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第149回 (平成26年6月号) SR山形会

「なぜ、彼が課長に…」
正当な評価か?それとも均等法違反か?

SRネット山形(会長:上原 豊充)

E協同組合への相談

U社は創業当初からE協同組合に加入し、その後も経営に関する支援を受けています。
「困った…困った…」U社の社長が暗い表情で組合事務局を訪ねてきました。
話を聞きいてみると、入社10年目の女性係長が反乱を起こしているということです。
その女性係長が、先月の昇給・昇格において、同期の男性社員が課長に昇格したことが納得できず、女性社員を集めて会合などを開催し、会社の人事に対する不満をまとめ、処遇改善の交渉をしてきたとのことでした。
その女性係長の言い分は「従来から男性社員のみを昇格対象としていること、その結果、現在のU社の幹部は男性ばかりであること、また、今回昇格した男性社員は明らかに自分より能力がないと言い切れる、社長は女性を昇格させることを考えていない」というものでした。
U社の社長は「彼女の言い分もわかるのだが、女性は結婚・出産があるし、課長以上の要職に就けるのには何だか抵抗感があってね…」と正直に話しました。事務局職員は「今はそのような時代ではないですよ、男女同権、これからは女性をどのように活用するのか、が企業のテーマではないでしょうか」と応えましたが、「実は、その係長が女性社員5名の評価を自ら行い、男性幹部職との比較や、過去昇格していたら給与の差額がこれくらいになる、というような資料も用意しているのだよ、今後のことは良いとしても、これにどう対応するのか、素直に認めるわけにもいかないしな…」
過去の債務となると大変です。これは一大事、と思った組合事務局は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業U社の概要

創業
2001年

社員数
正規 12名 非正規 3名

業種
各種商品輸入販売業

経営者像

U社の社長は59才、海外2拠点に住居を有し、自ら海外を飛び回り品物を仕入れ、国内の販売は社員に任せています。社員と接する機会の少ない社長ですが、“人を見抜く眼力”には自信をもっています。そのためか、U社の社員は定着が良く、それなりに適材適所となっているようです。


トラブル発生の背景

U社社長の固定観念が、女性係長の不満を爆発させてしまいました。
しかし、女性の積極的な登用を行っていなかったことは事実ですが、創業以来、女性社員でも係長までは昇格させています。
U社のように小規模ですと、昇格基準があるわけではなく、“社長の眼力”のみが根拠となります。果たして、女性係長を納得させるような方法があるのでしょうか。
また、結束した女性社員への対応も必要です。現状、社長への信頼がなくなりつつあること、これからどう立て直すのかなど、U社の人事制度が問われています。
一方、女性社員の言い分を聞くことになると、男性社員からクレームが発生するかもしれません。全体的な人事制度の見直しが急務です。

ポイント

役職の定義、職責、職務分掌から明確にすべきところですが、小規模組織の場合には、線引きが難しいところがあります。勤続の長い社員ほど、社内のあらゆることを熟知していること、人が足りない時は、他の職務も行う必要があること、社長から直接の指示があることなど、が職務分掌を区分しにくい原因かもしれません。
大きな問題としては、「過去に昇格していた場合の差額」ですが、それらを踏まえて、U社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)

労働関係における男女平等については、まず賃金に関して労働基準法4条が「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない」と定めており、さらに雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(雇用機会均等法)5条・6条では労働者の募集、採用、配置、昇進、降格、教育訓練、福利厚生、職種・雇用形態の変更、退職勧奨、定年、解雇、雇止めについて、性別による差別的取扱いの禁止が定められています。そして、厚生労働大臣が「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」を定めており(平18・10・11厚労告614号)、この指針にはかなり詳細な例示がなされています。

本件は、雇用機会均等法6条1号に規定された労働者の昇進についての性別による差別的取扱いの問題です。前述の指針は、昇進について、?一定の役職への昇進に当たって、その対象から男女のいずれかを排除すること、?一定の役職への昇進に当たっての条件を男女で異なるものとすること、?一定の役職への昇進に当たって、能力及び資質の有無等を判断する場合に、その方法や基準について男女で異なる取扱いをすること、?一定の役職への昇進に当たり男女のいずれかを優先することの4つを例示して、いずれも法6条1号により禁止されるとしています。

U社の社長は「女性は結婚・出産があるし、課長以上の要職に就けるのにはなんだか抵抗があってね…」と話していますが、これは女性労働者については一定の役職までしか昇進できないこととする発想であり、昇進に関する指針?に明らかに違反します。

