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第167回 (平成27年12月号) SR愛知会

「お望みなら退職してあげましょうか」「ぜひ!」

SRネット愛知(会長:田中 洋)

S協同組合への相談

S協同組合では、社会保険未加入の問題と対策、隊員の高齢化対策など、さまざまな労務管理支援情報を会員事業所に発信しています。P社もS協同組合の情報提供に助けられたことが何度となくありました。

「面接に来た者は、よほどのことがない限り採用しよう」というスローガンのもと、P社の採用活動が始まり、老若男女15名の採用が決まりました。入社後はそれぞれの隊員が現場に配置され、1名を除き無難に仕事をしていましたが、問題のF隊員は遅刻する、現場環境に文句をいう、同僚から借金するなど、さまざまなことで使いにくい状況となっていました。管制リーダーがF隊員に何度も注意をしますが、態度は一向に改まる気配がないため、P社はF隊員を解雇しようと考えていました。その矢先、仕事帰りのF隊員がP社事務室にやってきて「俺のことを解雇しようと考えているでしょう。お望みならば辞めてあげましょうか…」と総務部長に言ってきたものですから、総務部長は内心“やった!”と思いつつ、表情は冷静に「退職するならどうぞ…」と返しました。それからというもの、F隊員は、電話やファックスで「いつ付の解雇だ」「予告手当はまだか」など、しつこいほど連絡(しかし、制服は返却しません)してきます。面倒になったP社は、今月末を解雇日として予告手当を計算し、解雇通知書を発送するとともに、予告手当を振り込みました。やれやれと思っていると、弁護士事務所から不当解雇なのでF隊員を職場に戻せという内容証明が届きました。ひっくり返りそうになったP社社長は組合事務局に相談し、事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業P社の概要

創業
1982年

社員数
正規 12名 非正規 98名

業種
警備業

経営者像

警備業を開始してから30年を経過したP社は、地元の建設業や各種学校への貢献が実り、ここ数年安定した経営を続けています。問題は、人手不足が深刻なことで、仕事の引き合いがあっても断らなければならないという、やる気満々の62歳の社長にとって何とも悩ましい事態となっています。


トラブル発生の背景

確信犯的なF隊員です。P社の対応が受け身一方だったため、F隊員はやり放題の感があります。解雇通知を出す必要があったのかどうか、普段の労務管理に甘さがなかったのかどうか、いろいろと勉強しなければならない事件です。

ポイント

不当解雇の問題が生じると、解決までの間の賃金支払のリスクが生じます。自ら「解雇」されようとする不埒な人間がいるかもしれない、ということを想定しつつ、教育訓練や退職処理について、間違いのない方法を確立しておく必要がありそうです。

P社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:橋本 修三)

「お望みなら辞めてあげましょうか」というF隊員の発言を退職の意思表示とみることができるのかどうかという点ですが、「辞める」という明確な発言ではなく、「辞めてあげましょうか」という表現からすれば、退職の意思表示と判断することは困難であると思われます。「会社を辞めたるわ」といった発言でも、その認定は慎重に行うべきであるとして辞職の意思表示には当たらないと判断した判例もあります(大阪地判平成10.7.17)。

では、どのような対応が望ましかったのでしょうか。いくら電話やファックスで求めたとしても、F隊員に退職届を書いてもらうべきであったと思います。退職届を取得すれば、労働者による労働契約の一方的解約がなされたものといえ、この意思表示が使用者に到達した後は撤回することができないからです(民法540条2項参照)。

つぎに、勤務不良の社員を解雇する際の段取り(解雇に関する法の枠組み)を考えてみましょう。解雇とは、使用者による労働契約の解約ですが、どのような場合でも解約できるわけではありません。解雇には「客観的に合理的な理由」が存在するだけでなく、解雇の選択をすることが「社会通念上相当」であることを要するものとされています(労働契約法16条)。この要件を充たしていない解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効とされます。この相当性判断は、厳格で、一般的には解雇事由が重大な程度に達しており、ほかに解雇回避の手段がなく、かつ労働者の側に宥恕すべき事情がほとんどない場合にのみ解雇相当性が認められるとされています(菅野和夫「労働法」第10558頁)。

勤務不良を理由とする解雇の有効性については、多数の判例があります。寝過ごして2週間内に2度も放送事故を起こしたアナウンサーの普通解雇について、放送事故歴がなく平素の勤務成績も別段悪くないこと等を理由として解雇を無効とした判例(高知放送事件・最判昭和52.1.31)やバス運転手が勤務終了後、酒気を帯びて同僚の運転するバスを停めて発車を約40秒遅らせたことを理由とする解雇が無効された判例(西武バス事件・最判平7.5.30)のほか、逆に解雇が相当とされた判例もあります(ストロングスリッパ工業事件・東京地判平5.2.19、株式会社大通事件・大阪地判平10.7.17、小野リース事件・最判平成22.5.25など)。

P社のF隊員は、遅刻を重ね、現場環境に文句を言ったり同僚から借金をするなど勤務態度不良といってよい労働者ですが、これだけをもって直ちに解雇をするのは相当ではないと考えられます。やはり、F隊員を解雇するにあたっては、口頭で注意するだけでなく、前段たる措置としての懲戒処分や配転等を講じておく必要があるというべきでしょう。

解雇をめぐって会社と労働者との間で紛争になることは多くあります。本件のように弁護士から地位確認を求める通知書が届いたり、労働者がユニオンなどの労働組合に加入し、組合から団体交渉の申入れがなされる場合もあります。いずれにしても、会社に復帰しても円満な雇用関係を築くことが困難な場合が多いことから、結果として金銭的な解決がなされることが多く見受けられます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:今西 昭一)

