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第26回 (平成16年4月号)

家族手当を返還させられるか?
社員の言い分は「女性差別だ!」

SRアップ21京都(会長:山? 忠夫)

相談内容

ある日の休憩時間のことです。ふとしたことから、M社社員のAさん(32歳、勤続5年、女性)の話題となり、いつの間にかAさんが結婚していることがわかりました。入社したときにはご主人と死別して、幼少の男の子と二人暮しでしたので、M社のJ社長も親心から家族手当を2万円加算した初任給(総額20万円)で採用した経緯があります。
「黙っているなんて水臭いぞ…」という社員たちの言葉の後に、J社長の奥様は「それならば家族手当を戻してもらわないと…」と言ったものですから、その場がしーんとしてしまいました。
どうやら奥様は本気のようで、すぐさまJ社長と話をはじめました。
そして、Aさんを呼び出すと「この不景気でみんなの給与を維持するのが大変なところに、あなただけに不要な手当をつけておくわけにはいかない。結婚したときに遡って手当を返却してもらいますからね。」と告げました。
するとAさんは「年末調整の際の扶養控除申告書には、3年前から“配偶者有”としていますよ。社長が見落とされたのではないですか。それに、扶養するでも、扶養になるわけでもないし、奥様がいる男性には奥様の収入にかかわらず家族手当をつけているという話も聞いています。わたしだけそのような扱いをされるのは不公正です。女だからですか…」と反発します。
後は社長と奥様とAさんの泥試合のようなものでした。

相談事業所 M社の概要

創業
昭和48年

社員数
社員数7名(男性5名 女性2名)

業種
青果卸売業

経営者像

卸売市場の一角に事務所を構えるM社は、小規模ながらも長年の実績で何とか経営を継続しているような状態です。仕事柄、朝は早いのですが、終業も早く、一日の実働は6時間半くらいです。M社は62歳のJ社長と58歳の奥様を筆頭に、30歳から67歳までの社員7人が仕事を分担しています。


トラブル発生の背景

少しでも社員の給与を減額したいと思っていた矢先に、Aさんのこぼれ話が出てしまいました。経理を担当しているJ社長の奥様は、この話にピンときました。予てからAさんのことを良く思っていないところもあったようです。
家族的経営と言ってしまえばそれまでですが、M社には就業規則も給与規程もありませんでした。また、J社長夫妻には、少なからず男女差別の思考があったことも原因のようです。

経営者の反応

一旦事態が収拾した後に「3年前からだと72万円も無駄に払っているのよ」と社長の奥様の苛立ちは収まりません。「しかしAさんの言う事にも一理あるしなぁ。過去のことは良いとしてこれからの話にするかなぁ…」と煮え切らない社長。
次の日にAさんの夫から電話がありました。規定も何もなくてあまり無茶なことをやるとこちらにも考えがある、といったことを怒鳴りあげたような内容の電話でした。
社長は少し怖くなって、奥様には内緒で「SRネット」に相談してみました。

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弁護士からのアドバイス(執筆:渡辺 哲司)

日本の企業では、従業員に支払われる賃金等として、「家族手当」という名称で一定額の金額を支払われる例がよくあります。その場合に、多くの企業では、全従業員に「家族手当」を支払うのではなく、就業規則、給与規定などで、「扶養親族を有する従業員には、家族手当を支給する」などと明記しているのが一般的だと思われます(このように明記することによって、扶養親族を有する従業員は、家族手当を使用者に請求する権利を有しているが、扶養親族を有しない従業員は、この家族手当を請求する権利を有しない、ということが明確になります)。

さて、M社では就業規則、給与規定がないということですが、実態として、扶養親族を有する従業員に、「家族手当」が支払われている慣行があるといえるでしょう。
即ち、「奥様がいる男性で奥様の収入にかかわらず家族手当が支払われている男性社員」(これをB男性社員ということにします)がいるとのことですし、又、Aさんの場合にも、採用時に、幼少の男の子と二人暮らしだったことから、「家族手当」2万円を加算して初任給を決定した経過があったとのことであり、このような「家族手当」が支給されることに、他の社員も、当然と思っているようですから、M社では、就業規則・給与規定がないものの、他の企業にみられるような、「扶養親族を有する従業員に家族手当を支払う」という慣行がある、といってよいと思われます。

