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第65回 (平成19年7月号)

「酒気帯び運転で免停だと!」
「なにぃ!今度は時間外手当だと」

SRアップ21高知(会長:岩山 隆)

相談内容

J社では、昨年の就業規則見直しの際に、「飲酒運転に関する」懲戒事項を追加しました。昼食時のビールをはじめとして、現場から直帰する際に飲酒することが多いことは前々からわかっていました。昨今の社会問題化の影響と会社の車を貸与していることを考えて、S社長が決断したという経緯があります。
ある日「社長、日曜日にF社員が酒気帯び運転で検挙されました…」と総務部長が報告にきました。幸い?にも飲酒運転による一発取消しは免れたものの、免停は避けられません。講習に行っても2ヶ月間は免許停止期間が発生します。
「困ったやつだなぁ…規則によると解雇となっているが、“酒気帯び”だから始末書提出と降格処分にするか…、しかし、車がないと仕事にもならないだろうし、どうするかだな…」F社員は、J社の中でも統率力があり、現場も安心して任せられる逸材です。解雇する気など毛頭ありませんが、他の社員への“示し”の問題があるため、S社長も困ってしまいました。総務部長とさんざん相談して、F社員は課長から係長に降格、これに伴い役職手当が3万円減額となりました。
「休日の事件を持ち出して懲戒なんて…会社のために仕事しているのにやってられないな…3万円減らされた分は残業手当を請求してやる」とF社員が居酒屋で荒れています。周りの同僚たちもF社員を煽るようにその場を盛り上げました。「社長!現場監督たちから残業手当の請求が…」給与の締切日に総務部長が慌てて飛び込んできました。「現場手当の額を超えた時間分の請求だそうです、どうも首謀者はFのようですね…」S社長はどうしてやったものかと、腕組みをしたまま身動きしませんでした。

相談事業所 J社の概要

創業
昭和60年

社員数
49名(パートタイマー 5名)

業種
電気設備工事業

経営者像

創立当時からの社員が多いJ社のS社長は64歳、建設業ということもあって何事にも強気の社長ですが、義理人情にも厚いことが求心力を高めています。社員たちもS社長に逆らうことなどありませんでした。


トラブル発生の背景

業務外に発生した事件について会社が懲戒を行うことができるのかどうか、確かに飲酒運転は“社会悪”として捉えられていますが、行き過ぎという懸念があります。
本件を契機にJ社の社員たちの不満が爆発したのかもしれません。長年培ってきた和が崩れようとしているとき、どのような対処方法が必要だったのでしょうか。

経営者の反応

「残業手当の申請をすべてチェックしろ…」と総務部長に言うと、S社長は考え込んでしまいました。F社員を懐柔すべきか、それとも、退社やむなしとしてあくまでも会社の方針を貫くべきか、一人で考えていても悩むばかりでなかなか答が出ません。しかし、残業手当については、社員たちに根気よく説明して(誰の指示で時間外労働を行ったのか、本当に必要な時間外労働かどうか、を焦点として対抗する)払わないで済ますようにしたいと結論づけました。「さて、問題はFをどうするかだなぁ…」本件がこれ以上大事になると、さらに大変なことになることを十分に理解しているS社長でしたので、法律上の問題で会社がリスクを負うことなく解決できる道がないかどうか、この点については社内で対応できる者がいないことから、相談先を探すことにしました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:参田 敦)

