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第31回 (平成16年9月号)

社員所有の携帯電話を業務使用命令できるのか!?

SRアップ21北海道(会長:豊永 石根)

相談内容

「まだ、携帯電話番号を総務に連絡していない人たちがいるようだよ…」と社員達が囁きあっています。B社では、経費削減の一環から携帯電話の貸与をやめて、社員所有の携帯電話を利用しようとしています。しかし、「プライバシーの侵害だ」「なぜ教えなくてはならないのか」と一部の社員たちが反発し、B社全社員54名中、40名強の社員の電話番号しか集まっていません。「もう1ヶ月以上経っているのにどうしたのだ。至急幹部会議だ」とY社長が息巻いています。
Y社長は「会社が業務連絡したいときに連絡が取れれば良いわけで、会社に連絡しろとは言っていないぞ。わざわざ携帯を貸与して私用で使われることもないし、実に合理的な対策だと思うのだが、番号を教えない社員をどうするのか考えろ」Y社長が幹部会議で口火を切りました。
施工一課の課長が「自宅の電話番号を報告してあるのだから、携帯電話の番号まで報告する必要がない、という社員がいます」と言うと、施工三課の課長も「持っているくせに、携帯電話をもっていない、と言い張る社員がいます」と発言しました。
いずれの社員も反体制的な感じを受ける社員ばかりのようでした。最終的にY社長の一言で「今週中に連絡しない社員は懲戒だ!」幹部会議が終了しました。 それぞれの担当課長は再度説得を試みましたが、社員たちは頑として受け入れません。「会社で携帯電話リストを作成して、それが流出したらたまりませんよ」と言われると、課長もそれ以上話ができませんでした。

相談事業所 B社の概要

創業
昭和49年

社員数
54名(パートタイマー7名)

業種
電気設備工事業

経営者像

父親の後を継いだY社長は51歳、受注工事が伸び悩むなか、さまざまなリストラ対策を検討していました。とりあえずできることかやろう、ということで、さまざまな経費削減を打ち出していますが、昇給の滞った社員たちからは煙たがられているようです。


トラブル発生の背景

会社への業務協力と個人のプライバシーの関係は果たしてどうなのでしょうか。 一般的に個人所有の形態電話を業務上使用することは多いと思いますが、社員は義務として、携帯電話番号を通知しなければならないのか、という点がはっきりしていません。幹部社員たちも「少しのことで、すぐ連絡されるのではないか…」という危惧もあり、なかなか積極的な説明ができなかったようです。
また、事前協議がまったくなかったため、いきなりの通告に社員たちも反発したのだと思われます。
Y社長は経費削減ばかりが頭にあって、社員のモチベーション対策をまったく採っていませんでした。このことも、「会社を信用できない」という感覚を社員に植え付けてしまったのかもしれません。

経営者の反応

担当課長たちがしつこく電話番号を追求した結果、7名はしぶしぶ教え、残りの5名は退職しました。「たかが携帯電話の番号くらいで会社を辞めることもないだろうに…。最近の若いやつは何を考えているのかわからんなぁ」とY社長が笑っていたのですが…。その数日後から、1人、2人と退職者が出てきました。慌てたのは総務部長です。「このたびの強引なやり方が社員たちの反発を買っているようです。このままではまずいですね、何か対策を立てないと…」総務部長はY社長の許可を得て、相談先を探し始めました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:山出 和幸)

一般的に、会社はその雇用する社員に対して、業務の遂行全般について必要な指示・命令をすることができます。その根拠は、社員が会社と結んだ労働契約にあるといわれています。
社員は、会社から給与等の支給を受ける代わりに、自分の労働力を提供することを約して労働契約を結びます。自分の労働力を提供するということは、会社が一定の範囲で社員の労働力を自由に処分することを認めるということですから、社員は一定の範囲で会社の指示・命令に従う義務があるということになります(最高裁判所昭和61年3月13日判決)。

