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第137回 (平成25年6月号) SR石川会

パートから在宅勤務へ変更!
強制的にできるものか?それとも希望者のみか?

SRネット石川(会長:菊池 寛治)

I協同組合への相談

4期目に入ったJ社は、I協同組合に加入し、創業から事業活動のサポートを受けてきました。J社の業務には、さまざまなアンケートやモニター情報を収集し、これを分析しつつ、将来の流行や顧客の嗜好性を探るというものがあり、このデータ入力にパートを投入しています。このところパートの人数が増えて事務所が手狭になったことから、「在宅勤務」を検討しているようですが、内職として「業務委託」としてよいのか「雇用契約」を維持すべきなのか、悩んでいるようです。

「正直なところ、全員を業務委託契約にできれば、かなりの経費削減となるし、事務所もコンパクト化できる」というのが社長の本音です。在宅勤務、業務委託のメリットを最大限に打ち出して、87名のパートへの説明方法を相談されましたが、現在、労働者である方々をいきなり業務委託契約というのは乱暴であると思い「無理にはできないでしょう…」というと、いろいろ話しているうちに、社長が一人で盛り上がってしまいました。

「通勤はないし、自由に仕事ができるし、仕事量に応じた対価も獲得できるようにする、経費も申告できる、良いことばかりではないですか。これはパート達にぜひとも進めるべきことだ」と、やる気満々になってしまいました。

3日後、相談者が暗い表情で事務局にやってきました。「皆に話したら、解雇だ、不利益変更だ、と騒ぐパートが数名いたのですよ、労働組合結成だ、なんていう者もいて、何が何だか分からなくなってきました…」と完全に自信喪失の状態でした。

組合事務局では、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業J社の概要

創業
2008年

社員数
正規 38人 非正規 87人 

業種
市場調査業

経営者像

J社の社長は59才、大手調査会社を早期退職し、同業のJ社を立ち上げました。正規社員は基幹業務で少数精鋭、周辺業務はパートに任せるといった手法で、完全に業務を切り分けています。何よりも収益率を維持・向上させることを目標としている社長は、売り上げにも、経費にも敏感です。


トラブル発生の背景

J社のパートは、1日長くても6時間程度らしいのですが、全員が雇用保険に加入していること、20人前後が社会保険にも加入しています。パートは、賞与も退職金もありませんので、「働き方」と「金銭」だけを考えると、相談者がいうようなメリットがあるかもしれませんが、少なくとも本人たちに選択させるべきでした。
現状は、火の粉が飛んでいるような感じのJ社内ですので、早めの消火が急務です。
「社会保険料がなくなるのもメリットだ」と意気込んでいたJ社の社長でしたが、どうも手法を誤ったようです。

ポイント

在宅勤務を選択するパートがいた場合に、雇用と委託の判断をどのような基準で考え、そしてどのような処遇とすべきでしょうか。
雇用在宅と委託在宅の契約変更も想定されることです。会社の管理方法も煩雑となるおそれがあり、J社長が目論んでいるような結果となるのでしょうか。
また、情報管理・機密保持の点も重要なところでしょう。
J社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:犬塚 雅文)

パソコンが普及し、ブロードバンド等のインフラが整備されるようになり、在宅勤務の存在が注目されるようになりました。自宅にいながら仕事ができる在宅勤務は、子供の世話や介護等のために外に出ることが困難な人にとって魅力的な働き方であるといえます。

さて、いわゆる在宅勤務の中にも、労基法上の労働者に該当する在宅勤務(「雇用在宅」といいます。)と労働者に該当しない在宅勤務(「委託在宅」といいます。)があります。

雇用在宅か委託在宅かによって、企業にはさまざまな問題が発生します。例えば、雇用在宅に該当する場合、割増賃金の支払や労働保険・社会保険への加入・保険料支払の問題、安全・健康管理、労災補償の問題、期間雇用の中途解消、期間満了による雇止め等の問題が生じます。

そこで、労働基準法上の労働者か否かの判断基準が重要となります。まず、注意しなければならないのは、形式的な契約形態だけでは結論は出ないということです。つまり、業務委託契約を締結していても、労働者と判断される場合があるということです。実務では、契約形態だけではなく、実際の個別事情も考慮して労働者性が判断されています。

この労働者性を判断する場合、どのような個別事情が考慮されるのでしょうか。裁判例では、?業務遂行上の指揮監督関係の存否・内容、?時間的・場所的拘束性の有無・程度、?業務用機材の負担関係、?報酬の支払条件・方法、?仕事の依頼・業務従事の指示に対する許諾の自由、?労務提供の代替性の有無、?公租等の公的負担関係等が個別事情としてあげられています(参考判例として、最判平成8年11月28日、労判714号14頁、判時1589号136頁)。

つぎに、厚生労働省の見解をみてみましょう。昭和60年12月19日「労働基準法研究会報告書」では、労基法上の労働者性に関する一般的な判断基準が示されています。この報告書では、在宅勤務者の判断基準も説明されています。次のとおり、労働者性の肯定事例と否定事例も例示されていますので、参考になります。

在宅勤務者A(事業の内容は、ソフトウェアの開発、計算業務の受託、電算室の総括的管理運営)は、労働者性の肯定事例です。その理由として、?業務の具体的内容について、仕様書等により業務の性質上必要な指示がなされていること、?労働時間の管理は、本人に委ねられているが、勤務時間が定められていること、?会社から指示された業務を拒否することはできないこと、?報酬が固定給の月給であること等があげられています。

