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第54回 (平成18年8月号)

「ついでに郵便局頼むよ…」
“ついでに?”それは業務命令ですか?!

SRアップ21鹿児島(会長:保? 賢)

相談内容

「悪いなぁ…帰るのだったら、ついでに郵便局に寄ってくれないかな…」また、社長の“ついでに”が始まったと社員たちがくすくす笑っています。
今日の被害者は、パートのA子でした。「書留ですと本局まで行かないとならないですよ…」A子が不平をもらしましますが、「無理だったらいいんだよ、困ったなぁ、他の者は仕事があるからなぁ…」と社長はニコニコしています。仕方なくA子は郵便局に向かいました。
しばらくすると警察から電話が入りました。「おたくの○山A子さんが交通事故に遭われました。左折してきた車と接触して、現在、△病院に搬送中ですので、ご家族や責任者の方に連絡してください」社員たちは大騒ぎです。「大丈夫かなぁ…」という者が大半でしだが、あるパートが「社長から用事を言いつけられたのだから、労災になるわね…」というと、社長が真っ青になりました。
「ついでに寄ってもらっただけで、仕事じゃない」という言葉が震えています。社員たちは社長の狼狽振りに皆驚いていました。
実は、15年ほど前にH社の営業社員が夜間に交通事故を起こして死亡するという事件があり、そのときに遺族や労働基準監督官にかなり責められた過去があったからです。
今回の事故が業務中ということになると、その補償を含めて大変なことになると予想した社長は、頭の中が真っ白になりました。
「しかし、労災ということになると、社長の“ついでに”は業務命令だから、時間外手当をもらわないといけなくなるね」と別のパートが言うと、「そうだ、そうよね」という声かあちこちからあがりました。
「命令じゃない、“ついで”だから、嫌なら断ればいいんだよ」社長はむきになっていました。

相談事業所 H社の概要

創業
昭和48年

社員数
3名(パートタイマー 9名)

業種
食品加工業

経営者像

漬物などの野菜加工品を製造するH社の社長は67歳、いかにも好々爺たる雰囲気で小さな工場をまとめています。決して悪気はないのですが、“ついでに”が口癖で、何かにつけては社員たちに用事を言いつけ、小さな反感を招いています。


トラブル発生の背景

会社のトップである社長が、社員たちにはっきりと指示せずに、社員の自主性に任せるような中途半端な発言をすると、あらゆる誤解の原因となります。
どうも15年前の事故の教訓で、“ついでに”という言葉を使用していたようですが、社長は“ついでに”をどのように考えていたのでしょうか。

経営者の反応

病院には営業部長を行かせて、社長は頭を抱えてしまいました。A子は幸いにも命に別状はなかったものの、自転車で転倒した際に顔におおきな傷を負ってしまったようです。A子はまだ28歳で独身でした。今後の補償のことを考えると、ますます気が重くなる一方です。「しかし、業務上でないとすれば、事業主責任はないし、加害者がいるわけだから、俺がどうのこうのという話にはならないかもしれないな…」多少気が軽くなった社長は、そのことを確認するために誰かに相談しようと考えはじめました。
しばらくすると営業部長が戻ってきました。「社長、ご家族がかなり怒っていましたよ。社長が言いつけなければ、このようなことにならなかったと…一応、社長は無理には言っていないと言いましたけどね…」
社長は営業部長を行かせて失敗したような気がしました。やはり自分がいくべきであった、と後悔しましたが、もう間に合いません。
いずれにしても対策は早めに立てておくことが必要と感じた社長は、相談先を探し始めました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:上山 幸正)

