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第159回 (平成27年4月号) SR高知会

管理職で採用したのに…
「残業代を支払ってください」とは!?

SRネット高知(会長:結城 茂久)

L協同組合への相談

カルチャー教室を経営するF社の社長は、開業計画の段階からL協同組合の経営支援や情報提供を受け、事業活動とうまくリンクさせながら順調に経営を行ってきましたが、そんなF社に、先月大問題が発生してしまいました。
F社のC社員は、採用後6カ月というF社の長い試用期間を勤め上げ、晴れて本採用、第9教室の室長に抜擢されました。「ありがとうございます!」という笑顔のC社員を期待していたF社の社長は、C社員が差し出した書面を見て愕然としました。
書面には試用期間中の勤務時間がびっしりと書かれており、トータルの残業手当・深夜手当・休日出勤手当の合計が876,500円とありました。「おいおい、君は室長なのだから、子供みたいなことはやめてくれ、わが社の幹部として経営をサポートしてもらわなければならないのに、残業代を請求するなんてとんでもないことだ!」と怒りを抑えながら説得を始めます。しかし、C社員は冷静に「これからは管理職として自己管理いたしますが、試用期間中に管理職というのはおかしいと思います。現に、自分の裁量で仕事ができていたわけではありませんし、無理難題言われても我慢して命令に従い続けましたからね」と返します。社長は、この場でこれ以上話しても結論が出ないと判断し、「君の要求は預かる。追って回答するから」とC社員をなんとか現場に戻しました。
組合事務局を訪れたF社の社長の顔面は赤く膨れ、今にも湯気がでそうな勢いです。事務局職員相手に「なんだ!あいつは…」とさんざん文句を言うと落ち着きを取戻し「さて、どうしたものか?」と考えはじめ、また、職員にも矢継ぎ早に質問を繰り出してきました。
これは一大事と、組合事務局担当者は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21の事務所まで社長を送っていくことにしました。

相談事業所 組合員企業F社の概要

創業
2001年

社員数
正規 38名 非正規 11名

業種
カルチャースクール

経営者像

F社の社長は52歳、小規模のカルチャースクールを多店舗展開することで、効率的な経営を目指しています。現在9カ所ある教室は、室長1名、講師2名の体制で、時代のニーズを先取りしたプログラムが人気となっています。社長は、今後も教室を増やすため、室長候補の採用と教育に力を入れています。


トラブル発生の背景

管理職候補で採用した社員の試用期間中の処遇が問題となりました。これまでは「いずれは幹部だから」と、文句などいう社員は皆無でしたから、F社の社長は相当驚きました。
また、本件により、社長の心情には「このままC社員を継続雇用できるのか」という思いも渦巻いているようです。
C社員の試用期間中の賃金は、基本給30万円・職務手当5万円となっており、本採用時の給与辞令には、基本給30万円・室長手当7万円と記載されていました。固定残業手当が定義されている給与支給項目はありません。

ポイント

管理職候補社員に対する試用期間の処遇の在り方、労務管理方法、本採用後に管理職に位置づける場合の賃金の考え方、試用期間中の成績が悪かった場合の措置、本件が他の管理職社員に与える影響など、今後のF社のあるべき姿を想定した対策が急務です。
F社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:参田 敦)