それでは、この家族手当は、法的に、どのような評価を受けるのでしょうか。
家族手当とは、経済的には、従業員に対する生活援助的性格をもっているものですが、一方、労働基準法11条は、「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と規定しており、従って「家族手当」も、法的には、労働基準法の定める賃金としての評価を受けることになります。それ故に、この家族手当の支払いも、労働基準法の適用を受けることになります。
そして、労働基準法4条は、「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない」と規定し、男女同一賃金の原則を定めています。従って、M社においても、家族手当の支払いについて、労働基準法4条の原則に従う必要があるものです。

そこで、M社では、B男性社員の場合、奥さんに収入がありその収入にかかわらず家族手当が支払われてきているという実態があり、社長も他の従業員も、その実態を、当然のこととしているわけですから(慣行がある)、Aさんの場合にも、Aさんが結婚をし、その夫に収入があるとしても、労働基準法4条の適用を受ける結果、B男性社員と同様に取扱う必要があり、M社はAさんに家族手当を支払わなくてはなりません。

裁判例でも、岩手銀行事件において、裁判所は、「家族手当などの支払基準の適用において、男女で異なる取扱いをすることは許されない」旨の判決をしています(盛岡地方裁判所 昭和60・3・28 労働判例450号62頁、仙台高等裁判所 平成4・1・10 労働判例605号98頁)。

したがって、Aさんが、結婚後においても家族手当の支払いをうけてきたことは、不当利得ではありませんから、M社はAさんにその返還を請求することはできません。

ただし、M社の家族手当の支払いの実態、慣行が、「社員が結婚をしており、その配偶者に収入があり、その収入が、所得税法に規定されている扶養控除対象限度額を超えないときのみ、家族手当を支払う」(B男性社員の場合、奥さんの収入がその限度額を超えていないので家族手当が支給されている)、というのであれば、Aさんの場合には、Aさんの夫の収入如何が、問題となります。つまり、Aさんの夫の収入が、扶養控除対象限度額を超えていなければ、Aさんに支払われた家族手当は不当利得になりませんが、Aさんの夫の収入がその限度額を超えているときには、Aさんは、家族手当の支払いを受けることができなかったものであり(不当利得となる)、従って、M社は、すでに支払った家族手当の返還を請求できることになります。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:増田 康男)

労働基準法第89条では、労働者が常時10人以上になると就業規則(賃金規程含む)の作成や労働基準監督署への届出が義務付けられていますが、M社の規模ですと総勢7名ですので、法律上は就業規則の作成や届出の義務はありません。
しかし、本件のようにトラブルが発生した場合には、その解決策を探る手掛かりとして、また、その都度起こりうる労働条件に対しどのように対処すればよいかを悩まなくても済みますので、今後は就業規則や賃金規程を作成しておくようにしましょう。

就業規則や賃金規程の作成は、労使トラブルを未然に防止する効果もあり、万が一、トラブルが発生した場合でも、スムーズに問題の解決が図れることと思います。
特に、後々トラブルの種となりそうな労働条件としては、労働時間、休日や休憩、慶弔休暇、退職金、賃金(各種の手当)に関することなどが考えられます。本件でも就業規則に家族手当がどのような場合に支給されるのか、という定めがあれば、労使間でお互いの心の葛藤もなく解決できていたことだと思われます。

ただし、「この不景気でみんなの給与を維持するのが大変なところに、あなただけに不要な手当をつけておくわけにはいかない。」というような言い方は当然できなくなります。一旦就業規則で定めてしまえば(学説上の法規範説や契約説)、労使間のルールが確立されたこととなり、経営者の一方的な判断で労働者に対して不利益な労働条件の変更は出来なくなりますのでご承知下さい。もっとも、就業規則が無くても、前述のような言葉を社員に投げかけることには賛成できません。社員の気持ちになって考えてあげることも必要だと思います。

さて、本件については、「男性に対しては妻の収入に関わらず家族手当を支給している」と言うことが事実であれば、弁護士の説明のとおり、これは労動基準法第4条の男女同一賃金の原則に抵触しますから、Aさんに支払った家族手当の返還を求めることはできません。今後も同等に扱うように改善すべきです。
最近では、ジェンダー社会として男女が共同参画する社会でもありますから、雇用者たる者、非近代的な男尊女卑的な考え方があれば、早急に改善した方が良いと思われます。

