社会保険労務士・社労士をお探しなら、労務管理のご相談ならSRアップ21まで

第44回 (平成17年10月号)

育児休業中の社員に発生した歩合給の支払は?…
「職場復帰したら払うよ」!?

SRアップ21沖縄(会長:上原 豊充)

相談内容

「営業3部のA子が来月から産休に入ります」専務が社長に報告します。「またか、これで今年は何人目だ…」専務がおずおずと「5人目です…」
U社は社員数95名のうち女性社員が40名います。そのうち35名が20歳から30歳の営業社員です。営業歩合給の支払いが明確になっているため、やる気とセンスがあれば女性社員でもどんどん売り上げを伸ばすことができることから、ここ数年は男性よりも女性の求職者が多く、また、定着率も向上していました。しかし、結婚・出産もこれに比例して多くなり、おめでたいことなのですが、S社長としては面白くありません。
U社の営業歩合給の支払いは、キャンセル等の問題があるため顧客との契約確定後(商談成立後約4ヵ月後)となっています。
「ところで社長、A子への営業歩合給の支払いが来月、再来月と発生しますが、これまでの通り、復職後に支払うということでよろしいでしょうか」と専務が尋ねると、「休んでいる者に支払う必要はない。復職するかどうかもわからないのだから…」とS社長は答えました。専務は聞き方を間違えたと悔やみましたが、後の祭りです。実は、A子は営業歩合給の支払いを心待ちにしているという話があったからです。翌月、案の定、A子からクレームの電話がありました。専務が社長の言葉を伝えると「そんなこと聞いていません。賃金不払いで訴えますよ…」とすごい剣幕で噛み付いてきました。

相談事業所 U社の概要

創業
昭和51年

社員数
95名(パート 6名)

業種
家屋リフォーム工事業

経営者像

脱サラで仲間4人と会社を興したU社のS社長は55歳、男女を問わず仕事のできる社員には、相応のインセンティブを支払い、これまで順調に業績を伸ばしてきました。しかし、昨今育児休業を取得する社員が増加していることには、法律とは言え、マイナス思考が渦巻いている毎日です。


トラブル発生の背景

S社長としては、本給が支払われないのに営業歩合給だけ支給するのはおかしいと考えて、これまで休職した社員が復職した場合には支給していましたが、そのまま退職した社員には支給していませんでした。
女性の出産育児について、どうしてもプラス発想ができないS社長は、これからの戦力としての女性労働者を育てる気持ちが希薄なようです。
一般賞与の算定期間中に勤務実績がある社員についても、その者が産休・育児休業中の場合には、査定値を不当に下げているようでした。

経営者の反応

社長、監督署に行かれると厄介ですよ。他の女性社員とも連絡を取り合っているようですし、ここは払うものは払ってしまった方がよろしいのではないでしょうか」と専務や常務が進言します。S社長は、営業歩合給の意味合いを「これからも頑張れよ」という気持ちで支払いたかっただけで、うやむやにするつもりはありませんでした。ただ、当たり前のように産休や育児休業の権利を主張できることが気に入らなかったのです。
「払ってもいいけど、俺の気持ちがすっきりするような方法はないかな…、規定自体を変更して休職中は支払わない、とかできないかな。今後のこともあるし、専門家に相談してみるか…」
専務と常務は、“しめた”と思い、専門家探しをはじめました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:宮? 政久)

営業歩合給といっても、労働の対償として使用者(会社)が労働者に支払うものですから、「賃金」となります。しかも、その賃金は、休業に入る前の労働により発生したもので、就業規則(賃金規程)に定められた支払時期が到来したというのですから、賃金を受け取る権利としても具体化しています。
よって、U社がこれを支払わないと賃金不払いとなってしまいます。
賃金の支払については、その全額を支払わねばならないという「賃金全額払いの原則」があります。たとえ本給を支払っても歩合給を支払わないことには、賃金を全額払ったことになりません。本給と営業歩合給を両方払って初めて、賃金を全額支払ったことになりますので、ご注意下さい。
さて、問題の休職した社員が復職しなかった場合には、営業歩合給を支給していなかったというこれまでの取扱はあらためる必要があります。

