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第62回 (平成19年4月号)

「今月も“生理休暇”か…」
来月から無給にするかな…!!

SRアップ21山形(会長:山内 健)

相談内容

「社長、H子から先ほど連絡がありまして、本日は生理休暇をお願いしたいとのことです」とR社の総務部長が報告に来ました。「毎月毎月、生理休暇を取得するのはH子だけだな…、他の社員は頑張っているのに何とかならないかなぁ…派遣先には謝っておいてくれ…」とY社長がため息をつきます。R社の就業規則では、月に1回の生理休暇を有給としています。女性社員は15人ほどですが、生理休暇として休暇を取得してくるのはH子だけでした。頭にきたR社長は、2ヵ月後から生理休暇を無給にするように総務部長と話を進め始めました。
1ヵ月後の全体ミーティングの日、「生理休暇は労働基準法で定められている休暇です。もとより、これを否定するつもりはありません。ただし、これまで月1日は有給処理していたものを、今後は各自の有給休暇を利用していただくことにします。男性と女性、また、女性と女性の間に不公平がないようにしたいからです…」とY社長が説明すると、特に社員たちからの反応はありませんでした。「こんなことなら、早くこうしておけばよかったな」ミーティングが終わった後にY社長と総務部長が談笑しています。すると、そこにH子が現れました。「私だけをターゲットにしていますね、辞めろということですか…」と真っ青な顔で問いただしてきます。「いやいや、今後のことを考えると全社員に公平な休暇制度としたいだけだ。生理休暇がダメだと言っているんじゃない。誤解するなよ」とY社長と総務部長。
H子は二人を一瞥すると「今日でやめます」といって踵を返しました。その日の夕方にH子の父親から電話が入りました。「ひどいことをする会社だ。昔からH子には腫瘍があって大変なんだ。それでも一生懸命働いているのにひどい仕打ちだ…」とY社長が口を挟めないほどの剣幕で攻め立てられました。

相談事業所 K社の概要

創業
平成15年

社員数
44名(パートタイマー 2名)

業種
人材派遣業

経営者像

テレビ局を退職して、古巣の会社に人材派遣を行う事業を開始したY社長は63歳、その人脈を利用した人材派遣は、今のところ順調です。ただし、テレビ番組の制作という業務の特殊性から、労働時間や休日の問題で、日夜頭を悩ませています。


トラブル発生の背景

テレビ番組の制作という仕事から、“急な休み”に対しては、とにかく対応が難しかったことは事実です。しかし、Y社長は感情的な対処策に走ってしまいました。
労働者の権利よりも事業の運営が第一か、それとも労働者の権利を十分に踏まえて事業運営方法を構築するのか、R社だけではない多くの中小企業のテーマに向けて、それぞれの企業が努力することが必要だと思います。

経営者の反応

「H子のおやじさんがどこかに訴えると言っていたが、大丈夫かな…」とY社長は不安そうにしています。「別に、生理休暇を有給にしなければならないと法律に定義されていませんから、問題ないですよ」と総務部長。
3日後、H子から内容証明郵便がY社長宛に届きました。その内容は、嫌がらせを受けて精神的な被害を被ったとして慰謝料80万円を支払え、というものでした。「おいおい、80万円の請求がきたぞ!どうする…」というY社長に、「どこかに相談しているかもしれませんから、無視すると厄介かもしれません。こちらも相談先を探しましょう」というより早く総務部長が動き始めました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)