まず、J社の就業規則が私生活上の飲酒運転行為も対象としているため、このような就業規則が有効かどうか、が問題となります。
そもそも労働契約は,企業がその事業活動を円滑に遂行することに必要な限りでの規律・秩序を根拠づけるにすぎず、労働者の私生活に対する使用者の一般的支配までをも生じさせるものではありません。したがって私生活上の言動は、事業活動に直接関連を有するもの及び企業の社会的評価の毀損をもたらすものだけが懲戒の対象となりうる、とされています。そのため私生活上の行為が懲戒事由としてあげられていても上記のような見地から限定的に解釈、適用するというのが判例の考え方です。
そこでJ社の就業規則ですが、飲酒運転に対する社会的批判が高まり厳罰化が進んでいる昨今の状況や仕事上運転することが必要であること等を考慮すれば、私生活上の飲酒運転についての規則を設けることは有効だといえます。しかし、その懲戒処分の内容として即解雇とすることには問題があります。就業規則に定められていたとしても、懲戒処分は、違反行為の内容・程度その他の事情に照らして社会通念上相当なものでなければなりません。そうでなければ懲戒権の濫用として無効になります(最判昭和58・9・16、判例時報1093号135頁)。
本件の場合、休日において酒気帯び運転で検挙されたということですのでJ社の事業活動に直接関連するわけではなく、また1回目でもあり、昨今の飲酒運転に対する厳罰化状況を考慮しても、なおJ社の社会的評価の棄損を生じさせていないと思われますので懲戒解雇処分にすることは無効になると思われます。もっとも、今後さらに酒気帯び運転に対する非難が社会的に厳しさを増す状況になれば、即刻懲戒解雇処分とすることも有効となってくる可能性があります。
さて、本件ではF社員に対し、始末書と降格を併用していますが、この件について説明します。
始末書の提出は、通常、懲戒処分のうち、「けん責」処分の一内容をなします(もちろんそのことが規定されていることが前提です)。他方、「降格」は、懲戒処分として行われるもののほか、人事上の措置としての役職、職位、資格の引き下げとなります。今回の降格措置は懲戒処分として行われたようですので始末書の提出とは併科できません。
一つの就業規則違反行為につき二つの懲戒処分を科すことは二重に処分を科すことになってしまうからです。
なお、懲戒についてはけん責処分のみで、人事権の行使として降格がなされた場合には、二重処分に当たらず両方の措置をとることが可能です。ただし、人事権の行使であったとしても、権利の濫用は許されないので、相当の理由のない降格で、賃金が相当程度下がるなど本人の不利益も大きいという場合には人事権の濫用として無効になります(大阪地判平成11.9.20労働判例778号73頁等)。本件では、F社員が課長として率先して就業規則を守るべき立場にあること、現場に赴いて指揮しなければならないのに免許停止になると車が使えなくなるという事情等からその適正が欠如しているとして降格することは相当の理由があるといえ、人事権の裁量の範囲内といえるでしょう。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:秋山 直也)

昨今飲酒運転による悲惨な事故が大きくマスコミに取り上げられ、飲酒運転に対する社会の目が非常に厳しくなっています。このことから昨年の就業規則の見直しの際に、「飲酒運転に関する」懲戒事項を追加し、社員の飲酒運転を防止しようとした社長の姿勢は間違っていないと思います。しかし懲戒処分についての認識不足から本件のようなトラブルが発生したと思われます。そこで懲戒処分について少し解説します。

懲戒処分とは、雇用関係において使用者が行う制裁で、企業秩序を侵害した者に対してなされる不利益処分をいいます。労基法第89条1項9号には、「制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項」を就業規則の相対的記載事項とし、同第91条は「減額の制裁」に関する制限を定め、制裁としての懲戒処分を容認しています。ただしこの懲戒処分を社員に課するにあたっては、守らなければならない原則があります。
(1)罪刑法定主義
懲戒処分をなすには、その行為が就業規則に定められている事由に該当するものでなければならず、その処分が就業規則に定められている種類の処分でなければなりません。
また一つの違反行為に対して二重の処分をするということは許されません。
(2)平等処遇の原則
同じ規律に同じ程度違反をした場合、これに対する懲戒処分は同一種類かつ同一程度でなければなりません。また、人により処分に差をつけるようなことをしてはなりません。
(3)相当性の原則
社員の行った規律違反行為とそれに対して課せられる懲戒処分がつりあいのとれたものでなければなりません。軽微の違反に対して、重い処分を課すことは懲戒権の濫用として無効となります。
(4)処分手続の適正
懲戒処分の手続きが就業規則や労働協約で定められていれば、その手続きを経なければならず、それを遵守していないとそれだけで処分が無効となります。
以上の要件を満たすことにより懲戒処分が有効となります。

