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第142回 (平成25年11月号) SR鹿児島会

事業譲渡時に所属部門の社員を解雇!
「譲渡先が雇ってくれるかもよ…」

SRネット鹿児島(会長:横山 誠二)

N協同組合への相談

経営というものをほとんど理解していなかったE社の社長は、親の口利きで創業前からN協同組合からの指導を受け、以降事業活動のサポートを受けてきました。

ある日、E社の副業であるリース業から撤退することを決めた社長は、所属する2名の営業社員を呼びました。

「君たちには申し訳ないけど、このようなことになってしまった。給与は1ヶ月プラスして支払うので、来月末で退職してくれ。もっとも、土木の仕事をやるならば給与は下がるが雇用できる。また、リース業譲渡先の会社にも紹介しておいたから、よかったら面接にいきなさい…」と一方的に話をしました。いきなりの話に2人の営業社員は驚くよりも、あきれたようです。「社長ですから、何でも決めていただいて結構ですが、このような事態になるなら、もっと早く話をしていただいても…」と勤続5年目の社員が言うと、もう一人の勤続3年の社員が「もしかしたら、私が入社する頃から経営状態が悪かったのではないですか? 入社のときは随分と景気の良い話をされていましたが、これではだまし討ちのようです…、1ヶ月の給与だけで、はいわかりました、というわけにはいきませんね」と反抗してきました。「そういわれても、話はすでについている、先方が雇ってくれるようにもっと働きかけてみるよ」となだめにかかると、「それは我々の問題であって、社長が勝手に決める問題ではありません。しかも、我々の個人情報も相手に渡しているのですね…」もう一人が「だったら、現在よりも良い条件で我々を雇ってくれるように話をつけてきてください、もちろん正社員として、ですからね」とたたみかけます。何とか機嫌をとりながら、E社の社長が営業社員から解放されたのは、2時間後でした。「やれやれ、どっちが経営者なのか…ふざけたやつらだ…」落ち着いた社長は、次第に腹が立ってきて、この怒りのやり場をN協同組合に相談することにしました。

E社の社長の話を聞きながら真摯に応対する組合事務局の説明には耳を貸さず、さんざん当り散らしたE社の社長をみかねた事務局職員は、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業E社の概要

創業
2000年

社員数
正規 12名 非正規 1名

業種
土木工事・建設機械等リース業

経営者像

親の財産を元手に起業したE社の社長は39才、自分勝手で、人生を甘くみているところが玉に傷、というタイプです。創業以来、比較的順調に業績を伸ばしてきましたが、3年程前から機械等のリース売り上げが伸び悩み、ついにこの仕事から撤退することに決めました。


トラブル発生の背景

さまざまな経営事情があるとしても、もっと早い時期に社員達に情報を提供すべき事案でした。E社の社長には、会社の都合がすべてに優先する、という大きな誤解がありました。

また、社員たちの承諾を得ることなく個人情報を第三者に開示したことも問題のようです。解雇することと、転職先を紹介することは、保障のうえではまったく別の話であることを、なかなか理解しないE社の社長は、法的な根拠から学習する必要がありそうです。

ポイント

E社の社長の言動における問題点と、それに対応する本件における正しい段取りはどのようになるのか。
事業譲渡に伴いその部門に所属する社員の処遇はどうすべきなのか。関連する法規や指針が存在するのかどうか。
E社が検討すべき今後の改善策も含めて、E社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:中馬 敏之)

会社が収益や業績を回復させ、経営の立て直しを図る手段として、赤字となっている事業、または収益の上がらない事業を大会社や業績の良い会社等他の会社に譲渡する事業譲渡という方法があります。

しかし、事業には労働者が従事しているのが通常であり、労働者の雇用も含めて事業が譲渡されることもあれば、労働者の退職や解雇が選択されることもあります。

そこで、会社の事業譲渡に伴い、労働者の労働契約上の地位がどのように取り扱われるのか、本件においては、事業譲渡に伴いE社の社長が営業社員を解雇した場合、不当解雇となるのかどうが問題です。

