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第17回 (平成15年7月号)

“損”?“得”?社宅補助制度を廃止し、
住宅手当の支給に変更したところ・・・

SRアップ21鹿児島(会長:保崎 賢)

相談内容

M社では社員が借りて入居しているアパートやマンションの家賃を全額会社で支払いそのうちの半分を社員の給与から控除するという社宅制度を永年にわたって継続してきました。
社長は息子に会社を継承するにあたって賃金制度の簡素化やあいまいな社宅制度廃止を打ち出しました。
これに対して社員は手取り額が減少することや永年つづいてきたM社独自の社宅制度を廃止することは、労働条件の不利益変更にあたるのではないかという主張をし始めました。

相談事業所 M社の概要

創業
昭和61年

社員数
45名(パートタイマー 28名) 

業種
衣料品のデザインおよび製造業

経営者像

66歳、そろそろ息子に跡目を譲って引退しようかと考えている。自分なら管理できる現在の賃金制度も、「息子のことを考えると、少し簡素化したほうが良い」と、考えるようになり、まずは“社宅制度”という面倒なシステムを廃止することになりました。


トラブル発生の背景

比較的優良な顧客に恵まれたM社は、創業以来安定した経営を続けています。創業者であるD社長は、「少しでも社員の得になるようなことがあれば・・・」と、税金や社会保険料が安くなるような手段をいろいろと講じてきました。そのうちの一つが、M社の「社宅制度」です。社宅制度といっても、実際には、社員が賃貸借しているアパートやマンションの契約を時期をみて会社契約とするだけです。そして、家賃は全額会社で払い、そのうち約半額を社員の給与から控除するといった方法です。

税務上、社会保険上合法的だったかどうかは、定かではありませんが、社員からしてみれば、“家賃”という実費の対価を税金も社会保険料も差し引きされることなく受け取れるのですから、悪くありません。D社長としても、会社負担の社会保険料が少なくなるのですからメリットがある制度です。

しかし、このような事務処理はかなり煩雑であり、D社長の息子は、「このような処理は、会社がいくら給料を払っているのかわからなくなる。また、社員が本当にありがたいと思っているのだろうか、単に当り前の処遇としか思っていないのではないか・・・」と否定的です。
そこで、D社長は社宅制度を廃止し、住宅手当として一律30,000円を対象となっている社員たちに支給する方法に改める旨の通知を出しました。

社員によっては、手元に残る月給を計算すると、1万円から2万円程度のマイナスが生じるようです。また、賃貸物件の大家さんからのクレームも発生する可能性があります。
さらに、この改革の副産物として、一律に支給する住宅手当は、残業計算の単価に算入すべき、という情報を得た社員が騒ぎ出し、「それならそれでもいいか」と始まってしまいましたので、D社長も慌てています。

経営者の反応

「残業代のことまで考えていなかった」とD社長の息子。
D社長も同様でしたので、息子に当たることもできません。
「なんとか元の制度に戻すか、住宅手当の支給方法を改めるしかないか・・・」
とりあえず、社員たちには、「まだ、賃金規定を変更したわけではないし、皆の意見はわかったから・・・」とやっとのことでその場を収拾し、息子と善後策を検討しましたが、良案が浮かびません。
「社宅制度を止めて、公平で法律にも抵触しない賃金の支給に改めたいし、かといって残業単価が上がるのは困るし・・・」

D社長と話をしながらインターネットを検索していた息子が、「いいところがあった」とSRアップ21の相談コーナーにメールを打ち始めました。
M社からメールを受け取ったSRアップ21では、メールの内容から、本件は社会保険労務士だけではなく、SRネットを活用しなければ、M社の危機を救うことができないとの結論に達しました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス
  • ファイナンシャルプランナーからのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:野村 浩志)

本件で、M社がこれまで行ってきた「社宅制度」は、法的にはどのような評価を受けるのでしょうか。

M社の「社宅制度」は、実質的にはM社が社員の負担する家賃を半額補助する制度であるということがわかります。さて、ここでM社が社員に代わって支出している家賃が賃金に該当しないかどうかが問題となるわけです。
労働基準法によると、賃金とは「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」ものとされています(同法11条)。ここで「労働の対償」とは、広く労働者が労働関係に入っていることの報酬として支払うものを含むと解されていますので、住宅手当が支給される場合には、これも賃金に含まれることになります。
しかし、M社の「社宅制度」は、手当を支給するのではなく、会社が家賃を支払って、その住宅自体を社員に貸与するわけですから、実物給与という考え方で検討してみましょう。

