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第156回 (平成27年1月号) SR山形会

通勤手当の支払方法を変更!
「実際にかかった分を支払うのだから問題ない!」

SRネット山形(会長:山内 健)

I協同組合への相談

C社は、先代の創業社長の時代からI協同組合に加入し、組合の運営に協力しつつ、組合からもさまざまな支援を受けています。
「頑張って結果を出した社員には、見合った給与を支払う」というのがC社のポリシーです。ガチガチの成果主義ではありませんが、ポリシー相応の賞与システムが機能しており、”できる社員”には、かなりの納得感・満足感があるようです。しかし、7割方の社員は、一般相場的な給与・賞与ですので、それなりに社員の入退社が発生していました。
「なに、また交通費を返さないだと!」C社の社長室で、総務部長が怒鳴られています。その理由は、入社2ヶ月で退社した社員に手紙を送ったものの、その後連絡がとれなくなり、入社月に支払った6ヶ月の通勤手当の差額返却が滞っていたからでした。
かつては、すぐに退社する社員などいなかったのですが、最近は入社後半年以内で退職する社員もおり、うっかり、退職時の交通費精算を忘れるケースも頻発していました。
組合事務局を訪れたC社社長は「まったく、総務部長がだらしないから…」とひとしきり愚痴をいうと、「そもそも、通勤手当を前払いする必要はなく、実際に勤務した日について交通費を後払いすればよいのだ。有給休暇や休日の分まで支払うというのは、なんともムダな話しだ。その分を頑張っている社員の賞与原資にした方がどれだけ役に立つか…」と一人で盛り上がり、総務部長の反対を聞くことなく、社内通達を出してしまいました。
案の定、7割方の普通の社員たちからクレームの嵐が起こり、総務部長は大混乱に巻き込まれました。「労働条件の不利益変更だ」「労働条件の改悪だ」「労働組合をつくろう」等々、社員の声を背にしながら、やっとのことで組合事務局に駆け込んできた総務部長の懇願を受けた組合事務局は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業C社の概要

創業
1964年

社員数
正規 62名 非正規 35名

業種
機械装置の組立・設置業

経営者像

社の社長は71歳、創業50年を迎えて、ますます元気になっているようです。身内の跡継ぎはいませんが、かつての片腕だった元専務の長男が次期社長と期待されています。まだまだ現役を退く意思のない社長は、従業員の処遇改善に取り組もうとしていました。


トラブル発生の背景

ワンマン社長にありがちな即断即決即行動となってしまいました。
実労働日に対する通勤手当の支給は、結果的に企業メリットがあることなのでしょうか。
C社の社長は「仮に通勤手当総額が高くなったとしても、その方が納得できる」と言っているようですが、一方的な社長の決定に、多くの社員たちが反発しているC社です。
実費弁償の通勤手当ですが、賃金の一部を構成するものですので、安易な変更にはリスクがつきものです。

ポイント

通勤手当を1ヶ月支給から6ヶ月支給に変更、また、6ヶ月支給を1ヶ月支給に変更など、通勤手当にまつわる話はいろいろありますが、果たして前払いから、後払いに変更できるのでしょうか。
C社の工場は交通の便がよいため、車通勤は20名弱で、残りは電車通勤です。
社会保険料の問題も発生するかもしれません。有給休暇は、各社員平均して毎月1日は取得しているような状態です。
C社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)

通勤に要する費用は、労働契約の原則からすれば、労働者が負担すべきものであり、法律上使用者に通勤手当の支払が義務付けられているわけではありません。しかし、実際には多くの企業において、労働協約、就業規則、労働契約などで定められた支給基準に基づいて、その支給がなされているものと思われます。そして、その支給基準が明確に定められているかぎり、通勤手当も賃金に該当するとされています(労働基準法第11条において、賃金とは、名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものと定義されています)。
したがって、支給基準が明確に定められている通勤手当の支払方法を変更することは賃金(の一部)の支払方法を変更することに他ならず、前払いを後払いにするのは、労働者にとって不利益な変更になります。
ここで、労働条件を労働者に不利益に変更することができるための要件が問題となりますが、労働者との合意がある場合以外に、使用者による自由な不利益変更が許されるはずがないことは明らかであり、社内通達だけでこれを行おうとしたC社社長の対応は誤りという他ありません。
労働条件の不利益変更に関する裁判例としては、秋北バス事件最高裁判決(昭43.12.25)が有名です。この判決は、「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは原則として許されない……が、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」と判示しました。そして、ここでいう合理性の有無の判断については、第四銀行事件最高裁判決(平9.2.28)が「右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい……具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである」と判示しています。平成19年に制定された労働契約法は、これらの判例法理を法文化(第9条)し、第10条では「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則によるものとする」と規定されました。
それでは、こうした要件に照らしたとき、通勤手当を前払いから後払いに変更するのは合理的といえるでしょうか。支給金額には変更がなく、1ヶ月単位の後払いとなるだけであれば、労働者の受ける不利益はそれほど大きくはないということができると思われますが、C社社長の言う「実際に勤務した日」についてだけ支払うことにより、支給金額が切り下げられる結果となるようであれば、その切り下げ幅によっては、不利益は小さいとはいえなくなるでしょう。また、もしも6ヶ月単位の後払いとなれば、やはり不利益は小さくないと判断されると思われます。
さらに、就業規則の変更にあたっては、その内容だけでなく、手続についても要件があります(労働契約法第11条、労働基準法第89条及び第90条)。このたびのC社においては、労働者の過半数を代表する者の意見聴取(90条)も監督官庁への届出(89条)も行われていないようですから、労働契約法第10条にいう「その他の就業規則の変更に係る事情」の1つとしてマイナスに評価され、全体として合理性が否定される方向となってしまうでしょう。そして、合理性がないとされれば、そのような変更は無効で、元の規程が生きていることになりますから、元の規程に基づく支払をしなければならないことになります。
C社としては、社長が一存で出した社内通達を撤回し、どうしても変更を行いたいのであれば、改めて労働者へ変更の必要性・合理性を説明して納得を得るように努めるべきです。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:西村 吉則)