次に、M社の今後について考えてみましょう。
まず、子供一人当たりの家族手当としては、Aさんに支給している額は相場からすると若干高いようにも思われます。一般的には第一子は5,000円前後の手当金額が妥当なところでしょう(ただし、基本給など全体的な賃金体系がどうなっているのかが分かりませんから一概に高いとは言えないかもしれませんが…)。また、これから作成する就業規則には、「家族の異動により手当の支給金額の増減がある場合には、速やかに会社へ報告すること」や、「後に不正により手当を受給したことが発覚した場合には、すでに支給した手当全額を返還する義務を有する」などの条文を記述しておくことも必要でしょう。

これまで労働者の生活環境を充実するために支給されてきた属人的な手当(仕事に関係のない本人の家族や家庭の環境に対して支給する手当)が、景気の影響、成果主義への転換などにより削減されるという傾向があります。たとえば、家族手当や住宅手当などがその例です。最近では、ますます仕事の成果・実績により賃金を決定したいという経営者が増えてきました。このような時代の流れからすると、M社の考え方次第によっては、家族手当(属人的手当)を廃止することも可能だと思われます。

ただし、それには成果や実績、ひいてはその前提になる能力など評価するシステムが必要になります。それらがないと、いくら成果・実績主義の賃金にするといっても『絵に描いた餅』論になり、総論は理解できるけれど各論はどうなるのか?賃金の支給根拠が不明瞭なものとして、労働者からの理解や納得が得られなくなってしまします。また会社が勝手に決めて、一方的に実施するようなことをしてしまうと、社員のモラールダウンを起こしかねません。労使で充分に検討し、現行賃金との調整等さまざまな配慮をした上での実施が望ましいところでしょう。

M社は社員7名の小規模の会社ですから、J社長が社員を家族とみなすような考え方を維持する方法も効果があるかもしれません。家計の大黒柱と切り盛りしていいるのが社長、懐具合を切り盛りしているのが奥さんという大家族的な雰囲気で、その社員各人(小家族)の属人的な背景も知りつつ雇用をしているということなら、属人的な手当も大きく働く意欲を高めるものになることでしょう。そして、こういう場合であれば労使が膝をつき合わせて話し合いをすることで、今後の手当のあり方や遡及支払・返還に関することも解決出来るかもしれません。

いずれにしても、本件の家族手当の支給や主要な労働条件に関することを、人情論や感情論の問題で解決することはお互いの主義主張がコンフリクトととなり、縺れなくてもよいことまで縺れ、それが引き金となって労働者のモラールに大きな影響を及ぼすものです。常に労働条件は公正・公平なものであるべきです。もし経営者がその労働条件が低いと思うならば、労働条件の全体的な向上を目指すべきでしょう。

税理士からのアドバイス(執筆:安田 徹)

本件が最終的にどのような結論になるかによって、社員Aさんの所得税に変更が発生し、税務的には次のように考えられます。

 

 

Aさんが自分の非を認め、3年間に遡り全額をM社に返還する事となった場合

M社は、返還による減額後の給与に基づき、Aさんの給与所得税計算を当初の期間にさかのぼってやりなおし、修正後の源泉徴収票をAさんに再発行し、すでに徴収した所得税との差額3年分をAさんに返還しなければなりません。

この場合には、再婚していることに気付かず年末調整の計算をしてきたと思われますので、子供の扶養控除が夫と重複していないかどうかを確認するとともに、寡婦控除をしないように注意する必要があります。
万が一、重複等があった場合は、逆に所得が増えて、還付ではなく徴収になる場合もあります。

次に、M社は所轄税務署に対し、Aさんに返還した源泉所得税の過誤納還付請求をします。この場合の還付請求は5年を超えて請求することはできませんが、今回は3年間なので問題はないでしょう。もしも、徴収になった場合は追加納付することになります。
そして、M社は3年間の返還分に見合う期間に到来した各決算期毎の所得金額に返還を受けた金額を加算して法人税、地方税の計算をし、修正申告書を提出して既に納めた税額との差額を納税します。

Aさんが、医療費控除や住宅ローン控除等があって、所得税の確定申告をした年度があった場合、給与所得が減額されることで、既に税務署から受けた還付所得税が過大になり、Aさんの居住地の所轄税務署に、修正申告によって差額を納税しなければならない場合があります。また、Aさんに不動産所得等があって確定申告している場合は、総合課税の性格から、給与所得の減額により、上記のM社からの返還額以上に所得税の総額が減少する場合があります。このときは、更正の請求という形で所轄税務署に還付を請求することになります。ただし、この場合の更正の請求は、確定申告期限(3月15日)から1年以内にしなければならないことになっていますので、全額は還付されないかもしれません。
なお、Aさんの所得税が変わることによって、住民税も連動して変わるので注意が必要です。

