社会保険労務士・社労士をお探しなら、労務管理のご相談ならSRアップ21まで

第19回 (平成15年9月号)

“何が悪かったのかわかりません!?”試用期間満了時の解雇

SRアップ21福岡(会長:豊永 石根)

相談内容

F社はいつも人材斡旋会社を使って人材を獲得しています。
今回も部門マネージャーの退職に伴って、「リーダーシップ能力、自発性、交渉能力、コミュニケーション能力が高い人材」を求めたところ、Nという32歳の者を紹介されました。
Nは採用テスト、面接を無難にこなし、F社への入社が決まりました。
F社の試用期間は6ヶ月です。
Nは職場に慣れるにつれ、「自己中心的」な性格を強く打ち出すようになりました。同僚や部下との会話もかみ合わず、社員たちがNを避けるようになりました。
まもなく、Nを採用して5ヶ月が過ぎようとした頃、Nの部門長であるOが社長室にやってきました。
「Nを解雇しなければなりません。私も努力したのですが、これ以上Nにかまっていると仕事になりませんし、他の社員も全員Nを嫌っています。」

相談事業所 F社の概要

創業
昭和51年

社員数
105名(パートタイマー 15名)

業種
食品加工業

経営者像

55歳、2年前に一社員から社長に抜擢された。温和で思慮深く、社員からの人望は厚いが、ややもすると決断力に欠け、幹部社員の言いなりになってしまう場合がある。


トラブル発生の背景

Nはたびたび仕事でミスをしましたが、その都度部門長のOがフォローしていたため、会社としての大事には至りませんでした。O曰く、「Nはまったく反省がない」「マネージャーとして採用したのに、管理能力がまったくない」と日頃から愚痴を言っていました。
ただし、Oは愚痴を言うだけで、Nに対する試用期間中の評価とフィードバックが行なっていなかったようです。
F社社長は、信頼しているO部門長からの申し出でしたので、「本人によく話して、後々問題にならないように。」と言って、その後の処理をO部門長に一任しました。

経営者の反応

試用期間満了の間際になって、いきなりO部門長から解雇を通知されたNは、まったく納得しませんでした。
すぐに労働基準監督署に相談し、社外の労働組合にも相談に行ったようです。そして、解雇の撤回をF社に求めてきました。
0部門長は「これ以上Nに振り回されたくありませんし、解雇の撤回などもってのほかです」と社長に詰め寄ります。
F社社長も、「一旦解雇したのだから、解雇は撤回しない、という方向で専門家に相談してみよう」と同意しました。
F社社長とO部門長は、その場でSRネットを検索し、さっそく相談に行くことにしました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:山出 和幸)

労働者を採用する場合には、採用試験や面接だけでは労働者の能力や適性等について的確に把握しがたいことから、一定期間を実際に業務に従事させてみて、その期間中の勤務態度、能力、性格等により、正式に採用するかどうかを決定する方式を多くの企業が採り入れています。これがいわゆる「試用期間」です。
さて、試用期間経過後の本採用拒否(あるいは解雇)を考える場合に、その前提として“試用期間の法的性質”が問題となります。
試用期間の法的性質については、試用期間中の労働者に対する処遇の実情や試用期間満了時の本採用手続の実情等に照らして判断しなければなりません。
「試用期間だから…」といって一律に決することはできないのですが、次のような判例があります。

試用期間中の労働者が試用期間の付いていない労働者と同じ職場で同じ職務に従事し、使用者の取扱いにも格段変わったところはなく、また、試用期間終了時に再雇用(すなわち本採用)に関する契約書作成の手続がとられないような場合には、他に特段の事情が認められない限り、これを解約権が留保された雇用契約であると解するのが相当である
(最高裁判決平成2年6月5日民集44巻4号668頁。なお、最高裁判決昭和48年12月12日民集27巻11号1536号も同旨)。

F社社長とO部門長は、試用期間中だからNを自由に解雇できると考えたのかもしれませんが、必ずしもそうではありません。このことは試用期間の法的性質によって異なることですが、試用期間の法的性質が解約権が留保された雇用契約である場合、本採用拒否という形をとっても、それは労働基準法上の解雇に該当し、解雇の法理が適用されることになります。

