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第146回 (平成26年3月号) SR愛知会

仕事ができ過ぎる社員登場!!
他の社員たちの反発をどうするのか?

SRネット愛知(会長:田中 洋)

S協同組合への相談

X社の社長は、創業と共にS協同組合に加入し、現在も事業活動のサポートを受けています。業績拡大を目指すX社では、組合事務局の協力を得ながら求人活動を行い、その結果3人の営業担当社員が入社することになりました。採用面接時からその中の一人である25歳のA社員が光っていましたが、期待通りメキメキと頭角を現し、新規顧客獲得、既存営業先での受注獲得、入社6ヶ月後にはいずれの数値も社内でダントツとなりました。

A社員は、人当たりがよく、話術も長けており、また、接待にも嫌がることなく積極的に参加するタイプです。一方、古株の営業社員たちはルートセールスがほとんどで、成績も“どんぐりの背比べ状態”まるで頑張りすぎないことを皆で示し合っているようなところがあります。A社員は、社長が一番に重宝していることもあって、他の社員から浮いたような存在になりつつありました。次第に、社内でA社員に話しかける者が少なくなり、大事な書類を隠されたり、飲み会のメンバーからはずしたりするようなイジメが横行するようになりました。

A社員から相談を受けた社長は、「そんなこと気にするな、できる社員が一番だよ、わが社は君でもっているようなものだ!」と一笑に付しました。しかし、翌日にA社員が欠勤したことから、社長はその重大性に気づきました。

組合事務局を訪れたX社社長は「A君をとるか、他の13名の営業社員をとるか…二者択一なのかなぁ…」と元気がありません。「出る杭は打たれる、ではなく、出る杭は伸ばす、が働きやすい環境ではないのでしょうか?」と事務局担当者が慰めましたが、事は深刻かもしれません。早急な対策が必要だと考えた組合事務局は、連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業X社の概要

創業
1980年

社員数
正規 18名 非正規 5名

業種
建設資材・電材販売業

経営者像

中小建設会社を得意先とするX社の社長は68歳、店舗は小振りながらも受注販売が功を奏し、比較的経営が安定しています。来年には、支店を設立し、さらに営業範囲の拡大を目論んでいるX社社長ですが、営業社員の“ことなかれ主義”の問題があり、その対策に頭を痛めています。


トラブル発生の背景

突出した能力を有する社員が入社したことで、社内の和が乱れました。また、社長がA社員に傾倒していくことも、他の社員からすればおもしろくなかったのかもしれません。
「なすがまま」の状態で社長が放置した結果、他の社員がA君をイジメ?て、A社員はノイローゼ気味になったようです。
仕事ができる社員には、ついつい「任せてしまう」ことが多いと思いますが、まずは、全体的な営業計画や営業社員全員の意思統一をあらかじめ図る必要がありました。
A社員と同時に入社した2名の新入社員は、A君だけに就職支度金が支払われたことに腹を立て、あっという間に退社しています。

ポイント

「苦しいときの神頼み」はわかりますが、経営者たる者全社的なバランスを保つ方策を検討し、新入社員が入社する前に体制を整えておくべきでした。
A社員が職場復帰する前提としては、他の社員達とよく話し合う必要がありそうですが、どのように話を進め、まとめることがベストなのでしょうか。
X社が検討すべき今後の改善案も含めて、X社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:橋本 修三)

社内でいじめが起きた場合、いじめた社員本人が民事上、および刑事上の責任を問われることや懲戒処分を受けることは当然のことと思われますが、会社自身も民事上の責任を問われることがあります。本件で考えておかなければならないのは、職場環境配慮義務違反としての債務不履行責任(民法415条)です。

職場環境配慮義務
使用者は、労働者に対して、物的に良好な作業環境を形成するとともに、精神的にも良好な状態で就業できるよう職場環境を保持する義務(職場環境保持義務)を負っています。この義務は、判例によって認められるようになったもので(福岡地裁平成4年4月16日判決)、最近では、職場環境が侵害される事件が発生した場合、会社としては誠実かつ適切な事後措置をとり、その事案の事実関係を迅速かつ正確に調査すること、および事案に誠実かつ適切に対処する義務があるともされています(仙台地裁平成13年3月26日判決)。

したがって、使用者は、暴言や暴行などによって労働者の就労を妨げるような障害発生の可能性を除去し、これらの非違行為が発生した場合には、直ちに是正措置を講ずるべき義務を負っており、これを漫然と放置した場合には、職場環境配慮義務違反として、債務不履行責任(民法415条)を負うことになるといえます。

本件では、A社員は、他の社員からのいじめによってノイローゼ気味となってしまい、社長に相談するも重く受け止めてもらえなかったことから、会社を欠勤するに至っています。このような事例では、A社員からX社に対して、上記の民事上の責任追及がなされる可能性は十分にあります。

