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第25回 (平成16年3月号)

社長の好意が裏目に!
長期休業者に手厚すぎる処遇!?

SRアップ21大阪(会長:木村 統一)

相談内容

行政官庁や大手スーパーマーケットを顧客とするB社は、先代が築いた経営基盤を息子のI社長が引き継ぎ、安定した経営を続けています。
社員たちも勤続30年、20年、10年と長期勤続者が多く、B社はいろいろな分野ですみ心地の良い会社といえるようです。
しかし、半年前にB社の経理課長が心臓病で入院を始めたときから、社員達の間に波風が立つようになりました。
「ずっと休んでいるのに課長には給与が全額支給されている…ちょっとおかしくないかな」
「いい会社だなぁ、病気になっても安心だよ」
と社員によってその受け止め方はさまざまです。
B社には就業規則があり、休職期間の定めもあります。社会保険にも加入しています。

そんなあるとき、経理課長の奥様がB社を訪ねてきました。
一通りお礼を述べた後、課長の病状について泣きながら「あと1年は入院する必要がある…」と言うのです。
I社長はこのとき初めて、経理課長の今後の処遇について不安になりました。
「代替要員をどうするのか…給与はどうするのか…いつまで面倒を見るのか…」そして、「うちのような中小企業ではそんなに待っていられない。あとは健康保険の傷病手当金の給付もあるし…」と退職を促すような話をしてしまいました。

経理課長の奥様はびっくりすると同時に、これまでの貢献やサービス残業、休職について、I社長を問いただすように質問を浴びせます。
I社長は「これまで6ヵ月も面倒をみてきたのだから、もう勘弁してくれ」
と席をたちました。残された経理課長の奥様は、その様子を見ていた社員たちに相談を始めました。

相談事業所 B社の概要

創業
昭和25年

社員数
12名 パートタイマー 1名

業種
繊維製品卸売業

経営者像

58歳、従業員の定着がよく、少人数ながらも25歳から56歳までの社員12名がチームワーク良く働いている。社長は温厚で、面倒見が良く、かなりのウエイトで社員に仕事を任せているため、遅刻や欠勤はもとより、有給休暇を使用する社員は皆無という会社である。


トラブル発生の背景

中小企業にありがちな人情的労務管理の限界がきてしまったようです。
就業規則も制定し、その規則には休職の規定はあるものの、規則通りの処遇を行わなかったことから、問題が大きくなってしまいました。
普段から勤怠管理をまったくしていなかったことも原因でしょう。

経営者の反応

経理課長の奥様の話を聞いた社員たちは、社長に詰め寄りました。
「不当解雇じゃないですか」「就業規則に決まりはないのですか」
社内の不穏な雰囲気にI社長は居たたまれなくなり、「少し時間をくれ」といって会社を出ました。
そして、異業種間交流で知り合った社長から「SRネット」の話を聞き、さっそく相談しました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:上坂 明)

中小企業においては社員数が少ないこともあり、職場での人間関係や個々の社員に対する社長の対応のひとつひとつが、仕事の能率や社員の勤労意欲に影響を与えるものです。これは決して無視してはならない現象であることと認識しておきましょう。
本件もこのような点に配慮して、社長が社員にできる限りのことをしてやろうとの気遣いをしたことが原因だと考えられます。

本件では主に、
1) いままでに支払った金員はどう扱われるのか(返還請求できるか等)
2)この社員を解雇することはできるのか
という点が問題となりそうです。

まず、(1)今までに支払った金員の返還を請求することはできるのでしょうか。この場合、これまでに支給した金員の性質がどう評価されるのかが問題となります。

さて、B社の就業規則には、休職の定めがあります。本件が休職の条件に該当していれば(休職の定めがある場合には無給とする旨の規定も設けられているのが通例です)給料を支払う必要はありません(一定額を支給する旨の規定があればそれによることとなります)。
また、休職の規定に該当しない場合でも、労働力の提供を受けていないのですから対価としての給料を支払う必要は、やはりないことになります。
では、法律上の“根拠なく支払われたもの”として不当利得となり返還請求ができるかというと一概にそうとはいえません。

