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第59回 (平成19年1月号)

「有給休暇期間中に就職しただと!?」
就職日以降の賃金を返せ!!

SRアップ21福岡(会長:豊永 石根)

相談内容

「もたもたしないで早く手を動かせ、俺が若い頃には先輩の後ろにくっついて仕事を盗んだもんだ。何かというと残業だ、有給だ、なんて…仕事ができるようになったら言ってこい…」今日もM社長の小言が始まりました。ベテラン社員は慣れていますが、若い社員にはかなり抵抗感があるようです。「そう言われても法律は法律だしね、頭にくるようなことを言わないで欲しいよな」という感じで、いつもぐちを言いながら、だらだら仕事しているようです。
「社長、今ハローワークから連絡があって、先月辞めたW社員が9/5に他社へ就職したので、うちの退職日を9/4に訂正してくれ、と言っていますが…」と総務部長が報告に来ました。
「確かWは、有給休暇を全部使って辞めたやつだな、退職日は9/25じゃなかったかな…」M社長は少し考えて「退職日を訂正したら、その日以降の賃金はWから返してもらえるのかどうか聞いて対応しろ」と答えました。総務部長はハローワークの担当者といろいろ話しましたが、結局退職日を訂正することなく電話をきりました。
M社長は「Wに9/5以降14日間分の有給休暇に対する賃金を返却するように内容証明を出せ、向こうが違法なことをしているのだから当然だよ」と総務部長に言いつけると、また仕事に戻りました。仕方なく総務部長が内容証明を出した3日後、W社員から電話がかかってきました。「在職中は有給休暇なんて利用できるような環境じゃないのはわかっているでしょ、せめて最後に当然の権利を行使するくらいいいじゃないですか、返金なんてしませんよ」と言われた総務部長は困ってしまいました。社長に報告すると「返すまで何度でも請求しろ、他の社員にも示しがつかない、兼業禁止の規定だってあるんだ。正しい主張をして何が悪い」と怒鳴られました。

相談事業所 S社の概要

創業
昭和46年

社員数
51名(パートタイマー 17名)

業種
金属加工業

経営者像

一代でS社を大きくしたM社長は67歳、息子が常務で跡を継ぐ予定です。頑固で少しケチなM社長は、人生教訓を基にしたような社員教育を実践していますので、若い社員がなかなか定着しません。社員の平均年齢が高いS社です。


トラブル発生の背景

M社長の考え方は正しいのでしょうか。総務部長もM社長に言われたままに動いていますが、ことを起こす前に適切な相談を行った方がよい事案だったような感じです。
退職時にまとめて残存有給休暇を請求するケースが中小企業でも多くなってきました。
この有給休暇期間中に転職先が決まることも多く、有給休暇の意味合い自体を経営者が理解できていない状況です。

経営者の反応

「社長、いくら通知を出してもWは何の連絡もよこしません。今後社員に注意すればいいのですから、もうやめませんか」と総務部長か進言しますが、M社長はなかなかあきらめません。「Wのように雇用契約を無視しておきながら、法律を盾にとって金銭を搾取するようなやつを放置しておけない。こうなったら訴訟を起こしてでも返させてやるかな…」と鼻息が荒くなっていました。「そうだ、相談できる先生を探して手伝ってもらってもいいぞ、この機会に退職時の有給休暇請求を何とか阻止できるような対策も教えてもらえ」と言うとニコニコ笑いながら仕事に戻っていきました。「俺が試されているのかな?」と、総務部長はいやな感じを持ちながらも、結果を出すべく相談先を探し始めました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:山出 和幸)

