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第178回 (平成28年11月号) SR福岡会

「あれ?君、自転車通勤だっけ?」
「たまたま今日だけです」(本当は毎日です…)

SRネット福岡(会長:内野 俊洋)

G協同組合への相談

A社は、先代社長が消火器販売から興した会社で、現在は息子である2代目が引き継いでいる。総合的な防災システムの設計・保守を行うようになり、社員も増え、さらなる業務拡大を考えていますが、まだ細々と消火器販売も行っています。

ある日、Yさんが自転車に乗って会社近くの駐輪場に入っていく所を見かけた社長は声を掛けました。「自転車に乗ってきたの?」「あ、いえ、たまたまです。たまには健康のためと思って」「そうか。気をつけてな。」社長はあまり深く考えずに、昼休みに総務経理部長のSさんに今朝のYさんの話しをしました。「Yは健康のためだって自転車で来てたぞ、偉いよな」それを聞いたSさんは驚いた顔をして「社長、それ本当ですか?たしか彼は県外からなので自転車で来れるような距離じゃないはずですけど」「そうだったっけ?」「はい、ちょっと調べておきます。」

2週間ほどして、社長はそんな会話もすっかり忘れていましたが、Sさんが少しコワイ顔でYさんについての報告書を上げてきました。それによると、Yさんは半年ほど前に会社近くに引っ越しをしてきたこと、それからずっと自転車通勤をしていること、それにも関わらず会社には報告せず、通勤費もそのまま受領していたことなどが書かれていました。「社長、これは詐欺と同じです!Yさんにはそれなりの処分が必要ですよ!」SさんはYさんの入社時から会社に馴染むようにとよく面倒を見ていたため、信頼を裏切ったという気持ちが強いようです。

社長は直接Yさんに確かめたところ、引っ越ししたことを言うことを忘れていただけ、明細はあまり見ないので、通勤費については特に考えていなかったという返答でした。しかし、確かに自分が声を掛けた際のバツの悪そうな顔や『今日だけの自転車通勤』と言ったことを思い出すと、Yさんの主張も本当かどうか疑ってしまい、どのような対応をしたらいいか困ってしまいました。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業A社の概要

創業
1965年

社員数
正規 20名 非正規 10名 

業種
防災システム設計業

経営者像

先代が始めた消火器販売から、商業ビルの防災システム設計・保守までを請け負えるまでに業務拡大を行った2代目。自ら設計し営業も行う。


トラブル発生の背景

Yさんは引っ越ししたことを会社に報告せず、以前の住所地のままの通勤費を受け取りながら自転車通勤をしていました。Yさんは報告を忘れていただけと弁解していますが、総務経理のSさんは故意にYさんが会社へ報告をせず、通勤費を受け取っていたのは詐欺と同じであるから、懲戒処分をして欲しいと訴えています。

ポイント

今回のYさんの件は懲戒処分が出来るのでしょうか?出来るのであれば、どのような処分が妥当なのでしょうか?また通勤費は返還してもらえるのでしょうか?今後、Yさんが自転車通勤をしたいと申し出た場合、会社はどのような対応をすれば良いのでしょうか?(なお現在も過去にもA社には自転車通勤者はいません)A社の社長へ良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:山出 和幸)

通勤費(通勤手当)の受給について従業員はあまり重要なことと考えていない傾向があるようで、遠くから通って高額な通勤費を受給していた従業員が会社の近くに転居しながら、住所変更の手続きをせずに、従来どおりの通勤費を受給しているような事例は多くあると思われます。しかし、これは通勤経路を偽ることによって不正に手当を受給していることになりますから、重い処分がなされる可能性は十分にあります。

先ず、Yさんは半年ほど前に会社近くに転居して自転車通勤になったにもかかわらず、そのことを会社に報告をせずに、以前の住所地のまま通勤費を受領していますので、法律上の原因なく会社の損失において通勤費相当額を不当利得したことになり、会社に対して不正に受給した通勤費を返還する義務があります(民法703条)。

 

次に、故意又は重大な過失により会社に損害を与えたとして、Yさんに対して懲戒処分を行うことが考えられます。Yさんは、社長から自転車通勤について尋ねられ、転居して自転車通勤しているにもかかわらず、たまたま自転車に乗ってきたと述べていることからすると、Yさんは、会社に転居したことを申告すれば、通勤費が支給されなくなるか減額になることを知っていたことが疑われ、他にこれを否定する事情がないと、故意に会社に損害を与えたと認定される可能性は高くなると思われます。

 

