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第144回 (平成26年1月号) SR大阪会

「残業代がでないから、アルバイトにつけかえていました…
二人で合意していますから

SRネット大阪(会長:木村 統一)

P協同組合への相談

P協同組合に加入しているB社は、創業以来事業活動のサポートを受けてきました。あるとき、このB社のスタンドで長時間労働が目立つアルバイトの存在が問題になりました。フリーターのA君は、毎月の労働時間が260時間前後と、他のアルバイトに比べて突出しています。確かに各スタンドの人手は少ないのですが、その分マネージャーやサブマネージャーがカバーしているのが実情です。

そして、このA君が実際にはそんなに働いていないことが密告されるという事件が発生しました。驚いたB社の社長が調査すると、そのスタンドのサブマネージャーとA君が共謀し、A君の勤務時間の一部をサブマネージャーが代わりに勤務していたことがわかりました。サブマネージャーを問いただすと「自分がいくら働いていても、残業手当が支払われるわけでもないし、下手するとA君の給与の方が高いときがある、会社は何もしてくれない…」と、A君の勤務表に自分の勤務時間を加算して、A君に給与が支払われた後、加算した時間に対する賃金の8割をA君から受け取っているとのことでした。

「お前、それは犯罪だろ!」とB社社長が怒鳴りつけると、「社長も残業手当を支払わない犯罪者ですよ!」サブマネージャーは開き直りました。「二度このようなことはするな、賃金のことは考える」というのがB社社長の精一杯の抵抗でした。

組合事務局を訪れたB社社長は、「サブマネージャーまで管理職にするのは無理があったか…」と落ち込んでいますが、それ以上にサブマネージャーの行為は、あってはならないはずです。サブマネージャーへの処分を含めた総合的な対策が必要だと考えた組合事務局は、連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業B社の概要

創業
1980年

社員数
正規 10名 非正規 43名

業種
石油製品小売業

経営者像

3つのガソリンスタンドを経営するB社の社長は59歳。先代から事業を引き継いで20年になります。かつては10か所あったスタンドが徐々に減少し、利益率も低下傾向のB社は、正社員を補充せず、アルバイト中心の経営に転換していました。現場の労務管理はマネージャーに任せ、自らは数字と格闘する毎日が続いています。


トラブル発生の背景

これまで通り、という放任の労務管理が招いた事件ともいえます。また、小規模店舗にありがちな管理監督者の問題もあります。 サブマネージャーの懲罰、他のスタンドに与える影響など、会社の事情、社員の不満などをあわせて解決しなければならない大きな問題といえます。
B社社長の初期対応のまずさが、サブマネージャーを増長させ、このことが他の社員達にも知れ渡っているような気配です。

ポイント

本件のサブマネージャーの行為に関する法的な見解を明確にしつつ、現場の問題として、勤務表の確認、マネージャー・サブマネージャーの職務分掌と職責、アルバイトの労務管理を含めた総合的な対策が急務です。
B社が検討すべき今後の改善案も含めて、B社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:吉田 肇)

本件では、以下の点が問題となります。

?サブマネージャーがアルバイトのA君と共謀して残業代を受け取ったことは、詐欺による共同不法行為(民法719条)に当たり、連帯して損害賠償責任を負うか。

?サブマネージャーらが損害賠償責任を負うとしても、サブマネージャーは本来管理監督者(労基法41条2号)には当たらないので時間外割増賃金請求権を有しており、当該割増賃金請求権と損害賠償債務を対当額で相殺(民法505条)することができるか。あるいは逆にB社は損害賠償請求権と割増賃金債務を対当額で相殺することができるか。

?サブマネージャーに対し、懲戒処分を行うことはできるか。

以上の他にも、?サブマネージャーは管理監督者に当たるか、?サブマネージャーとA君の間の法律関係はどのようになるのか等が問題となり得ますが、?の管理監督者の要件は社会保険労務士が後ほど詳しく解説しますので、ここでは本件サブマネージャーの権限、賃金額等から管理監督者には当たらないという前提で説明をします。

まず、?について、サブマネージャーがA君と共謀して、真実はサブマネージャーが残業をしたにもかかわらずA君が残業したかのごとく欺いて残業代を申請させ、その旨誤信をしたB社から残業代を支払わせたことは、詐欺による共同不法行為に当たります。これは、たとえB社に残業代支払義務があったとしても同じです。

サブマネージャーとA君の責任は、不真正連帯債務といわれ、両者が不正に取得した残業代相当の全額の損害賠償責任を負うことになります。?に関連しますが、仮にサブマネージャーに残業代全額を支払った場合には、A君にその責任の程度に応じた求償権を取得することになりますが、本件では現実にA君が受領した2割相当額が妥当でしょう。