実物給与については、労働省労働局長の通達により「労働者より代金を徴収するものは、原則として賃金ではないが、その徴収金額が実際費用の三分の一以下であるときは、徴収金額と実際費用の三分の一との差額部分については、これを賃金とみなすこと」とされています(昭22・12・9 基発452号)。これによれば、M社は家賃の半額を労働者から徴収していますので、M社が行っていた家賃の支出は、賃金には含まれないことになります。つまりM社の支払っていた家賃は福利厚生費としての支出であったということです。

では、このような「社宅制度」を一律の住宅手当の支給に変更することは許されるでしょうか。
M社における「社宅制度」が就業規則において規定されていたとすれば、就業規則の変更が問題となりますが、本件では、就業規則には規定されていなかったとしても、労働慣行が成立し実質的な就業規則としての効力を持っていると判断される可能性があります。
労働慣行とは民法92条により効力を認められる事実たる慣習の一つであり「労使慣行が・・・・相当長期間、相当多数回にわたり広く反復継続し、かつ右慣行についての使用者の規範意識が明確である」ような場合に認められます(最高裁一小判決平成7・3・9)。そしてこのような労働慣行の内容が、労基法第89条に定める事項で、かつ、就業規則の改廃権限を有する使用者がそれを承認し、規範意識を有するときは、「実質的な就業規則」としての効力を持つと解されています。
M社の「社宅制度」がこうした要件を満たせば「実質的な就業規則」としての効力を持つことになります。

以上により、M社の「社宅制度」が就業規則あるいは「実質的な就業規則」としての効力を持つ場合、これを変更すると、社員によっては手元に残る月給が減少するというのですから、就業規則の変更による労働条件の不利益変更が問題となります。
これについて判例は、「新たな就業規則の作成または変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、それに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきである」(最大判昭和43・12・25)としています。

つまり、判例は、例外的にということではありますが、合理的なものであれば、使用者が就業規則を変更して不利益に労働条件を変更することを認めているといえます。
合理性の有無の判断の詳細は省きますが、労働者の被る不利益の程度や変更の必要性、労働組合などとの話し合いの経緯、変更された内容自体の相当性等々を総合的に考慮してなされることになります。
M社の場合は、今後の社会保険労務士の指導により、「社宅制度」を住宅手当支給へと変更することに合理性が認められるようなシステムが構築できれば、変更可能と思います。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:石走 啓一)

残業手当を計算するに当たり算入しないことができる手当として、家族手当や通勤手当、別居手当などが定義されていますが、平成11年10月1日から新しく住宅手当も算入除外の手当として追加されました。
(労働基準法施行規則等の一部を改正する省令、平成11年労働省令第28号)
ただし、このことを以って「住宅手当」という名称の手当であればすべて除外できるというわけではありません。

残業手当の計算に算入すべきかどうかは、住宅手当の支給基準を明確にし、労使間で十分に話し合い、その上で就業規則の変更、届出をする必要があります。

まず、住宅手当の範囲に関する労働基準法上の考え方をご説明しましょう。

住宅に要する費用に応じて支給されるものであり、実態を反映しない名称だけのものは対象になりません
住宅に要する費用とは、賃貸住宅については賃借料、持家については居住用の住宅購入、管理に必要な費用をいいます
費用に応じた算定とは費用に定率を乗じた額にするほか、費用を段階的に区分して、実際の費用が増えるに従って額を増やす制度をいいます
住宅に要する費用とは関係なく、一律に支給される住宅手当は時間外手当算出除外手当の対象にすることはできません

 

具体的に住宅手当を残業手当算出除外手当とできるパターンは、次のような事例です。

賃貸住宅の社員には家賃の一定割合、持家の社員にはローン月額の一定割合を支給する制度とする。
住宅費用を段階的に区分して、費用の増加に従って額を増やす制度とする。例えば家賃月額5万円以上10万円未満には、3万円、10万円を超える場合は5万円を支給するというようなもの

 

