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第20回 (平成15年10月号)

“公平なやり方だと思ったのに…!?”
懲戒の連座制は禁止

SRアップ21埼玉(会長:越智 光生)

相談内容

P社のガソリンスタンドはいつも活気に満ちています。
経営者Hが若いことも一因ですが、アルバイトの勤務評価をきちんと行っていることが大きな原因のようです。
この評価によって毎月の時間給が変動しますから、アルバイトたちも必死です。

しかし、このP社で事件が起きました。レジのお金が1万円足りないのです。
いろいろと調べた結果、午後4時から8時の間に不足金が発生したようでした。
H社長は、この時間帯に勤務した者すべてを集めて「この金額からつり銭ミスではない。誰かが盗ったとしか考えられない、明日まで待つから犯人は申出るように。今回に限って大目に見るから」と言いました。

しかし、次の日もその翌日も犯人は名乗り出ません。
H社長は仕方なく、「それでは公平に処理するために、皆で不足金を補うように」と言い、問題の時間帯に勤務していた社員から3千円、アルバイト10人から700円ずつ徴収しました。

相談事業所 P社の概要

創業
平成8年

社員数
4名(アルバイト 61名)

業種
ガソリンスタンドの経営

経営者像

39歳、2店舗のガソリンスタンドを経営する若き指導者。社員やアルバイトたちからは、兄貴分として慕われている。法律よりも、自らのポリシーである「義理人情とけじめ」で労務管理を実践している。


トラブル発生の背景

H社長の処置に「どうして…」という思いが社員とアルバイトに広がりました。「責任は全部自分たちかよ」「いったい誰が盗んだのか」「法律的に弁償しなければならないの」とさまざまな会話が飛交います。
アルバイトの一人が家庭でこの事件を話したところ、その父親が激怒し、P社に怒鳴り込んできました。
H社長は、「無理に犯人探しをすると、その者を追い詰めることになる。それよりも働いている仲間同士で助け合ったほうが良いと思った」とその父親をなだめにかかりました。

経営者の反応

「全額を従業員に弁償させて、お前の責任はどうなるのだ。経営者たるものそれではすまないだろう。おそらく法律的にも問題があるはずだ。いずれにしても子供は辞めさせる。」H社長は怒鳴り込んできたアルバイトの父親に言われた言葉にハッとしました。
「確かに俺はどう責任をとればよいのか…」
悩んでいるうちに、他のアルバイトが6人退職しました。
「このままでは良くない」H社長は、“人事労務管理の専門家”である社会保険労務士を探し始めました。
H社長の話を聞いた社労士は、個人経営で2店舗(管轄税務署が異なる)を経営する労務管理上、税務上の問題、また、怒鳴り込んできたアルバイトの父親のことが気になっている点を考慮して、SRネットを活用することにしました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:野崎 正)

1 一般論
まず、H社社長は、法律よりも自らのポリシーである「義理人情とけじめ」で労務管理を実践しているということですが、会社を経営する以上、最低限の法律知識は必要です。

2 盗んだ者の責任
H社社長の推測どおり、レジのお金が1万円足りないのがつり銭ミス等ではなく、誰かが盗んだものであったとしても、その責任は、基本的には、その盗んだ者にしかありません(他の正社員やアルバイトが、みてみぬふりをした等の事情があればともかく)。

ちなみに、その盗んだ者の行為が刑法上の占有あり、とされた場合には、業務上横領罪(刑法253条)、ないとされた場合には窃盗罪(同法235条)に該当することになります。すなわち、複数の者がある物を事実上占有している場合において、その支配に上下・主従の関係があるときは、上位又は主たる地位にある者のみが刑法上の占有者であり、下位又は従たる地位にある者は占有補助者と呼ばれ、刑法上の占有を有しないと解されています。

例えば、商店の商品については、一般に店主がその占有者であり、店員は単に店主の手足としてその管理を補助しているにすぎないから、刑法上の占有がないとされた判例があります(大判 大7・2・6刑録24?32)。
よって、盗んだ者が、アルバイトである場合には、社長や正社員の手足として金銭の管理を補助しているにすぎないとされ、窃盗罪となる場合もあるということになります。ただ、どちらにしても、本件の場合は、会社内のことですし、1万円という金額から考えても、刑事責任を追及するために告訴等をすることは、慎重に考えるべきでしょう。

