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第160回 (平成27年5月号) SR沖縄会

「勉強会をやろう!」
放置していたところ…!?

SRネット沖縄(会長:上原 豊充)

M協同組合への相談

G社は、創業当時からM協同組合に加入し、これまでに、さまざまな経営支援を受けてきました。G社の営業社員は、それぞれが売上目標をもって、ほとんどの社員が積極的に業務に従事しています。しかし、1年程前に入社した一般社員のHの成績が最近低迷しており、これが営業部全体の成績にも響くようになりました。
ある日のこと、一般社員のリーダー格であるYが「みんなでH君のサポートをしよう」と声かけし、休憩時間を利用した情報交換会を行うことになりました。社員の中には「休憩にならない」「自分だけでやればよいのに、みんなを引きずり込むのはどうなのか」などと疑問をもつ者が出てくると、やがて外出・外食する者などが発生し、一般社員のまとまりが崩れ始めてきました。見かねた部長が「せっかく始めたのだから、前向きに続けてみてはどうか」と助け舟を出しましたが、「会社の命令でしたら別ですが…」と言われると、「命令ではないよ…」と返すしかありません。部長がこのことを社長に報告すると「自主的な活動ならば、口を出さなくてよい」とピシャっと言われてしまいました。
参加人数は減ったものの、その後も情報交換会は半年ほど続き、H社員の退職で幕を閉じました。H社員が退職して1週間ほど経った頃、H社員から休憩未取得、賃金未払に関する内容証明郵便が届きました。驚いた社長と部長は、その郵便をもって、組合事務局に駆け込みました。「創業以来こんなことは初めてだ!」とまくし立てる社長を落ち着かせた組合事務局担当者は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介しました。

相談事業所 組合員企業G社の概要

創業
1968年

社員数
正規 23名 非正規 3名

業種
不動産業

経営者像

G社の社長は71歳、新築、建売、施設管理などを手掛け、社員1名からスタートしたG社は、幾多の困難を切り抜けながら、経営維持・業務拡大を達成してきました。「自分の給与は自分で稼げ」を合言葉に、営業社員達も最近では珍しい熱き心の者が多いG社です。


トラブル発生の背景

一般社員が発起人の情報交換会(顧客情報が中心)が労働時間に該当するのかどうか、少なくともH社員のための会ですので、H社員は完全に拘束されていました。
一般社員のリーダー格であるYは、G社の管理職ではありませんが、親分的な存在であり、勤続の短い社員が反抗できるようなタイプではありません。H社員自身は、自分がさらし者のような気分になって、情報交換会が嫌でたまらなかったようです。
H社員の請求は、日々不当に休憩を阻害され、かつ嫌がらせによる精神的苦痛を受けたことの慰謝料100万円と休憩未取得分の割増賃金132時間分305,184円です。
G社社長としては、「会社が指示したわけではない、あいつのためにYが尽力したのに…」と到底納得できない様子です。

ポイント

所定労働時間外における社員の自主的活動を会社はどの程度管理すべき、あるいは是正指導すべきだったのでしょうか。また、H社員に賃金を支払うこととなった場合、情報交換会に参加していた他の社員にも休憩未取得分の賃金を支払わなければならないのでしょうか。G社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:野崎 聖子)

