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第49回 (平成18年3月号)

庶務の仕事はきりがない…
「だから庶務なんだよ!」

SRアップ21東京(会長:朝比奈 広志)

相談内容

1年前に“庶務”で入社したK子は29歳。U社の社員の平均年齢は28歳と若く、K子以外は全員システム関係の仕事をしています。K子の仕事は掃除、お茶だし、電話の応対、郵便の受発信、おつかい等々と「何でも屋」的な存在のK子でした。このことは入社のときからわかっていたことです。
しかし…「私だけ皆より早く来て掃除をして、コーヒーを淹れて、お昼休みも机で食事して、電話があれば対応しなければならないし…、誰彼なく用事を言いつけるし、まるでお手伝いさんみたいだわ」と最近は沈んでいます。

あるとき会議室を掃除していると、次期昇給予定表が落ちていました。なにげなく見てみるとそこには驚愕すべき数字が載っていました。「いくら専門的な仕事といっても、常識がない23歳のP子がなぜ私の1.5倍も給料をもらっているのかしら…あっP子には残業代も出てる!」実は「庶務に残業してまでやる仕事はない」と社長からのお達しがありましたので、いくら早く来ても、遅く残っていてもK子には残業の定義がないのでした。
辞めることは簡単ですが、むしゃくしゃしたK子は、入社してからの自分の労働時間を集計し、社長と対決しようと決心しました。

2週間後社長室で社長とK子が対峙していました。「これが実働時間の合計です。毎日休憩がありませんから、その分も加算してあります。明日から有給休暇を使用してそのまま辞めますので、最後の給料で精算をお願いします」とK子が胸を張って社長に言うと、「君がやっていたのは仕事じゃないんだよ。雑用なんだよ。なぜそんなことに対して必要以上のお金を払わなければならないんだ?毎月20万円も支払っているのに何が不足なんだ?こんな楽な仕事はないだろうに…」

相談事業所 F社の概要

創業
平成2年

社員数
12名(契約社員2名)

業種
ソフトウエアの開発業

経営者像

若くして会社を興したE社長は、自らの経験から「専門職に雑用をやらせるとモチベーションが低下する」という持論があります。各社員が自分の仕事のみに集中できる環境をつくることで、技術系社員の定着が良くなりました。


トラブル発生の背景

職業や職種に貴賎はないはずですが、E社長はかなりの偏見をもっているようです。K子に対しての言動には、いろいろと問題があります。
残業に比べて、早出あるいは休憩時間中の片手間仕事は、結構見過ごされることが多いようです。メリハリのある労働時間管理が必要なU社です。もしかすると、システム系社員の中にも不満がある者がいるかもしれません。

経営者の反応

「まったくふざけている!話にならないな。有給でもなんでも使って辞めていいよ。」とE社長が言うと、K子は「それでは解雇ということですね」と負けていません。その後の会話もかみ合わず、ついにE社長は「君が会社のお金でお菓子などを買っているのも大目に見てやっていたのに…もう、どうでもいいよ。早く帰れよ」と突き放しました。

翌日、K子の父親と兄が会社に乗り込んできました。手こそ出さなかったものの、E社長と激しい言葉のやり取りを交わした後「法律通りに賃金を支払わなければ、出るところへ出るから覚悟しろ」と言って、K子の父親と兄は会社を後にしました。耳をふさいでいても聞こえるような剣幕でしたので、やりとりが聞こえたシステム系の社員たちは動揺していました。
二人が帰った後「少し言い過ぎたかな…」と、反省したE社長は善後策を練ってみましたが妙案が浮かびません。
「誰かに相談してみるか…」E社長は携帯電話を取り出しました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:松崎 龍一 )

K子さんは、早出、残業、お昼休み時間中に働いた仕事の賃金を請求しています。さて、U社は、これらの賃金を支払う必要があるでしょうか。K子さんの主張する時間が、労働時間といえるか否かが問題です。

●労働時間とは
労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます(最高裁判所平成12年3月9日判決・三菱重工業長崎造船所事件)。そして、労働時間といえるか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まります(同上判決)。労働契約、就業規則、労働協約等の定めにより決まるわけではありません(同上判決)。労働時間は労働契約などにより、自由に決められるわけではないのです。さらに、労働者が業務の準備行為などを事業所内において行うことを使用者から義務付けられているときは、所定労働時間外にそれらを行っても労働時間となります(同上判決)。

