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第30回 (平成16年8月号)

請負?派遣?
“社長!私は誰の指示で業務を行なうのですか?”

SRアップ21北海道(会長:安藤 壽建)

相談内容

「ありがとうございました。明日5時から12時まで3名ですね」
L社のスタッフが元気よく電話の応対をしています。 L社は創業2年足らずの会社ですが、“飲食店の緊急時に人を送り込む”という商法が当たり、かえって人手不足になっているような状態です。
L社のT社長は自らの飲食店勤務経験を十分に活かし、また、派遣法に抵触しないような契約書(?実際は疑問)を用意して商売を行なっているつもりでした。社員教育のなかでも「我々は派遣社員や配膳人ではない、人的な経営支援を請負うのだ…」と力説します。
しかし、実態はというと、飲食店に出向く社員やアルバイトたちは、飲食店でその日の業務指示を受け、業務中も経営者や店長から指揮管理を受けているようです。
ある日のこと、社員のCさんがT社長に報告しました。 「昨日、B飯店に出向させたアルバイト3人が辞めるといっています。かなり厳しい店長がいるようですね、屈辱的な怒鳴られ方をしたので、アルバイト達が労働基準監督署に行くといっています。私がいくら言っても、B飯店の店長が許せない、と言ってきかないのですよ」
T社長は、「B飯店を訴えてどうする…クレームは俺に言うべきだろう、すぐにとめろ」と怒鳴りましたが、「私も良くわからなくなってきました。私達はただのヘルパーなのですかねぇ、誰に使われているのですかねぇ、こんなクレーム処理ばかりじゃ嫌になりますよ」とC社員はぼんやりしています。

相談事業所 L社の概要

創業
平成14年

社員数
12名(アルバイト33名)

業種
経営コンサルタント  

経営者像

学生時代から飲食店でのアルバイト経験が豊富なL社のT社長は、まだ26歳の若さです。人材確保・労務管理の問題を多く抱える飲食店に対して、「経営のパートナー」と称し、飲食店の人手不足時に人材を送り込むという事業を始めたところ、思い通りの成果を挙げることができました。
しかし、顧客先でのトラブルが多く、自らのカリスマ性でスタッフを引っ張るのに限界を感じ始めていました。


トラブル発生の背景

L社は果たして合法的な事業を行なっていたのでしょうか
。「人」を送り込むという商法では、業務請負という本質的な部分が不明瞭になる可能性が非常に高いものとなります。特に、顧客先での指揮管理に関し、顧客との契約内容が曖昧であったことも大きな要因のようです。 これまでのスタッフたちからのクレームに対しても、場当たり的な処置をしていたのではないかと思われます。

経営者の反応

案の定、○○労働基準監督署から電話がかかってきました。
T社長は汗だくなりながらも、アルバイトたちの問題には責任をもって対処するから、早く会社に返して下さい、と監督官に懇願し、監督署からそれ以上の追及はありませんでした。しかし、戻ってきたアルバイトたちを必死の思いで説得したことや、T社長の右腕ともいえるC社員の動向が気になること、など急に不安になりました。
この騒動に顧客からの電話を受け取る社員たちも聞き耳を立てていたようです。その矢先、「社長!レストランKに行ったアルバイトが店主から“くびだ!”と言われて、途中で家に帰ったそうです」と社員の声。 「そろそろ自分の考えだけではなく、専門家に頼ってみるか…」

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:斉藤 道俊)

L社の事業がT社長の考えているとおりの業務請負である、といえれば違法な事業ではないのですが、結論的にはそうは言えないようです。 職業安定法は、その第44条で労働者供給事業については労働組合等が厚生労働大臣の許可を受けて行うもの以外を全面的に禁止しています。そしてこれに違反すると1年以下の懲役又は100万円以下の罰金という刑事罰が科されます。 L社が労働者供給事業ではなく、業務請負とするためには、職業安定法施行規則第4条により、下記の4つの要件の全てを満たさなければなりません。

(1) 作業の完成について事業主としての財政上及び法律上の全ての責任を負うものであること
(2) 作業に従事する労働者を直接指揮監督するものであること
(3) 作業に従事する労働者に対し、使用者として法律に規定された全ての義務を負うものであること
(4) 自ら提供する機械、設備、器材(業務上必要なる簡易な工具を除く)若しくはその作業に必要な材料、資材を使用しまたは企画若しくは専門的な技術、若しくは専門的な経験を必要とする作業を行うものであって、単に肉体的な労働力を提供するものではないこと

 

これらの要件の一つでも満たさないと、労働者供給事業に該当することとなります。 また、労働者派遣法の適正な運用を確保するための「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(昭和61年4月17日労働省告示)においても、上記要件をさらに具体化した基準が設けられています。
L社の事業は、L社の社員が出向先である飲食店で業務指示を受け、指揮管理を受けているとのことであり、上記(1)の要件を満たしていませんので、他の要件を検討するまでもなく、業務請負とはいえません。T社長の話では、他の要件も満たしていないようです。
よって、職業安定法で禁止されている労働者供給事業に該当することになります。 ただし労働者供給事業のうち、労働者派遣法による労働者派遣事業に該当するものは、違法とはなりません(職業安定法第47条の2)。 派遣労働者が常時雇用される労働者のみである「特定労働者派遣事業」を営むには厚生労働大臣への届出が必要ですし、それ以外の「一般労働者派遣事業者」を営むには、同大臣の許可が必要となっています。
しかし、T社長は「我々は派遣社員や配膳人ではない、人的な経営支援を請負うのだ」といって、派遣業の許可を得ておりませんので、違法と言わざるを得ません。この違反についても罰則(1年以下の懲役又は100万円以下の罰金)があります。