「休憩時間」は、労働者が労働時間の途中に休憩のために労働から完全に解放されることを保障されている時間であり、使用者は休憩時間を自由に利用させなければならないと定められています。しかし、休憩時間であっても会社が休憩時間に社員に対し会議への参加を義務付けたり、電話対応をさせたりする場合には、その時間は労働時間となり賃金が発生します。「労働時間」とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間ですが、部下が上司の指揮命令を受けて業務を行う場合はもちろん、明示的に業務命令を発していなくても、業務が行われていることを黙認・許容していた場合には労働時間と評価される可能性があります。
では、本件のように、休憩時間や始業前や終業後の時間を利用した勉強会やサークル活動などはどう解釈されるのでしょうか。業務との関連性がある勉強会なども、完全自由参加の自主的なものであれば労働時間にはあたりません。しかし、会社からの業務命令や黙示の指示によって行なわれていて事実上強制されている場合や、不参加の社員が不利な扱いを受けている場合などは労働時間と考えられます。始業時間前に会議が開催されていたケースで、その始業前の会議時間が労働時間にあたると判断された裁判例もあります(京都銀行事件 大阪高裁 H13.6.28判決)。また、清掃やラジオ体操など会社の業務とはあまり関連性のない活動でも、その参加が強制されている場合には労働時間とみなされる場合もありますので注意が必要です(否定した裁判例として 東京地裁 H25.5.22判決)。裁判等の具体的な紛争の場面では、労働時間か否かの判断のポイントとして、
?使用者が労働者に対して義務付けを行っているか
?参加しなかった労働者が査定などで不利益を受けるものであったかどうか
が重視されているようです(東京地裁H26.9.30判決等)。
さて、G社の情報交換会ですが、これは一般社員であるYが声掛けをして自主的に始まったものであり、G社からの指揮命令はありません。また、他の社員からの問いかけに対し部長が「命令ではないよ。」と答えています。
しかしながら、情報交換会がH社員のために開催されたという経緯やその内容、YとH社員の人的関係性等から、H社員は、情報交換会への参加が事実上強制されていたと主張しています。会社としても会の趣旨やH社員の立場を知りつつ黙認していたという経緯があります。これに対し、G社としては、会社の業務命令ではないこと、命令ではないことを部長が明示していること、実際に情報交換会に参加しない社員もいたこと、情報交換会に参加しない社員に不利益を課すものではなかったこと等を主張して労働時間性を争うことが考えられます。もっとも、訴訟となった場合の費用や、訴訟準備に要する時間・手間等を考慮すると、G社としては割増賃金分の支払いを行い、示談の方向性を探ることも合理的な解決方法です。なお、H社員以外の一般社員の場合には、参加が強制されていたものではなく、実際に不参加の社員もいました。自由参加が保障されていたといえますので、情報交換会に参加していた他の社員に対し、賃金を支払う必要はありません。
労働時間をめぐる紛争の多くは、会社が労働時間とは扱っていないものについて、労働者が労働時間であるとして賃金を求めるものです。
使用者は労働者の労働時間を管理する義務を負っています。労働時間管理の一環として、休憩時間の実態を確認し、労働者に対する「義務付けを伴う運用」となっていないか改めてチェックしてみましょう。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:上原 豊充)

G社のように休憩時間中あるいは終業時間後に、社員教育やQC活動など(以下、「業務外活動」という)を実施する場合がありますが、会社としてどのような取扱いが必要となるのか、以下、休憩時間中に業務外活動を実施する際の問題点や労務管理上の注意点について検討します。
「せっかく始めたのだから、前向きに続けてみてはどうか」「命令ではないよ…」などの部長の発言から、G社では情報交換会の位置づけが明確ではなかったことが伺えます。特に前段の発言について、捉え方によっては業務命令があったと考えることもできます。
休憩時間である以上、まずは所属長が参加について任意であることをはっきりと認識し、そのことを明確に示すことが肝心です。会社の方針や管理方法が不十分なために、実態として労働時間に該当することが多々ありますので、曖昧な対応は避けるべきであり、毅然とした対応が求められます。また、参加が任意であることが不明確ですと、社員から不平不満が出たり、社員間のまとまりが崩れ始めるケースは少なくありません。労務管理上の問題だけでなく、社員のモチベーションを低下させないためにも、業務内外の区別を明確に示すべきでしょう。
ところで、休憩時間中、情報交換会に限らず、休憩室やデスクなど会社施設内で労働者が過ごすことは少なくありません。行政通達では「休憩時間の利用について事業場の規律保持上必要な制限を加えることは、休憩の目的を害わない限り差し支えない」(昭22.9.13発基17号)と示しており、使用者は当然に施設の管理や企業秩序の維持を行わなければなりませんので、休憩場所や施設利用等について合理的な制限を行うことは可能とされています。たとえば会議室の利用を許可制にしたり、他の社員の休憩の妨げとならないよう一定の措置を講ずること等は、合理的な範囲内において認められるものと解されます。ただし、「休憩の目的を損なわない限り」とあるように、労働者への一定の配慮も求められていますので、使用者からの制限は必要最小限度の手段に留めるべきでしょう。
今回、H社員の営業成績の低迷が事の発端となっていますが、特定の社員のために勉強会や社員研修を開催してしまうと、結果的にその特定社員は出席を強いられることになります。もちろん業務の一環として勤務時間中に開催できればよいですが、あくまでも休憩時間中に開催されるのであれば、出席が強制的にならないよう、たとえば出席対象者をグループや部署など不特定多数とするなど、特定の社員が会社に拘束されないよう運用する必要があります。また、休憩時間が就労義務のない時間としても、休暇や休日と異なり、始業から終業までの拘束時間中の時間であり、基本的には使用者の支配下であることに変わりません。よって、仕事内容や職種、会社文化、さらには個人の捉え方によっても異なりますが、業務外活動については、休憩時間中より所定労働時間外(始業前・終業後)の方が自由参加を担保しやすいと思われます。どの時間帯に開催するのか等、労働者から意見を聴取したうえ、それぞれの会社に適した時間帯に実施させるように労務管理することも必要です。なお、労働基準法第34条第1項では、休憩時間は労働時間の途中に付与しなければならないと定められていますので、この趣旨からも、休憩時間中はできるだけ労働から解放されるべきだと考えます。
成績が低迷している社員に対して、どのようなサポート手段がその会社にとって最も適切か、事前に十分な考察を行い、また「業務外活動」である以上、労働者の自主性・主体性を尊重しながら運用することが求められます。

