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第139回 (平成25年8月号) SR沖縄会

「給与計算が間に合わない!」
支払日を変更するか?締切日を変更するか?

SRネット沖縄(会長:上原 豊充)

K協同組合への相談

なかなか厳しい家電業界ですが、配達サービスなどのメニューが好評のH社はK協同組合に加入し、これまでも事業活動のサポートを受けてきました。

ある日のこと、大変な勢いでH社の社長から電話がありました。「実は、妻が倒れて、今月の給与計算が間に合わないんだ…」という社長に、冷静さを保つように話を進めつつ「とりあえず、先月の振込額と同額を振り込んで、差額が発生する場合は、来月の給与で調整することを従業員に説明されてはいかがでしょうか」と提案しました。すると、この提案が功を奏し、社長も社員達もひとまず安心できたようです。

H社の給与は、20日締切の25日支払い、しかも現金支払という、非常にタイトな工程で、社長の奥様がその計算・振込処理を一手に引き受けているとのことでした。毎月のことですから、奥様もさぞや大変なことだと思います。組合では、「支払日あるいは締切日を変更して、工程にゆとりをもったうえで、給与計算を外部に委託してはどうか」という提案を行いました。

社長も「従業員に自分たちの給与を知られたくないし、いつまでも妻に頼っているわけにもいかないし…」と、このことを本格的に検討し始めました。 ところが、「支払日も締日の変更も嫌だ!」「振込よりも、これまで通り現金支給がよい」と社員たちが反対しているようすです。「やれ不利益変更だ、なんだと文句ばかりですよ…」と社長はホトホト疲れたようでした。「せめて、変動給与だけでも、翌月回しにできるとよいが…どのように社員達を納得させようか…」と困り果てていました。

確かに、移行時期には少なからず社員たちに与える不利益がありそうに思えた組合事務局では、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業H社の概要

創業
1959年

社員数
正規 9名 非正規 12名

業種
家庭用電化製品販売業

経営者像

H社の社長は66才、大手量販店の勢いに負けることなく、地域密着型の営業方針を貫徹しています。営業活動は推進していますが、人事・総務といった会社の基盤は妻に頼りきり、という状態のH社です。妻の大変さをよそに、新規店舗構想に明け暮れる社長でした。


トラブル発生の背景

給与計算業務にサポートをつけず、妻一人に業務を行わせていたことも一因です。
H社に限らず、担当者が病気になったり、退社した際に困る、というケースは多々あります。中小企業の場合は、役員の給与を社員に知られたくないために、身内の者が給与計算業務を担当していることもあるでしょう。
「これまで通り」ではなく、「これからどうすべきか」「リスクをどう解消するのか」また、「社員達にどう納得してもらうのか」ますますの商売繁盛を狙っているH社ですので、本件を丸く収めて、営業に専念したいところです。

ポイント

労働基準法では、賃金の通貨払いが原則となっていますが、H社のように社員が振込に同意しない場合は、現金支払いを続けるしかないのでしょうか。
また、労働条件の不利益変更に関し、どの程度まで従業員が甘受すべきなのでしょうか。H社が考える今後の変更案について、不利益への代替策など、いろいろと想定しておく必要がありそうです。
H社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:中村 昌樹)

給与計算を一手に引き受けていた奥様がお倒れになったとのことで、さぞや大変なことと思います。

これを機に、給与の計算や支払いについての変更をしようということですが、その際に、社員たちに与える不利益について検討されたのは、コンプライアンス上、とても重要なことです。

賃金支払の5原則
給与については、従業員にとって唯一の生活の糧であるため、従業員の手に確実に賃金が渡されることが重要です。そのために労働基準法では、賃金の支払い方法について、?通貨で、?直接従業員に、?その全額を、?毎月1回以上、?一定期日に、支払いを行わなければならないという賃金支払いの5原則を定めています(労働基準法24条)。

また、給与に関する事項が労働契約の締結の際に定められていますので、その変更は、いわゆる労働条件の変更ということにもなります。

労働条件の変更については、以下のような法的規制があります。

21人の労働者を抱えるH社には就業規則の作成が義務付けられ(労働基準法89条本文)、この就業規則の変更により労働条件の変更が可能となりますが、労働者に不利益となる部分の就業規則の変更は、労働者の合意がない場合、原則としてこれを行うことができません(労働契約法9条)。