試用期間は、本採用決定前に、労働者の人物、能力、勤務態度等を評価して社員としての適格性を判定し、本採用するか否かを決定するための期間ですが、その法的性質は、解約権留保付労働契約とされています。つまり、通常の解雇よりも緩やかな解雇は認められるというものですが、その他の点では正社員と同じ扱いになります(もっとも労働契約や就業規則等で正社員よりも賃金を低く設定することは可能です)。
そのため試用期間中であっても正社員と同様に残業手当等を支払わなければなりません。労働基準法では、労働時間、休憩、休日について最低限の基準が定められ、それを超えて働かせた場合は時間外割増賃金(残業手当)や休日割増賃金(休日出勤手当)などを支払わなければならないとされています。
他方、「監督もしくは管理の地位にある者(管理監督者)または、機密の事務を取り扱う者については、労働時間、休憩及び休日に関する規定は適用しない」とも定めています(労働基準法第41条第2号)。これは「管理監督者には労働時間、休憩、休日について法律上の制限をしない」ということですから「残業や休日出勤をしても残業手当や休日出勤手当を支払う必要がない」ということになります。
最近では、名ばかり管理職というのが問題になっていますが、管理監督者に当てはまるかどうかは役職名ではなく、その社員の職務内容、責任と権限、勤務態様、待遇を踏まえて実態によって判断することになっており、次のような基準が参考となります。
(1)経営者と一体的な立場で仕事をしている。
経営者と一体的な立場で仕事をするためには、経営者から管理監督、指揮命令にかかる一定の権限を委ねられている必要があります。
(2)出社、退社や勤務時間について厳格な制限を受けていない。
管理監督者は、時を選ばず経営上の判断や対応を求められることがあり、また労務管理においても一般の従業員と異なる立場に立つ必要があります。このような事情から、管理監督者の出退勤時間を厳密に決めることはできません。
(3)その地位にふさわしい待遇がなされている。
管理監督者はその職務の重要性から、地位、給料その他の待遇において一般社員と比較して相応の待遇がなされていることが必要です。
判例をみてみると、東建ジオテック事件(東京地裁判決平成14年3月28日、労働判例827号74頁)では、次長、課長等について、管理職会議で意見具申の機会はあるものの、経営方針に関する意思決定には関与していなかった、一般従業員と同様に勤務時間を管理され、自由裁量に委ねられていなかった等として管理監督者であることが否定されました。
また、有名な日本マクドナルド事件(東京地裁判決平成20年1月28日、判時1998号149頁)では、店長について、店舗運営については重要な職責を負っているといえるものの、その権限は店舗内の事項に限られ、企業経営上の必要から、経営者との一体的立場において、労働基準法の労働契約の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得ないものといえるような重要な職務と権限を付与されているとは認められないこと、賃金も管理監督者に対する待遇としては十分とはいえない、として管理監督者には該当しないと判断しています。
本件のC社員が、管理監督者に該当するか否かですが、C社員がいうように、試用期間中であり、経営者と一体的な立場で仕事をしたとは考えられませんので、管理監督者には該当せず、残業手当等を支払う必要があるといえるでしょう。
この場合、その支払いに関して示談書等の契約書を交わしておくことが望ましいと思います。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:結城 茂久)

仮にC社員に金銭を支払うことになった場合、他の「管理職」たちは、この事件を受けて、自分たちもと堰を切ったように会社に訴えてくることでしょう。場合によっては、裁判や労働審判を起こすことでしょう。そうなると、裁判費用もさることながら多くの時間を費やすことになりかねませんので、会社は一時的にお金がかかっても未払いの残業代を支払うことが得策です。未払いの残業代の問題をより早い時期に精算するように体制を整えるべきでしょう。なお、残業代を含めた賃金の請求権は2年です。
また、試用期間中は本採用時の労働条件と異なる労働条件を設定することが可能ですので、試用期間中の段階と本採用時の段階とでメリハリを設けることです。その方法として、労働条件通知書等によることです。労基法第15条には、「使用者が労働者を採用するときは、賃金、労働時間その他労働条件を書面などで明示しなければなりません。」と定められています。管理監督者といえども労働者です。労働条件が変更(管理監督者扱い等)になれば再び労働契約書等によりキチッと契約を交わすことが良いでしょう。
今後F社への労務管理上の注意点として、今までのように試用期間中の賃金が基本給30万円・職務手当5万円、本採用時が基本給30万円・室長手当7万円と、基本給は同額で、手当を変更した2万円の増額では、社員は割増賃金を支払ってもらうほうが良いのではと考えます。管理監督者となる条件のひとつの一般社員と比較して相応しい待遇がとられているとはいえないので改善が必要でしょう。手当を固定残業にして支払う方法もありますが、割増賃金に当たる部分が明確に区分されて、労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときは、その差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていること等の要件が必要です。手当を固定残業にして支払う場合、当該要件について、問題になる場合が多いので、注意が必要です。
次に、これまでの室長の深夜業に対する労働時間と割増賃金等を正しく把握してみて、場合によってはそれを補うためにパ?トタイマ?等の雇用の増を試案にいれてみるのも得策ではないでしょうか。
最後に、管理監督者と認定されたとしても、先述のように労働者にかわりはありません。残業手当の支払いが不要になるだけです。深夜労働手当の規定の適用は除外されませんし、深夜労働については、「賃金台帳に記入するように指導されたい。」との指示がだされています(S23.2.3基発161号)ので注意が必要です。