本件では、F社員が降格処分として課長から係長に役職が下げられ、これに伴い役職手当も減額となりましたが、降格処分をしても、同一職務に従事させながら賃金のみを減額するものであれば、労基法の減給制裁の制限違反となります。すなわち仕事は従前と同じでありながら懲戒としての「降格」処分により課長が係長になり、課長の仕事をそのまま続けているにもかかわらず、賃金は係長の賃金に下げているような場合です。
なお、本件では就業規則の懲戒事項の中に「飲酒運転=解雇」となっているようですが、社長の飲酒運転を絶対に止めさせたいという意気込みは理解できますが、規定としては問題があります。というのは、一概に飲酒運転といってもその内容や程度に大きな差があるからです。飲酒運転により交通事故を起こした場合と取り締まりで検挙された場合とでは同じ飲酒運転でも全くその内容が違ってきます。実際の裁判でも飲酒運転について懲戒処分としての解雇が直ちに認められている訳ではありません。飲酒運転については、その情状(行為の動機、態様及び結果、故意又は過失の程度、他の社員及び社会に与える影響、過去の非違反行為有無、事件後の対応)により、懲戒解雇以外に減給や出勤停止等の処分を課すことができるような規定にしておくことも検討した方がよいでしょう。
以上のように懲戒処分を課すにあたっては、その要件を十分満たしておく必要がありますが、行き過ぎた懲戒処分は、他の社員に与える影響が大きく、モチベーションが低下するだけでなく、会社への反感を植え付けてしまうことにもなりかねません。
またF社員への対応をきっかけに、その他の社員の不満が爆発したようですが、その原因の一つに残業手当の未払いがあるようです。現場監督には現場手当を支給することにより残業手当に代えているようですが、残業手当が現場手当を超える場合には当然その差額分は残業手当として支給しなければいけません。現場監督の場合、外出している時間が長いとはいえ、会社として当然時間管理を行わなければなりません。今後は時間管理を徹底し、残業をする場合にはその手順を定めておくなどして、後から残業手当を請求されるようなことが無いような仕組みづくりを進めることが重要です。

税理士からのアドバイス(執筆:藤原 高博)

F社員は休日も社有車を利用していますが、法人が社用車を社員に貸与し、通勤並びに休日使用を許可している場合、社員が受ける経済的利益についての給与所得の所得税課税についてご説明します。
所得税法第28条第1項において、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下、「給与等」という。)に係る所得をいう。」ものと規定しています。
一般的に、給与所得は、勤務関係に基づいて使用者から定期的に支払われる給料、賃金等及び臨時に支払われる賞与など金銭で支払われるものだけでなく、所得税法第36条第1項の規定による物や権利等の供与による経済的利益(いわゆる現物給与)についても給与所得に含まれることになります。なお、通勤手当等一定の場合には、課税されない場合があります。(所法9条1項4?8号)
いわゆる現物給与として所得税の課税対象となるものを形態別に分類すると、次のようになります。

1.
物その他の資産の譲渡を無償または低い対価で受けた場合におけるその資産のその時における価額またはその価額と実際に支払う対価の額との差額に相当する利益。
2.土地、家屋その他の資産(金銭を除く)の貸与を無償または低い対価で受けた場合における通常支払うべき対価の額、またはその通常支払うべき対価の額と実際に支払う対価の額との差額に相当する利益。
3.金銭の貸付けを無利息または通常の利率よりも低い利率で受けた場合における通常の利率により計算した利息の額と実際に支払う利息の額との差額に相当する利益。
4.2.3以外の用役の提供を無償または低い対価で受けた場合におけるその用役について通常支払うべき対価の額またはその通常支払うべき対価の額と実際に支払う対価の額との差額に相当する利益。
5.借入金その他の債務の免除を受けた場合または債務の負担をしてもらった場合におけるその免除を受け、または負担してもらった金額に相当する利益。(所基通36―17?19―28?37)