では、昇進に関して差別的取扱いを受けた労働者は、会社に対してどのような請求ができるのでしょうか。

昇進した場合としなかった場合とでは、当然、賃金額に差が生じますから、労働者は、しかるべき時期に昇進したと仮定した場合の賃金と現実に支払われた賃金との差額の支払を請求することができます(社会保険診療報酬支払基金事件、東京地判平2・7・4)。

また、賃金額の差は退職金額にも影響しますから、退職金の差額も請求できます。さらに、昇進差別により被った精神的苦痛に対する慰謝料、訴訟提起に至った場合の弁護士費用も請求できるとされています(芝信用金庫事件、東京高判平12・12・22)。

ここまで請求が拡大するとなると、会社側としてもたいへんです。実際には、当該労働者をいつ昇進させるのが相当であったのかの立証が容易ではないと思われますので、今後の昇進制度の見直しと引き換えに、過去に昇進していた場合の賃金差額等については請求しないという形での合意を目指すのがU社にとっては賢明でしょう。

なお、昇進差別が問題となった訴訟では、労働者側から、昇進に対応した職位にあることの確認請求もなされることがあります。従来は、これを認めない考え方が主流でしたが、前述の芝信用金庫事件控訴審判決は、この地位確認請求を認容しています。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:池田 順一)

法律的には、弁護士の説明の通り労働基準法及び男女機会均等法に違反しています。仮に訴訟となった場合は、賃金差額の支払義務等が発生してしまいますし、会社の存続にもかかわる大変な問題です。

本件と同様のトラブルは、残念ながら小規模企業においてはよくあることのようです。

U社は、正規社員12名、非正規社員3名の合計15名の人員構成で、創業から13年間各種商品輸入販売業を営み、社長が海外で商品を仕入れ、国内販売は社員が行う方法で、現在まではさほど大きな問題が発生しないまま順調に推移してきたようですが、今回のトラブルの当事者が入社10年目の女性社員ということは、かなり以前から内在していた問題が同期の男性社員の課長への昇格を契機に顕在化しましたので、トラブル発生原因の根が深いことが推測できます。

そもそも係長、課長などの「役職」とは何でしょうか。一般に「役職」とは役目や職務(任務や仕事)のことといわれ、責任と特定の意思決定権限を伴うとされますが、実際にはすっかり形骸化し、責任と意思決定権限を持たない名ばかりのものもあります。また、単に社内外に向けての身分(組織上のポジション・営業対策)を示すことも往々にしてあります。

U社の社長だけでなく、小規模企業の社長は、良しにつけ悪しきにつけ、すべて自分の判断で物事を決定する傾向にあり、今回の昇格についても、課長以上は男性社員のみとする人事を行ってしまいました。つまりは、昇格についての基準、給与を含めた全体的な人事制度がないということですので、早急に自社に合った制度を構築する必要があります。

人事制度の根幹を成す人事評価制度とは、会社が期待する資格要件、職務内容などの基準について、あらかじめ従業員との間で合意しておき、その基準を達成、実現するために頑張ってもらう仕組みであり、従業員に対し○×を付けるためのものではありません。

人事評価制度を構築するときの手順は、?何のために必要なのか、の目的を明確にする。?人事のベースになる「等級制度」を決定する。?報酬制度をリンクさせる。?給与改定のための評価制度をつくる。?利益分配のための賞与制度をつくる。?最適配置のための昇格・降格基準をつくる。?新制度への移行計画をつくる、などが考えらます。

作成目的の次に重要な「等級制度」とは、従業員をその能力・職務・役割などによって区分・序列化し、業務を遂行する際の権限や責任、更には処遇などの根拠となる制度をいいます。序列化する基軸には、大きく「能力」「職務」「役割」の軸が存在し、?従業員が持つ能力に応じて等級を定める「職能資格制度」?職務(仕事)の一つひとつの内容や難易度を明確にし、それぞれに対応する給与テーブルを用意する「職務等級制度」??と同様に職務(仕事)を基軸とした等級制度ですが、その果たすべき役割を定義しその達成度により処遇を行う「役割等級制度」?その他のものがあり、自社にあった等級制度を選択する必要があります。

女性係長が5名いる女性社員の評価を自ら行い、男性幹部社員と比較した資料があるとのことですが、どのような評価方法を使用しているか不明ですし、単純に課長職、または課長職同等のポストを準備すればよいとも思われません。