しかし、会社が社員に対して、無制限に指示・命令ができるわけではないことも当然です。社員が会社と労働契約を結んだからといって、会社の全面的な支配(全人格的な支配)に服するとはいえないからです。そして、会社が指示・命令することができる事項であるかどうかは、社員が労働契約によってその処分を許した範囲内の事項であるかどうかで決まりますが、結局のところ具体的な労働契約の解釈で決まるということになります。

本件の場合は、Y社長が社員の携帯電話を会社の業務のために利用しようとしているとのことですが、これが許されるかどうかは、社員が自己の携帯電話を会社の業務のために利用することを労働契約で許容したといえるかどうか、ということで決まることになります。

ところで、本件を考えるうえで、個人のプライバシーということも考えておく必要があります。社員は一個人として市民法上の自由・権利を有していることはいうまでもなく、その中にはプライバシーの権利も含まれます。プライバシー権の内容については、他人から私生活に干渉されず、また私生活をみだりに公開・公表されない権利のほか、個人情報の氾濫や知らないところで個人情報が管理される今日の状況を考えると、自己に関する情報をコントロールする権利も含まれるとする考え方が主流になっています。

携帯電話について考えてみますと、現代社会においては、個人個人が携帯電話を所持する中で、一方的に携帯電話にかけてきて被害を及ぼすような事件も発生していることから、携帯電話の番号を他人に知られたくないという欲求は強いものがあり、このことは最大限に尊重されるべきものと考えられます。

本件で社員から「プライバシーの侵害だ」「なぜ教えなくてはならないのか」といった反発が出たとのことですが、先に述べたような状況からすると当然のことと思われます。

それでは、Y社長が社員の携帯電話を会社の業務のために利用しようとしたことは妥当なのでしようか。

確かに、会社が社員に対して業務連絡をする必要があることは当然のことであり、そのために社員が携帯電話を所持していることは、会社にとって便利なことであることは間違いありません。しかし、だからといって社員の携帯電話を当然に使用できるというものではなく、携帯電話の番号を他人に知られたくないという権利を侵害することが許されないことも当然です。会社が業務連絡のために携帯電話を使用しようと思うのであれば、会社の携帯電話を貸与すればよいのであって、経費削減のために社員所有の携帯電話を使用するというのは、あくまでも会社側の都合でしかありません。

従って、会社が強制的に個人の携帯電話の番号を届けさせ、業務連絡に使用させることは、妥当とはいえない方法と思われます。
基本的なことを説明いたしましたが、善後策は社会保険労務士の指導に従ってください。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:末松 宏)

54名中5名が退職し、その後も退職者が続出とは、B社にとっては大打撃でしょう。
笑いごとではありませんが、まるで沈みかけた船からネズミが逃げ出すようです。 総務部長がおっしゃるように、リストラ、経費削減、昇給の滞りなどによるモラールダウンがうっ積している中で、このたびの強引なやり方が引き金となって、社員たちがB社を見限ったのだと思います。

さて個人所有の携帯電話を、一方的に業務使用命令できないことは弁護士の説明通りです。業務用に使えば業務使用による料金負担などの問題が発生します。また個人情報の漏洩といった心配もあります。このようなデリケートな問題をどうクリアーするのか、そして、どうしても業務上使用したいのであれば、明確な権利義務関係の定めが必要となります。

なお、個人所有のものを借り上げるわけですから、賃貸借関係が発生します。当然、業務使用が無償でよいはずはありません。利用規則や使用料などを定めた賃貸借契約書などを作成すべきだと思います。
このような準備をした上で、社員個々人との間で、同意を取付けるよう話し合い、理解を得なければなりません。本件のように、周到な準備や話し合いもせず、社員の同意も無しに一方的に業務命令とすれば、社員の反発を買うのは当然です。

これからでも遅くありませんので、一からやり直してみましょう。
しかし、それ以前に、経費削減ばかりが頭にあるY社長が根本の問題だと思われます。
いったい何のための経費削減でしょう。

