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第158回 (平成27年3月号) SR鹿児島会

異動に伴う賃金の変更を就業規則とおりに実行したところ…?
「それはひどい!」

SRネット鹿児島(会長:横山 誠二)

K協同組合への相談

「B君の調子はどうだ?」E社の社長が営業部長に問いかけています。というのも、入社6ヶ月目のB社員(26歳)の営業成績が伸び悩んでいるからでした。一方のB社員からすると、顧客のクレームが発生すると、すぐに担当を交代させられるというE社のシステムについていけないところがあるようです。E社では、顧客のクレームが発生すると、すぐに担当交代を行う、というのがルールであり、顧客と営業社員のミスマッチを防ぐことが第一という方針があるからでした。もちろん、顧客が担当交代を望まない場合は、そのまま担当を継続することができます。
営業部長は、「B社員はわが社の営業には向いていないかもしれないですね、特に年配の担当者には評判が悪いですね…」と社長に返答しました。社長は、「そんな状況ならば、B君もいやいや仕事をしているのではないか? ちょうど欠員ができた配送に異動させるか…」というと、さっそく行動に移りました。
社長室に呼ばれたB社員は、一方的な異動の話に驚き、しかも、営業手当5万円が減額になることを聞かされると、怒りに震えてきました。「ミスを挽回するチャンスも与えられず、いきなり異動で給与減額とは、あまりにもひどい話です…労働基準監督署に相談に行きます!」と言い捨てると会社を飛び出していきました。
組合事務局を訪れたE社社長は、「最近の若い者は、自分の能力のなさを棚に上げて、私が気を使っていることも理解しない、どうしようもないな…」と事の経緯を話しながら嘆き始めました。B社員のことが気になった組合事務局担当者は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を社長に紹介しました。

相談事業所 組合員企業E社の概要

創業
1975年

社員数
正規 26名 非正規 58名

業種
食品製造業

経営者像

E社の社長は創業社長で64歳、工場はパートタイマーをうまく活用しながら、効率のよい生産体制を維持しています。製造直売も行っていることから、営業社員の人選には、特に気を使い、「適材適所」を実践すべく、小規模ながらも人事異動は積極的に実施していました。


トラブル発生の背景

E社の就業規則には、人事異動が会社の命令で実行できることが明確に記載されています。また、B社員は職種限定の社員ではありません。しかし、今回のB社員の反応をみると、事前の説明を含め、E社の対応がいきなりすぎた感がありそうです。
E社の営業社員に支給される営業手当は、固定残業代であり、配送部門は実時間に基づく残業手当の支払となっています。異動に伴う賃金の変更は、当然のこととして捉えてよかったのでしょうか。

ポイント

異動に関する社内規定と運用上注意すべき点、不利益変更となるかどうかの分岐点、社員の育成を視野に入れた配置転換など、E社がどのように取り組むべきであったのか、今後を踏まえた検証が必要です。
B社員へのフォローも考えなければならないでしょう。
E社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:小豆野 貴昭)

労働者の就業場所および従事すべき業務に関する事項は、労働契約の締結に際して明示することが労働基準法上要求されており、就業規則に異動がない旨の規定がある場合、またはその記載がない場合にはそもそも異動の是非自体が問題となります。
本件は、就業規則に異動の規定がありますから、その点は問題になりませんが、就業規則に異動の規定があれば、どのような場合であっても配転が許されることにはならず、労働者保護の観点から、一定の制限が課されています。
もっとも、会社が行う配転命令については、原則として会社の裁量が比較的広く認められており、裁量の濫用と解されない限り配転命令は有効となりますが、裁量の濫用と判断された場合にはその配転命令は違法・無効となります。
つぎに、どのような場合に裁量の濫用になるかについて、最高裁は、「業務上の必要性が存しない場合、または業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではない」(東亜ペイント事件最二小判昭62.7.14)と判示しています。
つまり、?不当な動機・目的をもってなされた配転命令、または?労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせる配転命令の場合には、裁量の濫用として違法無効になるというものです。

?不当な動機・目的ともってなされた配転命
不当労働行為に該当する配転命令などがこの典型例です。裁判例では、内部告発を行った従業員への制裁目的、労働者を退職に追い込む意図を持ってなされた配転命令等は、不当な動機・目的をもってなされた配転命令であると判断されています。