労働基準法では「使用者は、生理日の就業が著しく困難な女性が休暇を請求したときは、その女性を就業させてはならない(労基法68条)」と規定しています。これが一般に生理休暇と呼ばれるものですが、休暇中の賃金については、R社の総務部長の言うとおり、「有給にしなければならないと法律に定義されていません」から、就業規則等に別段の定めがなければ無給ということになります。しかし、それを根拠に、これまで有給としていたものを無給にすることに問題がないとはいえません。R社は、就業規則で月1回の生理休暇を有給と定めていたのですから、これを無給とするのは、就業規則を不利益に変更することになり、その有効性が問われることになります。
使用者による就業規則の不利益変更は、労働者個々の同意がなければ、労働者を拘束できない(その変更は無効)というのが原則です。判例によると、不利益に変更された就業規則の労働者に対する拘束力が例外的に肯定されるためには、「その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有する」ことが必要されています。
生理休暇についての不利益変更に関する判例としては、有給の生理休暇を年24日から月2日に変更し、有給の率も100%から68%へと変更した事案で、変更により従業員が被る不利益の程度が僅少であり、当該変更との関連で賃金の大幅な改善が行われたこと、旧規程下では生理休暇取得が濫用される状況にあったこと、会社は労働組合と度重なる交渉を行っていたことなどの事情から、変更は十分な合理性を有するとされたものがあります(タケダシステム事件?最二小判昭58・11・25、同事件差戻審?東京高判昭62・2・26)。しかし、R社の場合は、代償的な措置も社員らとの事前の協議も一切ないまま、いきなり有給を無給にしてしまったものであり、生理休暇を請求しない他の女性社員との公平というだけでは、この変更に合理性を認めるのは困難で、社員に対する拘束力も認められないと判断されるおそれが高いと考えられます。

それでは、R社ないしY社長は、H子の請求通りに慰謝料を払わなければならないのでしょうか。
H子にしてみれば、自分1人をターゲットにした嫌がらせを受け、退職を余儀なくされたのだから、慰謝料80万円位は当然だと言いたいところでしょう。しかし、H子の退職は自己都合退職であって、会社側が退職せざるを得ないように強要したとまではいえません(生理休暇が無給化されると就業が困難になるとはいえないでしょうし、R社ないし、Y社長にH子を退職に追い込もうとの意図があったとも思えません)。また、H子1人をターゲットにした嫌がらせとの点も、確かにH子の毎月の生理休暇取得が無給化発案のきっかけとなってはいますが、H子以外の社員も生理休暇を請求する可能性は当然あり、その場合にはH子以外の社員にも適用されるわけですから、H子1人を狙い打ちにした嫌がらせとまでは断定できないと思われます。従って、R社ないしY社長の行為には、慰謝料請求が認められる程の違法性はない、あるいは違法性は認められるとしても、その程度がそれ程高くないので、認容される慰謝料の額は少額に留まると考えられます。
R社としては、有給だった生理休暇を無給に変更する代わりに代償的な措置(例えば有給休暇の日数を増やすとか)も講じることとして、事前にH子も含めた社員らとの間で協議の機会を持っておくべきでした。また、H子は既に退職を宣言してしまっていますが、H子が社員として有能であれば、その退職はR社にとって損失です。R社ないしY社長は、今後合理性のある休暇規程を整備することを条件に誠意を尽くしてH子に説明し、H子が退職と慰謝料請求を撤回し、R社に戻るよう働き掛けてはどうかと思います。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:池田 順一)