次に?の問題です、サブマネージャーが自己の残業代支払請求権と不法行為による損害賠償債務(全額)を相殺することは民法509条で禁止されておりできません。不法行為者による損害賠償債務を受働債権とする相殺を認めると不法行為を助長しかねないからです。他方、B社も賃金の全額払の原則(労基法24条)により賃金支払請求権を受働債権として相殺することは禁止されているので、不法行為による損害賠償請求権をもって残業代支払債務と相殺することはできません(労働者が背任の不法行為をした事例について日本勧業経済会事件最高裁昭和36年5月31日判決)。

したがって、現実的な解決策としては、両者が話し合って、残業代債権と損害賠償債権(全額)を合意により相殺し、サブマネージャーの本来の残業代の方が多い場合にはその差額をサブマネージャーに支払って精算するのがよいでしょう。A君が受領した2割の分け前はサブマネージャーに返還をさせます。賃金債権の合意による相殺は、労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、労基法24条に違反しないとされていますから(日新製鋼事件最高裁二小平成2年11月26日判決)、本件では話し合いでお互いに納得をして合意書面を作成しておけば、後々問題となることも防げます。

最後に?の懲戒処分ですが、まず就業規則に懲戒事由、懲戒の種類に関する定めがあることが必要です。なお、規則に定めがあり、本件サブマネージャーの行為が懲戒事由に該当する場合でも、当該懲戒が労働者の行為の性質、及び態様その他の事情に照らして社会通念上相当であると認められない場合には権利を濫用したものとして懲戒は無効とされます(労働契約法第15条)。本件の場合は、そもそも背景事情としてサブマネージャーに対する残業代未払いがあったわけですから、重い懲戒処分は無効とされるでしょう。仮に懲戒するとしても、けん責ないし戒告程度にとどめるか、懲戒とはせず、人事権行使としての厳重注意にとどめるかいずれかにすべきと考えます。 

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:近藤 洋一)

本件は、会社が現場の労務管理をマネージャー等に任せっきりにしていると必ず発生するといっても過言ではないできごとであり、使用者と従業員の信頼関係が消滅する出来事です。B社社長は、「サブマネージャーまで管理職にするのは無理があったか…」と発言されているようですが、はたしてそれだけの問題なのでしょうか?

そもそもB社社長は、「管理職」イコール労働時間、休憩、休日の適用除外労働者(労基法第41条第2号該当者)であると認識しているようです。すなわち、「管理職だから残業手当は必要ない。」という認識で労務管理を行っていたように思われます。労基法第41条2号は、たとえ企業内で管理職とされていても、同法が定める「監督若しくは管理の地位にある者」の範囲に関する厚労省の通達は、極めて厳格なものになっています。

労基法施行(昭22.9.1)直後に出された通達(昭22.9.13発基17号)の中で、労基法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」の範囲について、「一般的には、部長、工場長等労働条件の決定、その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきもの」として、具体的判断基準は、職務内容、責任と権限、勤務態様に着目すること、賃金等の待遇面を挙げています。

さらに、「マクドナルド事件」(東京地裁平20年1月28日判決)(店長に対して主に上記基準への該当性を否定し、「監督若しくは管理の地位にある者」に当たらないとして、未払の時間外・休日割増賃金等の請求を認めた事件。)を受けて厚労省は、B社のような「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者について」(平20.9.9基発0909001号)という通達の中で、店舗の店長等の管理監督者性の判断に当たっての特徴的な要素について、そのことを否定する要素に関するものを示しています。

1.「職務内容、責任と権限」についての判断要素
(1)採用
店舗に所属するアルバイト・パート等の採用に関する責任と権限が実質的にない場合。

(2)解雇
店舗に所属するアルバイト・パート等の解雇に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合。

(3)人事考課
人事考課の制度がある企業において、その対象となっている部下の人事考課に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合。

(4)労働時間の管理
店舗における勤務割表の作成、または所定時間外労働の命令を行う責任と権限が実質的にない場合。

2.「勤務態様」についての判断基準
(1)遅刻、早退等に関する取扱い
遅刻、早退等により減給の制裁、人事考課での負の評価など不利益な取扱いがされる場合。

(2)労働時間に関する裁量
営業時間中は店舗に常駐しなければならない、あるいはアルバイト・パート等の人員が不足する場合に、それらの者の業務に自ら従事しなければならないなどにより長時間労働を余儀なくされている場合のように、実際には労働時間に関する裁量がほとんどないと認められる場合。

(3)部下の勤務態様との相違 
管理監督者としての職務も行うが、会社から配布されたマニュアルに従った業務に従事しているなど労働時間の規制を受ける部下と同様の勤務態様が労働時間の大半を占めている場合。

3.「賃金等の待遇」についての判断要素
(1)基本給、役職手当等の優遇措置
基本給、役職手当等の優遇措置が、実際の労働時間数を勘案した場合に、割増賃金の規定が適用除外となることを考慮すると十分でなく、当該労働者の保護に欠けるおそれがあると認められる場合。
(2)支払われた賃金の総額 1年間に支払われた賃金の総額が、勤続年数、業績、専門職種等の特別の事情がないにもかかわらず、他店舗を含めた当該企業の一般労働者の賃金総額と同程度以下である場合。