最初に本件の“損害”は何か、ということを明確にしましょう。
A子さんは、28歳の独身の女性です。この交通事故で顔に大きな傷を負ってしまいました。傷の程度は明らかではありませんが、顔面の傷が人目につく醜状と評価されれば、後遣症慰謝料の対象となります(程度により自賠責基準で第7級12号または、第12級14号に該当します)。さらには、労働能力喪失が認められ逸失利益が発生するケースもあります。ですから、通常の交通事故の事例で認められる損害項目である治療費、入院費等はもちろんのこと、後遣症慰謝料等もA子さんに生じた損害の内容として考慮しなければならないでしよう。
次に、A子さんに生じた損害に対する“責任”を負担すべきは誰か、という点についてご説明します。
第1次的な責任の負担者は、もちろん、A子さんと衝突する原因となった左折してきた車の運転者です。また、運転者の使用者または運行供用者が2次的な責任の負担者となるケースもあるでしょう。
それでは、H社及びH社の社長は法的に責任を負う立場にあるのでしょうか。
H社の社長の行為は、A子さんに「『ついでに』郵便局に寄ってくれないか。」と頼んだという、いかにも中途半端な発言です。このことで、社長が頼まなければ、A子さんが事故にあうこともなかったという条件関係は認められそうです。A子さんのご家族が営業部長に対して、H社社長に対する怒りをぶつけていたことも心情的には理解できないことではありません。
しかし、本件に対する不法行為上の責任については、H社及びH社の社長のいずれにも責任の根拠が見当たりません、また、判例上も、労働契約関係に付随して信義則上使用者が労働者に対して負う安全配慮義務が、本件のような交通事故の場合にまで及ぶものとは考えられません。今回の交通事故がA子さんの業務時間内に起こったものと仮定しても、H社が安全配慮義務違反の責任を負うことはないでしょう。
したがって、H社及びH社の社長については法的に責任を負う立場にはないと考えられます。
しかし、先に述べたようにH社の社長としては、自らの発言の結果、A子さんが重大な損害を蒙ったのですから、道義的な責任はあると考えておいた方がよいでしょう。
「ついでに」という発言が殊更に業務中と認識されないための発言であったとすれば、なおさらのことです。A子さんとその家族に、自らの道義的な責任を踏まえた丁寧な対応をするべきだと考えます。

H社の社長の責任とは別問題ですが、先に述べた賠償責任の負担者が十分な負担能力がない場合、A子さんとしては、労働者災害補償保険法の適用による請求をすることが考えられます。その際には、H社社長が「ついでに」といって、郵便局の本局に書留を出しに行かせたことが、「業務上」に該当するのかどうか、が問題になりそうです。
具体的な説明は、社会保険労務士に任せます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:上久木田 尋美)

H社は社員12名(パートタイマ?9名)で野菜を加工して漬物を作っている町工場です。職人気質の社長が家族的な雰囲気の中で、社員に指揮・命令して事業のすべてを取仕切り、労務管理の必要性を理解しないまま、事業を切り回している町工場の状況がうかがえます。
15年前の事故の教訓で、業務中であれば会社の責任を問われる、社員個人の用事の「ついでに」だったら仕事とは関係ない、自宅に帰るのだから「ついでに」という言葉を社長は多用していたようです。会社の用事を依頼し「ついでに」だったら業務命令でない、またその時間は労働時間でないと考えているようです。果たして、就業規則等が整備されているのか?労働時間管理はしっかりできているのか?適切な労務管理がなされているのか? 疑問です。