 

 

双方に問題があったとして、中間的な金額をAさんが返還することとなった場合

後発的な要因により発生した収益として、M社は返還の決定した時の益金(雑収入)として全額を計上します。
Aさんは、返還した金額について、その年の給料のマイナスとはならず、結局はどの所得からも控除されません。

 

今まで通り家族手当を支給することとした場合、または今後の支給をやめることとした場合

M社は、再婚後の各年度の年末調整において、扶養控除・寡婦控除を再確認して、誤りがあった場合は、Aさんから源泉所得税の差額を徴収して、所轄税務署に納める必要があります。当然、正しい源泉徴収票を再発行してAさんに交付しなければなりません。
この場合、差額を支払、源泉徴収票を受けたAさんが、上記のように確定申告をしていた場合には、修正申告が必要な場合があります。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:太田 潔)

1.事件発生の原因となったM社の現状診断
不況の折、社員の給与を削減したいと思っていた矢先のタイミングだったこと。
就業規則や給与規程など会社としての体をなす諸規定(福利厚生)が確立してなかったこと。
男女雇用機会均等法が施行されているにもかかわらず、男女差別の思惑が働いたこと。

 

 

2.打開策と今後の課題

まず、今回の事例で法的に「不当利得」と判断され返還させられるかどうかについては、法律の専門家である弁護士に委ねるとして、私的には他の男性社員が同条件で支給を受けていた既成事実がある以上、女性という性別の違いだけで返還請求はできないと思われます。
それ以上に、社員のモチベーションを維持しつつ経営改善していくことの方が得策であり、既に支払済みの家族手当は返還させようとせず、今後、同じ問題が発生しないように「男女雇用機会均等法」を十分熟知した上で、就業規則や賃金規程のほか、退職金規程などを作成して、会社としての福利厚生に着手する必要があります。

私からは、今後の参考のために、「男女雇用機会均等法」について解説させていただきます。

<要旨>
「男子」だけ、「女子だけ」と言った募集、集合訓練、貸付金、社宅、男女別定年制、初任給、諸手当の格差などは改善する必要があります。

 

<解説>
?. 募集広告文で留意する点
同一の募集区分(学歴、職歴、正社員などの雇用形態で募集する際の区分)の中で女子を排除したり、不利な取扱をしてはなりません。男子20名、女子5名など男女別の採用予定人数を明示して、募集することはできません。(同法5条)
?. 配置の仕方
原則として、どのような職種であったとしても女子を最初から配置の対象外にする方針を持つことはできません。ただし、選考結果が、たまたま男子だけになってしまった場合は均等法は関知しないとの判断になっています。(同法6条)
?. 法違反になる教育訓練の差別
教育訓練で特に気をつけなければならないのが、中途採用者も含めた新入社員教育です。同一募集・採用区分で採用した者については、集合訓練で男子だけのカリキュラムを実施してはなりません。(同法6条)
?. 福利厚生の改善点
各種貸付金制度、補助金制度、利子補給など援助措置、社宅・独身寮の入居に際して、女子を排除するような方針で運営することはできません。(同法7条)
?. 男女別定年制の改正
男子63歳、女子60歳など男女差のある定年を設けている場合は早急に改善していくことが必要です。(同法8条)
?. 労働基準法の改正に伴い就業規則の修正
妊婦、産婦の就業制限、産前・産後休業の延長、などは必ず就業規則を修正して実施しなければなりません。初任給、賃金(昇給を含む)諸手当の男女格差は早急に改善しないと労働基準法第4条違反に問われてくる場合がでてきます。

 

M社の場合は、これら諸規程すら確立してなかったものですから、原点に立ち返りSRアップ21所属の社会保険労務士にご相談いただければ、その豊かな経験と実績から必ずやJ社長の期待に応え、M社の実態に即した諸規定ができるものと思います。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21京都 会長 山? 忠夫  /  本文執筆者 弁護士 渡辺 哲司、社会保険労務士 増田 康男、税理士 安田 徹、FP 太田 潔



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