税理士からのアドバイス(執筆:友利 博明)

本件には大きく二つの問題点が含まれており、第一点は、一般社員が発起人の自主的情報交換会が労働時間に該当するのかどうか、という点です。二点目は、H社員が主張する不当に休憩を阻害され、精神的苦痛を受けたことに伴う慰謝料と休憩未取得分に対する割増賃金の請求の妥当性であります。
社員の受ける給与所得の特性は「雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」として支給されるもので「給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるもの」(最高裁判例 昭和56年4月24日判決)との裁判例があります。本判決の趣旨は、使用者の指揮命令の有無を重要な判断要素にしておりますが、本件が休憩未取得分による割増賃金請求に該当するか否かは他の専門家の判断に負うこととし、H社員が請求している慰謝料100 万円と割増賃金132 時間分305,184 円を支払う事になった場合の税務上の問題に限定して説明します。
■ 課税所得としての割増賃金
税務上源泉徴収の対象となる給与所得とは俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得とされ(所法28?)、残業手当や家族手当、住宅手当および職務手当等の諸手当も含まれます。そして本件の割増賃金が支払われた場合には、本来各支給日に支払うべき残業手当が一括して支払われたものと認められますので、本来の残業手当が支払われるべきであった各支給日の属する年分の給与所得となります(所得税基本通達36-9(1))。したがって、残業手当の支給時期が退職したその年度であれば、源泉徴収義務者である会社は、残業手当の額を加えた給与について甲欄適用により源泉徴収し、年末調整の対象者であれば会社で年税額の清算をすることになります。
■ 非課税所得としての慰謝料
次に、精神的苦痛を受けたことによる慰謝料の支払いについての税務上の取扱いについて説明します。心身または資産に加えられた損害につき支払を受ける相当の見舞金は、所得税では非課税扱いになります(所令30?三)。したがって、H社員の請求する慰謝料の支払いは、心身に加えられた損害に起因した支払いであることから非課税となります。同様に、業務上受けた身体の障害を原因として会社から支給される見舞金や損害賠償金、また労基法の規定に基づき会社が支払う休業補償、療養補償、傷害補償も課税の対象外になります(所令20?二)。ただし、会社独自の基準による給与の継続支給や、見舞金、損害賠償の名目であっても、その金額が過大であれば課税の対象になる場合がありますので注意が必要です。
割増賃金の支払いは、源泉徴収の対象となる給与に該当することは前述の通りでありますが、こうした紛争が頻発する中、経営の重要な課題になっていることは事実です。本件は、問題の発生を事前に防止すべく休憩時間の取得状況や労働時間の適正な管理体制の整備の必要性を示唆しているように思われます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット沖縄 会長 上原 豊充  /  本文執筆者 弁護士 野崎 聖子、社会保険労務士 上原 豊充、税理士 友利 博明



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