今回の件では多くの人材が流出し、その育成費用だけを考えても莫大な損失です。問題は経費ではなくて、「受注工事が伸び悩むこと」ではないでしょうか。どうして伸び悩むのか、その対策は立てられないのか、という根本をしっかりと見据えて、事業戦略を立て直すことが大事だと思います。
特に中小企業にとっては、能力を持った優秀な人材を保有していることが、他社に打ち勝ち、企業業績を上げる大きなポイントとなります。

また、「社員に選ばれる企業」でなくては、優秀な人材は集まらないとも言われています。 「社員に選ばれる企業」とは、一言で言えばモチベーション、やる気の高い社員が大勢いる企業です。

人は仕事をしていく中で、「仲間として受け入れられたい」とか「認められたい」、「能力を発揮して自分を成長させ、自己実現をはかりたい」といった気持を強く持っているものです。こういった気持が仕事を通じて、素直に感じられてこそ、やる気は高まります。社長や管理職の方々に、このような人の気持を理解する姿勢がなくては、社員のやる気を高める企業風土を作り上げることはできません。

まず業績を上げるためには、経費削減やリストラ一辺倒ではなく、他に方法はないのか、プラス思考でどうしたらいいのか、考えていきましょう。その際には経営戦略を財務、顧客満足、業務プロセス、人材育成の4つの視点で見ていく「バランス・スコアカード」の考え方が有効です。
「バランス・スコアカード」とは、アメリカのキャプランとノートンが考え出した革新的なマネジメント・システムのことです。

これまでの財務諸表重視のマネジメントに対し、今後は目に見えない資産(顧客との関係性や社内の技術力、有能な社員など)こそが競争力の源泉となる。この財務諸表に表れない企業価値をどのように評価すべきか、ということがテーマとなっています。「会計データによる財務諸表を中心とした管理は、バックミラーを見て運転するようなもの」とさえ言っています。

「バランス・スコアカード」は経営を考える上で、4つの視点を提示しています。

1) 財務の視点…財務的成功は何をめざすべきか
2) お客様(顧客満足)の視点…お客様に喜んでいただくにはどうすればいいか
3) 業務プロセスの視点…どのように業務プロセスを改善するか
4) 人材の視点…人材をどのように育成し、組織の能力を高めるか

この4つの視点で見れば、企業が永続的に発展するための必須の項目を洩らさず、ダブらずコントロールできるというのが「バランス・スコアカード」のコンセプトです。
「バランス・スコアカード」の参考図書は、書店で手軽に手にはいりますので、一読うえ対策を講じるのも一考です。

いずれにしても、Y社長は、経費削減のみの短絡的な考えを改め、前向きな経営戦略を立てることが肝要かと思います。そして、その計画に社員を参加させることが重要です。いろんな方策の決定にあたって自分の意見が反映したり、同意した、などといった参画しているという意識は、モチベーションを上げる重要な要素です。また経営戦略の意義や重要性についても十分に話し合い、理解を深めることで、やりがいを感じることができます。さらに課題や目標、責任を持たせ、努力や工夫を評価することが自信や責任感を深めることにつながります。 

前向きな経営戦略を打ち出すことによる期待感、経営に参加しているというやりがい感、目標の達成感によってモチベーションの高い企業風土を作りながら、人材の成長を促し、「社員に選ばれる企業」へと変革していきましょう。

税理士からのアドバイス(執筆:古賀 均)

現在、携帯電話が普及し公衆電話がほとんどなくなった今、携帯電話は会社の業務に欠かせないものとなってきています。
本件の場合、経費削減のため会社所有の携帯電話をやめて社員所有の携帯電話を利用しようとしてトラブルになっているようですが、社長が実施しようとしているのは、会社の経費節減ではなく、会社の経費を個人である社員に負担させているに過ぎず、社員から不満が出るのは当然と思われます。社員が個人的に業務以外に会社の携帯電話を使用したりして経費が膨らんでいるのであれば、その内容をチェックして私用分や不必要な使用に対し使用料を徴収するなどの方策を図って経費を抑制することが、会社の経費削減ではないでしょうか。