91.6%、この数字は、厚生労働省の「平成22年就業条件総合調査」による通勤手当を支給している会社の割合です。
通勤手当については、弁護士の説明の通り、法律上必ず支給しなければならないといった規定が存在するわけではなく、支給の有無だけではなく、支給する場合の上限や前払いか後払いか、なども会社独自に決めることができます。
さて、本件C社におけるトラブルの原因は、C社社長の独断による「通勤手当の前払いから後払いへの変更」、「有給休暇の取得日や休日を通勤手当の支給対象としない」とする社内通達を発したことによります。
以下、本件の収拾法について考えてみましょう。

通勤手当の前払いから後払いへの変更
?6ヶ月定期代を6ヶ月後に支払う方法
労働基準法第24条に賃金支払いの原則が規定されていて、その一つに、賃金は毎月1回以上支払わなければならないという「毎月払いの原則」があります。6ヶ月の支給対象期間が終わってから後払いするのではこの原則に反することになります。
?6ヶ月定期代を1/6ずつ給料日に6回支払う方法
社員にまず6ヶ月定期を購入させ、会社としてはその金額の1/6を毎月の給料日に支給していく方法は、現行より社員にとって不利な内容を含む変更となり認められません。
?1ヶ月定期代を毎月の給料日に支払う方法
?と同様一時的な負担額は?より少額にしても、社員にとっては現行より不利益な取り扱いになり容認されません。

有給休暇の取得日や休日を通勤手当の支給対象としない
通勤手当の日割り支給は、賃金規程に「通勤手当は、出勤した日のみ支給する。」旨の規定があれば可能となりますが、C社の場合そのような規定は存在せず、採用することはできません。また、公共交通機関の定期券に日割りの概念はなく、すでに保有している定期券代の控除は趣旨的に不自然と思われます。なお、定期券代支給は「一定の期間を出勤したもの」を前提として取り扱う通勤手当を計算する方法のため、有給休暇取得による定期券代減額は、有給休暇取得による不利益な取り扱いにあたります。
以上により、「通勤手当の前払いから後払いへの変更」および「有給休暇の取得日や休日を通勤手当の支給対象としない」という不利益変更は、合理的な理由を見いだすことができず、C社社長の社内通達を撤回し、現行の通勤手当前払い制度を継続する、また、中途退職者の通勤手当精算方法を明確化することによりトラブル回避に努めるべきと考えます。

規定例
第○条(退社の場合)
社員が退社する時は、定期乗車券に残日数がある場合、発行機関に届け出たうえ、返還金を○○日以内に会社に返納すること

最後に関連する事項についてご説明します。

1ヶ月のすべて出勤しない場合
休職、傷病、長期出張、育児・介護休業等、1ヶ月のすべての日を出勤しない場合の取扱いについては、賃金規程に「賃金計算対象の全期間を通勤しない場合は、通勤手当を支給しない。ただし、臨時的に出勤する事情がある場合は、通勤に要する実費を支給する。」といった規定が必要になります。また、通勤手当を前払いする場合には、過払いとなる場合もあります。過払い分を翌月から控除することにより精算をする場合には、労働基準法第24条「賃金の全額払いの原則」違反となるため、賃金の控除に関する労使協定が必要になります。

今後採用される社員に対する通勤手当の後払い制導入
前記のとおり、在職する社員に対し、通勤手当の前払いから後払い制への変更は、認められないとしても、今後採用される社員に対し、後払い制の規定を適用させることは可能と思われます。C社にとっては、割引の恩恵は少ないものの、1ヶ月定期相当額を後払いすることにより、今回トラブルとなった通勤手当の精算の問題は回避できます。また、自家用車通勤社員に対しては、出勤した日数について通勤手当を支給することにより、C社社長の考えを踏襲できると思われます。