では、X社としてはどのように対応するべきでしょうか。X社は、社員に対して職場環境配慮義務を負っておりますから、いじめがあった場合には、X社は、誠実かつ適切な事後措置をとる必要があります。

具体的には、まず、事実調査として、いじめの有無、内容等を調査する必要があります。いじめの実態を把握することで、その後の被害の拡大防止や被害の回復を図ることができます。また、調査の結果、「いじめはない」、「いじめと損害との間に因果関係はない」、「いじめは業務の執行についてなされたものではない」、「職場環境に問題はない」など、X社の損害賠償責任を否定する事実を明らかにすることにもつながりますので、漫然と放置することは得策ではありません。そして、いじめの事実が判明した場合には、A社員の意向も踏まえ、加害者の懲戒処分や加害者による謝罪、当事者間の関係改善に向けた必要な援助や配転などの職場環境の改善に向けた措置を講じるべきです。

以上のような事後措置により、A社員に対する被害の拡大を防止し、その被害回復を援助することによって、A社員のX社に対する訴訟のリスクを軽減させるとともに、事実調査によって、訴訟を想定した事実関係の把握をしておくことが適切な対応であると思われます。

本件では、職場内におけるいじめが問題となりましたが、いじめの他にもセクシャルハラスメントやパワーハラスメントなどが問題となるケースも増えています。いずれの問題も、職場環境が整っていない会社ほど問題は生じやすいといえます。そのため、職場環境を良いものとすることが、会社の責任追及を回避するための事前予防となるとともに、社員の仕事の能率を上げることにもつながります。

X社のようにならないためには、日頃から労働者の働きやすい環境をつくるための取り組みをすること、社員間の問題が生じた場合の事後的な対策を具体的に検討しておくことが大切でしょう。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:田中 洋)

本件には、3つの問題があるように見受けられます。1つ目は、A社員から相談を受けた時の社長の対応です。いじめを受け精神的に辛かったA社員は、最後の望みを掛けて社長に相談したと思います。A社員は社長が真摯に取り合ってくれなかったことに失望し、成す術もなく欠勤してしまったのではないでしょうか。

2つ目は、古株の営業社員の間で、営業成績を上げることがまるで悪いかのような雰囲気ができてしまっていることです。もしかすると、A社員だけではなく、古株の営業社員の中にも、優秀であるにもかかわらず営業成績を上げていない者がいることも考えられます。これでは会社の成長は期待できないでしょう。社員の給料やボーナスを上げることもできず、また、業界内での熾烈な競争にも勝てない等、労使双方にも良いことはありません。

3つ目は社長の不公平ともとれてしまうような社員への接し方です。A社員と同期入社の2名が就職支度金の件で退社してしまったように、古株の営業社員にも不公平な取り扱いがされていると思いこみ、その矛先をA社員に向けてしまったとも考えられます。

解決を図るためには、まずは会社が主体的に動いていくことが大切でしょう。

A社員がいうようないじめがあるかどうか実態把握に向け、当事者のヒアリングが必要です。

初めに被害者のA社員にヒアリングを行います。A社員の話を、無理に聞き出したり咎めたりせず、話すがままに傾聴することが大切です。プライバシーに配慮して個室でヒアリングを行い、A社員の同意なしに外部に開示しないことを約束し、その内容を記録します。この時にいじめの内容のほか、A社員の心身の状況把握を行い、かなり不安定になっている場合は、医療機関の受診を勧めてみるのもいいのではないでしょうか。直接、会社の安全配慮義務違反が問われた判例ではありませんが、会社の積極的な社員の健康管理への関与を求めた判例があります。(平24.4.27最高裁判決 日本ヒューレッド・パッカード事件)

次に加害者と思われる者へのヒアリングに移ります。A社員のヒアリングで名前が挙がった社員を中心に行いますが、加害者と決めつけず、客観的な事実の把握を心がけるように注意します。ヒアリングに際し、会社として対応する責務があること、プライバシーには十分配慮することを説明します。A社員の名前を出す場合は、必ずA社員の了解を取ります。A社員への報復、直接A社員と話し合うことを禁止します。いじめのない職場を作ることは会社の責務であり、会社が責任を持って解決することを明確に伝えます。

そして、A社員と加害者と思われる者の間で主張が一致しない場合には、第三者へのヒアリングを行います。ヒアリングの目的、プライバシーは厳守すること、不利益は一切生じないことを説明し、第三者の同意を得てからヒアリングを行います。ヒアリングの内容は記録し、その内容を外部に漏らさないことは業務命令であることを説明します。

ヒアリングが終われば、その内容を精査し、公正かつ迅速に事実認定をおこないます。必要な場合は公的機関・弁護士・社会保険労務士に意見を求めましょう。事実認定の結果を当事者双方に丁寧に説明し、不服があれば再調査を行うなどの対応が必要になるでしょう。いじめがないと判断しても、A社員が相談してきた原因が必ずありますので、その背景を分析し職場環境の改善につなげることが大切です。