それでは、携帯電話に限らず社員の個人所有物を業務利用する場合の課税関係について例を挙げてご説明いたします。

 

(1)個人の携帯電話を業務用として使用する場合

個人の携帯電話を業務に使用するということで、一定の金額を業務使用割合に関係なく携帯電話使用料として社員に支払った場合は、給与所得として課税されることになります。
そこで、通話明細書等を請求し、その内容により業務用に使用された料金を個人に支払えば、課税関係は発生せず会社の通信費として計上することができます。
しかしながら、基本料金についても会社が支給する場合は、業務に使用しない場合も基本料金はかかるため、これについては給与所得として課税されることになると思われます。

 

(2)個人の自家用車を会社の業務用として借り上げた場合

社員の自家用車の借上料のうち賃貸料として相当と認められるものは、社員の雑所得としての収入金額となる場合と、借上料そのものが自家用車使用手当としての給与所得課税を受ける場合とに判断が分かれるケースがあり、その借上料の計算方法も会社によって様々であるため、その時々の個別の判断となる場合が多く、課税関係も統一した見解を出せない部分があります。
前者のケースは借上げた車両を会社の自由に他の社員にも会社業務のため使用させ、賃貸料相当額を支払ったとした場合です。では賃貸料相当額は、いくらが相当かの判断となりますが、私見としては、例えば借上料=(車の減価償却額+自動車保険料等+諸費用等)×会社業務使用割合とすれば、雑所得の収入金額として申告しても収入≦経費となりほとんどの社員は、ほかの所得との関係がない限り申告不要となると思われます。
なお、借上料を賃貸料相当額以上に支払った場合は、その超える部分は給与と認定され課税される場合がありますので、注意してください。
後者のケースは借上げた車両をその所有者だけが使用し、一定額を借上料として支給した場合です。手当てとしての給与課税問題が発生すると考えられますが、個別的問題として、その社員に他に旅費が支払われないなどの状況があり、業務に使用した部分が明らかな場合は、非課税の旅費として取り扱われることもあります。
この場合、営業日報等により、その金額等が算出できるようにしておくことや、自家用車を業務使用した場合の旅費規程等の作成も必要でしょう。 所得税基本通達28-3には「職務を遂行するために行う旅行の費用に当てるものとして支給される金品であっても、年額または月額により支給されるものは、給与等とする。ただし、その支給を受けた者の職務を遂行するために行う旅行の実情に照らし、明らかに所得税法第9条1項4号(非課税所得)に掲げる金品に相当するものと認められる金品については、課税しない。」と規定されています。

 

(3)上記車両借上料に加えガソリン代を支給した場合

ガソリン代については、旅費規定に基づく実費相当額で業務上必要と認められるものについては非課税となります。所得税基本通達9-3の 非課税とされる旅費の範囲に規定されている。この場合にも営業日報等により走行距離等の確認ができるようにしておくことが必要です。

 

(4)社員が制服として着用する衣服等の課税関係について

職務の性質上制服を着用しなければならない社員に対して支給、または貸与する制服その他の身の回り品を貸与、支給した場合は非課税となります。(所得税法9条1項6号、令21条2及び3号、所得税基本通達 9-8)ただし、営業マン等が着用するスーツ等や普段の私的生活でも着用できるものについては、課税の対象となりますが会社名を入れる等制服として職務上の必要性に基づくものと認められれば非課税となります。
しかし、制服等を会社で支給する代わりに現金支給した場合は、金額の多少にかかわらず給与として課税されます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21北海道 会長 豊永 石根  /  本文執筆者 弁護士 山出 和幸、社会保険労務士 末松 宏、税理士 古賀 均



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