まずは、労働者派遣の歴史と派遣にからむ法律的な点をご説明しましょう。
かつては正社員が企業における主な雇用形態でしたが、女性の社会進出、産業構造の変化や情報技術革新の進展、労働者派遣法の改正といった制度面や環境の変化等に加え、企業側のニーズと労働者側のニーズが変化し、雇用形態の多様化が加速しています。
特に、R社のような人材派遣会社が雇用する労働者数は、平成15年度には236万人と過去最高を記録し、平成11年度の2倍になり、その後も増加し続けています。
労働者派遣法は昭和61年に制定され、当初の派遣業務は研究開発や秘書など専門職に限定されていましたが、平成11年の改正では一部の派遣の対象にできない職種を除き原則自由化とし、平成16年の改正では、従来禁止されていた製造業務への派遣が解禁され、これに伴い製造業の現場においても、請負とともに労働者派遣の活用が増えてきました。
しかし、物の製造業務への派遣は、平成19年2月までは派遣受入期間が1年とされ臨時的・一時的なものに限られており、恒常的製造業務はあくまでも請負・業務委託による必要があります。
労働者派遣とは、派遣元事業主と派遣先事業主との労働者派遣契約に基づき、派遣元事業主が「自己の雇用する労働者をその雇用関係の下に他人の指揮命令を受けて当該他人のために労働させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする。」(派遣法2条1号)とされています。つまり、(1)派遣元事業主と派遣労働者とは雇用関係があり、派遣元事業主は雇用主としての責任があること、(2)派遣先事業主と派遣労働者とは、雇用関係はないが指揮命令関係があることとなります。
最近、新聞紙上で「偽装請負」が話題となっています。請負(民法632条)には注文主と請負業者の労働者との間には雇用関係・指揮命令関係はありません(労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準 昭和61年4月17日 省告示第37号)。かりに注文者がその労働者に対し指揮命令をすれば労働者派遣となります。
本来、労働基準法や労働安全衛生法等の義務の主体は労働者と雇用関係にある事業主ですが、派遣労働者が実際に働く場所が派遣元事業主の管理が及ばない場所にある場合が多く、労働基準法等の特例としてその労働者を指揮命令しその場所を管理する派遣先事業主を事業主とみなして責任を負わせています。(派遣法44条)
大別しますと、労働基準法の枠組みに関する事項については派遣元事業主、具体的管理に関する事項については派遣先事業主が使用者としての責任を負います。
例えば、36協定の締結・届出は派遣元事業主が責任を負い、時間外労働の指示など実際の労働時間の決定については派遣先事業主が責任を負うこととなりますし、他に注意すべき点として、派遣元事業主には割増賃金の支払(労基法37条)、年次有給休暇の時季変更権(労基法39条)、産前産後休業(労基法65条)があり、派遣先事業主には妊産婦の時間外労働等の禁止(労基法66条)、育児時間の付与(労基法67条)、生理休暇の付与(労基法68条)などがあります。

R社は社員数が44名ですので常時10人以上の労働者を使用している就業規則作成・届出義務者(労基法89条)であり、既に規則は提出済ですので、その点に関しての問題はありませんが、今回のトラブルの原因である生理休暇の無給変更については、弁護士の説明の通り、社長の意向のみで先走りすぎたようです。
就業規則にある月1回の有給である生理休暇を無給とすることは就業規則記載事項の変更に該当し、労働者の過半数を代表する者の意見を聴取し、その意見を記した書面を添付し、改定手続きを行わなければなりません(労基法90条)が、就業規則はもともと企業を運営していくうえでの労働条件や服務規律を統一的に管理するために必然的に生まれてきたものであり、判例においても「就業規則は本来使用者の経営権の作用として一方的に定め得る。」(昭和27.7.4 最高裁判決)となっています。
しかし、変更により年間12回取得できた有給の生理休暇が全て無給になることの不利益の程度、変更と関連として行われる賃金の改善状況、事前の労働者への説明などで変更の合理性を判断し、合理性のない不利益変更は無効とされます。(合理性の要件 最高裁判決 平9.2.28 「第四銀行事件」)
Y社長は生理休暇を各自の年次有給休暇を消化することにより、実質的に有給の場合と同様の賃金を得られるとの考えであるようですが、本来、年次有給休暇は労働者の権利であり、その消化を事業主から指示されるべきものではありません。
本件は、H子さんが頻繁に生理休暇を取得したことによるものですが、そもそもH子さんが頻繁に生理休暇を取得する原因が何であったのかを知る努力をしていたかどうか、という労務管理上の問題も生じています。
一般的に派遣先企業と派遣元企業の力関係は微妙なことが多く、Y社長もH子の急な休みで派遣先企業に迷惑をかけているとの意識昂じ本件に至ってしまいました。
まだ創業3年目で労務管理上の各種整備ができていない部分があるのはやむを得ないのですが、早急に就業規則上の規定が派遣先企業の現場に対応しているかどうかを含め全従業員と十分に話合い、その内容の再確認をすべきであります。
また、従業員に対する教育訓練を必要に応じて実施し、他の派遣企業との競争を勝ち抜けるように、スキルの向上を図る必要があります。現在は期間の定めがありますが、人材投資促進税制の活用が可能です。