M社長は、W社員が年次有給休暇を退職時にまとめて使ったことが気に食わないようで、退職する者には年休を与える必要はないと考えているのではないかと思われます。
確かに労働基準法第39条の年次有給休暇の制度は、休日の外に毎年一定日数の有給休暇を労働者に与えることによって労働者の心身の疲労を回復させ、労働力の維持培養を図ることを目的とするものですから、今後の労働力の提供が期待できない退職する者については年次有給休暇の制度は適用がないと考えたのかも知れません。
しかし、法律上は、年休をいかなる目的に利用するかについては何らの制限も設けていませんし、休暇を何の目的に利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であると解されています。
また、年次有給休暇の権利は、労働者が6ヶ月間(2回目以降は1年間)継続勤務し、全労働日の8割以上出勤するという客観的要件(労働基準法第39条1項、2項)を充足したときには、法律上当然に発生する権利であり、労働者の請求をまって発生するというものではありません(最判昭和48年3月2日民集27巻2号191頁等)。
ただし、労働者が、具体的な休暇の始期と終期を特定して休暇の時季を指定したときにおいて、「事業の正常な運営を妨げる場合」(労働基準法第39条4項但書)は、使用者は例外的に労働者の指定する時季を変更することができます。ここでいう「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、単なる主観的判断ではなく、客観的にそのような理由があることが認められなければならず、「その企業の規模、有給休暇請求権者の職場における配置、その担当する作業の内容性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、時季を同じくして有給休暇を請求する者の人数等諸般の事情を考慮して、制度の趣旨に反しないよう合理的に決すべきものである」(名古屋高判平成元年5月30日労民集40巻2?3号393頁、広島地判平成5年4月14日労判634号53頁等)とされており、単なる業務繁忙程度で変更することは認められていません。
本件の場合、W社員は退職する日までは労働関係が継続しているのですから、年休の時季を指定したときは、先に述べたような「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当しない限り、使用者は時季を変更することはできませんので、W社員は、たとえそれが退職時にまとめてであれ、指定した時季に年休として休むことができることになります。

次に、W社員が退職することを前提にして年休をとりながら、その期間中に他の会社に就職して労働したことで、その年休はどうなるか、また、兼職禁止の規定に反しないか、ということを検討してみましょう。
年休については、前述したとおり、原則として年休をいかなる目的に利用するかは労働者の自由に任されており、使用者は利用目的いかんによって年休の申出を拒否したり、すでに行使した年休を取り消したりすることはできませんので、S社は、W社員がすでに他社に就職していることを理由にして年休を取り消すことはできませんし、まして年休に対する賃金の返還を請求することもできません。
兼業禁止規定については、多くの会社が就業規則で「会社の許可なく他人に雇われること」を禁止し、その違反を懲戒事由と定めています。しかし、労働者は、本来、勤務時間外の時間を自由に使用できるはずですから、兼業禁止を定めた就業規則の効力が問題となります。裁判例は、就業規則で兼業を禁止することの合理性を肯定していますが、兼業禁止規定違反を理由として懲戒処分を有効としたものは、兼業の内容が長時間、かつ、深夜に及ぶ等本来の労務提供に支障を及ぼすような態様のもの(東京地決昭和57年11月19日労民集33巻6号1028頁等)や、競合会社への就職(名古屋地判昭和47年4月28日判例時報680号88頁等)等に限定しています。
W社員の場合、退職前の有給休暇期間中の就職であることから、S社に対する労務の提供に支障を生ぜしめることはないといえますし、競合会社への就職とも認められませんので、W社員は兼業禁止の規定に違反していないことになります。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:黒田 隆二)