以上のことからM社の従来の社宅制度を踏襲しつつ、なおかつ住宅手当が残業手当計算から除外される方法としては、家賃の一定割合(例えば50%程度、上限を4万円とするなど)を負担するのが妥当ではないかとアドバイスしました。

ちなみに当地における家賃の水準が一世帯当り6万円?7万円位であることを考慮すれば、D社長が当初提案した一律3万円とも大差ありませんし、社員のことを考えても公平な支給といえるのではないかと思います。

いずれにしても、社宅制度を利用する場合と住宅手当を支給するケースで、各社員ごとにメリット・デメリットをシミュレーションし、全社的に公平なシステムとすることが重要です。もちろんM社の事務軽減、コンプライアンスを追及することは当然です。

この機会に、住宅手当の問題だけではなく、M社の就業規則と業務の実態、また賃金体系・諸手当の支給根拠等についても、現状を調査し、改善に取組んでいくことになりました。

税理士からのアドバイス(執筆:久保 秀人)

M社のように社宅制度を廃止して、住宅手当として現金を支給する場合は、税法では非課税となる現物給与には該当しなくなり社員にとっても、会社にとっても不利な取り扱いとなります。従って、福利厚生制度の賃金化を図るには、社会保険労務士が指導したように、前もって社員と十分に協議する必要があります。
また、社員が不利な取り扱いを受けずに、公平なシステムとするためには、教育制度、社員の福祉ニーズを採り入れた諸制度等、社員自身が選択でき、かつ課税されないような福利厚生制度を構築することが重要だと思われます。
なお、M社がこのまま社宅制度を存続させる場合は税法上次のようなことに注意してください。

所得税法では、社宅制度のような現物給与について次のように規定があります。

 1、給与は、金銭で支給されるのが普通ですが、ときとして、食事の現物支給や商品の値引販売などのように次に掲げるような物、または権利その他の経済的利益をもって支給されることがあります。

? 物品その他の資産を無償または低い価額により譲渡したことによる経済的利益
? 土地、家屋、金銭その他の資産を無償または低い対価により貸し付けたことによる経済的利益
? 福利厚生施設の利用など?以外の用役を無償または低い対価により提供したことによる経済的利益
? 個人的債務を免除または負担したことによる経済的利益

 

2、これらの経済的利益を一般に現物給与といい、原則として給与所得の収入金額とされますが、次のような特定の現物給与には、課税上金銭給与と異なった取り扱いが定められています。

 

? 職務の性質上欠くことのできないもので主として使用者側の業務遂行上の必要から支給されるもの
? 換金性に欠けるもの
? その評価が困難なもの
? 受給者側に物品などの選択の余地がないもの
? 政策上特別の配慮を要するもの

 

3、社員への社宅制度に対する課税上の取り扱い

? 職務の性質上欠くことのできないもので主として使用者側の業務遂行上の必要から支給されるもの
? 換金性に欠けるもの
? その評価が困難なもの
? 受給者側に物品などの選択の余地がないもの
? 政策上特別の配慮を要するもの

 

 

賃借料相当額の計算式(月額)

その年度の家屋の固定資産税の課税標準額×0.2%+12円×その家屋の総床面積/3.3+その年度の敷地の固定資産税の課税標準額×0.22%

※他から借り受けた住宅等を社宅や寮として社員に貸与する場合の賃貸料相当額も、この算式によって計算します。
※固定資産税の課税標準額が改訂された場合においても、その差額が20%以内の増減にとどまるときは、強いて賃貸料相当額の改訂は要しないこととされています。
※役員社宅の賃借料相当額の評価については、社員の場合と異なる取り扱いが定められていますので注意して下さい。

 

 

最後に、上記の根拠となった所得税法基本通達を掲載します。

小規模住宅等に係る通常の賃貸料の額の計算
36 ?41 36?40の住宅等のうち、その貸与した家屋の床面積(2以上の世帯を収容する構造の家屋については、1世帯として使用する部分の床面積。以下この項において同じ。)が132平方メ?トル(木造家屋以外の家屋については99平方メ?トル)以下であるものに係る通常の賃貸料の額は、36?40にかかわらず、次に掲げる算式により計算した金額とする。
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(注)  敷地だけを貸与した場合には、この取扱いは適用しないことに留意する。