ただし、労働条件の一括管理の必要性等に照らし、就業規則の変更については、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が諸般の事情に照らして合理的なものであるときは、変更後の就業規則を労働条件とすることが認められています(労働契約法10条)。

さらに、就業規則変更の手続に関しては、労働基準法第89条及び第90条の定める手続によることが必要であり、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴いた上で、その意見書を添付して、就業規則変更届を所轄の労働基準監督署に届け出ることにより行わなければなりません。

給与の支払日、締め日の変更
給与日を今まで25日などとしていて、新しく翌月5日などとすると10日間の給与支払の遅れが出て、労働条件の不利益変更になります。

そのため、上記手続きによる就業規則の変更が必要となります。

また、毎月1回以上の賃金支払という上記労働基準法24条違反にもなり、さらに、現実問題として労働者の生活設計(ローンの返済日程等)の問題がある等の従業員の不利益も予測されます。

そこで、最初の月だけ賃金の締め日を2回にするなどの工夫が必要になります。例えば1月21日から2月10日で一度賃金を締め、従来どおり25日に支給する。そして2月11日から2月20日(従来の締め日)までの分を3月5日に支給するという方法です。

または、従来どおり2月20日で締め、25日には仮払いとして賃金の一定額を支給し、3月5日に残りの賃金を支払う方法もありえます。

ただし、従来の支給日には現行の賃金の一部しか貰えないことになりますので、従業員にはきちんと趣旨を説明し、同意を得ることが重要です。

また、特別な事情がある従業員には貸付を行う等の援助制度を設け、不利益を最小限にすることなども検討すべきです。

前述のとおり、賃金は、原則として、通貨で、直接労働者に、その全額を、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払う必要があります(労働基準法第24条)。 ただし、使用者が労働者の同意を得た場合には、労働者が指定する銀行などの金融機関の口座へ振り込む方法などにより、支払うことが認められています(労働基準法施行規則第7条の2)。

この口座振り込みは、書面による労働者の申し出または同意によって開始され、その書面には?口座振り込みなどを希望する賃金の範囲及びその金額?指定する金融機関店舗並びに預金または貯金の種類及び口座番号、または指定する証券会社店舗並びに証券総合口座の口座番号?開始希望時期、を記載することとされています(平10.9.10基発第530号)。

さらに、口座振り込みを行う場合には、使用者と事業場の過半数労働組合(ない場合は、事業場の労働者の過半数代表者)との間で、?口座振り込みなどの対象となる労働者の範囲?口座振り込みなどの対象となる賃金の範囲及びその金額?取り扱い金融機関及び取り扱い証券会社の範囲?口座振り込みなどの実施開始時期、を書面により協定を結ぶ必要があります(前掲通達)。

前掲通達では、「取扱金融機関及び取扱証券会社は、金融機関または証券会社の所在状況等からして、一行、一社に限定せず複数とする等労働者の便宜に十分配慮して定めること」としていますから、H社が賃金の振り込み先の銀行を限定することも可能です。

ただし、御社が振り込み先金融機関を限定した結果、労働者の同意を得られなくなってしまった場合には、同意をしない労働者については、賃金の支払い方法の原則に戻って、口座振り込みの方法ではなく、通貨で支払う必要があります。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:上原 豊充)

弁護士の説明の通り、労働基準法第(以下「労基法」という。)第24条1項により、賃金は「通貨」で支払わなければならないとされています。

この通貨払いの原則の例外として、「法令に別段の定めがある場合」(現在、このような法令はありません)、「労働協約に別段の定めがある場合」、「厚生労働省で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省が定めるものによる場合」の3つがあります。

賃金の口座振込みは、「通貨」で支払うことにはなりませんので、労基法24条に違反するのではないかという疑義もないではありませんが、従来から一定の要件を満たすかぎり労基法24条に違反しないものとして取り扱われてきており、昭和62年の法改正によって労基法施行規則7条の2が制定され、賃金の口座振込みは、一定の要件の下、上記の「厚生労働省令で定めるもの」にあたり、適法であることが明確となりました。