単に現在の不満を解消するため、あるいは満足度を上げるために人事評価制度を作成するのではなく、中・長期的な目的を視野に入れてつくるべきです。社長が会社の目標、個人の目標について社員と話し合う機会を持つことはもちろんのこと、常日頃からコミュニケーションを密にし、評価基準を公正かつ適正に運用し正当な評価をしていけば自ずと信頼回復が図られると思います。これらの一連の活動に問題の女性社員も参加させ、次回の昇給・昇格に向けた基準づくりを行ってみてはいかがでしょうか。

少子・高齢化の時代にあって、女性の積極的な活用は、会社にとって最重要課題であることを社長が再認識され、全従業員と共に「どうすれば会社が発展するのか」を考え、そのための新人制度構築にすぐに取り掛かるようにしましょう。

税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)

U社の社長は、海外に二つの拠点を持って居住しているということですが、その住まいにかかる費用について検討してみたいと思います。

ところで、U社長は、所得税法でいうところの「居住者」でしょうか?「居住者」であるか「非居住者」であるかによって、税務の取り扱いは大きく変わります。所得税法上、「居住者」とは、日本国内に「住所」を有し、または、現在まで引き続き一年以上「居所」を有する個人をいい、「居住者」以外の個人を「非居住者」と規定しています。また、「住所」は、「個人の生活の本拠」をいい、「生活の本拠」かどうかは「客観的事実によって判定する」ことになります。つまり、その人の生活の中心が何処なのかによって判定される、ということになります。

U社の社長の場合はどうでしょうか?詳細は不明ですが、ここでは国内に「住所」を有する「居住者」であるという前提でご説明します。

さて、海外拠点の住まいにかかる費用については、一時的に滞在するホテル等の利用の場合と一定期間、あるいは不定期に繰り返し利用される借り上げ社宅的な家屋等の利用の場合では、税務上の取扱いが変わってきます。

つまり、これらによる経済的利益が「現物給与」として、課税の対象となるか、あるいは非課税所得か、ということが問題になってくるわけです。

所得税法では、「収入金額」については、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額または総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物または権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物または権利その他経済的な利益の価額)とする。」との規定があり、経済的利益等に関しても原則課税(現物給与等)されるということになります。

一方で、所得税法では「非課税所得」の規定が第九条にあり、限定列挙されています。そのなかに「給与所得を有する者が勤務する場所を離れてその職務を遂行するため旅行をした(途中省略)場合に、その旅行に必要な支出に充てるため支給される金品で、その旅行について通常必要と認められるもの」という規定があります。

一時的なホテル等での滞在はこれに当てはまることになり、結果として、非課税となるわけです。ただし「通常必要と認められるもの」との記載があるので、ケタ外れの豪華宿泊等は当然認められないケースも有りうるでしょうが、一般的なケースの場合には課税されることはないと考えてよいでしょう。また、「職務を遂行するため」という前提がありますので、職務と無関係な観光をした場合などについても注意が必要です。通常はこちらのケースで課税当局と見解の相違がみられる場合が多いように思われますので、適正な按分基準等を設けて課税・非課税の区分をするか、個人負担分を計算しておくべきでしょう。

一方、借り上げ社宅的な場合はどうでしょうか。前記のような「旅行」の範囲で考えることは適当ではないように思えます。同じく第九条には、次のような記載もあります。「給与所得を有する者がその使用者から受け取る金銭以外の物(経済的利益を含む。)でその職務の性格上欠くことのできないものとして政令で定めるもの。」さらにこれを受けた政令・通達では、職務の遂行上やむを得ない必要に基づき貸与を受ける家屋等が例示されているのですが、通達では、早朝深夜勤務のホテルマン等の住み込みの部屋、季節的労働者に提供した部屋、鉱山の掘採場等の部屋や工場寄宿舎等で事業所等の構内に設置されている部屋などが掲げられています。これらをU社の社長のケースに結びつけることは難しいように思えます。

このようなことから、U社の社長の場合は、給与所得として課税対象になると思われます。海外社宅に係る経済的利益の算定方法については、残念ながらその詳細は、所得税法の基本通達等には記載されていません。私見ではありますが、役員に貸与した借り上げ社宅等である場合に、実際に役員から徴収した賃貸料と会社が所有者に支払う賃貸料の二分の一との差額が給与等として課税されるという考え方がひとつの基準になると思われますので、参考にしてください。

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SRネット山形 会長 上原 豊充  /  本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 池田 順一、税理士 木口 隆



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