 

使用人に貸与した住宅等に係る通常の賃貸料の額の計算
36 ?45 使用者が使用人(公共法人等の役員を含む。以下36?48までにおいて同じ。)に対して貸与した住宅等(当該使用人の居住の用に供する家屋またはその敷地の用に供する土地若しくは土地の上に存する権利をいう。以下36?48までにおいて同じ。)に係る通常の賃貸料の額は、36?41に掲げる算式により計算した金額とする。この場合において、その計算に関する細目については、36?46に該当する場合を除き、36?42の取扱いに準ずるものとする。

 

徴収している賃貸料の額が通常の賃貸料の額の50%相当額以上である場合
36 ?47 使用者が使用人に対して貸与した住宅等につき当該使用人から実際に徴収している賃貸料の額が、当該住宅につき36?45により計算した通常の賃貸料の額の50%相当額以上である場合には、当該使用人が住宅等の貸与により受ける経済的利益はないものとする。

ファイナンシャルプランナーからのアドバイス(執筆:鵜飼 博之)

本件では、M社社員にとって給与所得への課税増・家賃自己負担増による可処分所得減のデメリット、およびM社にとって支払賃金増による社会保険料等の法定福利費増・残業単価増のデメリットが生じております。
そこで、社宅制度・住宅手当の他、法定外福利費として損金算入が可能であり、かつM社社員の享受するメリットが大きな制度とそのポイントについて、いくつか紹介いたします。
 
<社員の福利厚生として>

○  傷害保険の加入 (*損害保険商品)
内容 国内・海外を問わず、24時間ケガの補償を行う。
入院・通院に対して1日目から保険金の支払い対象
健康保険、政府労災保険、生命保険等との支払いとは関係なく保険金を支払う。
保険金額設定例
死亡:1000万、後遺障害:30?1000万、入院1日:5000円、通院1日2500円
M社のメリット 社員全員(*合理的、普遍的根拠があれば、一定条件を満たした社員に限定可)付保により、支払保険料は全額損金算入。
*合理的根拠の例:入社3年目以降の全社員を対象とする など
比較的安価な保険料で補償が大きい。
保険金が社内の弔慰金、死亡退職金規程等のファンドとなりうる。
M社社員のメリット 業務中、業務外を問わず、ケガによる死亡、入院、通院保険金が受け取れる。
保険料負担は会社負担であり、給与扱いにもならない。
自身の過失によるケガといった頻度な高い事故に対しても保険金支払い対象となる。

 

○  医療保険の加入 (*生命保険商品)
内容 国内・海外を問わず、ほとんど全ての病気・ケガの入院・手術の補償を行う。
病気・ケガの1泊2日の入院から保険金の支払い対象
入院を伴わない日帰り手術にも手術給付金を支払う。
保険金額設定例
死亡:50万、入院1日:5000円、手術 種類により1回につき5?20万
*特約により入院後の通院保障も設定可
M社のメリット 社員全員(*合理的、普遍的根拠があれば、一定条件を満たした社員に限定可)付保により、支払保険料は全額損金算入。
M社社員のメリット 業務中、業務外を問わず、病気・ケガによる死亡、入院、手術保険金が受け取れる。
業務に起因する頻度が極めて低い疾病を対象として保障。
ケガに対して長くなりがちな疾病による長期入院に対する保障がある。
保険料負担は会社負担であり、給与扱いにもならない。

 

○  養老保険の加入 (*生命保険商品)
内容 社内規定に基づく社員の死亡・高度障害に対する保障。
保険金額は社内規定の職階等の基準を用いて設定
保険期間満了時に満期保険金を支払う 
M社のメリット 社員全員(*合理的、普遍的根拠があれば、一定条件を満たした社員に限定可)付保により、支払保険料の2分の1が損金算入。
将来受け取る満期保険金を退職保険金等のファンドにすることが可能。
M社社員のメリット 業務中、業務外を問わず、病気・ケガによる死亡保険金が受け取れる。
保険料負担は会社負担であり、給与扱いにもならない。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRアップ21鹿児島 会長 保崎 賢  /  本文執筆者 弁護士 野村 浩志、社会保険労務士 石走 啓一、税理士 久保 秀人、FP 鵜飼 博之



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