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第153回(平成26年10月号) SR福岡会

「私がうつ病になった原因は…?」
ひ弱なモンスター社員への対応をどうする!

SRネット福岡(会長:内野 俊洋)

B協同組合への相談

H社は開業相談の段階からB協同組合に加入し、現在に至るまで、さまざまな経営サポートを受けています。5年前からは、H社の経営が安定してきたこともあって、B協同組合の協力を得ながら、新卒社員(工業高校卒)を継続的に採用できる体制となりました。
「モンスター社員?ではないのだが…、少しおかしな社員がいて困っている…」H社の社長が組合事務局で話を始めました。その内容は、3年前に入社した現在21歳の男性A社員が、軽度のうつ病になったとのことですが、その原因が会社にあるようなことをいっているのだそうです。「原因がわからないと長引くかもしれない」と担当医に言われても、自分ではまったく答えが出ないため、社長や上司に「自分がうつ病になった原因を教えてくれ」と、しつこく聞いて回る始末で、「そんなこと、お前にしかわからないだろう、くよくよしないで、前向きに仕事をしたらどうだ」と聞かれた方はかわしているようですが、遅刻も多くなり、H社としては、「うまく退職してもらえないだろうか…」という気持ちが強くなっているようです。問題のA社員の評価は、「最後まで自分の仕事に責任をもたない」「問題があるとすぐ逃げる」「顧客に対する好き嫌いが激しい」「理由をつけては、仕事をさぼりたがる」「権利だけは主張する」といった感じで、社内ではかなり評判が良くありません。「担当先や上司を変更したり、いろいろ配慮したのだが…」H社の社長自身も苦労させられているA社員ですが、「自分は悪くない、仕事ができないのは会社や上司が悪い」という思考が強く、また病気と言われてしまっては、厳しい指導も躊躇してしまう状態です。
A社員をいつまでも放置しておけないと判断した組合事務局は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業H社の概要

創業
1992年

社員数
正規 26名 非正規 3名 

業種
リフォーム工事業

経営者像

H社の社長は62歳、大手建設会社の現場監督を経て、50歳を機に独立しました。持ち前の営業センスで、顧客や下請業者を確保しつつ、社員も社長の人柄のせいか26名までになりました。営業店も2店舗となり、昨年には息子も入社し、さらに拡大構想を目論んでいるH社社長です。


トラブル発生の背景

ここ最近は”怒れない上司”が増えているようですが、H社も例外ではないようです。「少し注意すると、次の日から来なくなる」「親に言いつける」「パワハラと非難される」などの話を聞くことがありますが、注意指導とハラスメントを正しく理解されていないと、このような事態となってしまいます。
注意・指導を正しく実施しないと、社員からすれば「何も言われないので、これで良い」ということになり、見かねて注意しようものなら「なぜ今回は…なぜ自分だけ…」と返されてしまいます。
職務専念義務、職場規律がないがしろにならないような労務管理が求められます。

ポイント

まず、A社員に対しては、どのように対処すべきでしょうか。担当医からは、「休業の必要はないが、無理をしないこと」という診断書をもらっています。H社は産業医との契約はなく、A社員を常時サポートできるような社員もいません。
万が一の際に、H社が安全配慮義務違反とならないためには、どのような対策を講じ、実施すべきでしょうか。また、他の社員への影響もあることですので、教育・訓練の在り方、社内マナーなども再構築する必要がありそうです。
H社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:山出 和幸)