税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)

労働者からの慰謝料請求に対して、実際に会社側に支払い義務が発生した場合には、税務上も注意すべき点がいくつかあるように思われます。
まずその請求がきた時点でR社では、会計上、なにか処理すべきことがあるかどうかという点です。
通常の商取引においては、商品が納品されたり、あるいはサービスの提供を受けた場合にはその時点で、つまり商品の到着時点あるいはサービス提供の完了した時点で、費用(債務)を計上することになります。その時点で会社側に支払い債務が発生したと考えることができるからです。相手方は逆に債権、すなわち収益を認識することになります。請求書等がまだ相手方から発行されていなくとも、会計上は両者がその事実関係を了解した時点で、双方に債権・債務の関係が発生したと考えるからです。ただし、当事者間で、例えば、納品時ではなく商品の検収を終了した後に、請求を行うといった契約がある場合等は、検収終了時点が債務確定時点となります。

さて本件の場合、H子からは慰謝料の請求が既にR社にされていて、しかも当然ながらその原因となる事実も既に発生しているわけです。しかし、本件の場合は、その事実についての認識が、双方で食い違い、しかもその慰謝料の金額どころかその請求自体についても何ら合意がなされていません。このような場合に税法では、先の例でもわかるように、民法上の契約関係やその他の法的基準によりその損失(債務)等を計上するのではなく、むしろ経済的実態に視点を置き、損益(債権債務)の発生時期を認識します。
つまり両者の和会等が成立した時点で、これを認識します。場合によっては金額のみがさらに遅れて確定することもあるでしょうが、そのようなときには、R社側では、その金額を見積り計上しておく、といったことが可能なケースもあるかもしれませんし、例えばそれが決算時期と少しずれてしまった場合、例えば決算期末が三月三十一日で、和解成立が四月十五日だったという場合には、決算日の三月三十一日で未払の債務を計上すべきだと思われます。
第二の問題は、支払われた慰謝料は、支払った側にとって税務上どのように取り扱われるのか、同様に、受け取った側ではどのように取り扱われるのか、という点が問題になりそうです。
まず支払側から検討してみましょう。通常のケースであればR社の単純な損失として、税務上も損金処理されることが多いと考えてよいでしょう。しかしどんなケースでも同じとは考えないほうが良いかもしれません。
たとえばR社が支払った賠償金相当額について、今度は、株主側から、役員に対して、役員が会社に損害を与えたとして損害賠償を求められる、といったことも考えられるからです。株主から会社への返還請求がなされれば、その結果として、会社の債務ではなく役員個人の債務にすりかわってしまうこともあるわけです。
またケースによっては、その原因となった行為等が、役員の故意または、重過失に基づくものであったとして、その支払いそのものが、役員に対する賞与として取り扱われることがあるかもしれませんので注意が必要です。
次に、慰謝料の請求をして、その支払いを受けたH子の方は、所得税法上の取り扱いが問題となります。
受取った金銭は、労働の対価ではなく、また労働者の地位によって得たものでもありませんから「給与所得」にはなりません。『法人からの贈与により取得する金品』に該当すれば、一般的には、「一時所得」として所得税の課税対象となりますが、この場合には、『心身に加えられた損害につき支払いを受ける慰謝料その他の損害賠償金』としての性格を有するものと考えてよいでしょうから、所得税法の考え方としては、“非課税”として処理することになります。

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SRアップ21山形 会長 山内 健  /  本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 池田 順一、税理士 木口 隆



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