M社長の思いからすると、W社員は業務の引継ぎも十分に行わず、有給休暇を全部使って計画的に辞めてった憎いやつでしょう。さらに、有給休暇期間中に求職活動をし、次の就職を決めて、S社退職前に転職先に出社している。元社員の都合で退職日を前倒ししてくれ、残った有給休暇分の賃金は返さないよ。まさにやりたい放題。腹の中は煮えくり返り、社長ならずとも何とか一矢報いてやりたいと思うのが人情というものかもしれません。
しかし、ここで頭を冷やしてよく考えてみましょう。W社員は辞めていった人間です。社長の精神衛生上は、ここでW社員と一戦交えて懲らしめれば溜飲が下がるのでしょうが、そのために費やすエネルギーをもっと有効に活用したほうが賢明であります。去ってしまった人間よりも、大切なのは社内に残った社員たちです。ここで気持ちを大きく切り替えて、謙虚に会社全体を眺めてみましょう。そうすれば新しいものが見えてくるものです。なぜ、若い社員が、定着しないのか、士気が上がらないのか、抵抗感があるのか。社長がそれぞれに気づいて、少しずつ変化していけば状況が改善されていきます。そうすれば第2、第3のW社員が現れることはないと思います。
さて、直前まで退職を秘匿し、有給休暇取得から退職という手段をとる労働者に対し、「ちゃんと引継ぎができないなら、休暇分の賃金を支払わない」と使用者が反論し、賃金未払問題として相談機関に持ち込まれるというのは、お定まりのコースです。結果的に休暇は与えなければなりませんし、賃金未払となれば労働基準監督署に申告されます。 これに納得できない使用者が、在職中の労働者の起こしたトラブルを掘り返して損害賠償請求をする。次の就職先に悪口を言うといった泥仕合になることもままあります。 このような不毛な消耗戦を招かないためにも、退職の引き際は、ごたごたしないほうがスマートです。
使用者としては、引継ぎに必要な日数分、退職日を遅らせることができないかを交渉する余地があります。また就業規則に「退職にあたっては所定の引継ぎをしなければならない」旨の規程を設けることができます。(会社側に有給休暇の利用を認める義務があるのと同じく、労働者側にも業務の引継ぎ等を支障なく行う責任があるともいえます。)
それから、“退職時の有給休暇請求を何とか阻止できるような対策はないだろうか”との質問ですが、労働者が退職までの労働日をすべて休暇とする年休請求を行えば、労働義務のある日がなくなります。この場合、会社はその労働者に対して時季変更権を行使できるかどうかが問題となります。時季変更権は労働者の請求した年月日を変更して、他の労働日に休暇を取るよう求める権利ですから、他の労働日に年休をとれることが前提です。しかし、退職までの労働日をすべて年休とする請求をしている場合、他の労働日はないため、会社は時季変更権も行使できず、年休を認めなければならないというのが結論です。行政解釈でも同様の考え方をとっています。(昭49・1・11基収5554号)

■今後の対策
S社には今後の対策として下記の内容を提案しました。
(1)通常の年休の取得が容易となるように「業務の互換体勢化」を促進する。
(2)退職届が提出されても「2週間が経過するまでは、業務の引継ぎ等に従事しなければならない」と就業規則に定め、かつ退職金規程に「退職日までの2週間を欠勤して業務の引継ぎ等を怠った場合には、退職金の全部又は一部を支給しない」と明記する。
[退職願提出後14日間正常勤務しなかった者には退職金を支給しない就業規則及び労使間の覚書を有効とした事例(大阪高判昭58・4・12労裁集34・2・231)]
これらの対策を実施することによって、社員が「年休をためこむ弊害」の防止および「突然の退職に伴う業務への影響回避」とできます。

■退職日を変更することによる各種社会保険料の取扱いについて
ここで、S社がW社員の退職日を9/4に変更した場合の、各種社会保険料の取扱いについてご説明します。
健康保険・厚生年金保険については、9/4でも9/25でも8月分の保険料が徴収されていれば問題ありません。
雇用保険料については、9/5から9/25までの期間について、S社と転職先で重複して徴収されることとなりますので、厳密に言うとS社がその間の保険料をW社員に返却することになります。S社が退職日を変更しなければ、転職先で調整が行われることとなります。
このような事態とならないように、平素から有給休暇をため込ませない職場環境の形成が必要となってきます。そのためには、まず、トップの理解が必要ですし、対策(1)の「業務の互換体勢化」を図ることや、計画的付与の検討等が必要となります。有給休暇を前向きに捉えることで、職場の改善が図られ、社員のモチベーションが向上し、その結果業績が上方修正されるような仕組みを目指したいものです。

税理士からのアドバイス(執筆:古賀 均)

