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第141回 (平成25年10月号) SR東京会

単身赴任の社員に何が起こったのか?
「服務規則には書かれていませんが…」

SRネット東京(会長:藤見 義彦)

協同組合への相談

E社は2代目となってから業態が変わり、その過程のなかでM協同組合に加入し、以降事業活動のサポートを受けてきました。

E社の恒例行事である異動の時期が近づき、いつものようにE社の社長が組合事務局で人選を行っていました。というのもE社の人事ローテーションは、M協同組合との共同発案のような形でスタートした経緯があったからです。先代社長の時代は、営業マンと顧客の結びつきが強すぎて、不正・横領などが多発しており、これを打開したときの対策が現在も継続しています。

今年の人事発令が行われて半年ほど経過した日のこと、E社の社長が血相を変えて組合事務局に駆け込んできました。「大変なことが起きた!うちのT社員が髪を金髪に染めて、腕には刺青もいれたらしい…」いろいろいと話を聞いてみると、新婚6ヶ月のT社員を単身赴任とした、若いT社員は赴任先で何かのグループに加入し、その後性格が変わったようになったそうです。支店長が金髪や刺青を注意しても、「仕事はきちんとしていますよ、何が悪いのですか?」と悪びれた様子もないとのことです。

「T社員はそう言うが、それとなく顧客からの苦情があるし、他の社員への示しもあるし、どうしたものかと…T社員は期待していたから異動対象にしたのだか…」とE社の社長は顔を曇らせています。金髪はともかく、刺青というのは、社員として不適格ではないか、と考えつつ、業務上は特に不始末を起こしていない社員に対する対応となると、昔と違い現代の解釈は異なるのではないか、と思えた組合事務局では、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業E社の概要

創業
1971年

社員数
正規 32名 非正規 4名

業種
各種精密部品販売代理店

経営者像

E社の社長は52才の二代目、国内外の特殊な機械部品を取り扱っています。国内3拠点に社員を配置し、精力的な営業活動を行いつつ、転勤や単身赴任を日常的に行い、顧客との癒着や不正行為意の防止にも神経を配っています。


トラブル発生の背景

世代交代の際に導入した制度を、その後検証もせずに継続したこと、社員個人の事情をどの程度配慮したのか、などそのあたりに問題はなかったのでしょうか? T社員に期待していたのなら、新婚のT社員に対して単身赴任を強いることになる前に、T社員の成長を期して、何か違う教育方法があったのではないでしょうか。

刺青が反社会的勢力の象徴なのか、現代ではファッションなのか、意見が分かれるところでもあります。また、社員たちの間では、E社の社屋・工場と社長の自宅が同じ敷地内にあることから、いろいろと公私混同して、身内で利益を独占している、という噂話も流れているようです。

ポイント

T社員に対してどのように対応するのか、就業規則との関連はどうか、刺青に関して一般常識の解釈はどうなのか、テレビ会議や各種モバイルツールが氾濫している現代にあって、出張・転勤・単身赴任という従来の人材活用を今後どのように考えるのか、E社が検討すべき今後の改善案について、いろいろと考え方がありそうです。

E社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:市川 和明)

顧客からの苦情や他の社員への示しを考えると、E社としては、採用後に金髪、刺青などを行ったT社員に対し、金髪や刺青を止めてもらいところです。では、E社は、業務命令として、金髪や刺青を止めるように指示することができるでしょうか。

就業規則で、身なりや服装等について具体的に定めがあり、それに違反しているということであれば、是正するように命令することができますが、そのような定めがない場合であっても、企業のイメージや品位、取引先に与える影響といった観点から、企業運営に悪影響を及ぼす場合には、企業内秩序を維持・確保するため、企業の円滑な運営上必要かつ合理的な範囲内において、相当性のある手段方法をもって、身なりや服装等について改善を命じることができる場合があります(平成9年12月25日福岡地裁小倉支部決定・労働判例732号53頁参照)。

確かに、髪型・髪の色、ピアス、刺青については、本来、個人の自由であり、会社が干渉できる問題ではないともいえます。しかし、その内容や程度によっては、他人に奇異な印象や不快感を与えたりするため(時代の流れにより変化しますが)、企業活動に悪影響がある場合には、従業員として自由が制約される場合があり得ます。特に刺青の場合は、一部のスポーツや芸術に関わる業界を除いて、他人の目に触れるような大きさや場所にある限り、一般企業や公的機関では、まだまだ受け入れられているとはいえない状況にあると思われます。

本件では、E社は、創業が1971年で、国内外の特殊な機械部品を取り扱う各種精密部品販売代理店ということであり、古くから付き合いのある取引先もありそうです。

また、T社員については顧客からの苦情があり、対外的に顧客と接触のある職務のようです。さらに、E社では他に金髪や刺青をした社員がいる訳でもないようです。E社の事業内容や業界、T社員の職務などに鑑みると、T社員が、髪の毛を金髪にし、刺青を入れることは、E社の円滑な企業運営に支障を来す可能性があります。T社員の容姿に奇異な印象や不快感を持つ顧客がいても不思議ではありません。顧客からの苦情が続いたり、T社員の業績がふるわなかったり、他の社員の士気低下を招いたりして、社内で孤立するような状態に陥るようだと、是正するように業務命令を下す必要があるでしょう。