本件では、K子さんの仕事は庶務で、掃除、お茶だし、電話の応対、郵便の受発信、おつかいなどでした。そして、K子さんは始業時間より「早く来て掃除をして、コーヒーを入れて」いたわけですから、これはK子さんの仕事そのものであり、「使用者の指揮命令下に置かれたものと評価する」ことができます。したがって、早出時間は労働時間といえます。E社長は、K子さんへ早出時間中の労働に対して賃金を支払わなければなりません。
また、K子さんが「遅く残って」仕事をしていた場合には、これもやはり「使用者の指揮命令下に置かれたものと評価する」ことができます。したがって、残業時間は労働時間といえます。E社長は、K子さんへ残業時間中の労働に対して賃金を支払わなければなりません。

●休憩時間とは
休憩時間とは、労働者が労働から離れることを保障されている時間をいいます(大阪地方裁判所昭和56年3月24日判決・すし処「杉」事件)。この場合には休憩時間に対する賃金を支払う必要はありません。
休憩時間と労働時間の違いは、使用者の指揮命令下にあるか否かにあります。労働者の時間の自由利用が保障されていれば休憩時間です。しかし、現実に作業はしていないけれども、“使用者からいつ就労の要求があるかもしれない”状態で待機している手待ち時間は労働時間です。例えば、来客が会ったときは対応しなければならず、客が途切れたときには休憩してよい、といった場合は労働時間となります。

本件では、K子さんは「お昼休みも机で食事して、電話があれば対応しなければならない」状態にありました。これでは労働から離れることを保障されている時間とはいえません。使用者の指揮命令下に休んでいたに過ぎません。したがって、お昼休みは労働時間といえます。E社長は、K子さんへお昼休み時間中の労働に対して賃金を支払わなければなりません。

●有給休暇
また、K子さんは有給休暇を使用して退職する意向を表明しています。
K子さんが入社からの6ヶ月間で出勤日の8割以上出勤している場合は、最低10日間の有給休暇をとる権利が発生しています。そして、有給休暇の日数分は働かなくても賃金を支払わなければなりません。E社長は、K子さんに残っている有給休暇日数分の賃金を支払わなければなりません。

このように、E社長は、K子さんが請求する早出、残業、お昼休み時間中に働いた仕事の賃金、有給休暇の賃金を支払わなければなりません。K子さんの請求はすべて法律的には認められるものです。E社長は、もう少しK子さんの話に耳を傾けた方がよさそうです。
本件の解決と今後の対策については、社会保険労務士に任せます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:川崎 秀明)

U社内において“庶務”と呼称されていたとはいえ、K子さんの仕事は社内の各部門が能率良く機能を発揮できるよう、統制・調整をする役割を担う、いわゆる総務的な重要部門であったと思われます。
本来は (1)経営企画、経営者補佐業務 (2)部門間連絡、調整、伝達業務 (3)社員援助業務 (4)対外折衝、受付業務 (5)資産管理業務 など、非常に幅広い仕事なのです。
それにもかかわらず、単なる雑用係という認識で、教えず、やらせず、もっぱら清掃やお茶当番ばかりをやらせていたとしたら、U社は貴重な人的資源を無駄遣いしていたということになります。
問題の根本はここにありますので、まず、このような無駄を無くすための職務分掌のあり方について見直しをしなければなりません。多少の時間はかかっても、各職務の定義付けや職務分析をしっかりと行い、その上で何をもって評価するのか、評価の基準作りをすることが必要なU社です。
同じ業種でも、職務毎に求められる人材ニーズは違いますので、職種別に資格制度を複線型にするのも一つの方法です。例えば技術職においては、その技術の向上段階が分かる職能基準書を作成し、同時に職能給を導入して、技術力の向上に応じ昇給額を決定するなど、とすれば社員の意欲を高めることができます。
これらの事前準備とその過程での社員の意識改革が進めば、公平感と納得性の高い人事考課も可能となり、U社に活力が甦ることでしょう。個々の社員の潜在能力とやる気を最大限引出すことの可能な賃金体系が理想です。今後のU社の最重要課題として、E社長に説明しました。