I社長としては、社員が病気のため入院しており給与を支払う義務がないことを知りながら支払い続けていたのであれば、名目の如何にかかわらず法律的には贈与として評価される可能性が高いでしょう。
贈与として評価された場合、返還請求ができないことはもちろん、有給休暇へ充当したり退職金から差し引くなどの扱いもできないと考えるべきです。
なお、休職が使用者側の責めに帰すべき事由による場合は、会社は労働基準法26条により最低限、平均賃金の6割(場合によっては10割)を支払わねばなりません。

次に、この社員を解雇できるかどうかが問題となります。
この点、B社には休職の規定があります。

通常、休職の規定がある場合には、勤務年数に応じた休職期間が定められており、労働協約や就業規則の規定に従って取り扱われることとなります。
当然、休職期間中であるにもかかわらず、会社が一方的に解雇することはできません。そもそも休職期間中には給与を支払う必要はないのですから、社員として籍を残しておいても会社に負担となる(社会保険料の会社負担くらいでしょうか)ことはないはずです。
では、休職期間が満了したが休職事由が消滅していない場合はどうでしょうか。本件では、たとえば、就業規則によると休職期間が1年となっているが、1年を経過してもなお退院できないような場合です。

この場合も、やはり労働協約や就業規則に定めがあれば、それに従って取り扱われることとなります。通常は、休職期間満了時に休職事由が消滅していない場合は、解雇または退職扱いとなっていることが多いと思います。したがって、これらの規定に則って解雇または退職とすることはできます。

なお、もしも就業規則等に休職期間満了時に復職させる規定しかなく、休職事由が消滅していない場合の取扱いについて規定がない場合には、当然に解雇・退職とすることはできません。この場合には、一旦復職させた上で、病気の治癒が不十分で就労が不可能または不適切であることを理由に別途解雇手続をとる必要があります。

また、休職事由の消滅については、相当期間内に治癒することが見込まれ、それまで軽易な業務に就かせることができるのであれば、使用者にはそのような配置を行う配慮義務があるとされていますので注意が必要です(エール・フランス事件東京地判昭和59.1.27など)。中小企業においては、経営状態のよい時には就業規則等とは無関係になるべくよい扱いをしてあげようということが時折見られます。このような配慮は労使関係を円滑にするためにも重要だといえるでしょう。

しかし、このような扱いが繰り返されれば、労使慣行として拘束力を持つこともあります。その場合には、経営状態が悪くなったからといって、一方的に打ち切ることができなくなる可能性もあります。

具体的にいえば、本件のように、病気休職中の者に金員を支給するという例を積み重ねていけば、社員が病気入院した際には必ず相応の金員を支給するという慣行ができあがり、ある社員に対してだけ支給しないなどということは法的にも認められなくなる可能性があるのです。
経営上は、あくまでも就業規則、賃金規程、労働協約などに則った扱いを心がけ、規定にない取扱いをする場合には、その扱いが他の規定と矛盾しないかどうか、更には全社員に普遍的に適用されても問題ないものであるかどうか、を慎重に検討する必要があるでしょう。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:松井 文男)

中小企業において長期欠勤者が出るとしたら、まず代替要員が必要になりますし、またいつ復帰するのかわからなければ、業務上大変困ることになります。

実際にB社のような事例が起こっていることは多く、「うちの社員はみんな健康でこういうことはありえないよ」というような安易な気持ちでおられる経営者は、I社長だけではないと思います。万が一、病気による長期欠勤者が発生した際も、慌てることのないように、労務におけるさまざまなリスクを想定して、十分なリスクマネジメントを考えておく必要があると思われます。
「B社は少人数ながらもチームワークがよく、社長は温厚で面倒見がよかったことから、本件のような事態に直面したことがなかったのでしょう。
そのためにイレギュラーな問題が発生したときに慌てふためくことになるわけです。

さて、本件においてはいくつかの点において会社側の落ち度があると思われます。
まず病気欠勤者に給与を全額支給している点です。欠勤の場合、通常は給与を払う必要はありません。ただし会社が本人の有給休暇を取得させる場合(本人の申請あるいは本人の承諾が必要)には、その有給休暇の日数に基づき給与を支給することになります。しかし、今回の場合はI社長が温情的に病気欠勤者に対して給与を支給しています。こういう例が積み重なっていきますと慣例となり、ある社員に対しては支給しない、あるいはある期間を超えると支給しないといったことができなくなります。

 

