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第166回 (平成27年11月号) SR宮城会

「時短勤務は不利なので、日々遅刻早退を許可してください!」

SRネット宮城(会長:新田 孔一)

R協同組合への相談

R協同組合の活動は活発で、O社もさまざまな分科会に参加し、情報共有を行い、経営情報を仕入れています。おかけで、同業他社同様に女性社員の割合が多いO社ですが、産休育休も日常的に対応できるようになりました。

ある日のこと、来月から職場復帰するフロント担当のY社員がマネージャーと相談しています。その内容は、O社の賞与計算の方法が、時短勤務や欠勤については控除ルールがあるが、遅刻・早退はない、よって、時短勤務よりも、都度遅刻早退した方が得である、というのがY社員の申し入れでした。話を聞いたマネージャーが給与担当に確認すると、確かに計算方法はY社員の言う通りです。「しかし、おかしいよな…」と思いながら、育児は正当な理由だから、遅刻・早退しても問題があるわけではない、と考えたマネージャーは、Y社員に「OK」を出しました。

O社ではY社員のほかに3名の社員が育児と仕事を両立しており、その3名は1日2時間の時短勤務となっています。Y社員の噂は、自然にこの3名の時短勤務所にも知れ渡りました。案の定、3人は徒党を組み人事部へ乗り込むと「不公平である」「カット分を支払ってほしい」と訴えました。人事担当者は「全社員の遅刻早退を賞与に反映させるのも大変だし…」と後は社長任せとなりましたが、社長も頭を抱えてしまい、組合事務局に飛び火しました。事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業O社の概要

創業
1949年

社員数
正規 85名 非正規 43名

業種
宿泊業

経営者像

町の中心に位置するO社のホテルは、5年前に大改装を終え、町のステイタスシンボルとして人気を博しています。このO社の社長は外資系ホテルから引き抜かれ経営を任されています。アイデアマンの社長は58歳、まだまだ元気です。


トラブル発生の背景

O社の給与規程制定時には、「時短勤務」という概念がなく、また、遅刻早退については、「遅れた分、早く帰る分、働けばよい」という風潮がありました。そのため、本件のような事態は想定外であり、Y社員のように遅刻早退を選択する者が出るとは思ってもいませんでした。

ポイント

Y社員の行為に問題はないのか、育児対象者のみ賞与を満額支払うという選択肢は、他の社員からみてどうなのか、過去賞与をカットした分(時間により基本賞与の20?25%)を支払うべきなのか、公平に問題を終結させたいO社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:三瓶 淳)

Y社員はO社の賞与計算の方法を考えると時短勤務より都度遅刻早退した方が得であるとして、遅刻早退の選択をしていますが、遅刻早退は労働契約上の労務提供義務の不履行であり、遅刻早退の理由やその頻度によっては、職場の規律を乱し、他の社員の労務提供に悪影響を及ぼし、企業秩序違反として、懲戒処分の対象となります。もっとも、遅刻早退の理由の内容によっては、懲戒事由の存否の判断において、正当な理由があるとされる可能性はありますが、遅刻早退はやむを得ずになされるものであって、日常的に社員の判断で遅刻早退をすることが許されるものではなく、Y社員の選択には問題があります。もっとも、O社の現状の賞与計算の方法では、時短勤務や欠勤については控除ルールがあるものの、遅刻早退についてはないということであり、このような賞与計算の方法では、育児と仕事を両立して時短勤務をしている他の社員からすると不公平感が大きく、仕事のモチベーションも低下し、賞与のカット分を支払って欲しいという訴えを招くことにもなります。

そのため、O社の賞与計算の方法として、公平を図るべく、時短勤務も遅刻早退も控除しないというルールにすることも考えられますが、時短勤務ではない他の社員からすると、育児等の対象者のみ有利に取り扱われ、やはり不公平感を生じさせることになるでしょう。

他方、O社の賞与計算の方法として、社員の遅刻早退を賞与に反映させることの煩雑さという問題はありますが、時短勤務も遅刻早退も控除するというルールにすることが考えられます。