さて、問題となっている賃金に関するK子の不満について考えてみることにします。
まず、後輩P子との賃金の格差についてです。
労働基準法(以下「労基法」という)の「同一労働、同一賃金の原則」に、直接反することはなさそうですが、やはり1.5倍もの差があるということ自体、“庶務の業務を過小評価しているのか”どうも行き過ぎがあるようです。それを、K子さんに知られてしまったこと(つまり、会議室に次期昇給予定表が落ちていたこと)も、そもそも個人情報保護の観点から大きな問題といえるでしょう。
さらに、E社長の思考の根底に男女の雇用機会均等に関し、少なからず偏見があるように思えてなりません。K子さんのみならず女性社員が本件のような不満を抱くケースの多くは男女雇用機会均等法(以下「均等法」という)に反するのではないかというものです。もしも合理的な理由なく、男性にはやらせず女性だけにお茶当番や朝の清掃をさせていたとしたら、均等法第6条に違反する可能性も出てきます。
すなわち「事業主は、労働者の配置、昇進及び教育訓練について労働者が女性であることを理由として、男性と差別的取扱いをしてはならない」とされているからです。
また、労基法第4条は「使用者は労働者が女性であることを理由とし…」と云っており、この点も注意が必要です。「庶務なんか…」ではなく「女なんか…」と口が滑ったとしたら問題はもっと深刻化していたはずで、これを機会に是非、全社的なポジティブ・アクション(積極的格差是正措置)に取り組んで欲しいと思います。
「お茶だしは女性の仕事」とか「女性は管理職には向かない」といった職業適性に関する固定観念は、均等法上の差別禁止規定を遵守するだけでは到底解決されない根の深いものと考えられます。
10数人の小規模な会社だからこそ社長、幹部社員そして女性を含めた全社的な取り組みが可能ですので本件が解決次第、取り組むことにしました。

その他のK子の主張については、弁護士が説明した通りすべての請求に応えなければなりません。今後は本件を教訓として、時間管理、特に“本当に必要な早出なのか、残業なのか”を判断していくことが必要でしょう。庶務には残業代がない、ということは論外です。
年次有給休暇について労基法第39条は「6ヶ月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者」に所定の日数を与えなければならないとしています。もちろん、使用者には一定の場合に、時季変更権の行使が認められているのですが、本件のように退職時にまとめて請求された場合、変更すべき他の日がありませんので、時季変更権を行使する余地がないため、会社は請求を拒否できない、という結論になります。
退職時に残日数を買い上げるという方法も可能ですが、日頃から計画的に付与する方法をとるなど、年休を消化させる対策をとっておくべきだったと思います。

E社長はK子さんが「辞めます」と申し出た際に、「…もうどうでもいいよ。早く帰れよ」と、つい感情的になってしまいました。K子から雇用契約の合意解約の申込みの意思表示が口頭であれ、あったわけですが、これを「ふざけるな」と拒否した上で、会社側からあらためて、一方的解約の意思表示をしてしまったのです。
この場合、E社長がK子さんの退職の申込みに対し、承諾をしていれば、その法律効果として当事者間の労働関係がすんなり終了することとなったのですが、本件では以上の経緯から、別途解雇予告手当(労基法第20条1項によれば、平均賃金の30日分)の支払請求をされる可能性もあります。おそらくK子さんとしては即日解雇の通知があったと認識したでしょう。
以上のように、本件は「少し、言い過ぎたかな」と、ゆっくり構えていて良いケースではありません。一刻も早く「言い過ぎ」を詫び、本人と直接、冷静な話し合いの場を持つべきです。
ここで対応を誤ると、退職に至る精神的な苦痛に対する慰謝料請求や、先に述べた休憩時間中や早出勤務に係る時間分を含めた割増賃金等の過去2年分の未払賃金を請求(退職金以外の賃金請求権の消滅時効は2年間?労基法第115条)を上乗せされ、いよいよ泥沼化しかねません。そして、このトラブルが長引き、しかも、会社が何も変わらなかった時はもっと心配です。せっかく定着傾向にある技術系社員のモラールダウンや沈滞化を招き、U社の内情はガタガタになってしまうかもしれません。
動揺する他の社員に対しても、朝礼等でこれまでの経緯を率直に説明し、自分の考えに誤りがあった、と非を認めるべきです。それで社長の権威が落ちると心配する必要はありません。トップの意識が変われば会社も変わり、社員の意識も変わるものです。
確かにここまではE社長の強力なリーダーシップで伸びてきたU社ですが、今後は社長一人の専断で懲戒処分を科すなど、「売りことばに買いことば」の修羅場をみることのないよう、複数幹部を含めた「懲戒委員会」を設置することも提案しました。