給与の締切日、支払日変更の際の注意点としては、賃金は、毎月1回以上、一定期日を定めて支払う必要があり、「賃金の締切および支払の時期」は、就業規則の絶対的必要記載事項です。

いったん、賃金の締切・支払日を定めれば、任意にその期日を変動させることはできません。しかし、事務処理上の理由等でルールの変更が必要な場合も生じます。

労基法の範囲内でいえば、労基法24条(毎月払いの原則)に反せず、また労働協約で特段の合意がない限り、「使用者が事前に法所定の手続きに従って就業規則を変更しても問題ない」と解されています(労基法コンメンタール)。

また、給与の締め日が変更になった場合、変更月では支払基礎日数が通常の月よりも増減することになりますが、社会保険の定時決定の際にはどのように取り扱うべきかということについては、厚生労働省事務連絡「標準報酬月額の定時決定及び随時改定の事務取り扱いに関する事例集」により、以下のように取り扱われます。

?支払基礎日数が増加する場合
支払基礎日数が暦日を超えて増加した場合、通常受ける報酬以外の報酬を受けることとなるため、超過分の報酬を除外した上で、その他の月の報酬との平均を算出し、標準報酬月額を保険者算定する。

?支払基礎日数が減少した場合
給与締め日の変更によって給与支給日数が減少した場合であっても、支払基礎日数が17日以上であれば、通常の定時決定の方法によって標準報酬月額を算定する。 給与締め日の変更によって給与支給日数が減少し、支払基礎日数が17日未満となった場合には、その月を除外した上で報酬の平均を算出し、標準報酬月額を算定する。

したがって、H社においても、給与計算業務の正確性、納期の確実性を図るため、工程にゆとりを持って、支払日あるいは締切日を変更することには、合理性があると思料されます。
 
近年、従来自社内で処理していた給与計算業務をアウトソーシングする企業が増えています。

給与計算業務は、業務の頻度からみると毎月1回行わなければならない定型的、繰り返し的業務でありますが、他方では計算の正確性、納期の確実性が最大限要求される優先度の高い業務です。計算対象従業員数が多い場合は、毎月のうちのある時期に大量の事務処理をしなければならないために、担当業務の平準化が難しく、増員すると他の時期は手すきの状態になってしまうことが多く、人員配置の効率性を高めることも困難であります。

また、専任の担当者により行われない場合には、給与計算業務の納期の確実性等の特殊性から、兼任の他の業務が計算業務の前後の時期は後回しにされることが多くなり、業務のスケジュール管理の面でも厄介な問題です。

さらに、計算業務のみならず、従業員の新規採用・退職に際しての届出等や、社会保険・労働保険関係に基づく諸給付請求等の不定期の業務も含めると担当者の動機づけは難しく、アウトソーシングすることにより、これらの問題点は解消できると考えられます。 給与計算業務アウトソーシングのメリットとしては、次のようなことがあります。

?高い専門性
外部業者に任せることにより、最近の法改正への対応などきめ細かい給与管理を実現することができる。

?人件費の削減
人件費はもとより、採用、指導、育成にかかるトータルコストの削減を図ることができる。

?リスク回避
特定の人材に依存しない運用が可能になり、1人しかいない担当社員の退社等による業務の遅滞リスクが防げる。

?ノウハウの属人化を解消
特定の担当者に蓄積されたノウハウを明文化させることで、業務プロセスの見直し機会にもなる。

給与計算業務の処理に当たっては、勤怠・労働時間管理等労働基準法の知識が不可欠です。社会保険労務士事務所として、多くの事業所の給与計算を受託している経験を生かし、的確な業務処理ができるとともに、社労士の法定業務である社会保険、雇用保険に関する手続の対応に万全を期することができます。

さらに、社労士事務所がプライバシーマークを取得していれば、会社の機密保持はもちろんのこと個人情報保護を徹底することができます。

H社のように、社長の奥様がその計算業務及び振込処理を一手に引き受けている場合など、奥様に万が一のことがあったら給与計算業務が停滞し大変なことになります。

同社における最大の問題点は、社長が営業活動は推進しているが、人事・総務といった会社の基盤は、奥様任せだったということです。

今回の件を契機に、社長自身が給与計算業務の重要性を認識するとともに、現行の20日締切の25日支払、しかも現金支払という、非常にタイトな工程では無理が生じることを従業員に再度説明し、その理解と協力を得ることが重要です。