給与所得とされる金銭以外の物または権利その他の経済的利益の価額は、原則としてその物もしくは権利を取得し、またはその利益を享受する時における価格(時価)とされています。(所法第36条2項)
ただし、現物給与の主なもので次に掲げるものは、次のように取り扱われることになっています。
1.新株等を取得する権利の価額
  発行法人から有利な発行価額による新株その他これに準ずるもの(新株等という。)を取得する権利を与えられた場合(株主等として与えられた場合を除く。)におけるその権利の価額は、その権利に基づく払込期日における新株等の価額(時価)からその新株等の発行価額を控除した金額によります。(所令84条、所基通23?35、共9?10)

1.新株等を取得する権利の価額
  発行法人から有利な発行価額による新株その他これに準ずるもの(新株等という。)を取得する権利を与えられた場合(株主等として与えられた場合を除く。)におけるその権利の価額は、その権利に基づく払込期日における新株等の価額(時価)からその新株等の発行価額を控除した金額によります。(所令84条、所基通23?35、共9?10)
2.法人等の資産の専属的利用による経済的利益の額
  法人の事業の用に供する資産を専属的に利用することにより個人が受ける経済的利益の額は、その資産の利用につき通常支払うべき使用料その他利用の対価に相当する額(その利用者がその利用の対価として支出する金額があるときは、これを控除した金額)とされています。(所令第84条の2)
3.社員に対する住宅等の提供
法人が社員に対して無償または低額の賃貸料で社宅や寮等を貸与することにより供与する経済的利益については、一定の算式(所基通36―45)により計算した賃貸料相当額と実際に徴収している賃貸料との差額が給与等として課税されることになります。(所基通36―45)
4.その他現物給与等の評価(所基通36―36?46)
現物給与の中には、その性質上
(1)所得税を課税しないとしているもの
(2)一定限度を定めてその限度額以内の場合には、課税しないとしているもの
(3)価額を一定の方法によって割引評価して課税対象を計算することとしているもの等があるので、注意が必要です。(所基通36―21?50)

課税の対象となる現物給与については、通常の金銭で支給する給与等に上積みして所得税の源泉徴収の対象にしなければなりません。したがって、現物給与を支給した場合には、所得税法第183条1項の規定により源泉徴収しなければならないこととされています。

本件では、社有車を社員に通勤ならびに休日使用させているので、前述【物その他の資産の譲渡を無償または低い対価で受けた場合】に該当し、その他の資産(社有車)を無償で貸与したことによる経済的利益の供与があったと認められ、その経済的利益相当額が現物給与として課税の対象となり、金銭で支給する給与に加算して源泉徴収することになります。

■事務処理上の留意
現物給与として源泉徴収の対象となるのは、通勤及び休日使用する場合のこれらに対応する場合の経済的利益であるので、車用車関連費用(減価償却費、税金、保険料、ガソリン代等)を合理的な基準等(例えば走行距離)で按分して、適正な現物給与の額を算出する必要があります。
また、社用車を通勤のために貸与した場合には、別途通勤手当を支給した場合でも通勤手当の非課税規定の適用はありません。
なお、社用車で、自宅から作業現場まで直接行く場合等、社用車の使用が業務上の必要性による場合には、その使用に起因する経済的利益については、課税されることはありません。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21高知 会長 岩山 隆  /  本文執筆者 弁護士 参田 敦、社会保険労務士 秋山 直也、税理士 藤原 高博



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