規定例
第○条 社員の通勤費用を補助するため通勤手当を支給する。通勤手当の支給を受けようとする社員は、「通勤手当支給申請書」により申請しなければならない。通勤手当は次の区分によることとし、1ヶ月○○円を限度とし毎月の給料支給日に支払う。
?公共交通機関を利用する社員には、最も合理的で経済的な経路で通勤した場合の1ヶ月の定期代の実費相当額を支給する。
?自家用車で通勤することを会社が承認した社員に対しては、次の計算式で算出した額を支給する。
往復通勤キロ数×単価(○○円)×出勤日数
2 社員の住居と勤務先の距離が片道2km以内の場合は支給しない。また通勤手当は、月単位で支給するが、欠勤、休職、休暇等で1ヶ月のすべてに出勤しない場合、通勤手当は支給せず、出勤日数が所定労働日の2分の1に満たないときは、通勤手当の半額を支給する。
3 不正の手段により通勤手当を得た場合には、過去にさかのぼって返還させるとともに、懲戒処分を科すことがある。

税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)

税務会計上の視点から本件をみたとき、期間損益計算上の問題点があるように思われます。企業の経常損益は、営業活動による収益金(売上高)とそれら以外の収益(営業外の受取利息など)に大きく分けることができますが、同様に費用も営業収益に対応する売上原価項目の経費とそれら以外の販売費や一般管理費(以下「販管費」といいます)等に区別できます。会計期間中の営業活動で獲得した売上高とそれに個別対応する原価をその期間の収入と原価として売上総利益が計算されます。原価項目は、その期間に支払った経費の額ではなく、個別の売上に対応する部分の経費のみが費用として認識されます。
たとえば商品30ケースを今期仕入れたが20ケースしか販売されず、残りの10ケースは在庫として会社の倉庫に保管されていれば、20ケース分のみが原価として費用となり、在庫の10ケースは商品在庫として、会社の経費ではなく、資産となります。
これに対して、販管費というのは、売上との直接的な対応関係にない経費をいいます。
たとえば、役員報酬・事務員給与・事務所の家賃などです。原価が売上高との対応関係を求められるのに対して、販管費はその会計期間との対応関係が重要になります。実際の請求や支払いの事実とは異なり、その会計期間分として発生したものであるかないかということが、費用計上の判断基準になるということです。
C社の場合は、これまでは6ヶ月分を前払いしているようですが、この6ヶ月間に決算期末を迎えた場合にはどうなるのでしょうか。たとえば、1ヶ月分を経過した時点で決算期末を迎えた場合には、残り5ヶ月分は、その会計期間には対応しておらず、5ヶ月分は翌期の費用ということになります。また、C社の社長が提案している後払いに変更した場合はどうでしょうか。1ヶ月単位にしても6ヶ月単位にしても、いずれの場合にも未払の通勤手当分の経費を計上しておく必要性があります。これらは勿論給与そのものについても同様です。給与の締日が月末で、翌月5日が支払日、また会社の決算日が月末の場合には、まるまる1ヶ月分が未払いとなりますし、20日締切25日支払日の場合でも、21日から月末までの給与は、未払いとなります。もちろん企業会計上は重要性の原則というものがあり、金額的に少額なものについては、原則的な処理をすべての取引に当てはめる必要はないのですが(つまり支払い時期に合わせて費用計上する方法を認めています)、それでも会社の決算をするということは、かなり大変な作業であることがわかります。そこで税務上ではさらに、次のような取扱いを定めて、簡便な処理を認めています。
『前払費用(一定の契約に基づき継続的に役務の提供を受けるために支出した費用のうち当該事業年度終了の時においてまだ提供を受けていない役務に対応するものをいう。)の額は、当該事業年度の損金の額に算入されないのであるが、法人が、前払費用の額でその支払った日から1年以内に提供を受ける役務に係るものを支払った場合において、その支払った額に相当する金額を継続してその支払った日の属する事業年度の損金の額に算入しているときは、これを認める。(法人税法基本通達212―14)』
C社のこれまでの前払通勤手当は、この通達に該当するものでしょうか。確かに1年以内に費用化されるものではありますが、継続的に役務の提供を受けるために支出した費用といえるでしょうか。あるいは、会計上の重要性の原則を適用して期間費用として全額を費用計上することは可能でしょうか。従業員数なども考えると、何れにも当てはまらないように思えますので、個人別に前払い分を計算する必要がありそうです。
逆に社長の提案している後払いはどうでしょうか。合理的に債務の額を計算することは十分可能だと思われますので、たとえ未払であっても、その会計期間に対応する部分の金額は未払計上できるように思われます。
なお、税務上は、通常の給与に上乗せして支払われる通勤手当については、非課税枠が設定されていますが、先般の消費税率アップに伴って、平成26年10月に非課税枠が引き上げられました。またこの改正は同年4月に遡って適用されていますのでご注意下さい。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット山形 会長 山内 健  /  本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 西村 吉則、税理士 木口 隆



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