使用者は、労働者の生命及び健康を害しないように配慮すべき義務(これを「安全配慮義務」といいます。)を負っており、労働者の健康状態の変化について随時適切な注意を払う必要があります。万一、労働者が健康を害して重い病気になったり、事故が発生したりしたときに安全配慮義務を尽くしていないと判断される場合は、使用者は損害賠償責任を負う可能性があります。
さて、A社員は軽度のうつ病になったということですので、H社としては、安全配慮義務として、うつ病が憎悪していくことを防ぐために、できるだけ早く適切な措置をとる必要があります。
すでに、H社はA社員の担当先や上司を変更していますので、これらは人間関係から生じる心理的負担を軽減するために有効な対策と思われます。しかし、それのみにとどまらず、A社員の症状に応じてA社員の労務を軽減することに配慮する必要があります。
たとえば、速やかにA社員を業務から離脱させて休養させるとか、また、残業や宿日直勤務を禁じたり、作業量および作業時間を制限したり、あるいはこれらの対策のみで不十分な場合には、他の業務に配転させるなどの措置をとることが考えられます(大阪高等裁判所平成8年11月28日判決・判例タイムズ958号197頁参照)。
業務量の軽減を指摘して安全配慮義務違反を認めた裁判例は数多くありますが、たとえば、東京地方裁判所立川支部平成23年5月31日判決・判例時報2136号129頁は、長時間かつ不規則な労働をしていた者がうつ病を発症した事案で、長時間かつ不規則な労働を是正するために有効な措置を講じなかったとして安全配慮義務違反を認めています。
また、大阪地方裁判所平成19年5月28日判決・判例時報1988号47頁は、麻酔科医がうつ病に罹患し、その後自殺した事案では、うつ病の症状が悪化していることを認識し、業務を継続させることが困難であると考えるに至った時点で、休職を命じるなどして十分な休養を取らせるべき注意義務があったとして安全配慮義務違反を認めています。
産業医など、健康管理を行うのに必要な医学知識を有する医師等と協力しながらA社員のケアに当たることも重要ですが、H社のように労働者数50人未満の小規模事業所で産業医の選任義務のない事業所では、地域産業保健センター事業(国が郡市医師会に委託して行う事業)を利用されてはいかがでしょうか。
つぎに、H社としてはA社員に退職してもらいたいと考えているようですが、A社員を退職させる場合に注意すべき事項について考えてみます。

ただし、この問題を考えるうえで、業務とうつ病との因果関係の判断が極めて困難であるということがあります。また、A社員は遅刻が多くなったとか、社内での評判はかなりよくないとのことですが、このような勤務状態とうつ病との関連性も問題となります。
うつ病により業務の遂行が困難であっても、うつ病の原因が業務に起因する場合には、療養のため休業する期間およびその後30日間は解雇してはならないことになっています(療養開始後3年を経過してもうつ病が治らない場合には、平均賃金の1200日分の打切補償を行うことにより解雇することができます:労働基準法19条1項第81条)。
うつ病が業務に起因しない場合、すなわち、A社員の私病である場合は、普通解雇事由で考えることになります。一般的に就業規則中の解雇事由として「身体、精神の故障のため業務に耐えないとき」と定められていますが、この場合も直ちに解雇できるわけではありません。
現在、多くの企業では休職システムを導入しており、私傷病で欠勤ないし不完全な労務提供が2、3か月間続いた場合に、就業規則の規定に基づいて、勤続年数に応じた一定期間の休職期間を与え、休職期間満了時に治癒していれば復職を認め、治癒していなければ労働契約を解消するということにしています。
したがって、就業規則で定めた休職期間中に治癒して労務提供できる状態に戻る蓋然性があれば休職させる必要があります。
一方、休職期間内では治癒することが困難で、従来の労務提供を行うことができない場合は、直ちに解雇することも許される場合がありますが、この場合、将来回復の見込みがないことの判断が必要となりますので、復職の可能性の程度で区別せずに、休職システムを適用して復職するチャンスを与えるのが無難な対応といえます。
なお、復職については、休職期間満了時点で完全な心身の状態となっていることを要求するのではなく、短期間の復職準備措置や他の軽易な業務への配置可能性を配慮する必要もあります。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:末松 宏)