税理士からのアドバイス(執筆:浅田 徳英)

本件では、トラブルの原因が、K子氏と会社との職務に対する考え方の相違がかなりのウェイトを占め、会社の税務とは異なることから税理士としてのアドバイスには限界があります。
ただし、個々の社員のプライバシーにかかわる「次期昇給予定表」の管理を怠り、会議室に落としたままにしたことが問題の引き金になったことは、我々情報を預る専門家としても苦言を呈すべきことと思います。
もちろん、会社の落度だけではなく当のK子氏にも勤務姿勢や職務に対する考え方等に問題は大いにあります。
ところで税務的な立場から本件を考えてみると次のことが挙げられます。

◆K子さんの所得税
K子さんが初めて社長と対決した時に主張したのは、今までの残業時間と有給休暇分も含めて「最後の給与」で精算して会社を辞めたいということでした。
この最後の給与は退職により一時に支払を受けるいわゆる「退職手当」とは異なりますので、通常通り源泉所得税を控除します。
どうも本件の後半では交渉がこじれてしまったようですが、仮に「解雇」としてK子さんに解雇予告手当が支給されることになった場合は、「退職手当」として扱われます。
K子さんは月額20万円の給与であり、勤務年数は1年間ほどなので退職所得控除は80万円になり、手当がこの金額を超えない限り所得税の課税対象にはなりません。従って源泉所得税を控除する必要はありません。
なお退職所得から控除される金額は、次の様にして計算されます。

通常の退職の場合
勤続年数が20年以下の場合 ・・・・・・・40万円×勤続年数
                   (80万円に満たない場合は80万円とする)
勤続年数が20年超の場合・・・・ 70万円×(勤続年数?20年)+800万円

* 障害者になったことによる退職の場合は100万円が加算されます。

◆K子さんが管理していた小口現金
K子さんは、会社の経費でお茶や御菓子を購入したり、お使いも仕事にしていたことから小口現金の管理は任されていたものと思われます。
また、年下のP子さんの給与を「次期昇給予定表」を見つけるまで知らなかったことから預金管理は別の管理職が担当していたようです。
小口現金と云えども、支払われるのは会社の経費である以上きちんと領収書や請求書が保管管理されているのか、記帳の内容と一致しているのか、少なくともK子さんの管理職は、常時確認する必要があります。
このことは、冗費の節約とともに法人税と消費税の税務調査の際にトラブルを防止することにつながります。例えば消費税は仕入にかかわる消費税について請求書の保存を義務づけています。(消費税法施行令第50条1項)そして保存だけでなく整理することも定められています。
そして当然のことですが、社員の個人的な物を購入した場合には、会社とは無関係な支出なので、経費にはなりません。

◆会社で許容される飲食物の範囲
E社長の話によると、K子さんが会社の小口現金で御菓子を買うことを大目にはみていたがあまり快くは思っていなかったようです。
ただし、K子さんが残業をしてお使いをするところから、小口現金のなかから他の社員のために支払うことも多々あるものと思われます。
基本的には会社が、通常の勤務時間外の勤務のために社員の食事代を負担した場合は、会社の損金として取り扱われます。
そしてその食事代を会社が全額負担しても、当の社員の給与とはされません。
(所得税法基本通達36?24)
しかし通常の勤務時間中(例えば昼食など)は、提供された食事代のうち会社が負担した分は異なります。
その食事代の50%以上を社員が負担していると提供された社員の給与所得にはなりませんが、社員1人当り月額3,500円超を会社が負担していると、その超える部分の金額はその社員の給与若しくは役員の報酬になります。(同通達36?38の2)
日頃の心掛けとしては、残業のために弁当を購入した場合は、コンビニエンスストアのレシートに購入時間が印字されているのかどうか確認をして下さい。

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SRアップ21東京 会長 朝比奈 広志  /  本文執筆者 弁護士 松崎 龍一 、社会保険労務士 川崎 秀明、税理士 浅田 徳英



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