事業譲渡について
株式会社が事業を譲渡するためには、株主総会の特別決議が必要です(会社法第467条第1項、同法第309条第2項第11号)。

この事業譲渡とは、一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部、または重要な一部を譲渡し、これにより譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部、または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡の限度に応じて法律上当然に競業避止義務を負うに至るものと判例上定義されています(最大判昭和40年9月22日)。

この判例の示す組織化され有機的一体として機能する財産には、労働者の労力も含まれるという解釈となっています。

ところで、民法第625条第1項は、「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。」と定めています。

したがって、事業譲渡により譲渡会社と労働者との雇用関係が譲受会社に承継されるには、基本的に労働者の承諾が必要となり、労働者が雇用の承継を拒否していれば、基本的に雇用の承継は否定されます(マルコ株式会社事件奈良地裁葛城支部決定平成6年10月18日、本位田建築事務所事件東京地判平成9年1月31日など)。

本件の場合、E社の社長の発言からすると、E社が行おうとしている事業譲渡に営業社員の雇用の承継は含まれていませんので、E社の事業譲渡に営業社員の承諾が必要かどうかという問題は生じないでしょう。

不当解雇について
事業譲渡に伴い、当該事業に従事していた労働者を解雇することは、いわゆる整理解雇に該当します。

整理解雇の有効、無効を判断するにあたっては、裁判例において以下の事項が判断対象として確立しています(ワキタ事件大阪地判平成12年12月1日、ナショナル・ウエストミンスター銀行事件東京地決平成12年1月21日等)。

?人員削減の必要があること(不況や経営不振などにより、経営上人員削減が必要であること)
?人員削減の手段として整理解雇を選択する必要があること(配転、出向、希望退職の募集等解雇回避の努力を行うこと)
?解雇される者の選定が妥当であること(客観的で合理的な基準を設け、これを公正に適用して行うこと)
?解雇の手続が妥当であること(整理解雇の説明を行い、誠意をもって協議すること)
本件において、上記4つの事項を検討すると、
ア E社は3年ほど前から機械等リースの売り上げが伸び悩み、E社の経営上当該事業からの撤退が必要だと判断しているのであるから、?人員削減の必要性は認められる。
イ E社の社長は、事業譲渡後に残る土木工事業のなかで営業を担当することができないかどうかを検討すべきであり、「給与1ヶ月分を支給する。」「土木の仕事をやるならば給与は下がるが雇用できる。」と告知しただけでは、?解雇回避の努力を行ったとは評価されないであろう。 
ウ 詳細は不明であるが、リース業に従事していたのが営業社員2名しかいないのであれば、?選定が妥当でないとはいえない。
エ E社の社長の営業社員2名を突然呼びつけ、「リース業から撤退すること。来月末で退職してもらうこと。」などを一方的に告知する対応では、?整理解雇について十分な説明を行い誠実に協議をしたとは到底いえないであろう。
オ ア?エにより、E社の社長が営業社員を解雇した場合、権利濫用として無効となる可能性が高い。そうすると、E社の社長が行う営業社員の解雇は不当解雇となる。

営業社員のE社に対する損害賠償請求について
解雇が不当解雇で無効となる場合、営業社員は、E社に対し、支払われなかった賃金が損害であるとして、損害賠償を請求できます。

それでは、解雇された営業社員がE社に対して慰謝料を請求できるのでしょうか。

裁判例は、労働者が解雇に伴い受ける不利益とは、生命、身体等の人格的利益に関するものではなく、専ら得られたはずの賃金、すなわち財産的利益に関するものであるから特段の事情がない限り、慰謝料請求は認められないとしています(三枝商事事件東京地判平成23年11月25日)。