認定した事実を基に解決案を提示します。加害者の処分だけではなく、会社が被害者を救済する策を提示することが大切です。加害者への処分としては、注意、始末書提出、減給、降格などがありますが、就業規則等の根拠が必要になりますので、就業規則の見直しも必要です。

仕事ができることが評価されることは当たり前のことです。しかし、評価は公正で透明性のある評価基準に基づくべきです。本件は社長がA社員を特別扱いするなどしたため、古株の社員や新入社員が不公平感を抱き、嫉妬心を抱いたり疑心暗鬼になるなど感情が悪化してしまったことがA社員に対するいじめとなって表面化したと考えられます。

また、いじめを含む各種のハラスメント行為には会社として毅然と対応し、しかるべき処分を行うという姿勢を社長自らが社員に示すことが防止策になるのではないでしょうか。

以上のことから、公正で透明な評価基準を賃金規定で定め、ハラスメント行為があった時の処分の根拠にできるよう就業規則を改定し、ハラスメント被害者の相談窓口の整備を行うことをお勧めします。

※参考情報 厚生労働省のポータルサイト「あかるい職場応援団」で「職場のパワーハラスメント対策ハンドブック」のダウンロードが可能となっております。ご活用ください。

税理士からのアドバイス(執筆:川崎 隆也)

本件で、新たに変化が起きたことは、企業活性化のために歓迎されることと思います。他方、社長が、新たにスタッフを採用するに際し、一部のメンバーに気が行く余り、全体との調和を顧みなかったことは、全体を統括する経営者として問題があったと思われます。新しい制度を導入するのであるならば、既存のスタッフとのバランスを考え、すべてのメンバーを対象とした施策を打つべきだったのではないでしょうか。今回、社員採用時によく話題に上がる優遇制度として、就職支度金や社宅制度についてコメントさせていただこうと思います。

就職の際、自社を優位に取り扱ってもらえるよう支度金を用意することがあります。一般的な支度金については、その支出が採用日の前である場合、いわゆる引抜料として雑所得扱いとなります。事業所は、源泉徴収をし、ご本人は確定申告となります。その際、就職に伴う移転費用として、通常必要と認められる旅費(実費弁償)を支給する場合がありますが、当該交通費は、所得税の対象とならない旅費(非課税)になります。よって、両方の支給を検討している場合は、区分して支給することが大切です。また、これらの支払いは、事業所における消費税の計算上、課税仕入れとなります。採用後に、社員としての身分に基づき支給する支度金は、給与所得に該当します。

続いて、社宅についてですが、職務の遂行上、やむを得なく指定場所に居続けなければならないため提供される住居等は、非課税(所得税)となります。このことは、船舶乗務員の船室や、常時交代制により常時早朝・深夜に出退勤する使用人の作業従事のために提供される部屋、看護士、守衛等、職務遂行上勤務場所を離れて居住することが困難な使用人に対して提供される住居を指します。よって、一般的に、使用人が通常居住するための住居等について、会社がその賃料を支払った場合は、その者に対する給与となります。

他方、会社が有する住居において、自社の使用人を居住させる場合、一定額の賃貸料を徴収している限りにおいては、所得税は課税されません。社員のケースでの判断のポイントは、所得税基本通達36-45において示される「通常の賃貸料」の50%相当額以上を徴収しているかどうかです。ただ、その計算においては、当該物件の固定資産税の課税標準額の情報が必要となります。自社所有物件でなく、賃貸物件を社員に貸与しているような場合においては、情報不足から先の計算ができないこともあって、実務上、賃貸物件の賃料の50%以上を徴収することで代用していたりします。

同じようなことで、既存社員に対し、社宅がない勤務地に転居が伴う配属をし、居住にかかる負担を会社がすることがあります。通常の転居旅費に加え、社員が契約する居住に係る実費相当額(権利金、仲介料、敷金)すべてを会社が負担する場合などは、あくまで社員の負担すべき金額の補填となるので、給与所得として課税されます。

水道光熱費については、寄宿舎等での、居住者が負担すべき料金が、各人毎に明らかではなく、その額が通常必要である範囲においては課税されなくとも差支えないとされます。他方、一般的住居においては、上記前提を満たさないため、所得税の対象とされています。

人に着目するに、エース級の処遇を検討することは大切です。しかし、社長の責務は、現在ある経営資源(ヒト、モノ、カネ)を有効につかい、最大限の成果を得ることです。よって、場当たり的な対策を打つのではなく、常に全体でのバランスを考え、将来にむけ、相乗効果がえられる職場環境を創造していかなければならないと考えます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット愛知 会長 田中 洋  /  本文執筆者 弁護士 橋本 修三、社会保険労務士 田中 洋、税理士 川崎 隆也



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