<休職における労務リスクマネジメント>
(1) 病気欠勤者に対しては賃金を支給せず、健康保険の傷病手当金の給付を受けるようにします。通常の賃金の約60%が、土日に関係なく支給されます。もらいはじめてから1年6ヶ月支給されます。本人が事前に有給休暇を消化したいと申し出た場合は有給休暇の残日数の範囲内で給与を支給します。
(2) 次に休職の取り扱いを行います。休職とは「従業員が私病などにより労務の提供ができなくなった場合に従業員の地位を維持したままで、その就労の義務を免じること」をいいます。
(3) 通常は一定の病気欠勤後(3?6ヵ月後)、休職がスタートします。その際に休職のお知らせを文書にて本人に通知します。そして休職のスタート日と休職期間の満了日(6?12ヶ月後)を記載しておきます。
(4) 休職期間の満了日の1ヶ月くらい前に休職期間満了のお知らせを文書にて本人に通知します。そして満了日以降は自然退職になる旨を通知します。
(5) 実際に満了日を経過したにもかかわらず、復帰ができないようであれば自然退職として処理いたします。
(6) 休職期間満了日までに本人の病気が治癒し、復職を希望する場合は本人の状態をみながら復帰させる必要があります。ただし従来の業務にはまだ無理がある場合は、軽微な作業から復帰させるなどの配慮が必要です。
(7) 病気の治癒の判断ですが本人の言い分と会社の言い分が異なる場合、裁判までもつれるケースもあります。会社側としては本人の健康状態を十分確認しながら実際に復帰が可能かどうか適切な対応をする必要があります。

 

まずは長期休業者に対する原則的な対処を踏まえてもらった後で、I社長に本件の収拾方法を説明しました。

 

(1) 今回の場合はすでに慣例となっており、なおかつ社長は退職を促すようなことを言っておりますので、慎重に対応する必要があります。
(2) まず会社の事情を説明し、給与の支給は今後難しいので社会保険の傷病手当金を受給できるように手続きをとる旨を説明します。
(3) 長期欠勤者の場合、健康上の都合で業務に絶えられないときというような理由で解雇できる可能性もありますが、経理課長の奥様がサービス残業の件を言及してきていますので穏便にすすめたいところです。
(4) 傷病手当金の受給に切り替えた後、今からすぐに休職のお知らせをします。そして就業規則に基づき休職期間満了の日を伝えます。
(5) 休職期間満了日の1ヶ月くらい前に休職期間満了のお知らせを文書にて通知します。
(6) 休職期間満了日を経過しても復帰できないようであれば自然退職として処理します。
この場合もすぐに休職期間のお知らせを通知します。当初の欠勤日に遡って処理することはできませんので、これからの処理になります。
そして、退職後は引き続き傷病手当金を請求するようにします。
実務的には就業規則の解雇の項目に「健康状態が医師の診断により業務に耐えられないと認められたとき」という文言があれば、民事上解雇も有効になる可能性もあります。しかしながらB社の過去の慣例等を考えた場合民事上有効になる可能性は低いでしょう。

 

社長としては、社員に手厚くしてあげたいものですが、経営上そういうわけにもいきません。今後は初めにきちんと説明して対応するべきでしょう。 社長が温厚で家庭的な雰囲気をもったB社のような会社は、中小企業には非常に多いと思われます。
このような組織で就業規則や賃金規程、休職規程などなじみにくいものです。
しかし、右肩上がりの経済成長が続いている時代であればともかく、勝ち組と負け組がはっきり分かれる昨今では、どこかできっちりと規則を決めておく必要があります。

B社のこれからの労務管理を考えた場合、まずは会社の憲法ともいえる就業規則を見直すことです。
これは社長の意識の問題でもあります。果たして会社を変化させることに挑戦できるかどうかがポイントです。
今年1月の労働基準法の改正を踏まえることも必要です。
そして、労務管理上のリスクマネジメントが十分にできているかどうかを再度確認してください。

税理士からのアドバイス(執筆:辻井 朋子)