また、盗んだ者は、当然、P社に対して、民事上の損害賠償義務を負うことになりますし、懲戒の対象にもなります。

3 他の正社員・アルバイトの責任
逆に、盗んだ者以外の正社員やアルバイトには、基本的には、前述のとおり、責任はないわけです(刑事責任・民事責任・懲戒処分)。個人責任の原則は、刑事責任・民事責任・懲戒処分のいずれにも妥当します。連座制は許されません。
よって、当然、それらの者から、金銭を徴収することは許されることではありません。この金1万円については、P社が、盗んだ者に対して損害賠償請求権を取得するという形になり、回収ができないならば、P社の損害として処理すべきものです。

4 H社長の処置に関する問題点と解決策
H社長としては、速やかに、自分が取った処置の非を認め、正社員やアルバイトに謝罪の上、徴収した金銭を返還すべきです。
すなわち、社長として、SRネットを活用し、法律、労務管理、税務の専門家に相談したこと、自分が取った処置が、法律、労務管理、税務のすべての面で問題があるという指摘をうけたこと、その結果、自分が取った処置は間違いであったことを自覚したこと等を素直に正社員やアルバイトに話して謝罪した上、徴収した金銭を返還すべきです。さらに、退職したアルバイトには、復職の打診をし、希望する者は復職させましょう。

アルバイトの父親に対しても、前述の正社員やアルバイトと同様に謝罪等をすべきでしょう。特に、そのアルバイトが未成年者である場合には、その父は、法定代理人であるわけですから当然です。未成年者でない場合には、本人に謝罪等すればよいとも考えられますが、父親として今回の処置に対して激怒したこと(民事の損害賠償論から言えば、精神的苦痛を受けたこと)は間違いないのですから、この場合にも、謝罪すべきです。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:城戸 正幸)

セルフのガソリンスタンド数が解禁後2500カ所の大台を突破し、今後この業界の省力化は避けられません。それを象徴するように、石油業厚生年金基金の中には解散するところも出てきています。従業員も定年まで働き続けられるか、この業界の先行きに不安を隠せません。
P社も今回のような労務管理の失敗により、やる気のある人材を流失させているようでは、先々が思いやられます。そこで以下の改善指導を行ないました。

1.懲戒とは
会社は企業秩序違反行為に対して制裁罰としての“懲戒”を課すことができますが、その行使にあたっては就業規則の定めるところに従ってなし得るとされています。処分としては戒告、けん責、減給、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇等があります。

2.懲戒に関する問題点
しかし、次の要件を欠いた懲戒処分は提訴されると懲戒権の濫用として無効になる恐れがあります。

(1) 罪刑法定主義類似の諸原則
懲戒処分の理由となる懲戒事由とこれに対する懲戒の種類及び程度を就業規則に明記してあること。
不遡及の原則→懲戒規定の制定以前の行為には適用できないこと。
一事不再理の原則→同じ事由で二重に懲戒処分することはできないこと
(2) 個人責任の原則→連座制(本人だけでなく、本人となんらかの関係をもつ一定範囲の他人にまで連帯責任を負わせる制度)は許されない
(3) 平等取扱いの原則→すべての従業員を平等に扱うこと
(4) 相当性の原則→行為と処分が均衡していること
(5) 適正手続きの原則→就業規則や労働協約などで定められた処分手続を厳守すること

 

 

 

 

3.懲戒に該当する事実がなければならない
今回のケースでは、(1)の罪刑法定主義類似の諸原則の懲戒事由に該当するか、まず事実関係を確認する事が必要です。間違えたか、ポケットに入れたか分からない段階では、懲戒事由にはなりません。この段階では、その損害の負担はその事業から収益を得ているP社がすべきものです。早急に、徴収した金額を返還すべきです。勤務のローテーションを変える等、容疑者を絞り込んで、事実関係を確認してからの対応となります。

しかし、たとえ業務上横領したものが誰か特定できたとしても、刑事責任に関しては会社内のことですから、弁護士の言う通り、よほど多額でない限り告訴等はするべきではなく、懲戒処分を優先させるべきでしょう。

4.懲戒の連座制は禁止
(2)の個人責任の原則より、前近代的な江戸時代の五人組のような連座制は禁止です。
正社員が故意または過失で監督上のミスをしたことが明らかな場合、またアルバイト同士では、他のアルバイトによる不正行為を発見しても、見て見ぬ振りをして被害を増やしたという事実がある場合には、懲戒処分を行なうことは、個人責任に帰結しますので可能です。
しかし、金銭の不足が生じた際に働いていた全員に、何らかの責任を負わせるのは、罰金的なものであり、連座的に責任を問えないのは当然です。なにもやっていないのに、一蓮托生では、従業員がやめていくのは当たり前です。