そのうえで、信頼できる社労士事務所に給与計算業務等をアウトソーシングすることにより、給与支給の安定性・確実性を図り、従業員のモチベーションを高めることが可能であると思料されます。

税理士からのアドバイス(執筆:友利 博明)

中小企業の総務・経理は、操業時を共に乗り越えた配偶者や家族に任されている場合が通常みられるケースです。本件は、人事考課や給与支給額の計算という社員のモチベーションに関わる重要な部分を社長が決定し、最も信頼できる配偶者にその処理を全面的に任せていたことが伺えます。ところが総務・経理を担当する配偶者が病に倒れたため、「20日締切の25日支払、しかも現金支払という、非常にタイトな工程」のうえ、変動給与が含まれていることから、今月の給与計算が間に合わない状況に至っています。

業務の代替機能の欠如に由来するトラブルであり、給与計算期間と支給時期に加え社内体制に問題があるように見受けられます。

給与・賞与・税理士報酬等特定の支払については、その支払の際に支払者が所得税を徴収して納付する源泉徴収制度が採用されています。また、平成25年1月1日からは復興特別所得税を同時に徴収し、源泉徴収義務者は、原則として翌月10日までに納付しなければならないことになっています(所法181ほか)。この場合の源泉徴収する所得税及び復興特別所得税の税額は、支払金額等×所得税率(%)×102.1%で求め、最終的にはその年の年末調整や確定申告によって精算されることになります。

さて、本件では、緊急避難として「とりあえず、先月の振込額と同額を振り込んで、差額が発生する場合は、来月の給与で調整する」という方針で社員との合意を得て実施したようですが、所得税法基本通達で次のような処理が求められております。  

給与等の概算払をする場合のように、支給総額が確定する前に給与等を支払う場合の各支払の際徴収すべき税額は、最初に給与等を支払う際には、その支払額に対して法第一八五条(賞与以外の給与等に係る徴収税額)または法第186条(賞与に係る徴収税額)の規定を適用して計算し、第二回以後に給与等を支払う際には、その直前までに既に支払った給与等の累計額とその時に支払う給与等の額との合計額に対してこれらの条の規定を適用して計算した税額からその直前までに徴収した税額の累計額を控除して計算するものとする、となっております。(「所基通」第183条?第193条共-2)

すなわち、当月の概算払いにより徴収した源泉所得税の過不足を翌月支給時に調整するというものです。

今回の緊急対応後、配偶者が職場復帰できたとしても、給与計算期間と支給時期、担当者の年齢も考慮して業務の改善をしなければならない点があります。

まず、計算期間と支給日についての改善です。現行を1日から月末の通常期間に変更することで決算期末と一致させ、未払給与、賞与・退職金引当金の計算期間を簡素化することができます。また現行の25支給日は、会社にとって売掛金回収の最中であることから、資金的な余裕もない場合が予想されます。そこで翌月5日支給への変更を同時に実施することで、資金対策と総務・経理の月末業務の集中を避けることができます。

次に、経理・給与計算業務にIT活用を促進し、併せて現金支給から銀行振込に変更することにより業務の効率化を図る必要があります。給与計算ソフトの導入で総支給額及び控除項目の計算を迅速かつ正確に行い、同時に振込手続きにインターネットバンキングを活用し、現金支給による煩雑さとトラブルを回避することができます。

また、平成19年1月以降は、使用する電磁的方法の種類及び内容を示し、あらかじめ受給者から承諾を得ることで、源泉徴収票等の電磁的交付が可能となりました。ただし、本人から書面による交付の請求があるときは、書面により源泉徴収票等の交付をすることになっていますが、一定の電磁的源泉徴収票等は本人の電子申告の添付書類に使用することも可能で、年末調整後の作業を一段と簡素化できるようになります。

H社としては、社員の不利益を最小限にする方策を十分説明し、総務・経理の後継者育成を契機にこれらの改革を急ぐことを提案します。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット沖縄 会長 上原 豊充  /  本文執筆者 弁護士 中村 昌樹、社会保険労務士 上原 豊充、税理士 友利 博明



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