?労働者に著しい不利益を与える配転命令
「業務上の必要性」と「労働者の不利益の程度」を比較考量し、通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせる場合をいいます。
この?の判断方法は、まず「業務上の必要性」が先に判断され、業務上の必要性がなければそれだけで違法・無効となります。しかし、この要件はそれほど厳格とまではいえず、労働力の適正配置、業務の能率増進、業務運営の円滑化等、会社の合理的運用に役立つ点が認められる場合には、一般にその必要性が認められます。その人でなければ配転することができない、といった高度な必要性までは要求されていないのが裁判例です(東亜ペイント事件)。通常は配転する人員の合理性までは要求されません。
ただし、労働者が甘受すべき不利益の程度が大きいほど、高度な業務上の必要性が要求される傾向にあります。ネスレ日本事件(大阪高判平18.4.14)では、「当該労働者の被る具体的不利益とまったく関係なく業務上の必要性を肯定することは相当ではなく、東亜ペイント最高裁判決も、転勤が家庭生活に及ぼす不利益が特に大きいときは、やはり高度の業務上の必要性を要するとしていると解すべきである。」と判示しています。
つぎに、労働者の不利益については、職種の限定等ない限り通常は甘受すべきであると考えられています(藤田観光事件東京地判平16.11.15)。一方、教員から事務職員というまったく職種の異なる配置転換については、解雇にも匹敵するほどの重大な処分であり、高度の必要性が必要であると判示されました(東京地判平19.2.23)。
また、配転により単身赴任や長距離通勤となる場合でも、通勤手当など負担軽減措置を講じていれば通常甘受すべき程度を著しく越えるものではないとされる傾向にあります(NTT東日本平20.3.26)。しかし、老齢で徘徊癖のある要介護者である母および精神病に罹患した妻のいる労働者に対する配転命令は、労働者が甘受すべき不利益の程度が大きいとして、違法・無効とした裁判例もあります(ネスレ日本事件)。
このように、配転命令については、基本的に会社の裁量がある程度認められますが、紛争予防の観点からはできる限り説明を尽くし、従業員の納得をもって配転を行う必要があるでしょう。
「本件配転により採用時の職種とは全く異なる営業職に異動することとなるにもかかわらず、その意向を全く聴取することなく、突然決定事項として本件配転を申し渡していること」が退職に追い込む不当な動機・目的を推認させる事実であると認定した裁判例(精電舎電子工業事件東京地判平18.7.14)も存在します。
以上により、配転命令の際には、従業員の納得、従業員への十分な説明を行い、その内容を後々立証できるように書面等に残しておくことが必要です。そして、それでも納得が得られない場合には、当該従業員の環境等を十分に調査検討して、配転命令に踏み切るかどうか判断する必要があろうかと思われます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:山崎 智健)

まず、本件においてB社員が憤慨した理由を整理してみます。
?唐突に異動の話をされたこと、?営業手当5万円が減額になること、?挽回のチャンスを与えられなかったこと、この3点であり、「いわゆる配転命令」そして「賃金変更」に関することになります。
さて、E社の就業規則では人事異動が会社の命令で実行できることが明記され、これまでも積極的に行われていたようです。これまでは何ら問題なく運用されてきたそうですが、今後はB社員のような問題が生じてくるかもしれませんので、弁護士の説明の通り、「配転命令の要件」に留意しながら、労使双方の話し合いを数回設けられることがトラブル防止策になるものと考えられます。また、人事異動に関して細かな細則を設けると、仕組みが透明になり、従業員の納得性も得られるのではないでしょうか。何よりも、人事異動の仕組みを運用するにあたっては、合理性と公正さが求められることはいうまでもありません。給与の減額については、「労働条件の不利益変更」という労働者およびその家族の生活に直に影響してくるので慎重に実施しなければなりません。
単に労働条件の締結または条件変更の締結に際し、労働者本人に説明し合意(納得)の上署名をさせ、書面を交付しているからそれでよいというものでもありません。
E社社長は、異動としながらも、B社員の能力不足に重きをおいた給与の減額をなされたような気配もうかがえます。このように使用者であるE社社長が恣意的に降給を決めたりするようなことは許されませんので注意してください。
「エーシーニールセン・コーポレーション事件」を参考にすると、降給が許されるのは、就業規則や労働契約等による労働条件に降給が規定されているだけではなく、降給が決定される過程に合理性があること、その過程が従業員に告知されてその言い分を聞く等の公正な手続きが踏まれていることが必要です。判例では、降給の仕組み自体に合理性と公正さが認められ、その仕組みに従った降給の措置が取られた場合には、個々の従業員の評価の過程に、特に不合理ないし不公正な事情が認められない限り、当該降給の措置は、当該仕組みに沿って行われたものとして許容されるとするのが相当であるとされています。
これらのことを検証してみると、E社の「人事評価制度」がうまく機能していないようですので、「人事(評価)制度の再構築」を図り、働く従業員のモチベーションアップにつなげてみてはいかがでしょうか。
つぎに固定残業手当の問題点について考えてみましょう。
E社の営業社員に支給される「営業手当」は固定残業代として支払われていますが、固定残業手当に関しては問題がある場合が多いように思います。
過去の相談事例にもありますので今回は「割増賃金を定額払いとする際の留意点」について確認しておきたいと思います。
?実際に行われた時間外労働が多く、労働基準法(以下「労基法」という)上支払うべき割増賃金が定額の残業手当分を上回る月は、その上回った部分について、定額の残業手当分とは別に差額を支払わなければなりません。
?実際に行われた時間外労働が少なく、労基法上支払うべき割増賃金が、定額の残業手当を下回る月であっても、定額の手当は支払わなければなりません。
??のケースで生じた差額は、?のような時間外労働の少ない月の手当で充当したものとして、差額を支払わないとすることはできません。割増賃金は、賃金の「毎月支払い」の原則により、原則その月ごとに清算しなければならないからです。
最後に、B社員に対しては、いったん配転を撤回のうえ、6ヶ月程度の挽回のチャンスを与えること、その後、営業成績やB社員に対する顧客からの評価などを考慮したうえで、配転が必要と認めたときは、改めてB社員に配転がありうることを伝達すること、その際には時間外の計算方法が違ってくることを理解させること、また根本的な問題として営業手当の固定額が実際の時間外労働時間と見合っているのかどうか、の見直しをすること等をアドバイスいたします。