労働契約を締結すると使用者、社員にはいくつかの義務が発生します。社員の主な義務は次の通りです。
?信頼関係の維持義務 民法の信義則により、信頼関係を維持し、背信行為等を行わない義務。
?職務専念義務 労働時間中は使用者の指揮命令に服し、その職務に専念する義務
?企業秩序遵守義務 企業秩序とは企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なきまり、ルール。組織の一員として働く上で当然遵守すべき義務。
そのほかにも企業秘密・個人情報守秘義務、兼業禁止義務、協力義務などがあります。
社員がこれらの義務を履行していないと、事業の円滑な遂行を妨げることにもなりかねません。H社は義務を履行させるために、きちんとした注意指導をしなければならないところですが、どうも躊躇している状態のようです。
確かに、最近はパワーハラスメントが問題になることが多くなり、注意指導すると「パワハラと非難されるのでは」という心配もあるでしょう。パワーハラスメントとは、職務上の権限や、上下関係に伴う権力を利用して、相手の人格や尊厳を侵害する言動により、身体的、精神的苦痛を与える行為や、業務、指導の適正な範囲を超えた強制や、嫌がらせなどの迷惑行為のことです。
しかし、本件、A社員に行うべき注意指導は適正な範囲を超えたものでも、ましてや嫌がらせでもありません。A社員のために行うものであり、ハラスメントとは明確に異なることはいうまでもありません。ただし、A社員はメンタルヘルスに不調をきたしている様子ですので、頭ごなしにいうのではなく、A社員の話もていねいに聴きながら、職務不専念の事実や社内の評判などを話し、自覚を促し改善を求めることが必要です。
精神不調の影響がありますが、注意指導しても改まらない場合は、就業規則の懲戒規定により戒告、けん責処分を行うことも考えられます。H社としては「うまく退職してもらえないだろうか」という気持ちが強いようですが、解雇は相当の手段を尽くしたが改善の見込みがない、という事実が確定するまでは実施すべきではありません。ていねいな注意指導、処分の積み重ねで改善を図る努力が求められます。
A社員の仕事上の問題では、以前から「最後まで自分の仕事に責任をもたない」、「顧客に対する好き嫌いが激しい」、「権利だけは主張する」などの評価が出されていました。
この評価結果が面接などを通じて、本人にフィードバックされていたのでしょうか。問題点を改善すべく教育がなされていたのでしょうか。さらに、病気の兆候について上司は何らかの気づきがなかったのでしょうか。
H社は5年前から高卒社員を継続的に入社させていますが、既存社員との年齢、世代間の格差による考え方の相違、コミュニケーション不足など問題が発生してもおかしくない環境的要素が考えられます。このような環境下で、職場の信頼関係をどう培っていくかが問われていることもありそうです。
まず若手社員にはビジネスマナー、職場規律、社会常識など基本的な教育をきちんと実施することです。そして上司、先輩は日常的な声掛けを心がけ、コミュニケーションを深め、気軽に相談できる雰囲気をつくることが大切です。信頼関係がないといくら注意指導しても相手には届きにくいものです。そして、この信頼関係をもとに日常の業務指導を行い、評価・面接の中でさらに未熟な点を指導し部下を見守っていく、継続的なサイクルを構築することが望まれます。
最後に、これからのH社に求められる労務管理について考えてみます。
労務管理とは「人」を有効に活用して生産性を高めるために行う社員の管理です。社員が活き活きと働ける、自発的に協力しあうバランスがとれた状態をつくることを目的としています。そのために社員に求められるものは能力、健康、良好な勤務態度です。そして、職場という集団に求められるのはトータルパワーです。他の社員と協力して業務に専念するという良好な勤務態度なくして高いパフォーマンスは望めません。職務に専念せず協調性が不足する社員がいることは、チームの成果にも悪影響を及ぼし、トータルパワーを引き下げる要因となります。したがって、問題のある社員にその是正を図ることは、労務管理の基本的な要素です。
職務専念義務を履行させるためには、まず就業規則の服務規律の中に「勤務時間中は職務に専念し、みだりに勤務の場所をはなれないこと」、「欠勤、遅刻、早退をし、もしくは勤務時間中に私用外出又は私用面会をしないこと」など具体的に職務専念義務について記載することです。そして服務規律は懲戒処分によりその実効性が担保されます。使用者に懲戒権があることは、判例の中で確立されています。また労基法89条で就業規則記載事項の一つとして「制裁の定めをする場合においてはその種類及び程度に関する事項」と定められているように、懲戒権限のあることは法律上当然のことと認識されています。
この懲戒権を明確にするためには、就業規則に懲戒の種類と事由を記載し、社員に周知することが必要です。さらに入社時に「就業規則に従います」という誓約書があれば契約上の合意となります。懲戒処分は問題のある社員の是正を図るための、労務管理の手法のひとつです。この懲戒権を背景にして問題のある社員の是正にあたるということは、企業秩序を守るための会社の気概を示すためにも必要なことと思われます。

税理士からのアドバイス(執筆:衛藤 政憲)

税務との関係については、社内対策と訴訟という2つの観点から、発生すると想定される費用について、法人税法、消費税法および所得税法上の取扱いの概要を確認します。
まず、社内対策関係費については、以下の通りです。