もっとも、その場合の解雇(試用期間中あるいは満了時の解雇)は、正社員の解雇の場合よりも緩やかに、広い範囲において解雇の自由は認められるものとされていますが、解雇は客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当として是認されうる場合にのみ許されるとされています(前掲最高裁判決昭和48年12月12日)。
したがって、Nから解雇の有効性を争われた場合は、F社としては解雇の合理的な理由を具体的にあげ、立証しなければなりません。

そこで、勤務成績・勤務態度等の不良を理由にNを正当に解雇するための、その合理的な理由の有無についての判断基準を考えてみましょう。

まず、勤務成績・勤務態度等の不良については、他の労働者との比較やNをマネージャーとして採用したことからの判断によることになりますが、マネージャーに必要な本質的能力、勤務態度、あるいはNに期待される職責等をF社の種類・規模・職務やNの採用理由等から客観的に検討する必要があります。

次に、勤務成績・勤務態度等の不良の程度については、Nについて、単に成果が低い、労働能力が劣る、過誤がある、勤務態度が悪い等というだけでは足りず、その程度が解雇をもってのぞまなければならない程度に著しいとか、重大であることを立証することが必要とされます。

第3に、一時的な成果不良、個々の過誤や異常な言動では必ずしも足りない反面、それらが恒常的に繰り返される場合には、個々的には些細であるか、それほど重大・悪質とは言えなくとも、それらを総合的すると、Nの一般的な能力や勤務態度の不適格性が推認される結果、勤務成績・勤務態度等の不良の程度が重大と判断されることがあります。

第4に、成果不良、過誤、不適切な言動等がNの怠慢、不注意等に原因があるとすれば、F社側がNに改善矯正を促し、努力反省の機会を与えたのに改善されず再度繰り返したという事実により、Nには改善の余地がないとして解雇に合理性を認める理由となります。
なお、労働者の怠慢、不注意な勤務態度等について上司・同僚が注意を与えたことがないまま、勤務態度等を理由に解雇することは、解雇に相当性がないとされる場合がありますので注意を要します。

試用期間中の労働者を解雇する場合でも、企業が考えている以上に複雑な問題が生じます。

将来的にこのような紛争を予防するための方策としては、本採用前に客観的な基準で選別が可能な資格制度、あるいは登用試験などを実施すること等が考えられます。
なお、試用期間中の者でも、14日を超えて引き続き試用されるに至った場合において解雇するには、解雇予告の手続(労基法21条・20条)が必要ですので注意を要します。
本件の事実確認とその後の処置については、社会保険労務士の指導にしたがってください。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:本田 順子)

試用期間中のNに対する指導などはどのように行っていたのかと、O部門長に尋ねたところ、「仕事上の疑問は、質問すれば説明していた。質問が無いのは、解っているからだと思っていた。」というような状態でした。
Nにしてみれば、F社で求められるマネージャーの業務はどのようなものか、はっきり示されないまま仕事に就いていたことになります。
マネージャーとしての素質は有ると見込まれて採用されたものの、就職後は手探り状態のまま、独自の判断で、早く仕事に慣れようとして、反って周囲の反発を招いてしまったと思われます。

試用期間は、新たに入社してきた社員が、会社の期待している能力・技能を身につけているか否かを判断する期間です。別の面では、新入社員が業務を習得し、以前からいる社員達と同じようなペースで、あるいは新入社員の持っている能力・技能が、新しい職場でスムーズに発揮できるようになるまでの、言うなれば助走期間です。

会社としては、この意味ある期間にふさわしい指導者・上司を付けて、日常の業務を行いながら新入社員を指導しなければなりません。

また、新入社員に対しては、業務の指示・命令を出すときに、要点や注意点などがあれば明確に示すようにします。そして業務終了の後、結果報告をきちんと受け、その内容について適切な評価を行います。業務によっては、その進捗状況をチェックして、適切なアドバイスを行うことも必要です。業務の結果について、予定通りいかなかった点があれば、何故予定通りにいかなかったのか、今後は何処を改善すれば予定通り業務が進むようになるのか、など話し合うのはもちろんのこと、予定通りに出来た点、予想以上に良く出来た点をきちんと認め評価すれば、本人の自信になりますし、次の業務への励みになります。
日常業務のラインの中にいる社員には、“いまさら”と思うようなことでも、試用期間中の社員に対しては、特に必要とされることです。