W社員が年次休暇を消化して9/25に退職し、既にその給与の支給を受けている場合、年休中の9/5に別の会社に就職していたとしてもS社への勤務は25日までであり、仮に14日間分の賃金を返還した場合の税務処理としては、W社員の給与として既に給与収入が確定しているものであり、本人の給与所得となります。よってその給与の返還を受けたS社はW社員からの(受贈益)雑収入として処理することになると考えられます。
給与所得の収入金額の収入すべき時期は、所得税基本通達36-9によりそれぞれ次によるものとして規定されています。
「(1)契約又は習慣により支給日が定められている給与等についてはその支給日、その日が定められていないものについてはその支給を受けた日。(2)(3)略」
として給与所得の収入金額の収入すべき時期について具体的にいつであるかを明らかにしています。
このことからまずW社員は年次休暇を使い9/25に退職し、それまでの給与は支払日に支給を受け源泉所得税も差し引かれ18年分1月から9月25日までの源泉徴収票も交付を受けていると推測されます。よってS社からのW社員の給与は税務的には給与所得として確定しています。
仮にW社員が9/5から9/25までの給与を返還した場合については、所得税基本通達29-10により給与等の受領を辞退した場合の取り扱いについて「給与等の支払を受け取るべき者がその給与等の全部又は一部の受領を辞退した場合には、その支給期の到来前に辞退の意思を明示して辞退したものに限り、課税しないものとする。」と規定しておりW社員が9月の給与支給日が来る前に給与の辞退をS社に申し出ていれば課税されないこととなります。
また、仮にS社がW社員に対し9/25の支払期以降、まだ給与が未払であった場合に債務免除を受けたときの源泉徴収については、所得税基本通達181?223共-2に「給与等その他の源泉徴収の対象となるものの支払者が、当該源泉徴収の対象となるもので未払いのものにつきその支払債務の免除を受けた場合には、当該債務の免除を受けた時においてその支払があったものとして源泉徴収を行うものとする。ただし、当該債務の免除が当該支払者の債務超過の状態が相当期間継続し、その支払をすることができないと認められる場合に行われたものであるときには、この限りでない。」としています。
給与の支給期はS社(支払者)がW社員に対し賃金の支払債務が確定する日であり、その支給期が経過した後において辞退した場合、W社員は給与の支払請求権の放棄となり、S社は支払債務の消滅となるが給与としては確定しており源泉徴収が必要となり債務免除益としての計上が必要となります。

次にW社員が9/5に他社に就職し、S社は9/25に退職するとその間、両者から給与所得が発生することになりますが、どちらからの給与もW社員の収入に帰属する給与所得となり合算したところでの所得税の計算となります。
具体的にはW社員の18年度の給与所得はS社の18年1月から9月25日までの給与と新たに就職した会社からの9月5日から12月末までの給与の合計により年末調整(年間の給与収入が2000万円以下の場合)を行うことになります。前述したように仮に重複した期間のS社の給与を返還したとしても、既にW社員の給与として税法的に確定済であるため上記と同様に給与所得として所得税の課税対象となります。
また、参考事例として「会社の役員が業績不振のためなどにより役員の報酬を現在まで未払いとなっている分(既に支払期が経過している報酬)と今後、数ヶ月間の役員報酬を辞退した場合」も報酬の支払期が経過しているものについては、前述の所得税基本通達181?223共-2 の但書にあるように支払者が債務超過の状態が相当期間継続しており、その支払をすることができないとき以外は、債務免除を受けた時に支払いがあったものとして源泉徴収を行なわなければなりません。同時に法人税としては債務免除益を計上することになります。
次に役員が未払賞与等の受領を辞退した場合は、原則として会社は役員賞与の支払債務が消滅し源泉徴収義務が発生します。これは役員が一旦、未払賞与の支払いを受け取り、それを会社に贈与したという考え方によるものです。しかしながら所得税基本通達64-2で「役員が次のような特殊な事情の下において、一般債権者の損失を軽減するためその立場上やむなく、自己が役員となっている法人から受けるべき各種所得の収入金額にされるもので、まだ支払いを受けていないものの全部又は一部の受領を辞退した場合には、当該辞退した金額については所得税法64条第1項の規定の適用があるものとしています。

(1)当該法人が商法の規定による会社整理開始の命令又は特別清算の開始命令を受けたこと。
(2)当該法人が破産法の規定による破産の宣告を受けたこと。
(3)当該法人が民事再生法の規定による再生手続開始の決定を受けたこと。
(4)当該法人が会社更生法又は金融機関等の更正手続の特例等に関する法律の規定による更正手続の開始決定を受けたこと。
(5)当該法人が事業不振のため会社整理の状態に陥り、債権者集会等の協議決定により債務の切捨てを行ったこと。

所得税法64条第1項の規定の内容は簡潔に表現すると「その年分の各種所得の金額の全部又は一部を回収することができないこととなった場合や政令で定める理由により返還すべきこととなった場合は、その金額に対応する部分の金額は所得の計算上なかったものとみなす。」ということであり、未払の役員賞与を辞退した場合はその賞与はなかったものとして給与所得の計算を行うことになるのです。

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SRアップ21福岡 会長 豊永 石根  /  本文執筆者 弁護士 山出 和幸、社会保険労務士 黒田 隆二、税理士 古賀 均



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