したがって、特別の事情がない限り、営業社員のE社に対する慰謝料請求は認められないでしょう。

最後に、厚生労働省のホームページを見ると、「会社が事業譲渡に伴い労働者を移籍させようとするときは、対象の労働者から個別に労働契約関係の移転に関する同意を得なければならないとし(民法第635条)、事業譲渡のみを理由とする解雇や労働条件の不利益な変更はできない。」と、使用者に対して注意を促しています。

本件におけるE社の社長の対応は極めて問題ですが、E社の社長のような対応ではないにしても、事業譲渡に伴う労働契約関係の移転や事業譲渡に伴う解雇等を行う場合は、労働者の地位や利益に十分に配慮しなければなりません。  

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:横山 誠二)

本件の問題点について検証してみます。

E社の社長は、リース部門の譲渡についてほぼ1か月前にしかも唐突に担当社員2人に来月末日で退職してくれとの通告をしました。労働基準法の解雇予告の法理を用いて1か月前に言えばいいだろう、1か月給料をプラスすれば簡単に退職させられると考えていたようですが、2人の社員から反感を持たれるのは当然の成り行きです。これまで会社のために業務に邁進していた社員に対して失礼な話です。

では、社員2名が譲渡先会社に転籍する際に、どのような法的問題点を解決していく必要があるのでしょうか、以下考えていくこととします。

事業譲渡における労務管理上の留意点
まず、事業譲渡する際に根拠となる法律についてみてみましょう。民法第625条第1項には「使用者は労働者の承諾なしにその権利を第三者に譲渡することはできない」(現代文に変換)とあります。つまり今回のようにE社のリース部門を譲受会社に事業譲渡する場合は使用者が一方的にはできないのであって、社員個別の同意が必要であるということです。実際の判例においても、労働者の同意なしに手続きが進められていたことについて事業譲渡が認められなかった判例もあります。(マルマンコーポレーション事件・大阪地判平14.6.11 )

このように社員2人の個別の同意がなければ譲受会社に譲渡できないとの認識がE社の社長には欠けていました。しかも2人に対して「面接に行きなさい」などとこれからの雇用に関してまるで他人事のような態度です。当然、社員2人にとってはまさに寝耳に水の話で、さらに本件の場合は、先の雇用そのものが不透明であるのでお先真っ暗の状態です。

このように事業譲渡で労務管理上最も重要となる点は、労働者本人の合意が無ければ事業譲渡そのものが無効になることにあります。

また、E社での処遇その他の労働条件は既得権として譲受会社でも確保される必要があると思われます。一言で労働条件といっても、勤務時間、休日、給与などに関することの他、有給休暇、退職金の取扱いはどのように継承していくのかなど、事細かい協議が必要になります。有給休暇であればいつを入社日として取り扱うのか、また退職金制度がある場合、これまでの退職金と今後の退職金に関する計算方法などはどのようにするのか、全てにおいて相当な時間をかけた話し合いが必要となります。

これら全ての協議の上で、社員に時間をかけた説明が必要となるわけです。

仮に労働条件が低下すれば労基法違反のそしりも受けることになります。

反省と改善について
E社の社長の社員に対する優しさや思いやりの姿勢は全く見られません。経営者としての資質を疑われても仕方ないでしょう。辛口ですが、まずはこの点を指摘したいと思います。

前述のように最初にE社の社長がこの社員2人の受け入れについて譲受会社と事前の協議を行い、まずは雇用の確約、さらに賃金面など現状の労働条件での受け入れ等々十分に誠意を以て各種の条件を固めておくべきでした。

そこまで意を尽くしたうえで、本人たちに少なくとも3か月程度前に十分な説明をすることが必要最低限ではなかったかと思われます。

また事業譲渡の前に、この2人を退職させ移籍させるのではなく、在籍出向という手段はとれなかったのかということについても、検討の余地があったのではないでしょうか。社員2人は入社からそれぞれ5年、3年の経験があるのですから、建設機械・車輌に関してはある程度の技能、資格など持っていると思われます。  

この技術を生かすために、譲受会社との間に出向契約を締結し、E社に在籍したまま、譲受予定会社で仕事をしてもらうことができれば、賃金面など現在のE社での労働条件が確保できたのではないかと思うところです。

