定の申告をすると譲渡所得の金額の計算上譲渡がなかったものとみなされます。(所得税法第64条2項)

このことは連帯保証人が保証をした者(主たる債務者)の債務を履行するため連帯保証人自身の土地等の資産を売却し、その返済にあてることが多くの場合に見受けられますが、保証債務の履行の範囲について民法446条(保証人の責任等)に規定する保証人の債務または、第454条(連帯保証の場合の特則)に規定する連帯保証人の債務の履行があった場合のほか、次の掲げる場合も、その債務の履行に伴う求償権を生ずることとなるときは、これに該当するものとしています。(所得税基本通達64-4)
1 不可分債務の債務者の債務の履行があった場合
2 連帯債務者の債務の履行があった場合
3 合名会社または合資会社の無限責任社員による会社の債務の履行があった場合
4 身元保証人の債務の履行があった場合
5 他人の債務を担保するため質権若しくは抵当権を設定した者がその債務を弁済しまたは、質権若しくは抵当権を実行された場合
6 法律の規定により連帯して損害賠償の責任がある場合において、その損害賠償金の支払いがあった場合
以上により、身元保証人の債務の履行についても保証債務の履行に該当し、所定の申告をすれば譲渡所得の金額の計算上譲渡がなかったものとみなされます。
しかしながら弁護士の説明にあるように、身元保証に関する法律による身元保証契約の期間に限定され、これを超える期間においての債務の履行は、身元保証人としての履行でないと言わざるを得ず、H社員の債務を弁済し、求償権の行使が不能であったとしても保証債務を履行するために資産を譲渡した場合の特例の適用は受けられないものと考えられます。
ところで、この適用の前提条件であるH社員の返済能力の問題、すなわち保証債務の履行に伴う求償権の全部または、一部の行使ができなかったかどうかは、当該求償権の相手方である主たる債務者について破産宣告などこれらに準ずる事情により資産状況や支払能力等からみて客観的に確実となった場合を指すものと解されています。そうすると、その反面、求償権が受けられないことが客観的に確実となったとはいい得ないにもかかわらず、これを放棄し、その結果として求償権を行使することができないこととなった場合には、主たる債務者に対する利益供与とみることが裁決されています(平2.11.9裁決)
参考までに、保証債務の履行を借入金により行い、その借入金を返済するためにした土地等の資産を譲渡した場合には、その資産の譲渡が保証債務を履行した日から概ね1年以内に行われているときは、実質的に保証債務を履行するために資産の譲渡があったものとして差し支えないこととして取り扱われますが、1年を超えてなされた場合には、その譲渡が実質的に保証債務を履行するためのものであることについて、納税者の方がそのことを明確に証明されたときは、保証債務の特例を受けることができる、となっています。
その際の借入金の利子については、資金調達のために生じた費用であり、また保証債務の履行に関連した債務であっても特例の適用を受けることはできません。

■ 会社が受け取った損害賠償金
会社が受け取った損害賠償金は収益として計上しますが、その計上時期については、法人税法基本通達2-1-43において法人(会社)が他の者から支払を受ける損害賠償金の額は、その支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するのであるが、法人がその損害賠償金の額について実際に支払を受けた日の属する事業年度の益金の額に算入している場合には、これを認めるとしています。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRアップ21広島 会長 守屋 薫  /  本文執筆者 弁護士 中井 克洋、社会保険労務士 青木 秀行、税理士 荒神 五師



PAGETOP