それにもかかわらず、業務命令に従わないことが繰り返されるようであれば、懲戒処分に至ることもあり得ます。

ただし、T社員は、期待の社員ということのようですし、仕事はきちんとしており、業務上は特に不始末も起こしていないようですから、それなりの実績を残す自信があるのかも知れません。ある意味で突出した人間が会社に新しい風を吹き込むこともあり得ます。金髪にしたことについて、顧客にきちんと納得できる説明ができて、刺青については顧客の目に付かないように適切に隠していれば、企業運営への悪影響も問題視するほどではないということがあるかも知れません。

企業運営に影響しない個人の趣味趣向については、個人の自由ですから、会社の規則で規制することはできません。しかし、その趣味趣向が円滑な企業運営に悪影響を及ぼすおそれがあるのであれば規制する必要がありますが、すべての趣味趣向を想定して規則で規制することは不可能です。規則では規制しきれない個人の趣味趣向に対し、企業としては、事業運営上問題となりうる趣味趣向についての従業員への研修などを通じて、従業員側の認識を踏まえつつ、会社の問題意識を共有してもらって理解を求め、過激ないし、異常な言動に至らないよう注意喚起することが大切かと思います。

つまるところ、日頃のコミュニケーションが十分にできているかどうかということではないでしょうか。

なお、これは趣味趣向の事案ではありませんが、性同一性障害の従業員が女性の服装、容姿で就業したのに対し、女装等をしないよう命じた業務命令に違反したことなどを理由とした懲戒解雇について、社内外の違和感・嫌悪感を認めつつも、会社の性同一性障害の事情についての無理解な姿勢や、女装等での就業による企業秩序または業務遂行に著しい支障を来すとは認められないことを理由として懲戒解雇を無効とした裁判例があります(平成14年6月20日東京地裁決定・労働判例830号13頁)。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:藤見 義彦)

若いT社員が髪を金髪に染め、腕には刺青を入れるようになり、E社社長は大変にあわてています。では、どう対応すべきかを考えてみましょう。社長とすれば、「すぐに黒髪に戻し、刺青を消してこい!」と言いたいところでしょうが、T社員は「仕事はきちんとしていますよ。何が悪いのですか?」と、支店長の注意も聞き入れません。やはり、本人の納得がいく説明が必要になります。

ところで、E社では、雇い入れの際に、服装や髪形、身なりなど従業員として守るべき事項を明示していたのでしょうか。また、就業規則の服務規程の中で、従業員として遵守すべき項目に、金髪や刺青を禁止する規定があったのでしょうか。もし、記載されていない場合、“金髪や刺青がダメ”という根拠はどこにもないことになります。就業規則や労働契約の中で禁止と明示してあれば、それを根拠に注意をし、改善を求めることができます。

以前は、刺青=反社会的な行為をする人という社会通念があったようですが、現在では刺青のシールなども世間に出回わり、若い人の中には、ファッションの一部と捉えている人もいます。ただし、日本社会では、多くの人たちが刺青に対して拒絶反応を持っていることも事実です。威圧感や恐怖感を抱く人も少なくありません。

そこで問題となるのは、金髪に染めたことや刺青を入れたことによって、kかということです。現に、E社では、顧客から苦情が出ています。お客様から苦情がある場合、よほど理不尽なことをいわれていない限り、改善すべきと考えます。「仕事はきちんとしていますよ」の意味は、ルーチンワークをこなすことだけではありません。お客様の満足度を上げ、お客様から信頼されることが何より大切です。

T社員には、お客様から苦情が出ていることを伝え、今後の態度、仕事への姿勢など改善を求める必要があります。お客様から感謝され、職場の仲間との協調性があってこそ一人前の仕事をしているといえるのです。これを機会に、服務規程の中に金髪、刺青を禁止にすることをはじめ、携帯電話の持ち込み、オフィスのパソコンの私的利用を禁止するなど、会社として従業員に心得てほしい具体的な項目について、見直してはいかがでしょうか。さらに一歩進んで、会社として目指すべき社員像をきちんと示すことも大切です。あるべき社員像を明確にし、会社への求心力を高めないと何でもありの風潮になる恐れがあります。

T社員には、改善の機会を与え、身なりなど改めるよう繰り返し指導をし、理解してもらうことです。それでも改善されなければ、処分を考える必要があります。毅然とした態度で臨むことが肝要です。

今後については、雇い入れの際に、守るべき会社のルール、あるべき社員像をしっかりと説明することです。他の従業員にも、朝礼、終礼など折に触れて説明し、徹底させることです。