この点、賞与計算における控除ルールについて若干説明しますと、時短勤務について、育児介護休業法23条の2は、時短勤務の申出や取得等を理由とする解雇その他不利益な取扱いの禁止を定め、厚生労働省の指針(平成21年同省告示第509号)は、不利益な取扱いの具体例の一つとして、減給をし、または賞与等において不利益な算定を行うことをあげています。もっとも、同指針は、賞与等の算定にあたり、所定労働時間の短縮措置等の適用により、現に短縮された時間の総和に相当する日数を日割りで算定対象期間から控除することは不利益な取扱いに該当しないとしています。

また、時短勤務については、たとえば、賞与の支給に際し、算定対象期間の出勤率が90%以上であることを要求している場合、出勤率の算定にあたり、時短勤務による減少した時間分を欠勤として取り扱うことは公序に反し無効であるものの、賞与の額の計算において、この時間分を欠勤として取り扱い、減額の対象とすることは、直ちに公序に反し無効であるとはいえないと思われます(東朋学園事件、最高裁平成15年12月4日判決・労判862号14頁参照)。

以上により、遅刻早退や欠勤といった労働基準法や育児介護休業法など法律上の権利に基づくものではない不就労をもとに出勤率を算定することは特に問題とはならず、賞与の額の計算にあたって減額することも可能です。

いずれにせよ、賞与計算における控除ルールについては、本件で問題になっている遅刻早退や時短勤務以外にも、生理休暇や年次有給休暇、労災による休業などが問題になることがあり、種々、検討することが必要です。

なお、他の社員から訴えのあった過去の賞与のカット分の支払いですが、O社において賞与計算の方法として時短勤務の控除ルールを維持する場合は、支払いを要しないことになります。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:中島 文之)

いわゆる「育児介護休業法」では、事業主に対し、三歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていない者に関して所定労働時間の短縮措置を講じる義務を課しています(同法23条)。O社の時短勤務制度は、おそらくこの法律に基づいて定められたものと考えられます。

育児介護休業法は、「子の養育又は家族の介護を行う労働者等の雇用の継続及び再就職の促進を図り、もってこれらの者の職業生活と家庭生活との両立に寄与することを通じて、これらの者の福祉の増進を図り、あわせて経済及び社会の発展に資すること」を目的として定められた法律です(同法1条)。育児中の労働者に対して時短制度を導入する際には、こういった意義を十分踏まえた上で制度設計することが求められます。

しかし、法律でいくら高尚な目的を掲げようと、現場で働く労働者にそれがすべて伝わるわけではありません。その理由が何であれ、同じ職場で働く同僚の労働時間が短縮されるということは、他の労働者にとって自らの仕事の負担が増えてしまうことを意味します。

「なんで他人の個人的な事情のために、自分の負担が増やされるのか…」と不満に思う労働者が現れてしまうのも、十分起こりうる事態です。昨今顕著になってきたマタニティー・ハラスメント(いわゆる「マタハラ」)の問題は、労働者が感じるこのような不公平感のために生じてしまうのでしょう。せっかく時短勤務制度を導入しても、他の労働者の勤労意欲が衰え、労働者間の摩擦を生んでしまうようでは、制度を導入した意義が疑われてしまいます。時短勤務制度を利用する労働者はもちろんのこと、それ以外の労働者についても可能な限り配慮した制度を構築する必要があります。

つぎに、遅刻早退に関するO社の捉え方として「遅れた分、早く帰る分、働けば良い」という風潮が挙げられていました。ここから推測するに、O社はこれまで労働時間をあまり厳密には管理してこなかったのではないでしょうか。時短勤務を選択するよりも、通常の所定労働時間のままで働きながら、その時々の都合で遅刻や早退をした方が得である。そのように考える労働者が出てきてしまうのは、そういった社内の風潮も原因の一つになっているのではないかと思われます。

O社が今後、労務管理上注意すべき点としては、労働時間管理の徹底が挙げられ、タイムカード等により各労働者の日々の労働時間を正確に把握することが必要です。また、遅刻や早退に関しても、会社としてどのような対応をとるのか等就業規則に明確に定めておくことが求められるでしょう。服務規律の中に遅刻や早退に関して労働者が果たすべき義務を定めておくのも一つの方法ですし、度重なる遅刻や早退に対しては懲戒処分の対象となりうる旨を定めておくという方法も考えられます。どのような手段を取るにせよ、今後はO社が明確なルールに則って労働時間を管理し、月々の給料や賞与はそれに基づいて支払われることを労働者に十分周知することが求められます。