本件のA子さんに対しても、全額支給するようにして下さい。
ただし、「休業期間中は支払わずに、休業明けに支払う」ことが不可能ということではありません。賃金、賞与の取扱は、労働条件として就業規則で規定されるべきですので、S社長が望むように、休業に入った労働者の賞与等の支給を、休業があけた復職後にすることも、就業規則で規定すれば可能です。ただし、現在の規定を変更するとなれば、賃金の支給時期を遅らせる点で就業規則の不利益変更に該当することとなりますので、労働者との十分な話し合いを経て、適切に合意を得る必要があります。

なお、このことと、休業期間中の賃金、賞与をどうするかという問題とはまったく別に考える必要があります。休業期間中は労働の実態がありませんので、ノーワーク・ノーぺイの原則により、事業主は原則として労働者に賃金、賞与を支払う必要はありません。法律も、事業主に賃金支払いを義務づけてはいません。支給する、支給しないは、就業規則で規定すれば足りることです。
就業規則で規定するとした場合に参考になるのが、賞与を支給する場合の就業規則例です。多くの会社では賞与の支給につき次のように定めていると思います。
「賞与は、決算期毎の業績により、支給日に在籍している者に対し各決算期につき1回支給する。」
このような定めを支給日在籍要件といいます。法的には、支給日在籍要件は賃金全額払いの原則に反するという見解もありますが、労働契約上の合意内容として、支給日以前の時点では賃金請求権が発生していないとされる以上、そもそも全額払いの原則の問題は生じないと考えられ、裁判例でも同要件は原則として適法であるとされています。

支給日在職要件の適法性は、将来の労働に対する意欲向上策としての意味があるとされていますので、賃金、賞与を休業明けに支給するとした場合にも、復職後速やかに支給することに留意すべきでしょう。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:上原 豊充)

(1)労働基準法に定める賃金の規定
労働基準法(以下、「労基法」)の第24条において、「賃金は、(1)通貨で、(2)直接労働者に、(3)その全額を支払わなければならない。(略)(4)毎月一回以上、(5)一定の期日を定めて、支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第89条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。」(賃金の支払の5原則)と定められており、違反した場合は30万以下の罰金を受ける場合があります。

(2)休業中に支払いが到来する賃金の取り扱いについて
U社の営業歩合給については、キャンセル等の理由から商談成立後約4ヶ月後に支払うこととされていますが、仮に、営業歩合給の算定期間が1ヶ月を超え、かつ、就業規則に定めがある場合は、労基法24条第2項但し書きの臨時的に支払われる賃金と考えられ、5原則の(1)通貨払い(2)直接払い(3)全額払いについて該当し、算定期間が1ヶ月以内の場合は通常の賃金となり、5原則全てが該当します。
これまで、U社では、育児休業期間中に支払いが到来する営業歩合給は、復職した場合に限り支給しており、そのまま退職した場合にはまったく支給されていないとのことでした。明らかに労基法24条に違反しています。また、一般賞与の算定期間中に、実際に勤務実績がある社員について、産休・育児休業の取得を理由に査定値を不当に下げていることも育児介護休業法の第10条「不利益な取り扱いの禁止」に違反しております。S社長へは、休業前の賃金債権について速やかに社員へ支払うこと、育児休業等の取得を理由とした不利益な扱いを改めるよう説明しました。

(3)休業・休職中の取り扱いについて
産前産後の休業は労基法で、育児休業は育児介護休業法で定められた休業です。条件を満たした社員から休業の申出(産後6週間は本人の申し出に関係なく休業となる)があれば拒むことはできません。
また、平成17年4月1日に施行された育児介護休業法では、対象者の拡大(期間雇用者「契約社員等」)、育児休業期間の延長(1歳6ヶ月に達するまで)等が改正されております。なお、休業期間中の賃金支払いの有無については、原則、会社の判断(就業規則・賃金規程)により決定することで問題ありません。社会保険や雇用保険の給付、会社の福利厚生計画等を勘案してルールを定めることが望ましいでしょう。