5.今後の労務管理
H社長には、「人間がやっていることなので、必ず違算は起こる」という割りきりが必要です。
コンプライアンスは当然として、会社の主たる目的は、少しでも利益をふやすことです。労務管理はこの目的を達成するための手段です。
本当の原因も不明で、金額もわずかな問題で、ぞろぞろ辞められては、コスト的に合いません。辞められたくなかったら労務管理が必要です。人が辞める→人を雇う→コストがかかる。そろばん勘定で、どっちが得かH社長は考えるべきでした。

そこで、違算が起こらないように、どんな対策をたてるか以下の労務管理上の改善提案をしてみました。

(1) 事務の手順が決められていないことが原因ならば、マニュアルを作成する。
(2) 2名以上で業務を担当し、相互に監視する体制をとる。
(3) 同じ地位にあまり長くつかせない。
(4) 違算の少ない者に褒美を出す。一方で違算の多い者に対しては、始末書を出させる等、個別に注意する。
(5) 従業員の中には借金地獄に陥っているものもいるので、単に従業員の日常行動を形式的に把握するだけではなく、従業員の悩み事の相談に乗るなど、環境的な未然防止策を図る。
(6) 売上金の出納に精算機を導入し機械化する。
(7) 防犯カメラを設置する。

 

 

6.アルバイトのモチベーション向上策について
労使関係は浪花節的な面があります。つまり普通にある人間関係と雇用関係が混在していて、割り切れるものではないのです。正社員とアルバイトについては一般的に仕事の内容、勤務時間帯、給与面での区別があっても、けっして人間的な差別をしてはいけません。
P社はアルバイトにも評価制度を取り入れていて、客観的なものさしが皆に見えているので、それに向かって頑張れます。多数使用するアルバイトの質の向上は、売上げの増加と人件費の削減に多大な影響を及ぼします。

もしも、H社に年功的ななごりが残っている制度があるならば、アルバイト代表の意見も取り入れながら改革に着手し、アルバイトの能力を引き出すことのできる制度改革を続ける必要があります。

そして上手に制度を運用すれば、正社員に負けない高い能力・モラールを発揮するアルバイトを組織的に確保できるでしょう。また、賞与を支給する場合は、年間の就労時間と成績に応じて金額を変動させると良いでしょう。

さらに、福利面を充実させることも、従業員のモチベーション向上に資します。
アルバイト等に関する公的助成金としては、短時間労働者の雇入時健康診断等の雇用管理改善実施経費の一部が助成される中小企業短時間労働者雇用管理改善等助成金がありますので、21世紀職業財団に相談することを勧めました。

7.その他
H社長は私の話を黙って聴いていましたが、一言「私は間違ったやり方をしてしまったようです。これでは従業員を恐喝して金銭を巻き上げたのと同じですね。」とポツリと言いました。H社長が、ほんとうに望んでいることは問題解決でした。この事件は、若いH社長の手にあまりました。
H社長は社会保険労務士という、共に考え、苦しみを分け合い、問題解決に向けて協力する存在がいることを知りました。この事件を教訓にして、H社長は自分勝手な解釈で、今後P社を決定的に破滅的な状況に追い込まないためにも、労務問題について、社会保険労務士に事前に相談する重要性を痛感したとのことです。

税理士からのアドバイス(執筆:井上 秀則)

税務上、会社の財産たる金銭が紛失した場合、レジの中での金銭の誤謬によるもの等なのか、使用人の横領によるものかでその取扱いが異なってきます。

法人税法22条は、各事業年度の収益の額及び原価、費用、損失の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとしています。
従って、単なる金銭間違い等による損失は、同条3項により単純に損金の額に算入されることとなります。

しかしながら、使用人による横領損失は、法が権利確定主義を採っているものと解されるところ、横領による損失が発生したとしても、これと同額の損害賠償請求権を取得することとなるため、当該横領による損失は、その損害賠償請求権が行使不能、つまり、貸倒れとなったときに、その属する事業年度の損失として確定するものとされます。 (大阪高裁 平成13年7月26日判決)