労働基準法第89条では常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成し、行政官庁に届けなければならないと規定しています。
就業規則は、賃金や労働時間など基本的な労働条件や職場規律について定める規則で二つの大きな機能があります。一つは、労働条件保障の機能です。労働条件として明示されることによって、会社は確実にこれを保障しなければなりませんので、社員にとっては、明示された労働条件が確実に履行されることが期待でき、安定が約束されることになります。
もう一つの機能は、職場の秩序維持を図ることです。職場での規律やルールを取り決め、社員にこれらの事項を守らせることで、秩序の維持が達成できます。H社はパートタイマ?を含め常時12名おりますので、就業規則を作成し監督署に届け出し、従業員に周知する必要があります。また、パートタイム労働者の就業実態が社員と異なることが考えられますので、パートタイム労働者専用の就業規則も作成することをお勧めします。
また労働基準法第15条、労働基準法施行規則第5条では労働契約締結の際には、一定の労働条件についての書面での交付を義務づけています。
絶対的記載事項を記載した労働契約書を締結するのか、労働条件通知書を作成して明示するのか、就業規則を交付するのか、いずれかの方法で労働条件の明示行為を経て、労働契約を成立させる必要があるでしょう。当然、その中には、労働時間の開始および終了の時刻、休憩時間、休日、休暇等を記載して明示することになります。パートタイマー労働者の場合は、個々に雇用契約を交わす事が多いので、個々の労働時間もその契約書ではっきりします。

本件については、A子さんの所定労働時間以後であっても、郵便局まで行き、書留郵便を出し終えるまでが労働時間となります。そうなると、この時間は賃金を支払うことにもなりますし、また法定労働時間をオーバーしていれば割増賃金も発生します。
社長たるもの、先頭に立って仕事をするだけではなく、労務管理の重要性を認識し、業務遂行に対する指示・命令を的確に行うことの方が大事な役割だと思います。あいまいな指示では、従業員の判断に迷いが生じ、このことが業務に支障を来たす要因にもなりかねません。

労務管埋の原点は、報告、連絡、相談であり、労使の良好なコミュニケーションが仕事の効率を上げることになります。このような労務管理を行うための基盤が、職場規律と労働条件です。まずは、会社の規律を定め、従業員を公平、平等に処遇するルールを確立し、必要な労働力を確保した際は、新入社員の育成を視野に入れて、職務遂行能力を開発し、いかに活用するかを検討することです。たとえば、仕事に対する意欲を高める施策を職場に展開する方法や、労働時間や賃金、地位について意欲を引き出す処遇システム、能力向上を図る教育訓練などが挙げられます。事業活動に見合った合理的な制度を整え、これを安定的に運営していくことは、労務管理のポイントのひとつです。
H社の社長は、「ついでに」と何かにつけて社員たちに用事を言いつけて、社員の反感を招いています。これは、労務管理ができてない証拠そのものです。帰宅時間になって用事を言われる、社員個人の予定が狂う、その上帰宅時間を超えて仕事をしても賃金は支払われないという不満です。所定労働時間外に業務を依頼する場合は、本人の意思をしっかり確認した上で依頼し、きちんと所定労働時間外の賃金を支払うことと、基本的に業務は所定労働時間内に行わせること、労務管理をしっかり行うことが大事であると考えます。

■労災保険の適用について
「就業の(業務を行う)場所」
労災保険法第7条第2項は通勤災害として認定されるための要件の1つとして、その通勤行為の範囲について、一般的な通勤にあっては「住居と就業の場所との往復」、複数就業者の事業場間の移動にあっては、厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動と定義しています。
ここでいう「就業の場所」とは、業務を開始し、または終了する場所をいいます。一般に、労働者がその本来の業務を行うために、通常勤務している事業所、工場などへ出勤する場合には、その場所が「就業の場所」になります。
しかし、労働者の業務態様はさまざまであり、所定の就業日に、所定の就業場所で、所定の業務を行う場合ばかりではありません。例えば、事業主の命を受けて得意先に品物を届けて、その得意先から直接帰宅する場合などは、それも業務ですから、そうした場合には、その得意先が「就業の場所」という事になります。
通勤(出勤、退勤)は、労働者の業務に必然的に伴うものであり、その途上は業務と密接な関連性をもっていますが、一般には、いまだ事業主の支配下にあるとはいえないことから、業務遂行性はありません。したがって、その間に発生した災害は業務起因性が認められないから、業務上の災害とはいえないということになります。
また、労災保険法第7条第2項は、通勤の定義の中で「業務の性質を有するものを除く」としております。
業務の性質を有するものには大別して次の3つの場合があります。
(1) 通勤の途中で業務を行う場合における用務先と事業場との間を往復している場合
(2) 事業主の提供する専用の交通機関を利用して通勤している場合
(3) 突発事故等による緊急用務のため休日、または休暇中に出勤を命ぜられた場合