本件では、Y社員の申し出にマネージャーがOKを出してしまったことが事の発端です。時短勤務を利用している他の三人からすれば、「じゃあ私達も」となってしまうのは無理からぬことです。一度了承した申し出を反故にするのは容易ではないでしょうが、今後はルールを明確に定めることを十分に説明した上で、他の三人と同様に時短勤務を利用するようY社員を説得することが必要になるでしょう。

ご参考までに、政府から支給される助成金についてご案内いたします。通算して6ヶ月以上雇用している正規雇用労働者を短時間正社員に転換させて雇い続けている事業主は、キャリアアップ助成金のうち「多様な正社員コース」を受給することが可能です。

支給される助成金の額は、中小規模事業主(「多様な正社員コース」においては従業員300人以下の事業主が業種を問わず該当)の場合、労働者一人あたり20万円。大規模事業主の場合は一人あたり15万円となっています。育児の事由による転換の場合にもご利用いただけますので、検討してみてはいかかでしょうか。

税理士からのアドバイス(執筆:品田 友美)

今回のご相談に関しては、税務上のメリット、デメリットは特にありません。なぜなら、年間の給与・賞与の総額に対して、年末調整という仕組みを通して所得税が課税されますので、給与・賞与の支払方法の違いなどによる税務上の問題点がないからです。

ついては、賞与の原資の考え方と公平な分配方法という視点から、論じてみたいと思います。

そもそも「賞与」とは何でしょうか? 「定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額があらかじめ確定されていないもの(昭和22913日厚生労働省 労働基準局関係の事務次官通達17号)」とされています。ボーナス、夏期手当、期末手当などの名目で支払われるものがこれに当たり、支給の有無や金額は原則として当事者間で自由に決められます。しかし、一定の基準がないと公平性に欠けるため、就業規則や給与規定などで具体的な支給基準を定めておくことが必要です。

賞与の支給基準としてよく見受けられるのが一律基本給の○ヶ月分という、基本給をベースにそれを倍数化する方式です。○ヶ月分という表現のせいか、賞与は「給与の後払い」として既得権のように思われがちです。この方式は、個人別の賞与の積み上げから賞与原資が決定されます。しかし、本来の賞与原資は会社の一定期間の利益の分配であるべきで、会社の業績に応じた賞与の総原資をまず決定し、そこから勤務成績に応じて個別に配分していくことが望ましいと思います。業績に連動した賞与原資の決定基準をつくり、それを経営者と社員が共通の認識としておくこと、さらには、会社の売上高や利益目標などをこの程度達成すれば賞与原資額はいくらになるということを予め示して、従業員として何をすれば賞与が増えるかを理解させることが肝要です。

また、賞与支給の前には勤務成績の評価(成績評価)を実施し、その結果を正しく反映させる合理的でわかりやすい配分ルール(計算式)も当然必要となります。

基本給の○ヶ月分という賞与の算出方式では、基本給の多寡と賞与の多寡が基本的に一致します。基本給に左右されるのではなく、対象期間中のすべての労働日に遅刻・早退なく出勤した者への評価(皆勤賞)や、同期間中の業績への貢献度をポイント化して賞与に反映するなど、短時間勤務者でもその労働時間内で公平に評価される仕組みづくり、モチベーションを高める工夫が企業側にも求められます。

政府・与党は、配偶者控除の見直し、新たな控除の仕組みとして所得制限のない「夫婦控除」の創設を検討しています。「女性の社会進出を促す」という検討目的の達成のためには、所得税法の抜本的な見直しと同時に、社会保険の扶養制度の見直し、子育て支援の拡充など、あらゆる制度の改革が必要です。同時に、日本企業の長時間労働の体質を変え、あらゆる働き方のあり方を受け入れる体制づくりも忘れてはならないでしょう。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRネット宮城 会長 新田 孔一  /  本文執筆者 弁護士 三瓶 淳、社会保険労務士 中島 文之、税理士 品田 友美



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