 

雇用主はL社か、B飯店やレストランKか?
T社長は「B飯店を訴えてどうする‥‥クレームは俺に言うべきだろう」と怒鳴るような認識をもっていますが、スタッフがB飯店から業務の指揮や指示を受けている以上、雇用主はB飯店ということになりますので、雇用関係上の問題はB飯店に直接的な責任があることになります。
また、L社にも派遣した社員との関係で契約関係がありますので、B飯店で受けた仕打ちが違法であり、かつL社にとって予測の範囲内であったとすれば、そのような業者に社員を派遣したL社にも責任が生じます。

 

L社へのアドバイス
T社長としては、一日も早く、「一般労働者派遣事業」を営むための厚生労働大臣の許可を得て、違法状態を解消し、かつ、適切な派遣先に社員を派遣することにより、クレームの発生を防ぎ、C社員のように有能な人材を流出させることのないよう務めるべきでしょう。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:徳江 孝一)

これからの経営を維持させるためには、社員の積極的な能力開発がますます不可欠な時代になりました。本件A社員の最新の幼児教育システムの習得は、弁護士の説明の通り、業務命令による指示であり企業運営、業務遂行のために必要なものと考えられ、渡航費用と入学金などの研修にかかる費用は、企業が経費として負担してしかるべきもので、A社員に負担義務はないと言えます。

労基法第16条は、労働契約の不履行について違約金を定めまたは損害賠償額を予定する契約を禁止しています。
いったんS社が支出した研修にかかる費用について、一定期間の勤務をしない場合(労働契約の不履行のある場合)に損害賠償として、その費用の額を支払わせるということは労働契約の不履行についての損害賠償額の予定と解され労基法第16条に違反し無効になります。

Y社長は、研修にかかる費用の返済がない場合、退職金との相殺を考えていたようですが、もともと、会社が経費として負担すべき費用を、A社員の退職金から相殺することは許されるものではありません。
なお、退職金については、その支給について、労働契約、就業規則、労働協約などによって予め支給条件が定められ、支給することが使用者の義務と認められるものについては、労基法上「賃金」と解され労基法第24条第1項の全額払いの適用を受けることになります。また、相殺するということは、退職金から使用者が有する債権に相当する部分を控除するということになります。
したがって、賃金から税金、社会保険料などの法令で定められているもの以外を控除する場合には、「事業所の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは、過半数を代表する労働者との書面による協定」が必要となります。

本件のポイントは、A社員から家庭の都合による退職の相談に際し、Y社長は感情が先行し、解雇を放言してしまったことです。
労基法において、「解雇は、客観的に合理的な事由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする。」としています。(労基法第18条の2)この権利の濫用か否かの判断要素としては、

1) 解雇に合理性または相当の理由があるか。
2) 解雇権の行使が不当な動機、目的からされたものでないか。
3) 解雇理由とされた行状の程度と解雇処分の均衡がとれているか。
4) 同種または類似の事案における取扱いと比較して均衡が取れているか。
5) 一方の当事者である使用者側の対応に信義則等から見て問題はないか。
6) 解雇手続は相当か。
などの事項があげられます。

 

S社にとって最新の幼児教育システム導入前のA社員の退社は、Y社長に解雇と言わしむべき相当な理由だったのでしょうが、以上の事項を説明すると、「冷静さを欠いた発言だった。」と自省の念も窺えました。 そこで、本事例の処理として、

1) A社員に対する研修費用の返済を断念すること。
2) Y社長自らA社員との話し合いの場を持ち、感情的になっていた非を認め解雇を撤回し、改めて退職届の提出を求め任意退職とすること。
3) 退職金は、規定に基づきその全額を支払うこと。
以上のような誠意ある対応は、労働組合への回答にもなるということに、不承不承ながらY社長は認めることになりました。

また、今後の人事労務管理については、次の事項を検討するよう要望しました。

1) 「海外研修規程」を設け、その目的、恣意的人選に陥らないような選考手続、研修にかかる費用負担などを明文化すること。
2) 社員一人一人が経営に対し、参加意識をもてるような会社の経営理念、経営方針、経営目標などを改めて整備し、全社員に周知させること。
3) 会社と社員との信頼関係構築のためコミュニケーションの機会(朝礼、ミーティング、会議、研修会、親睦会など)を設けること。

税理士からのアドバイス(執筆:土門 泰之)

L社は、レストランからアルバイト社員の依頼があると、必要人数をその都度業務請負として社員を送っています。 この場合、L社が社員の実働時間に単価を乗じて顧客に代金を請求していたことの是非、請負業務に関する税務問題等について説明します。