(3)時間単価 
実態として長時間労働を余儀なくされた結果、時間単価に換算した賃金額において、店舗に所属するアルバイト・パート等の賃金額に満たない場合。特に、当該時間単価に換算した賃金額が最低賃金額に満たない場合は、管理監督者性を否定する極めて重要な要素となる。

また、1.から3.までの否定要素に当たらないものがあるからといって、直ちに管理監督者として認められるわけではないとしています。

このように、「管理監督者」の範囲は厳格になっていますが、たとえ管理監督者であっても労働時間の規定が適用されないからといって、何時間働いていても構わないということではなく、健康を害するような長時間労働をさせてはなりません。

本件については、マネージャー・サブマネージャーを含めたB社の管理職の職務内容、権限及び責任を全て見直し、アルバイトを含めた従業員の労務管理を現場任せにせずに、事業経営に係る重要事項という位置づけの下に、B社社長が主導・率先して組織づくりを検討していく必要があると考えます。その上で労基法41条2号該当者か否かの問題のみならず、労働時間の適正な管理を行い、従業員が健康で安全に業務遂行できる職場環境づくりを目指していくことが一番大切なことだと思います。

税理士からのアドバイス(執筆:田中 明子)

「名ばかり管理職」の問題は、ファーストフード大手のマクドナルドの店長が会社に対して残業代支払いを求めて提訴したマクドナルド判決(東京地裁平成20年1月28日)で一躍世間に知られるようになりました。

その実態はともあれ、サブマネージャーが残業代の支払いを社長に求めることは、かなり勇気のいる行為だろうと思いますが、彼がおこなった行為は許されることではありません。サブマネージャーの行為がどのような罪になるか、また、その地位が管理職にあたるのかについては、弁護士・社会保険労務士からのアドバイスで明らかになりましたので、税理士の立場から、A君につけかえた給料は所得になるのか?なるとしたら誰のものか?について解説したいと思います。

違法行為によって得た収入は「所得」になるのか?
所得税法は個人が得た所得を、その性格によって利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得及び雑所得の10種類に分類しています。「所得」という概念は一般的には「収入金額」から「必要経費」を差し引いて算出されます。

この「収入金額」について、国は所得税法基本通達36?1において「法第36条第1項に規定する「収入金額とすべき金額」又は「総収入金額に算入すべき金額」は、その収入の原因となった行為が適法であるかどうかを問わない。」として、違法行為によって得た収入も「所得」を構成することを明確にしています。したがって、サブマネージャーがつけかえによって得た金銭は「所得」を構成するということになります。

【参考】
昭和26年の古い所得税基本通達の148には、窃盗、強盗又は横領により所得した財物については所得税を課さない、とする規定がありました。盗んだものや横領したものは、あくまで本来の持ち主の所有物であって、泥棒の所有ではない、というのがその根拠だったそうです。これは、民事法上有効に保有できない利得は所得ではないという考え方で、かつてはこれが国の公式見解だったようですが、今日では、国はこの見解を放棄し、上述の通り違法行為によって得た収入も「所得」であるという立場を取っています。

誰の所得になるのか?
A君の給与として支給されたサブマネージャーの残業代は、一体誰の所得なのかということですが、所得税法第12条には、「 資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。」(実質所得者課税の原則)と定められています。したがってこの場合、つけかえられた給料は「その収益を享受した」サブマネージャーの所得になると考えられます。

所得の種類は?
サブマネージャーがつけかえという違法行為によって得た所得は、上記で述べましたように、まず「所得」として認識されること、そしてサブマネージャーに帰属することが確認されます。それでは、10種類の所得のうち、何所得になるのでしょうか?

サブマネージャーは、A君の勤務表に自分の勤務時間を加算していたということですので、その部分の金額は自分自身の労働の対価として得た給与所得と考えられます。

仮にサブマネージャーがA君の勤務に基づく給料までつけかえていたとしたら(とんでもないことですが)給与所得ではなく雑所得に区分されます。

修正の方法
今年度分の修正は年末調整によって行います。過年度分については、2人の正しい給与収入を再計算し、A君は還付申告により払い過ぎた所得税を戻す手続きをとります。還付申告は、還付のための申告書を提出できる日から5年間の期間内に行うことができます。 

この「還付のための申告書を提出することができる日」とは、その年の翌年1月1日です。たとえばA君の場合、平成24年分の還付を受ける申告は、平成25年1月1日から5年間、すなわち平成29年12月31日までの期間内であれば、還付のための申告書を提出することができます。

一方、サブマネージャーはつけかえた収入を加算して修正申告を行い追加の所得税を納めなければなりません。この場合も5年分は遡って修正となります。自主的な修正ですので過少申告加算税は課されませんが、延滞税が発生する可能性があります。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット大阪 会長 木村 統一  /  本文執筆者 弁護士 吉田 肇、社会保険労務士 近藤 洋一、税理士 田中 明子



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