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第171回 (平成28年4月号) SR沖縄会

どうしても転勤しない社員「この地からはなれたくない…」

SRネット沖縄(会長:上原豊充)

V協同組合への相談

T社が開発した新商品は、V協同組合の強力なサポートにより現実化しました。今後も、新たな商品を企画すべく、協同組合における月1回の定例会議を欠かさないT社社長です。そんなT社にはC社員という変わり者がいます。45歳独身、新卒でT社に入社しましたが、実家が農家のため、休日勤務や過去の転勤命令には一切応じない、仲間とのコミュニケーションは極めて消極的という状況でした。これまでは、「仕方ないか…」とC社員のわがままを許容していたT社でしたが、いよいよC社員が所属する部門を他県の新商品開発部門に統合せざるを得ない事態となりました。総務部長がこの話をC社員にしたところ「家族と話し合ってみます」という返事でしたので「話し合うまでもなく、この地では君の仕事がなくなるのだ、転勤が嫌だと言われても困る、転勤が嫌なら退職届を提出してもらうことになる」と一喝しました。

次の日からC社員は連絡なく休み始め、1週間後にC社員から内容証明郵便が届きました。「老親を介護する者への不当な転勤命令であり、退職勧奨である…また、ショックで会社に出勤できない期間の賃金を請求する…」というような内容で、いかにも弁護士に相談しました、というような文脈のものでした。T社の社長と総務部長は、V協同組合を訪れ、C社員の内容証明を見せながら「介護といったって、元気に農業やっているし、自分は農家を継ぐ気もないくせにふざけているよ、過去の命令違反も2度や3度じゃない、解雇したいがどうだろうか…」事務局担当者は「不当解雇問題」になっては一大事だと考え、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業T社の概要

創業
1992年

社員数
正規 85名 非正規 7名

業種
工業用各種部材の製造販売業

経営者像

T社は、電気系の工場が使用する専用部材を製造販売している関係で、納品先の好不景気により業績が大きく左右し、リストラと採用を繰り返してきました。しかし、2代目社長(49歳)になってからは、新たな商品の開発もあり、安定した事業経営の土台づくりが完成しつつあります。


トラブル発生の背景

過去2回の転勤命令を拒否したC社員ですが、今回ばかりはC社員の仕事がなくなる状況にあります。内容証明には「職種変更も受け入れる」と書いてありますが、本社は管理部門のみとなりますので、製造部員のC社員には、一から教育しなければなりません。また、管理部門自体も余剰人員を抱えていますので、C社員が入り込む余地がありません。

ポイント

C社員には企業内転勤を拒否できる正当な理由があるのでしょうか。また、過去2回の転勤命令を拒否したことが、転勤が絶対命令ではないことになるのでしょうか。

C社員は、無断欠勤2週間となりますが、T社からはC社員に一切連絡をとっていません。T社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:野崎 聖子)

多くの場合、使用者である企業には「配転命令権」が認められ、業務上の必要に応じ、その包括的、または広範囲の裁量によって労働者の勤務場所を決定できると理解されています。

しかし、企業は社員に対して無制限に配転命令を出せるかというとそうでもありません。

そもそも労働契約で勤務地を限定する特約がある場合には、社員の同意が無い限り転勤命令を出すことはできません。また、社員との間で職種を限定する特約がある場合にも、職種の変更を伴う転勤には社員の同意が必要です。

裁判例では、入社時の労働契約で明示の合意が無い場合でも、会社と社員との間の職種や勤務地を限定する黙示の合意の成立が争われることは多々あります。裁判では、就業規則の内容、職務の性質、採用時の状況、採用後の勤務状況、他の職員の配転の有無等を総合的に考慮して合意の有無が判断されますが、高度な専門性が認められない一般的な職種の労働者については、職種限定の合意は容易には認められない傾向があります。

この点、T社のケースでは、C社員は入社以来同じ勤務地で勤務し、過去の2回の転勤命令にも応じなかったということですが、T社とC社員との間に入社時に勤務地を限定する合意はありませんし、「社員が転勤命令を拒否して長期間に渡り同じ勤務地で勤務していた」というだけで勤務地や職種を限定する黙示の合意が認められるわけでもないため、C社員に対する転勤命令についてC社員本人の同意が必要とまではいえません。