中小企業の場合、従業員・役員に関わらず病気等による就業不能の事態が生じた場合、直接的に業務に支障をきたすことが多く見られます。今回の場合もB社では、経理課長の処遇、他の社員への負担の増加、代替人員の手配、費用の増加など多くの問題が生じていると思われます。
そこで、まず、B社が経理課長に対して現在までに支払ったものについて、B社側の取り扱いと経理課長側の取り扱いについて整理してみます。
まず、従業員に支払った金額が、給与の場合と見舞金に該当する場合に別けて考えることとします。

 

 

給与の取り扱い

支払った給与については、経理課長がB社に在籍することを原因として支払われるものですので、B社の損金(経費)となります。また、従業員である経理課長に対して支払われたものは、通常の給与と同様に源泉徴収の対象となり経理課長に税金負担が生じます。
ただし、その従業員が、役員の親族など一定の者に該当する場合には、給与の額と業務内容のバランスによっては、経費とならない場合もありますので、注意が必要です。

 

見舞金の取り扱い

今後、B社が、経理課長に見舞金を支払った場合、また、現在までの経理課長に支払った金額のうちに見舞金がある場合の取り扱いは、次のようになります。
B社側:支給される見舞金が、経理課長側で、給与として課税されないものであり、かつ、会社側が経理課長に対する給与として経理しなかった場合には、福利厚生費等として取り扱い、給与としては取り扱いません。

経理課長側:雇用契約等に基づいて支給される見舞金は、その金額が支給を受ける者の地位等に照らして社会通念上相当と認められるものは、課税されません。ただし、社会通念上相当と認められる額を超える場合には給与として課税されます。
また、中小企業の場合、役員や社員の病気等による就業不能の事態が発生した場合、代替人員の手配、これらに伴う費用の増加など、業務への影響が大きくなる傾向にあり、費用負担も増加することが生じます。このため、役員や社員の病気などによる就業不能、不慮の死亡に対する費用負担へのリスク回避として、生命保険、医療保険等へ加入することも考えられます。

そこで、次にB社が、生命保険金等への加入をした場合の保険料に対する税金の取り扱いを定期保険と養老保険、定期付養老保険に分けてご説明します。

 

定期保険の場合

定期保険とは、一定期間内における被保険者の死亡を保険事故とする生命保険で、傷害特約等の特約が付されているものを含みます。

死亡保険金の受取人が法人の場合:支払った保険料の額は、期間の経過に応じて損金の額に算入されます。
死亡保険金の受取人が被保険者の遺族である場合:支払った保険料の額は、期間の経過に応じて損金(経費)として取り扱われます。ただし、役員または特定の使用人のみを被保険者としている場合には、その保険料の額は、その役員または使用人に対する給与とされます。

 

なお、上記の保険が長期平準定期保険や逓増定期保険に該当する場合にはこの取り扱いの限りではありませんのでご注意ください。

 

養老保険の取り扱い

養老保険とは、被保険者の死亡または生存を保険事故とする生命保険で、傷害特約等の特約が付されているものを含みます。ただし、定期付養老保険については、次にその取り扱いを説明します。

保険金および生存保険金の受取人が法人の場合:保険料の額は、保険事故の発生または保険契約の解除、失効によって保険契約が終了するときまで資産に計上しなければなりません。
死亡保険金および生存保険金の受取人が被保険者またはその遺族の場合:保険料の額は、役員または使用人に対する給与とされます。
死亡保険金の受取人が被保険者の遺族で、生存保険金の受取人が法人である場合:保険料の額のうち2分の1は資産計上、残額は期間の経過に応じて損金(経費)として取り扱われます。ただし、役員または特定の使用人のみを被保険者としている場合には、その保険料の額は、その役員または使用人の給与とされます。

 

定期付養老保険の取り扱い
定期付養老保険とは、養老保険に定期保険を付けた生命保険です。

保険料が生命保険証書などで養老保険の保険料と定期保険の保険料に区分されている場合:それぞれの保険料について、定期保険または養老保険の取り扱いに準じて処理を行います。
1以外の場合:すべての保険料を養老保険の保険料として処理を行います。
なお、保険事故発生によって支払われた保険金については、法人が受け取った場合は、益金(収益)として課税対象となり、個人が受け取った保険金は、死亡保険金については、相続税の課税、また、それ以外の入院給付金等の保険金については、非課税の取り扱いとなります。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21大阪 会長 木村 統一  /  本文執筆者 弁護士 上坂 明、社会保険労務士 松井 文男、税理士 辻井 朋子



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