(1)の通勤(出勤、退勤)の途中で業務を行う場合、これは、次のような点から業務遂行性があるかどうかを判断することになっています。
(イ)事業主の業務命令があったかどうか、明示の業務命令はなかったとしても、当該労働者として職務上当然行うことが予想される用務であったかどうか。
(ロ)用務の遂行にあたり、通常の通勤時間、通勤順路、通勤方法として著しく異なった時間、順路、方法などによる必要があったかどうか。
以上の点について積極的に解すべき事情があれば、一般に業務遂行性があり、その間に発生した災害は業務上の災害と認定されることになります。

さて、本件では、退勤ルートとは同じコースであれ、異なったコースであれ、郵便局に書留を出す行為については、事業主の積極的特命を受けていたことになります。
社長は通勤(出勤、退勤)途中であるから、「帰るのだったらついでに郵便局に寄ってくれないか…」と、業務ではないと考えていましたが、“従業員に用事を依頼する“ことは業務上の命令と解すべきであり、業務の性質を有するものに該当し、業務上に当たると考えられます。
今回の事故は郵便局に行く途中で起きたので業務災害となりますが、もしも郵便局で業務を終えた後の帰宅途中の事故であれば通勤災害として適用されることになります。
いずれにしても、左折してきた車との接触事故とのことですので、自賠責保険の適用が優先されることになります。
最後に、社長の“ついで”が会社の業務とまったく関係のない社長の個人的な用事であり、その目的地が退勤ルートと逆のコース等であった場合は、通勤行為の逸脱ないし中断となり、その間に被災しても、労災保険の通勤災害が適用されないことが考えられますので注意してください。

税理士からのアドバイス(執筆:川口 愼治)

今後、H社として予想される支出とその税務処理について説明します。本件は、業務上の負傷でA子さんには重大な過失がありませんでした。
【支出】
1.A子さんへの見舞金支払い
2.治療費、休業補償の支払い
3.弁護士への相談料

【税務処理】
1.A子さんへの見舞金支払い
税務特別措置法関係通達61の4(1)?10より、従業員(パートタイマーを含む)またはその親族等の慶弔、禍福に際し一定の基準に従い支給された金品に要する費用は、福利厚生費としてH社の支出時の損金に算入されます。したがって一定の基準を明確にするために規定等を作成し、金額を決めておくことをお勧めします。
なお、見舞金について消費税の課税仕入れとすることは出来ません。

2.治療費、休業補償の支払い。
労働基準法により使用者は、労働者が業務上負傷等した場合には治療費、休業補償などの必要な補償を行わなければならないと定められていますので、法等に基づき補償として支出した額は損金に算入されます。
見舞金同様、消費税の課税仕入れとすることは出来ません。

3.弁護士への相談料の支払は役務の対価として損金に算入されます。
消費税の課税仕入れとなります。

◆A子さんがH社から受け取る見舞金、休業補償等の課税関係
所得税法基本通達9?23により葬祭料、香典または、災害等の見舞金で、その金額がその受贈者の社会的地位、贈与者との関係などに照らして相当と認められる場合には、所得税は課されないこととなっています。また、所得説法9条(1)三の業務上の事由による負傷に基因して受ける休業補償等の給付についても課税されないこととなっています。

◆A子さんが加害者から受け取る損害賠償金等
所得税法9条(1)十六の心身に加えられた損害に基づいて、加害者から受ける慰謝料その他の損害賠償金には、所得税は課さないこととなっています。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21鹿児島 会長 保? 賢  /  本文執筆者 弁護士 上山 幸正、社会保険労務士 上久木田 尋美、税理士 川口 愼治



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