もっとも、勤務地や職種を限定する合意がなくても、転勤命令が会社側の権利の濫用と評価されて転勤命令が無効となる場合もあります。?業務上の必要性がない場合、?要務上の必要性があったとしても他の不当な動機・目的をもって転勤命令がなされた場合、または、?労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合などです。特に引っ越しを伴う転勤の場合には、一般的に社員の家庭生活に影響を与えるものですので、転勤によって子の養育、または家族の介護に支障が生ずる社員がいるときは、企業側には社員の家庭事情等に対する一定の配慮が要求されます(育児・介護休業法26条等)。

たとえば、長女が躁うつ病、二女が精神運動発達遅滞の状況にあり、かつ両親が体調不良のため家業の農業を事実上面倒みているという社員に対する転勤命令について、業務上の必要性は認められるものの、転勤対象者の人選を誤っていると評価し、当該転勤命令が「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を課するもの」として権利の濫用にあたるとされた裁判例もあります(札幌地方裁判所平成9年7月23日決定 地位保全仮処分命令事件)。

T社の場合、総務部長からC社員に対する転勤の話は正式な転勤命令通知というより、転勤の内示に止まっていると思われます。T社としては、早めにC社員に連絡を入れて出社を促すとともに、C社員の現在の家庭の状況や転勤となった場合にC社員にどのような不利益が予測されるのかについて、C社員からの事情聴取を進めた方がよいでしょう。また、C社員からの賃金請求については、総務部長がC社員に「一喝した」ときの態度・態様の程度問題でもありますが、以前に総務部長、またはT社の他の社員からC社員に対する不当なパワハラが行われたという事実も無いようですので、必ずしもC社員に対する賃金補償義務が認められるものではありません。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:上原 豊充)

T社のように事業環境の変化等に伴う勤務地の変更、いわゆる「転勤」は人事異動といわれるもので、会社の命令により行われます。そのため本件のように、転勤を打診した途端に無断欠勤し、転勤拒否の文書を会社に送り付ける等、トラブルに発展することも少なくありません。判例によると、「一般に、労働契約は、労働者がその労働力の使用を包括的に使用者に委ねることを内容とするものであり、個々の具体的労働を直接約定するものではないから、使用者は労働者が給付すべき労働の種類、態様、場所等について、これを決定する権限を有するものであり、従って使用者が業務上の必要から労働者に配置転換なり、転勤を命ずることは原則として許される」(昭42・7・12熊本地裁 三楽オーシャン事件)とし、勤務地が限定された労働契約等の特約がない限り、使用者は配転命令を行うことができるとされています。なお、権利濫用については、弁護士の説明のとおりです。今後の転勤命令については、ワーク・ライフ・バランスの視点、による配慮も含め対応を検討したほうがよいでしょう。

さて、C社員は、総務部長からの「転勤が嫌なら退職届を提出してもらうことになる」と一喝された後に無断欠勤をしており、総務部長の配慮に欠けた対応が原因の一端でもあると思われます。さらに2週間も無断欠勤を続けているにも関わらず、T社からは一切連絡をとっていないとのことですが、このような状況は問題を長期化させ、深刻化させるだけで双方にデメリットしかありません。会社は積極的に問題解決に取り組む必要があります。まずは、C社員へ連絡し、あらためてC社員が所属する部門が他県の新商品開発部門との統合により閉鎖されること、また、管理部門への異動希望についても余剰人員を抱えており困難であることの説明と、併せて、内容証明郵便で届いた「老親を介護する者への…」について、具体的な介護状況の聴きとりを行い、C社員が被る不利益の程度、介護の代替手段の有無の確認を行う等、丁寧な対応により事態収拾を図ることが必要です。