では、懲戒事由に該当するとして、懲戒解雇を行うことは可能でしょうか。

この点に関する裁判例として、東京地裁平成18年2月7日判決・労働経済判例速報1929号35頁があります。この判決は、通勤経路を変更した後、約4年8か月にわたって従前の通勤経路に基づく通勤手当を不正に受給していた従業員が懲戒解雇された事案で、長期間にわたって不正受給を続けたことは、就業規則の「故意又は重大なる過失により会社に損害を与えた」場合に該当し軽視することはできず、その後の対応も不誠実であったとしながら、①当初から不正に通勤手当を過大請求するためにあえて遠回りとなる不合理な通勤経路を申告したような詐欺的な場合と比べて、動機自体はそれほど悪質であるとまではいえないこと、②不正受給によって取得した通勤手当の差額は合計34万7780円であり、会社が受けた経済的損害は大きいとはいえないし、従業員も差額分を返還する準備をしていること、③懲戒解雇されるまで、懲戒処分を受けたことはないこと等を考慮すると、懲戒解雇は重すぎ、社会通念上相当性を欠くものとして無効であるとしました。

このように、懲戒処分の種類を決定するにあたっては、目的の悪質性、不正に受給した金額、過支給分の返金の有無、会社の過失、先例との均衡等が考慮されます。Yさんは当初から不正に通勤手当を受給するために住所変更等の手続をとらなかったとまではいえないこと、不正受給のために虚偽の資料を提出する等積極的な工作を行ったとも認められないこと等からすると、懲戒解雇とすれば無効となる可能性は高いと思われます。Yさんの過去の処分歴、先例との均衡等の状況に応じて、けん責・訓告、戒告等の懲戒処分を検討することになると思われます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:内野 俊洋)

Yさんの法的問題は弁護士が解説してくれましたので、ここでは通勤に係るリスクなどを考えてみましょう。

通勤という行為は、会社の管理下にはなく私的行為ではありますが、業務と密接な関連があるところから昭和43年『通勤災害制度』が導入され、『業務上災害』と同じ内容の保険給付が受けられるようになっています。

この場合の『通勤』とは、就業に関し、①住居と就業の場所との間の往復を、②合理的な経路及び方法で、③業務の性質を有するものを除くものをいい、移動の経路の逸脱または中断した場合にはその中断の間およびその後の移動は『通勤』とはなりません。

さて、Yさんの場合、会社が認識していた通勤の経路・方法が全く違っていました。Yさんは転居し、通勤方法を変更したとき、速やかに会社に届出る必要がありましたが、もし届出をする前に通勤災害に遭遇していたらどうなっていたでしょうか。

結論を先に申し上げますと、通勤経路及び方法が合理的のものであったなら通勤災害と認定され、保険給付は受けられます。

まず通勤経路が合理的か、方法が合理的かの判断は、社会通念上、労働者が通勤に通常利用する経路であれば全て合理的な経路とされます。最短距離だけが合理的経路ではなく、道路事情などで遠回りでも時間が短縮できる、子供を保育園に送迎して通勤する などが考慮され合理性が判断されます。

通勤方法も、徒歩はもとより、電車・バスの交通機関・自動車・自転車も合理的な通勤とされています。

Yさんは会社に転居したこと、自転車で通勤することを報告していませんでした。しかしそのことで通勤災害の適用が否定されることは有りません。

多くの会社で通勤経路・方法の届出を義務づけているようですが、それは通勤手当算出の為であることが多いのです。届出をしたことにより届出以外の経路・方法での事故は通勤災害と認められないとの誤解もあるようです。届出と違う経路・方法であってもその経路・方法が社会通念上合理的で、事故の原因に故意や重過失が無ければ保険給付の対象になるのです。

もちろん会社も安全配慮・緊急時の対策などで従業員の通勤経路方法を知る必要は有ります。入社時、転居、その他の通勤経路・方法の変更時に、速やかに通勤届の提出を就業規則に記載しましょう。

Yさんのように正規の届出をしていなかったことを理由に制裁を行うことは可能です。この場合にも、就業規則に制裁の定めが必要となります。特に自動車通勤・自転車通勤はほかの通勤手段より危険度が高いため許可制度を導入し、その条件として駐車場・駐輪場の確保、自動車・自転車の任意保険の加入を義務を許可の条件とすることを就業規則に記載することも必要でしょう。

税理士からのアドバイス(執筆:衛藤 政憲)