本件については、前述の通り“Nの解雇”は乱暴すぎました。
F社社長とも協議した結果、Nの退職を条件に労働組合の仲裁を受け入れることにしました。
Nに対しては、「たまたまF社の職場環境が能力の発揮を阻害した…」というフォローをしながら、賃金の3ヶ月分の和解金を支払うことで決着しました。

Nの件が落ち着いた頃に、今後社員を採用するときのために、F社におけるマネージャーの業務内容・職責を明確にしておこうと、O部門長に列挙してもらうことにしました。これまで、なんとなく任せていた業務や、これはマネージャーの仕事だと明言できるものまで、O部門長が出したものの中から、本来は部下または、上司の業務と断定できるものなどを除いていきます。
O部門長にマネージャーの業務を列挙してもらったのは、試用期間中を含め企業内教育におけるマネージャーの指導は、主に部門長であるOが行うことになるので、その業務内容(指導内容)について、O部門長自身に認識してもらうためです。

さらに、他の部門についても中途採用者が生じた場合、または一般業務社員の中からマネージャーに抜擢・育成する場合のことを考えて、各部門ごとの業務内容を確認しておいてはどうかと提案しました。

社長自身もF社が創業から26年経過して、より以上の発展を目指すには、業務内容の確認および業務の見直しが必要な頃だと考えていたようです。
少し時間がかかるのですが、各部門長や各マネージャー、一般社員の代表に、それぞれの業務を書き出してもらいました。
文字にして確認すると、どの部門担当者が行うのかはっきりしなかった業務、無駄な業務などが浮き上がってくるものです。この作業によって、業務改善の第一歩を進めることができました。

管理監督者は、部門ごとの業務を明確にすることによって、部下へ仕事を割り当てるときの目安となるものです。また、社員たちは自分の属する部門の業務、自分の担当する業務がはっきりすることによって、会社全体における自分の役割を理解し、仕事に誇りを持って取り組めるようになることでしょう。
もちろん、社員それぞれが自分の仕事に固執して、同僚の仕事を手助けしない、または手助けをさせない等という事態が生じないようにしなければいけません。会社の仕事をみんなで分担しているのだという自覚が何よりも必要です。

また、優秀な人材を外部から採用するのは、それなりにメリットがありますが、そろそろ社内生え抜きの人材が育ってきても良い頃だと、社長自身も考え始めていた頃でしたので、先に作成した業務内容表を基に、昇格の為の指針を作成することにしました。
そして、一般社員教育を全社的、あるいは職種別に行うこととし、そうした社員教育・訓練の中で、マネージャーとしての資質を有すると思われる者をコーチングすることによって、本人の自覚を促し、マネージャーとしての能力・技術を身につけるよう育成する仕組みを提案いたしました。

税理士からのアドバイス(執筆:古賀 均)

本件を税務的に見ると、まず、試用期間満了時に、仮にNにお金を支払いそれによってNが退職した場合、これは所得税法第30条1項で退職所得は「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与やこれらの性質を有する給与」としており、さらに所得税基本通達30?5では「使用者が労働基準法第20条(解雇予告)の規定による予告をしないで使用人を解雇する場合に、その使用者から支払われる退職予告手当ては退職手当とする」と規定しています。
よって、退職所得に該当することになります。

【退職所得の所得税の計算】
 {(退職金―退職所得控除)÷2}×所得税率
* 退職所得控除は20年以下勤務年数1年につき40万円(20年超の部分70万円)
* 退職所得控除を受けるには「退職の受給に関する申告書」が必要です。

次に、社外の労働組合に相談に行きF社が当該組合に対する解決金として金員を支払った場合の税務処理としては、交際費か、寄付金に該当するか、その他の経費に該当するか、が問題になるのですが、企業会計ではどちらにしても経費です。