(4)休業中の公的保険給付について
休業しても収入が無いということでは、安心して生活を営むことができません。U社は社会保険・雇用保険の適用事業所でありますので、各保険者(社会保険・雇用保険)から休業した場合の所得保障としての給付を受けることができます。主な給付として、社会保険から出産手当金(原則、産前42日、産後56日)や傷病手当金(原則、医師が労務不能と認めた1年6ヶ月以内の期間)について、それぞれ標準報酬日額の6割が支給されます。また、社会保険料についても、会社が申し出ることで育児休業を開始した月から終了する日の翌日の属する月の前月までの期間、会社・本人負担分が免除されます。雇用保険からは、一定の条件を満たした場合に育児休業給付金が支給されます。
給付額は、休業中が休業開始時賃金日額の3割(支給日数分)、職場復帰後6ヶ月経過後に休業開始時賃金日額の1割(合計支給日数分)が支給されます。

(5)U社の今後の労務管理について
雇用形態の多様化や少子高齢化社会の進展等により、労働者の仕事と家庭の両立の負担軽減を図ることを目的とした労働条件等の柔軟な対応が企業に求められています。
また、U社に限らず、女性労働者の能力活用は、これからの企業の発展にとって重要なことであり、まず、「女性」、「男性」といった区別を排除して、労働者の能力・適性・実績に着目することが重要です。
今後の重点対策として、性別に関係のない公平な納得できる評価基準の構築と、賃金及び休業に関する規定の再点検、休業時の労働条件の充実等、早急に取組む必要性についてS社長へアドバイスしました。

税理士からのアドバイス(執筆:友利 博明)

1.税務上の給与所得の範囲
会社が社員に対して給付する代表的なものとして「賃金」があります。労働基準法において賃金とは名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいうと定義し(労基11条)、賃金の支払方法については通貨により一定の期日を定めて支払う、いわゆる賃金支給に関する5原則が定められています(労基24条)。 こうした規定を受けて所得税法も給与所得とは俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう(所法28(1))と規定しています。これらの性質を有する給与には家族手当、住宅手当、残業手当、職務手当などの諸手当も含まれることになります。 不動産会社に勤務する社員がその販売契約高に比例して支給される金員は事業所得になる、として争った事案では、営業社員として、会社の就業規則に基づく給与規定による能率給として支給されるものであるから、給与所得の収入金額とするのが相当であるとした裁決(昭和51年3月31日)があります【裁決事例集 No.11 – 9頁】。したがって、本事案のように営業成績に応じて支給される営業社員の歩合給は、営業職員の職務範囲の成果に起因しており、労働の対償としての給与等に該当することになるものと考えられます。

2.通常の給与(手当含む)に対する所得税の取り扱い
所得税法は居住者に対し、給与等の支払いをする者は、その支払いの際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならないとして源泉徴収制度を採用し(所法183(1))、所得税を徴収して国に納付義務のある者を「源泉徴収義務者」と規定しています(所法6)。
また、給与所得の収入金額の収入すべき時期について、契約又は慣習により支給日が定められている給与等についてはその支給日、その日が定められていないものについてはその支給を受けた日として取扱うこととなっています(所基通36―9)。

所得税は、本件の場合ですと歩合給の支払の際に源泉徴収することになります。したがって、歩合給については顧客との契約確定後(商談成立後約4カ月後)に支給するという支払基準に基づいて継続して支給するのであれば、その支払の都度源泉徴収をすることになります。しかし「規定を変更して休職中は支払わない」とした場合、現実に支払うまでは源泉徴収の義務は生じません。ただし、その期間中に決算期が到来しますと本来支払わなければならない給与等の計上漏れが生ずることになり、法人所得にも影響します。そこで休職中であっても歩合給を未払費用として計上することが必要になります。
また、本件のような特定の場合の支払期日変更については、労使間協定等の書面による合意を得ておくことが税務上も大切だといえます。

3.歩合給の支給時期と所得区分
労働基準法による休業補償は所得税法上非課税とされていますが(所令20(1)二)、本件の歩合給は休業補償には該当しません。また、労働の対償として支給される給与は、休職中又は復職時の支給であっても税務上の給与所得とされ、課税の対象になります。
本件では、退職者に歩合給を支給するかどうかという問題もありますが、退職に起因して支給する場合には、給与所得と退職所得の所得区分を明確にする必要があります。
現行所得税法は毎月の給料、賞与または退職金の源泉徴収税額の算出においてそれぞれ異なった取り扱いをしているからです。