本件の場合、F隊員の資質に問題はありますが、P社労務管理の「わきの甘さ」に付け込まれたケースともいえ、この場合は解雇ではなく、退職の申し出があったと理解し、その後の対応にあたるべきでした。

解雇を検討する場合には、その後の争いになったときを見据えて検討することが重要です。その際にポイントとなるのは「記録」です。「どのような違反があったのか」を明確にする記録がないと、紛争時に水掛け論になってしまうおそれがあります。

F隊員の違反行為に対する日常労務管理としては、管制リーダーが何度も注意していますが、ここで重要なことは「記録化」です。「どのような違反行為があり、どのような注意、警告をいつ、どこで、誰が行ったのか」を記録し、その頻度によっては注意書等文書による注意を責任者が手渡すといった一連の規律違反者に対する毅然とした対応をとり、併せてこの対応の「記録」をしておくことが大切です。

P社の採用時の選定の甘さも問題です。人手不足で面接者を幅広く採用する方針は理解できますが、「採用した従業員を解雇することは非常に困難である」ことを理解し、採用時点での人物評価が重要であることを、経営者自身が認識する必要があります。そして入社面談時には、警備業の業務上の特色(室外の仕事、勤務時間帯の不規則性等々)をしっかりと面接者に説明し、業務内容を理解して応募させる必要があります。

警備業は、36524時間の業務があり、交替制での勤務や1日8時間超勤務等のように通常の勤務とは異なる勤務パターンがあります。このような勤務に適した労働時間制度としては、1ヶ月単位の変形労働時間制が挙げられます。

1ヶ月単位の変形労働時間制とは、1ヶ月以内の一定期間を平均し、1週間当たりの所定労働時間が40時間を超えない範囲内において、特定した週に40時間を超えて、または特定した日に8時間を超えて労働させることができる労働時間制度です(労働基準法32条の2)。この制度を導入するには、労使協定または就業規則、その他これに準ずるものにより?変形期間の起算日を決め、?変形期間を1ヶ月以内とし、?変形期間の法定労働時間の総枠の範囲内で、?各日、隔週の労働時間を特定し、?各日の始業終業時刻を具体的に定めることが必要です。また、労使協定には有効期間の定めが必要です。

なお、労働時間に関する規定の適用除外(労働基準法413項)として、「監視又は断続的業務に就く者で行政官庁の許可を受けた者には労働時間ルールは適用されない」という規定がありますが、ここでいう監視又は断続的業務に就く者には、一般的に警備業における監視業務は該当しないとされています。(平成5224日基発110号)。

また、警備業で必ずといっていいほど発生する仮眠時間の取り扱いについては、労働基準法上の労働時間に当たるという最高裁判決があります。(大星ビル管理事件最高裁一小平14.228判決)しかし、近年、ビソー工業事件(仙台高裁平成25.2.13)では、仮眠・休憩時間がすべて労働時間であるとの主張を退け、警備員らの請求を棄却という判決もでています。(平成26826日最高裁上告棄却)この事案では、警備員の労働実態を詳細に明らかにし、仮眠・休憩時間中に実作業に従事する必要性が生じることが皆無に等しい状況であったことを立証したものです。

日常の労務管理において、「記録化」がいかに重要であるか、を管理職の方に教育し、かつ確実に実行させることが今後のリスク管理になるものと思います。

税理士からのアドバイス(執筆:川崎 隆也)

制服の問題につきましては、過去にも本誌で解説(145)の通り、制服の支給・貸与については、特に課税の必要はありません。ただし、その方法によっては、現物給与として課税されることもありえますので、今一度、要件を振り返ってみることにいたしましょう。

非課税とされる所得として、所得税法第9条第1項第6号では、給与所得を有する者がその使用者から受ける金銭以外の物(経済的な利益を含む。)で、その職務の性質上欠くことのできないものとして政令で定めるものを非課税としています。制服でいうならば、現物が支給されることを前提とし、金銭にて任意の衣類の購入を促すのであれば、給与所得として源泉徴収の対象になります。

所得税法施行令第21条において、非課税とされる職務上必要な給付について、給与所得を有する者でその職務の性質上制服を着用すべき者がその使用者から支給される制服その他の身回品及びこれらを受け取ることによる利益が該当すると定めています。また、国税庁の質疑応答事例においては、「背広の支給による経済的利益」を例に、所得税法上非課税とされる制服等についての基本的な考え方を説明しています。具体的には、警察職員、消防職員、刑務職員、税関職員、自衛官、鉄道職員などのように、組織上当然に制服の着用を義務付けられている一定の範囲の者に対し使用者が支給するものと説明しています。これらを緩和する取り扱いとしては、所得税法基本通達9?8において、制服に準ずる事務服、作業服等として、専ら勤務場所のみにおいて着用する事務服、作業服等については、令第21条第2号及び第3号に規定する制服に準じて取り扱って差し支えないとしています。

事務服、作業服等の支給または貸与が非課税とされるためには、それらが、?専ら勤務する場所において通常の職務を行う上で着用するもので、私用には着用しない又は着用できないものであること、?その職場に属する者の全員又は一定の仕事に従事する者の全員を対象として行われるものであることが必要であると考えられます。

制服の買取りをさせるか否かについては、本来、制服の着用が職務上不可避的なものであるならば、その存在の重要性は極めて高く、退職後には返却の義務を課すべきものと思われます。他方、その後においても、自己の衣服として利用可能であるようなものについては、そもそも支給の段階で給与所得に該当するもののように思われます。

紛失、未返還に対する取り扱いについて、制服の機能としての重要性を鑑みれば、金銭での解決をはかるよりも、確実に回収することができるような制度設計を考えるべきでしょう。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット愛知 会長 田中 洋  /  本文執筆者 弁護士 橋本 修三、社会保険労務士 今西 昭一、税理士 川崎 隆也



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