税理士からのアドバイス(執筆:森田 純弘)

本件のB社員は、職場の異動により営業手当5万円の給与減額がなされることが予定されています。営業手当が5万円減額になるからといって、この使用人(以下役員でないことを前提とします。)の可処分所得である給与の手取額が5万円減るわけではありません。給与を受け取る場合、社会保険料等の法定福利費の他に源泉所得税と特別徴収の住民税が控除されます。なお、平成49年12月31日までは、復興特別所得税も給与支給額から控除されます。
営業手当は支払いを受ける側にとっては所得税上において給与所得の計算の要素である給与収入となります。給与収入はその収入金額に応じた一定の給与所得控除を控除することによって給与所得を算出します。給与所得控除はいわば給与収入に対する概算の必要経費です。そして、給与所得には、その所得の水準に応じた所得税率によって課せられる国税の所得税と復興特別所得税(所得税率×2.1%)及び地方税である住民税(一律10%)が課されます。

給与所得 = 給与収入 ? 給与所得控除
〔給与所得課税〕
【国税】所得税(累進課税)+ 復興特別所得税(所得税率×2.1%)

 

所得税率に応じた合計税率の例
所得税率(%) 5 7 10 15 16 18 20
合計税率(%) 5.105 7.147 10.21 15.315 16.336 18.378 20.42

【地方税】住民税(一律10%)

 

給与のいわゆる手取り額については、これらの税金が控除されているので、給与の減額がなされた場合、これらの税金も減額となるということになります。つまり、今回の場合営業手当5万円の減額は給与収入額の減少を意味しており、手取り額の減額ではありません。手取り額の減額分は5万円に対して課されていたであろう税金相当額分を控除した金額ということになります。

営業手当の減額 = 給与収入額の減額
手取り額の減額 = 営業手当の減額 ? 税金等相当額

今回の給与の減額であえてアドバイスをするならば、営業手当5万円の減額が生活を左右する可処分所得としての給与手取り額ではなく、税金の課税の仕組みとその手取り額の説明をしてあげると良いでしょう。

関連する経済的利益に対する課税上の取扱い
職場の異動があった場合には、ユニホームやシューズといったいわゆる制服の支給が新たに行われることがあります。出勤体系が変われば通勤費の取扱いも変わる企業もあることでしょう。また、昼食や残業に関わる食事の提供をすることもあるでしょう。これらの費用を企業がすべて負担した場合には、すべてその企業の費用として処理がされ、法人税等の税金計算においても原則として損金として処理されるということになります。
働く者が企業から経済的利益を受けた場合には、原則としては給与所得として課税されることになります。この経済的利益は一般に現物給与といわれますが、現物給与には、職務の性質上や使用者側の業務遂行上の必要性 換金性に欠ける、その評価が困難、働く者が選択できない、等々の理由がある場合があるため、特定の現物給与については非課税等の取扱いもあります。ここでは、食事と制服等についてご説明します。

食事
次の二つの要件をすべて満たしていれば非課税です。逆に要件を満たしていなければ、企業の負担額が給与として課税されます。
?役員や使用人が食事の価額の半分以上を負担していること。
?1ヶ月当たりの企業の負担額が3,500円(税抜き)以下であること。
また、現金で食事代の補助をする場合には、補助をする全額が給与として課税です。なお、深夜勤務者に夜食の支給ができない場合の1食当たり300円(税抜き)以下の支給や残業、または宿日直の場合の無料支給は非課税です。

制服等
ユニホームやシューズといった制服等の支給は、職務の遂行上欠くことができず、業務上必要なものであって、勤務条件上も企業が負担することとされている場合が多いことから、一定の制服等の支給について非課税としています。なお、必ずしも職務上の着用義務がそれほど厳格でない事務服、作業服等も非課税として取り扱われます。
具体的には、?専ら勤務する場所で通常の職務を行う上で着用するもので、私用には着用しない、または着用できないものであること、?事務服等の支給、または貸与が、その職場に属する者の全員、または一定の仕事に従事する者全員が対象であることが必要です。
逆に制服等として支給され、職務の遂行に当たり現に着用されているものであっても、これらの要件を満たさないものは、非課税とされません。
これを機会に社内の状況を確認し、規定や実施状況について検討してみてはいかがでしょうか。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット鹿児島 会長 横山 誠二  /  本文執筆者 弁護士 小豆野 貴昭、社会保険労務士 山崎 智健、税理士 森田 純弘



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