転勤を命ずる場合、就業規則あるいは労働協約等に転勤に関する規定がされていること、また、C社員との個別の労働契約で転勤を制限する等の特約がないことが前提となりますが、前述のとおり、丁寧な説明を行い、理解と協力を求めたにも係わらず、C社員が転勤拒否を続ける場合やT社からの連絡等に一切応じず無断欠勤を続けた場合は、懲戒規定に基づく解雇処分も止むを得ないと考えます。いずれにしてもこのようなトラブルを避けるためには、まず、採用時の労働条件明示の際に「採用後における就業の場所の変更の有無」について、あらかじめ書面通知を行うことや、就業規則や内部規定等に転勤を行う場合の手順やルールを明確にしておくことが重要です。具体例として、業務上の必要性等の要件の確認、対象者に対し転勤の趣旨や経済的支援等の事前説明、必要に応じて同意を得ること、また、個別ヒアリングによる不利益の有無や程度の確認、育児や介護等を理由に転勤を拒む社員に対しての負担軽減の検討等が挙げられます。

税理士からのアドバイス(執筆:友利 博明)

社員の生活拠点の移動を伴う転勤は、居住家屋や旅費について税務上の取扱いに留意しなければならない問題を含んでおります。

まず、居住用家屋に関する税務上の取扱いについて説明します。居住用の家屋は、社員自身の判断において求められ、そこから会社に出勤するのが通常です。その場合、会社は住宅手当の支給により社員の勤務環境を支援するのが一般的ですが、こうした手当は、会社の支払い能力や基準によって異なり、非課税扱いとした場合には課税上の不公平を招くことから、税務上は給与として源泉徴収の対象となります。ただし、会社によっては、社宅等を所有して社員に提供する場合と会社が借り上げて社員の居住に供する場合があります。こうした社宅についても税務上は居住する社員に一定の負担を求めることとしております(所基通36?45)。そのため、社員負担額が無いか、または過少の場合、その経済的利益を現物支給に該当するものとして課税されますので注意が必要です。ただし、業務の性質上昼夜に亘り不規則勤務を必要とするような業務従事者(看護婦、守衛、昼夜交代勤務者等)に提供される住宅等の場合、社員負担を免除しても税務上は非課税とされます(所法9?六、所令21四)。

本件のように転勤に関連して借家契約にかかる敷金、礼金、家賃、家具調度品等の諸経費を会社が負担した場合、社宅、または会社の借り上げによる場合を除き、社員自身の恣意性が入ることから、個人的な支出として所得税の源泉徴収が必要とされております。

つぎに、社員の転勤に伴う旅費の税務上の取扱いについて説明します。給与所得を有する者が勤務する場所を離れてその職務を遂行するため旅行をし、もしくは転任に伴う転居のための旅行をした場合、または就職もしくは退職をした者、死亡による退職をした者の遺族がこれらに伴う転居のための旅行をした場合に、その旅行に必要な支出に充てるため支給される金品で、その旅行の目的、目的地、行路、もしくは期間の長短、宿泊の要否、旅行者の職務内容および地位等からみて、その旅行について通常必要であると認められるものについては非課税としています(所法9?四)。ここでいう通常必要と認められる範囲内の金品に該当するかどうかの判定に当たっては、次に掲げる事項を勘案するものとしています。(1)その支給額が、その支給をする使用者等の役員および使用人の全てを通じて適正なバランスが保たれている基準によって計算されたものであるかどうか。(2)その支給額が、その支給をする使用者等と同業種、同規模の他の使用者等が一般的に支給している金額に照らして相当と認められるものであるかどうか。したがって、非課税扱いを受けるためにはこうした基準を考慮し、適正な支度金を含む旅費の支給をすることが必要になります。

また、社員の転勤に関連した税務上の問題として、転勤により家族と別居している単身赴任者が職務の遂行上必要な旅行に付随した帰宅のための旅費の取扱い、住宅借入金等特別控除の適用を受けていた者の転勤命令に伴い適用が受けられなくなった場合の手続き等があります。本件のように業務遂行の必要性に応じて転勤命令を出す際には、社員に不利益にならないよう配慮する必要があるでしょう。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット沖縄 会長 上原豊充  /  本文執筆者 弁護士 野崎 聖子、社会保険労務士 上原 豊充、税理士 友利 博明



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