通勤費(通勤手当)を返還させた場合の是正措置等

今回通勤費の支給に誤りのあることが明らかになったわけですから、過誤支給分を返還させた場合には、その通勤費の支給について是正する必要があります。その是正措置については、現在進行中の事業年度の過誤支給分か、前事業年度以前の過誤支給分か等によって異なりますので、現行の通勤費(以下の説明では、「通勤手当」と記載します。)の非課税についてみた上で、その点を区分して確認したいと思います。

1 通勤手当の非課税の取扱い

平成28年度税制改正において、次の(1)及び(3)の通勤手当(通常の給与に加算して支給されるものに限ります。)の非課税最高月額限度額が15万円(改正前は10万円でした。消費税込みの金額です。)に引き上げられ、本年1月1日に遡及して適用されています。平成26年10月には自動車や自転車などの交通用具使用者に支給する通勤手当の非課税について改正されていますので、今回の改正によって通勤手段区分の全てについて改正がされたことになります。現在の通勤手当の通勤手段区分ごとの非課税最高月額限度額は次のとおりです(所得税法第9条第1項第5号、所得税法施行令第20条の2)。

 

(1)電車やバスだけを利用して通勤している場合・・・・・・・・・・・15万円

(2)自動車や自転車で通勤している場合・・・次の片道の通勤距離区分による金額

① 2km未満・・・・・・・・・ (全額課税)

② 2km以上10km未満・・・ 4,200円

③10km以上15km未満・・・ 7,100円

④15km以上25km未満・・・12,900円

⑤25km以上35km未満・・・18,700円

⑥35km以上45km未満・・・24,400円

⑦45km以上55km未満・・・28,000円

⑧55km以上・・・・・・・・・31,600円

(3)電車やバスのほか自動車や自転車も使って通勤している場合・・・15万円

 

2 現在進行中事業年度過誤支給通勤手当の是正

A社の通勤手当の支給規程が具体的にはわかりませんが、県外からの通勤者Yが会社近くに引っ越してきて自転車通勤をしていたということであり、通勤手当の支給対象者ではなくなったということでしょうから、前記1(1)の非課税最高月額限度額の範囲で通勤定期券等の金額により通勤手当の支給を受けていた者が、同(2)の片道の通勤距離区分①の非課税限度額のない、つまり通勤手当の支給を受ければ全額給与として課税される通勤者になったということだと思われます。そうしますと、支給対象外となった後にYに対して支給した通勤手当について、過誤支給額ということでこれを返還させた場合には、その返還を受けた金額について、その過誤支給額を費用計上した勘定科目(給料、福利厚生費、旅費交通費等)による受け入れ(反対仕訳)をして是正をすることになります。

なお、仮に返還を求めないということにすると、その支給額について源泉所得税の追徴納付と消費税の課税仕入れから除く処理が必要となります。

 

3 前事業年度以前過誤支給通勤手当の是正

前事業年度以前の法人税の確定申告において損金の額に算入され、消費税の確定申告(簡易課税ではない場合)において課税仕入れに含まれてしまっている前事業年度以前の過誤支給額を返還させた場合には、法人税、消費税のいずれの申告についても、その返還を受けた金額について自主的に修正申告をすることにより是正することになります。

この場合に、消費税の経理処理が税抜経理方式であれば、消費税の修正申告により納付することとなる消費税額については、法人税の修正申告において認容されます。なお、仮に返還を求めないということにすると、その支給額について源泉所得税の追徴納付と消費税の修正申告を要することになります。

 

4 通勤手当に関する留意事項等

(1)所得税関係・・・課税されない金額については、非課税最高月額限度額以内の金額であって1か月当たりの「合理的な運賃等の額」でなければなりませんので、その金額は、通勤のための運賃、時間、距離等の事情に照らして最も経済的かつ合理的と認められる通常の通勤経路及び方法による運賃等の額ということになります。したがって、新幹線利用の場合の特急料金は含まれますが、グリーン料金は含まれません(所得税基本通達9-6の3)。

また、運賃等の額には消費税等相当額が含まれ、税込みの運賃等の額が非課税最高月額限度額を超えるとき、その超える部分の金額が所得税の課税対象とされます。

 

(2)消費税関係・・・給与等を対価とする役務の提供については課税仕入れから除かれていますが、通勤手当等については、その通勤に通常必要と認められる部分の金額についてのみ課税仕入れとされます。ただし、通勤手当等として支給されるものであれば全てが課税仕入れとされるということではなく、所得税における非課税限度額とも関係ありません(消費税法基本通達11-2-2)。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット福岡 会長 内野 俊洋  /  本文執筆者 弁護士 山出 和幸、社会保険労務士 内野 俊洋、税理士 衛藤 政憲



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