 

1. 実働時間に単価を乗じて顧客に代金を請求していたことの是非
請負業務請求額は、〔(人数×実働時間の単価)+会社事務手数料15%〕+消費税5%を各レストラン単位にて請求日に合わせ請求しているとの状況です。
顧客である各レストランに請求していたことついては、税務上の問題点は見受けられません。

 

2. 請負業務に関する税務問題
請負業務の税務に関しては、法人税の基本通達2-1-2(請負による収益の帰属の時期)請負による収益の額は、別に定めるものを除き、物の引渡しを要する請負契約にあってはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日、物の引渡しを要しない請負契約についてはその約した日の属する事業年度の益金の額に参入する。(昭和55年直2-8「六」により改正)があります。
つまり、物の引渡しを要する請負契約と物の引渡しを要しない請負契約については、収益の計上時期が異なりますので、実働時間に単価を乗じて代金の請求を行なっている点から請求締切に関わらず、決算日までの労務提供に応じた金額を収益計上すべきことになります。これを発生主義といいます。

 

3.法人税
法人の所得(利益)に対して国がかける税金が法人税です。法人税は法人の得た所得に対してかけられる税金です。課税の対象となる所得は各事業年度に生じた所得です。

1)各事業年度の所得
法人の決めた事業年度ごとに総収益(税法上では総益金といいます)の額から総費用(税法上では総損益といいます)の額を差し引いて求めた所得です。総収益の額より総損金の額が超えたときはその超えた金額は欠損金額となります。

 

所得金額と利益金額とは異なる
法人税をかける対象となる「各事業年度の所得」について説明します。この所得が正しく計算されないことには、正確な税金が計算されません。所得金額の計算は、課税の公平を目的としていることや、国の税務政策上のなどがあるため、利益金額とは一致しません。その相違について計算式で示します。

 

 

各事業年度の利益金額と所得金額の違い

所得金額の計算式 備考
益金の額―損益の額=所得金額 ・所得金額は課税所得を求めることが目的



利益金額の計算式 備考
総収益の額―総費用の額=利益金額 ・総費用の額には原価+費用+損失
・利益金額は適正な期間損益を求めることが目的

 

1)益金
益金に参入するのは、商品や製品を販売したり、サービスを提供したりして得た収益の額や無償で物を譲り受けたりした場合に発生する収益の額などのすべての収益が、益金となります。ただし、税法では受取配当金など一般的には収益となるものでも、益金に加えないものもあります。 L社の益金となるものとしては、請負業務の売上総額が収益の額になります。

2)損金
事業年度の収益に対応する原価の額、事業年度に発生した販売費・一般管理費やその他の費用など、会社の正味財産を減少させるような費用や損失が損金となります。ただし、償却費をのぞいて、引当金など税法で認めるもの以外は損金にはなりません。
原価
商品・製品の仕入れ、材料費などを売上原価、製造原価といいます。これらの要した費用など、事業年度の売上に直接関係ありますから、それに対応して計上します。

費用
費用とは、販売費、管理費など、一般に経費と呼ばれているものです。ここで気をつけないといけないことは、償却費以外の費用は、事業年度の末日までに債務が確定していないと損金にならないことです。法人税の基本通達2-1-12(債務の確定の判定)

損失
損失に算入されるものとしては、火災や盗難などによる損失があります。これらは、事業年度の収益にも期間にも対応するものでなく、突然に発生するものですから、発生の事実で計上します。会計年度では、臨時巨額の損失があると経常的な損益を見誤ってしまう恐れがあるので、次の事業年度以降に繰り延べることができますが、税法ではこれを認めていませんので、発生した事業年度に計上することが必要となります。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:徳江 孝一)

20代で事業を成功させたT社長のような経営者のその後は、浮き沈みの激しい人生が待っています。脚光を浴びている業界においては、業者間の激しい競争があり、新規参入業者が機会を窺っていたり、あるいは顧客の手ごわい交渉力があります。その脅威を緩和するため競争戦略を立案することになります。
L社の規模からするとコスト競争で勝てるとは思えませんので、他社にはない独自の強みをいかした差別化戦略になるでしょう。また業界全体を相手にするのは無理ですから、業界の一部に限定して競争する集中戦略になります。
L社の事業が順調に進むと、ヒト、モノ、カネおよび情報などの経営資源が蓄積されます。そうすると複数の経営資源を有機的に結合し、共通利用することでその総和以上の力を得る効果、つまりシナジー効果が期待できます。今後のL社は飲食店中心の多角化戦略を取るのか、他の業界へと手を広げて行くのか、その前途は洋々としています。

しかしながら、自分の会社の経営すら思うようにいかないのでは「経営コンサルタント」「経営のパートナー」としては失格でしょう。人事問題に関しては人生経験豊かな人材を得るための労力を厭わないでほしいと思います。この困難な状況を解決すれば、大きな自信とノウハウを獲得し、今後のビジネスに活かせると思います。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21北海道 会長 安藤 壽建  /  本文執筆者 弁護士 斉藤 道俊、社会保険労務士 徳江 孝一、税理士 土門 泰之、FP 徳江 孝一



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