万が一、若干の賃金低下があっても、本人の合意が得られたかも知れないと思います。 本件は、2人の社員の合意なく、しかも雇用の確保や労働条件の権利承継に何らの配慮もなく、さらに1か月前と言う突然の話で社員からの反発を予測していなかった社長の労務管理のまずさにつきます。

経営姿勢のあり方を根本から反省すると同時に、経営は経理の指数だけでなく、社員との人間関係も重要な要素であることを教示しているものと思います。

税理士からのアドバイス(執筆:池田 剛)

営業権(のれん)の評価税法においては、事業譲渡は個々の資産の売買として捉えます。そして、法人税法においては資産の売買は時価によることとなっています。

したがって、事業譲渡に際して資産が時価で売買されているだけであれば、特段問題は生じません。しかし、会社の事業譲渡の際に、このような有形の資産ではないもの、特に営業権の評価に問題が生じる場合があります。

営業権とは、一般的には会社が長年かけて作り上げてきた社会的信用やブランドイメージ・有利な立地場所・独自の製造技術などといった同業他社を上回る収益を獲得できるような無形の経済的価値を生じさせる事実関係を指します。また、業界ごとに伝統的に継承されている営業権の算出方法が存在する場合もあります。いずれにせよ、世間相場とのバランスを考慮する必要があります。

事業譲渡の価額と課税関係については、第三者間の取引であれば、通常時価が売買価額となります。時価による売買価額は、譲渡資産(時価)と譲渡負債(時価)との差額である純資産(時価)と営業権との合計額となります。

この場合、事業を譲渡した会社は?譲渡した資産の含み益と?営業権相当額の事業譲渡益に対して課税されます。

また、事業を譲り受けた会社は、会計上及び税務上、営業権を無形固定資産として償却することとなります。

会計上では20年以内での均等償却、税務上では60ヶ月での均等償却と定められております。

一方、同族会社間の取引となりますと、?時価よりも高額の売買価額となる場合や?時価よりも低額の売買価額となる場合も出てくるかと思います。

?時価よりも高額の売買価額となる場合:
事業を譲渡した会社は高額な分について、譲り受けた会社からの受贈益として課税されます。同時に、事業を譲り受けた会社も高額な分について、譲渡した会社への寄付金として課税の対象となる場合があります。

?時価よりも低額の売買価額となる場合:
事業を譲り渡した会社は低額な分について、譲り受けた会社への寄付金として課税される場合があります。同時に、事業を譲り受けた会社も低額な分について、譲渡した会社からの受贈益として課税されます。

譲渡した償却資産の取り扱いについては、事業譲渡により取得した資産の取得価額が、その売買金額に引取運賃などの付随費用および直接費用を加算した金額となります。

また、個々の資産の売買金額が明らかでなく一括して売買金額を決めている場合は、個々の資産の時価等に応じて売買金額をそれぞれの資産に振り分けます。

取得した資産が中古資産であった場合は、減価償却の耐用年数を下記のように見積もることができます(1年未満の端数は切り捨て、2年未満の場合は2年)。
・法定耐用年数を一部経過した場合:
(法定耐用年数?経過年数)+経過年数×20%
・法定耐用年数の全部を経過した場合:
法定耐用年数×20%

最後に消費税の取り扱いについてですが、営業譲渡により譲渡した資産は、通常の資産の譲渡と同様に、資産ごとに課税資産と非課税資産(土地など)とに分類して消費税の計算をします。

また、個々の資産の売買金額が明らかでなく、一括して売買金額を決めている場合は、課税資産と非課税資産の時価等にて按分して計算をします。 営業譲渡契約書等に消費税額が別記されている場合は、それを基にそれぞれの売買金額を算定することもあります。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット鹿児島 会長 横山 誠二  /  本文執筆者 弁護士 中馬 敏之、社会保険労務士 横山 誠二、税理士 池田 剛



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