最後に、E社の労務管理上の問題として、T社員の人事異動が気になります。先代社長の時、顧客との癒着や不正行為が無いように転勤や単身赴任を行ってきており、それが現在も継続しています。確かに必要性はありますが、今回の異動では、人選に問題があったと感じられます。新婚6ヶ月のT社員を単身赴任にしたことは、いささか配慮に欠ける異動です。他に適任の社員を選択する道はなかったのでしょうか。T社員の身なりや性格が変わったのは、新婚間もない上単身赴任することにより、精神的に不安定になったことも考えられます。やはり、個人的事情も考慮するべきです。そして、人事異動の際に本人と面談を行い、会社が大いに期待している人事であることを説明し、納得してもらうことです。今後は、人選を慎重に行い、面談もしっかり行うことが必要です。

IT社会の現代は、テレビ会議や各種モバイルも普及している時代です。

本当にその地に赴任する必要があるのか、月に何回かの出張ですむことなのかなど、世代交代の際に導入した制度を検証すべき時期が来ているといえるでしょう。

税理士からのアドバイス(執筆:山田 稔幸)

単身赴任等の場合にしばしば問題になるのが、当初の赴任の際やその後の帰省等の場合に会社から支払われる旅費が給与所得となるのか、実費弁償なので、給与所得にはならないのかということです。この場合の旅費の取り扱いの違いについてアドバイスします。

(1)旅費の原則的取り扱い
一般に旅費とは、本来の勤務地を離れて他の場所で仕事をする場合、その本来の勤務地から他の仕事をする場所までの運賃その他の旅行に要する費用をいいます。
具体的には、交通費、運賃、日当、支度料その他の旅行雑費として会社から支給される金銭です。この支給される旅費は、社員個人の収支を考えた場合に、収入金額を構成することになります。一方、その支給を受けた社員は、その勤務または、執務を行うために旅費として経費を支出することとなります。その結果、課税対象となる所得は発生しないことになります。
しかしながら、給与所得者については、給与等の収入金額から法定の給与所得控除額を控除して給与所得の金額を計算することとされているため、支給された旅費を給与等の収入金額に算入した場合に、同額を必要経費として控除することができないこととなり、課税所得が発生してしまうことになります。
したがって、このような不合理を避ける必要があることから、給与所得者が使用者から支給される旅費については、その旅行に必要な費用に充てられる部分の金額については、所得税は非課税とされることになります。

(2)非課税となる、旅費の内容
給与所得者が勤務する場所を離れてその勤務を遂行するために次の???の旅行をした場合に、その旅行に必要な支出に充てるため支給される金品で、その旅行の目的、目的地、行路若しくは期間の長短、宿泊の要否、旅行者の職務内容及び地位等からその旅行について通常必要であると認められるものは、所得税は非課税とされています。(所法9?四)
?勤務する場所を離れて職務を遂行するための旅費
?転任に伴う転居のための旅費
?就職または退職に伴う転居のための旅費
?死亡による退職をした者の遺族の転居のための旅費

(3)具体的な例
?家族移転助成費等の取り扱い
遠方への転任となった場合に、転任時から一定の期間以内に家族を転任先に呼び寄せる場合に支給される家族移転助成費等は、家族の移転と給与所得者本人の転任との間に相当な因果関係があると認められますので、非課税とされる旅費として取り扱われます。なお、使用人だけでなく役員も、支給規定等に基づいて使用人と同様の基準で支給されるのであれば、所得税は非課税となります。

?転任等に当たって支給される特別赴任料等の取り扱い
転任等により新任地に住宅がないためやむを得ず一時、扶養親族を旧任地に残したまま別居し、単身赴任等する場合に支給される特別赴任料、着後滞在費等の名目の金品については、それが旅費規程等に基づいて支給されるものであっても、一種の別居手当と認められるものであるため給与等として課税されることになります。

?単身赴任者の帰宅旅費の取り扱い
単身赴任者が旧任地、本社等へ職務遂行上の理由から旅行する場合に、これに付随してその者の留守宅への帰宅が認められるようなときに支給される旅費については、原則その旅費の全額につきそれぞれの職務と帰宅の旅行期間等によって按分し、帰宅部分に相当するものは給与等として処理することになります。
しかし、これらの旅費については、旅行の目的、行路等からみて、職務遂行上必要な旅行と認められ、かつ、その旅費の額が社会通念上の旅費の範囲を著しく逸脱しない限り、所得税は非課税となります。

?単身赴任者に貸与する社宅の取り扱い
単身赴任者に単身赴任先で住宅を無償で貸与するときは、その社宅に係る賃料相当額を、給与等として課税することになります。単身赴任に伴って貸与する家屋等は、所得税法基本通達9?9で定められた「職務の遂行上やむを得ない必要に基づき貸与を受ける家屋」には該当せず、また、その者の勤務状況も常時早朝又は深夜に出退勤をする業務ではない場合には、非課税の適用をすることはできません。
したがって単身赴任等の場合でも、一般の社宅の取り扱いと同様に一定の計算式に基づいて計算した賃貸料相当額と実際に従業員から徴収した金額との差額が給与所得となります。ただし、従業員から賃貸料相当額の50%以上を徴収している場合にはその差額については、給与等として所得税は課税されません。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット東京 会長 藤見 義彦  /  本文執筆者 弁護士 市川 和明、社会保険労務士 藤見 義彦、税理士 山田 稔幸



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