結局のところ、S社長はA子さんのような産休の多発を想定してなかったため、営業社員に対するインセンティブとしての歩合給の支給をためらっているようですが、労働基準法、就業規則、その他労働条件に関する問題点は他に譲るとして、所得税上の留意点を整理すると以下の点がポイントになります。

(1)営業歩合給は給与所得の範囲に含まれます。
(2)給与(手当含む)に対しては源泉徴収制度が採用されています。
(3)歩合給は支払いの確定時期と実際の支払い時期が重要です。
(4)休職期間中、復職時または退職時に給与の支給をした場合には所得区分に気をつける必要があります。
(5)給与等の支給の時期、支給の条件については、明確な基準とそれを証する文書の整備が税務上重要です。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:倉本 昌明)

企業が優秀な人材を確保するためには、「カネ」や「モノ」以上に「ヒト」を大切にすること、つまり、就業規則を整備し、労働契約締結時の労働条件の明示を行った上で、それを決められた通りに実行することによって、働きやすい職場環境を作ることが非常に大切なことだと考えられます。しかし、U社においては、休業期間中の従業員に対して復職しない限り営業歩合給が支払われないということであれば、営業歩合給も賃金という大事な労働条件の1つですから、賃金の遅払いまたは不払いを理由として労働基準監督署や裁判所に訴えられても仕方がありません。また、育児介護休業法では「事業主は、労働者が育児休業の申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取り扱いをしてはならない。」と定めています。この「不利益な取り扱い」には、解雇の他、減給をしたり、賞与等において不利益な算定を行ったりすることも該当することとされており、U社の行っている賞与の査定値を不当に下げていることは違法なものと思われます。まずこの点をS社長にしっかりと認識してもらうことが必要でしょう。

産前産後休業や育児休業期間中については、基本的に会社が負担しなければならない金銭はありません。まず、休業期間中の賃金は、就業規則等に有給とする定めをしない限り、「ノーワークノーペイの原則」に従って無給にしても違法ではありません。(もちろんこのことを従業員に周知させておくことは必要です。)無給とする場合であれば、産前産後休業中については健康保険の出産手当金、育児休業期間中については雇用保険の育児休業給付が休職中の従業員の所得保障として支給されます。また、無給の場合には、賃金額を基にして計算する労災保険・雇用保険の保険料は発生しませんし、さらに育児休業期間中は健康保険・厚生年金保険の保険料についても従業員負担分だけでなく、会社負担分もその支払いが免除されています。

こうしたことをS社長に説明しても納得してもらえないのであれば、育児等を行う従業員を支援する事業主に支給される各種給付金の活用を検討してもよいのではないでしょうか。U社の場合には、育児休業終了後、育児休業取得者を元の仕事に復帰させる旨を就業規則等に規定し、育児休業取得者の代替要員を確保し、かつ、育児休業取得者を元の仕事に復帰させた事業主に、対象となる従業員1人あたり最大50万円を支給する「育児休業代替要員確保等助成金」、従業員が利用できる勤務時間の短縮等の制度を就業規則等に新たに規定し、3歳以上小学校就学の始期に達するまでの子を養育する従業員がこれらの制度を利用した場合に、最大40万円を事業主に支給する「育児両立支援奨励金」等が利用できると考えられます。これらの給付金は、各都道府県の(財)21世紀職業財団地方事務所がその窓口となっています。

休業期間中の従業員の代替要員として派遣労働者を利用するのも1つの方法かもしれません。建設の業務に派遣労働者を充てることはできませんが、営業であれば可能ですし、産前産後休業や育児休業期間中の従業員の業務を代替する場合であれば、派遣期間に制限なく派遣労働者を受け入れることが可能です。代替要員として派遣労働者を使用したときにも前述の育児休業代替要員確保等助成金の支給を受けることができます。

急速に少子化が進展している我が国においては、従業員が働きながら子育てをしやすい雇用環境を整備し、「仕事」と「家庭」の両立の負担感を軽減することについての理解が必要であると考えられます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRアップ21沖縄 会長 上原 豊充  /  本文執筆者 弁護士 宮? 政久、社会保険労務士 上原 豊充、税理士 友利 博明、FP 倉本 昌明



PAGETOP