研修教育費用
基本的な対策として、職場の人間関係が問題発生の原因としてあることから、心の健康を保持して良好な人間関係を醸成する職場環境を形成するため、管理職だけでなくすべての社員を対象に、どのような行為がパワハラに当たるか、被害当事者となった場合にどうするか、加害行為に気づいた場合にどうするか、相談を受けた場合にどうするか、などのことについて、社内外において研修教育を行うことが考えられます。
この研修教育に係る?外部講師謝金、?施設等使用料、?備品等賃借料、?研修教材費、?外部研修参加費等の費用については、いずれも法人税法上は損金とされ、消費税法上は課税仕入れとなります。このうち?の外部講師(個人)に対する謝金については、報酬・料金に当たりますので、支払額が100万円以下の場合には、その支払額の10.21%を所得税として源泉徴収する必要があります。
なお、研修教育は、採用内定に対して実施することも考えられますが、この場合に採用内定者に支給する旅費日当等については、旅費規程等に基づく金額であれば、社員に対して支給する場合と同様の取扱いとされます。ただし、研修と称して採用内定者を拘束し、懇親会等を実施して、その費用がいわゆる”囲い込み費用”に当たるような場合には、交際費等に該当することになりますので注意しなければなりませんが、現行の租税特別措置法上交際費等の損金不算入制度における特例として、資本金1億円以下の法人の場合、定額控除限度額が800万円とされていますので、その金額の範囲内であれば損金不算入額は生じません。

産業医導入費用
常時50人以上の労働者を使用する事業場ではありませんので、労働安全衛生法に規定された産業医の選任義務はないわけですが、現実に問題が生じていることからして、日本医師会認定産業医を導入することが考えられます。
この場合に産業医に対して支払う報酬ですが、個人の開業医を嘱託産業医とした場合には、その支払報酬は、所得税法上給与とされますので、支払時に所得税の源泉徴収を必要とし、法人税法上は損金とされ消費税法上は不課税となります。
医療法人から産業医として医師の派遣を受けてその医療法人に対価を支払う場合には、その対価の額は、法人税法上は損金とされ消費税法上は課税仕入れとなります。
なお、この産業医の選任にあたり、専門の業者等に紹介、または仲介を依頼し手数料や仲介料を支払った場合、その手数料等は、法人税法上は損金とされ消費税法上は課税仕入れとなります。

カウンセラー導入費用
産業医のほかにメンタルヘルス対策として、専門のカウンセラーを委嘱し、定期的に社内において面談の場を設けるようにすることが考えられます。
この場合にカウンセラーに支払う対価の額については、法人税上は損金とされ消費税法上は課税仕入れとなります。なお、カウンセラー委嘱契約の相手方が法人、または個人事業者のいずれの場合であっても、その対価の支払に当たって所得税を源泉徴収する必要はありません。

施設設備費用
産業医やカウンセラーの導入に当たって、新たに診療室、診療設備、相談室、面接室等の設置をした場合、その工事費用、設備費用等については、法人税法上は減価償却資産の取得費とされますのでその取得した資産に係る減価償却費が損金とされ、消費税法上は、その取得費が課税仕入れとなります。

保険加入費用
訴訟が提起される場合や法律上の損害賠償責任が生じる場合に備えて、使用者賠償責任保険に加入することも必要になります。この保険契約に係る保険料については、法人税法上は全額損金とされ消費税法上は非課税となります。
つぎに、訴訟関係費については、以下の通りです。

弁護士費用
訴訟が提起された段階で支払う着手金、および訴訟終結後に支払う報酬については、いずれもその支払時点の事業年度、または課税期間において、法人税法上は損金とされ消費税法上は課税仕入れとなります。また、いずれの支払額もその支払時点において所得税の源泉徴収をする必要がありますが、その源泉徴収税額は、支払額が100万円以下の場合にはその支払額の10.21%であり、同一人に対する1回の支払額が100万円を超える場合には、その超える部分については20.42%となります。

損害賠償金
敗訴して損害賠償金を支払うこととなった場合、その支払額は、法人税法上は損金とされ消費税法上は不課税となります。なお、使用者賠償責任保険に加入していたことにより保険金を受領した場合、その受領した保険金は、法人税法上は益金とされ消費税法上は不課税となります。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット福岡 会長 内野 俊洋  /  本文執筆者 弁護士 山出 和幸、社会保険労務士 末松 宏、税理士 衛藤 政憲



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