税理士からのアドバイス(執筆:高木 学而)

今回の件に付きましてはカルチャースクールを営むF社が多店舗展開をする際に発生した事件です。
多店舗展開を行うメリットとして、各営業所間で講師となる人材のやり取りができることにより、過剰人員を雇う必要性がなくなり、会社として最も大きな比重を占めるであろう人件費の部分でのコスト削減を行うことができ、結果的に他の経費項目が一定であるのならば、キャッシュフローが確りとした財務体制に資することが可能となります。
一方、営業所ごとの営業成績も考慮しなければならないため、会社全体での経理が煩雑になりやすく、会社が経理を整然と行うことに対しての労力が過重になりやすい、というデメリットを抱えてしまう恐れがあります。
このような特徴を持つF社における事件に関し、税理士としての立場からは、C社員の要求が認められた場合についてのみ考えてみます。
何らかの理由により、C社員の要求が認められない場合にあっては、会計・税務的な問題は発生しない可能性が高いためです。
さて、C社員の要求が受け入れられた場合においては、C社員に対して時間外労働手当等が支払われることとなります。そうなってくると会計上では、その給与の計上時期がポイントになりますし、税務上においてはF社の従業員の源泉所得税をどう扱うのか、という所がポイントになるものと思います。
従業員に対する給与につきましては、企業会計原則に従い、発生主義が採用されておりますので、今回の給与の計上の時期についてはF社の社長がその支払いをすると決めた時、と解するのが合理的と思われます。
会計上の留意点としては、その支給の確定がF社の会計年度内であれば問題はないものの、それが当会計年度を越えて確定した場合には、期間損益を正しく把握させるために、その確定会計年度における特別損失の項目にてその把握を行うべきでしょう。
つぎに、源泉所得税に関する税務上の留意点としては、F社の社長のC社員に対する支払いの確定日が暦年(1月1日?12月31日)内であれば所得税法第190条及びその関連法規に従い、通常の年末調整を行うことになりますが、その確定日が翌年になった場合にどうするのか、というところにあります。
年末調整の期限としては、当該暦年の翌年1月末となっていますので、この1月末までに確定をしたのであれば、あくまでも原則通りにできれば再年末調整、という形で、法定調書を提出してもらいたい、というのが課税庁の考えのようです。
この期限を越えた時には、確定日の属する暦年にかかるC社員に対する給与として、翌年の年末調整に回すことも念頭に置かないとならなくなります。ただし、支払いの確定した年におけるC社員の負担するべき所得税等に大きく反映されることになりますので、C社員には確定申告を勧める、という選択肢も必要になります。
多店舗展開のデメリットの部分にも記載している通り、経理的な部分の労力はもとより大きなものとなっていると思われます。その上で、年末調整事務という極めて負担が大きな実務に関して、本件のような問題が発生した時には、経理上の負担をより大きくさせてしまう結果になることが想定されます。

現在、労働者の権利の拡充は当然の流れとなっており、この余波が経理上、税務上、会計上に及ぼす影響への対策を考えなくてはなりません。そうならないようにすることが最も重要ですが、万が一に備えた有形無形の”コスト”の問題が発生しないような会社の体質をつくっておくことも経営者としては必要だと思います。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット高知 会長 結城 茂久  /  本文執筆者 弁護士 参田 敦、社会保険労務士 結城 茂久、税理士 高木 学而



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