しかし、税務上交際費および寄付金については、それぞれの計算方法で、支出額に損金算入限度が決められており、その限度額を超えると損金不算入額として法人税の課税所得とされるため、どちらの勘定科目に該当するのかで異なった処理となります。

交際費等とは、租税特別措置法第61条の4第3項に、「交際費、接待費、機密費、その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に・・・」と規定しており、また、措置法通達61の4(1)?22においては、交際費等の支出の相手方の範囲として「直接法人の営む事業に関係ある者だけでなく間接に法人の利害に関係ある者・・・」としているため、その労働組合がこれにあたるかどうかが、問題となります。

国税不服審判所の事例として「特定の政治団体の中傷行為等を排除するため、やむなく支出した金員は交際費ではなく寄付金に該当する」とした事例があり、これによると「寄付金とは、金銭その他の資産の贈与又は経済的な利益の供与のうち、事業の遂行に直接関係のある者以外のもの、すなわち、事業の遂行に直接関係のないもの及び事業の遂行との関係が明らかでないものと解され、特定の政治団体に対する本件支出は、事業に直接関係のないものであるので寄付金に該当すると認めるのが相当である。」との見解が示されています。

このことから、社外の労働組合に対し支払った解決金が事業に直接関係ないものと解するなら寄付金として処理するのが妥当と考えられるでしょう。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:安藤 政明)

中小企業では、「試用期間」についてつぎのような「誤解」がよく見受けられます。

 

(1) 試用期間中は、社会保険や雇用保険に加入しなくてよい
(2) 試用期間中は、本採用したわけではないため、いつでも自由に解雇できる

 

まず(1)については、例え試用期間中であっても法律上当然に被保険者となります。したがって、社会保険も雇用保険も「入社日付」で必ず適用しなければなりません。

入社日とは、一般的に最初の出社日です。例外的に、入社日が会社所定休日と重なる場合もありますが、この場合は初出社日ではなく、入社日からの適用となります。
もし、これらの保険手続を試用期間中であることを理由に行わなかった場合で、会計検査院等の調査を受けると、遡って(最長過去2年以内の分が)保険料追徴の対象となります。入社・退社が頻繁にある会社であれば、過去2年以内の分を一度に全額追徴されると、特に社会保険料は高額であり、しかも従業員負担分もあわせて追徴となるため、資金的な負担も大きなものとなります。これによって資金繰りが悪化する可能性もあり、やはり計画的な支出ができるよう、きちんと適用手続を行うようにしましょう。

次に(2)については、試用期間中であっても、いったん労働契約が成立している以上、解雇権の濫用は許されません。試用期間といえども、「期間の定めのない労働契約の初期の期間」にすぎず、試用期間満了時であっても自由に解雇できるわけではありません。
試用期間の法的な取扱いは、弁護士、社会保険労務士が説明した通りですので、リスクマネジメントの観点から検討してみます。

中小企業では、「試用期間」としておけば、もし自社に合わないまたは、その社員の能力が低いとわかれば簡単に辞めさせてよい、との「誤解」があります。
逆にいえば、「試用期間」とするから、法的に誤解である、ということになるのです。そこで、最初の労働契約締結のときに試用期間とせず、「雇用期間」として3ヶ月、とか6ヶ月の期間に限る、という方法があります。

この雇用期間限定契約の注意点としては、採用時の説明において、「カタチだけ期間限定とするが、必ず更新する」等の約束をしないことです。原則として期間満了で退職であり、その後継続雇用したいと希望するときに限り更新する、という説明が必要です。この契約の方法により、万一自社に「いらない」社員であると判断したときには、期間満了によって当然に退職となることになります。こうしておけば、今回の事例でも「期間満了による退職」であり、解雇の問題は発生しません。

ただし、短期間限定の社員募集は求人効果が低下しますので、当初アルバイトやパートタイマーでの就職希望者から、能力ある人材を発掘する考え方の方がよいかもしれません。
なお、雇用期間限定契約であっても、資格要件を満たせば雇用保険・社会保険に加入させなければなりません。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRアップ21福岡 会長 豊永 石根  /  本文執筆者 弁護士 山出 和幸、社会保険労務士 本田 順子、税理士 古賀 均、FP 安藤 政明



PAGETOP