次にP社は個人経営で管轄税務署の異なる2店舗を経営していますので、留意すべき点をご説明します。

1.まず、P社は同族会社であり、H社長が株主および役員を兼務しています。同族会社とは、特定の株主の有する株式数が当該法人の発行済株式数の50%以上を占める法人をいいます。そして、同一人が株主、役員、債権者等を兼ねて会社に参画しているケースが多いようです。
そのため、会社と役員個人を同一視する傾向があり、一般の経済行為と違う、経済的合理性を欠いた取引行為等が行なわれる場合があり、税法上も一定の制限が設けられています。

第一に、同族会社等の行為計算の否認(所得税法157条)であり、これは同族会社が少数の株主等によって支配されているため、当該会社または、その関係者の税負担を不当に軽減させるような行為等が行われやすいことに鑑み、税負担の公平を維持するため、同族会社の行為等を容認した場合には、株主等の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるときにその行為等を否認し、それを正常な行為等に引き直して、株主等の所得税に係る更正または、決定を行う権限を税務署長に認めるものです。

第二に、同族会社の特別税率(法人税法67条)であり、これは同族会社(一定の同族会社を除く)の各事業年度の所得等の金額のうち、留保金額が留保控除額を超える場合、その超える部分の金額に10%、15%、20%の累進税率を適用して計算した留保税額を通常の法人税額に加算して、各事業年度の所得に対する法人税の額とするものであります。
何れにしても、同族会社は法人であり、社長は個人であり、あくまで独立した存在であることを忘れず、同族会社をめぐる取引自体、取引価額をすべて適正化することが肝要であると思います。

2.管轄税務署が異なる2店舗が存在するとしても、国内法人の法人税の納税地は、その本店または、主たる事務所の所在地であり、各々の税務署が各店舗の調査に臨店することはありません。
ただし、次の様な取引は注意が必要です。

まず、決算期末の在庫計算です。会社は決算期末に棚卸資産の期末在庫数量の確認とその評価額の計算をして売上原価を算出しますが、例えば各店舗間で決算期末に商品の取引を行い、積送途上であった様な場合、計上もれの無い様に計算しなければなりません。
次に使用者が負担するレクリエーションのために行う慰安旅行の費用につき、次のいずれの要件も満たしているものは、その現物給与は課税しないこととなっています。

? 旅行期間が4泊5日以内のものであること。
? 参加従業員数は、全従業員数(工場、支店等で行う場合は、工場、支店等の従業員数)の50%以上であること。(所得税基本通達36‐30)

P社は2店舗であるため、各店舗毎に慰安旅行を実施する場合、各店舗の従業員数の50%以上が参加すれば、その経済的利益は課税されないこととなります。最後になりますが、一般的に会社(組織)で不祥事が生じた場合、その原因および当事者の責任を追求することも重要でしょうが、より大切なのは再発防止です。
ただ単に責任を追求するのみでは、社長、社員、アルバイト相互間に疑心暗鬼が深まり、信頼関係が失なわれ、組織の崩壊につながっていきます。
このような事件を二度と起こさないためには、社会保険労務士の改善提案を参考にしつつ、上記慰安旅行等の行事を実行し、社内融和を図り、早急に社内の結束力の強化を図ることが望まれます。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:高橋 希代子)

FPとしては、従業員である社員やアルバイトの立場から考えてみたいと思います。

たった1度、盗難事件が起きたからといって、連帯責任をとらなければいけないという社長の判断には、働く立場として納得できないのが当然でしょう。何よりも、全員が疑われ信頼されていないことがはっきりするのですから、これほど悲しいことはありません。

また、アルバイトにとっては、決して多いとはいえない時給から強制的に弁償させられたことは、理不尽この上ないことです。アルバイトの親から苦情がくるのは当然なことと考えます。
そもそも、不足金が1万円だから盗難事件だと決めつけるのも一方的でおかしいことです。うっかり預かったお金をポケットに入れていて落とし、お客さまの誰かがこっそり拾ったことも考えられるでしょう。心当たりがないか、1人1人から話しを聞いてから判断することが必要だったのではないでしょうか?

私の知るガソリンスタンドでは、慣れないアルバイトにレジを触らせることはせず、店長などの責任者が現金の管理をしているようです。

再発を防ぐためには、社会保険労務士が行った提案をできることから実践することです。
また、社員やアルバイトを信頼し「疑わしきは罰せず」を心掛け、何度も現金が足りなくなるようなことがあれば警察を呼ぶなど、慎重に対応することが望ましいと考えます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRアップ21埼玉 会長 越智 光生  /  本文執筆者 弁護士 野崎 正、社会保険労務士 城戸 正幸、税理士 井上 秀則、FP 高橋 希代子



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