一方、在宅勤務者B(事業の内容は、速記、文書処理)は、労働者性の否定事例です。その理由として、?会社からの委託を断ることもあること、?勤務時間の定めはなく、本人の希望により委託する量を決めていること、?報酬は、本人の能力により単価を定める出来高制であること、?業務の遂行方法等について特段の指示がないこと等があげられています。

ここで、J社の社長の相談内容をみてみましょう。J社では、アンケートやモニター情報のデータ入力をしているパート従業員の在宅勤務を検討しています。業務の内容がある程度定型化していると思われますので、上記在宅勤務者Bの事例を参考にして類似の条件を設定すれば、委託在宅とすることも可能だと思われます。

ただし、委託在宅の場合、受託者の自由度が高いため、J社の希望どおりの業務量が遂行できず、納期に間に合わないおそれがないとはいえません。雇用在宅と委託在宅を併用するとか、緊急の場合は正規社員にもデータ入力させる等、納期の迫っている業務にも対応できるような工夫が必要になると思われます。

重要なことは、J社が一方的に雇用在宅としたり、委託在宅としたりすることはできません。あくまでも、パート従業員の個別の合意が必要です。特に、委託在宅に変更する場合、パート従業員は労働者としての保護を受けられなくなるおそれがありますので、J社は、委託契約の内容を十分に説明した上で、パート従業員と個別に契約を締結する必要があります。後日、パート従業員から、自分は労働者であるとして争われることを防止するためにも、委託する業務内容・期間、業務遂行方法に対する指示の有無・程度、報酬額の定め、経費負担等について定めた業務委託契約書を作成しておくべきです。

その他にも、企業秘密や個人情報の保護の問題があります。雇用在宅であれば、在職中、企業秘密や個人情報を漏洩しない義務、すなわち、守秘義務を負っていると解されます。就業規則に定めがあれば、守秘義務に違反した労働者に対し、懲戒処分を行うこともできます。他方、委託在宅の場合、懲戒処分を盾に守秘義務を守らせることはできませんので、J社としても、個別に秘密保持契約等を締結すべきであると考えます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:菊池 佳寿代)

在宅勤務とは、「事業主と雇用関係にある労働者が、労働時間の全部または一部について、自宅で情報通信機器を用いて行う勤務形態」をいい、事業場内で勤務する場合と同様に、労働基準法、最低賃金法などの労働基準関係法令が適用される働き方ということになります。また、就業形態によるテレワークの区分として、自宅が仕事場の場合を在宅勤務といい、自宅以外の仕事場所をサテライトオフィス勤務等といいます。

その他、在宅勤務でも、就業頻度により常時型在宅勤務と随時型在宅勤務があります。

前者は比較的長期間にわたり、ほとんど毎日勤務を行う形態で、後者は週に1?2回、月に数回、あるいは午前中だけというように、全労働日のうち、部分的に在宅勤務を行う形態もあります。

労働基準法に基づく労働時間規制の概要を説明しますと、?労働基準法第35条(法定休日)で週1回以上休日を付与すること?労働基準法第32条(法定労働時間)1週40時間かつ1日8時間を超えて労働させないことが定められています。在宅勤務の場合には、当然弾力的な労働時間の枠組みが考えられることは言うまでもありません。

たとえば、(1)1ヵ月単位の変形労働時間制や1年単位の変形労働時間制といった方法、(2)フレックスタイム制等があげられます。変形労働時間制は月初、月末、特定の週・曜日などで業務の繁閑の差がはっきりしている事業場の場合には1ヵ月単位の変形労働時間制を、季節により業務の繁忙期、閑散期がある場合には、1年単位の変形労働時間制を採用することもできます。その他、フレックスタイム制の場合には、清算期間(通常は賃金計算期間と合わせた1ヶ月)の中の総労働時間の枠内で、日々何時に始業して何時に終業するかを労働者個々人が決めることができますので、弾力的でかなり自由な働き方といえます。

在宅勤務とはいえ、労働基準法が適用されますので、労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下にある労働時間のことをいい、労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間とは当然区別されます。

(1)労働基準法上の労働時間か否かは、客観的に判断することになります。すなわち、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれているかどうかが、客観的に定まるということです。したがって、各種契約等で定められている時間と異なる場合もあり得ます。

(2)指揮命令には、明示的なものばかりとは限りません。使用者が具体的に指示した仕事が、客観的にみて、その日の定められた時間内に終了することが明らかに無理である場合には、黙示的な指示によって勤務した労働時間が労働基準法上の労働時間ということになります。

また、労働時間は(3)労働者が実際に精神的または肉体的に活動している時間だけとは限りません。使用者から具体的な作業指示があったときなどのため待機している時間についても、当然労働時間ということになります。いわゆる、手待ち時間とよばれるものです。業種によっては手待ち時間が相当長時間になる場合もありますが、この時間について休憩時間と扱うことはもちろんできません。

その他、労働基準法は労働時間を「みなし労働時間制」とすることを特例として認めています。このみなし労働時間制とは、タイムカードや超過勤務管理簿などの勤怠記録を用いたり、使用者が労働者の始業と終業の時刻を現認したりして、その日全体の実際の労働時間を把握し、労働時間を算定するのが困難な場合に、所定労働時間または労使協定などで定められた時間を働いたとみなす制度をいいます。

注意しなければならないのは、労働時間をみなす単位期間は1日単位となりますので、月や年といった労働時間を弾力的に設定する変形労働時間制やフレックスタイム制度とは異なることになります。具体的には、ある日の働き方について1日単位でみなし労働時間を当てはめていきます。例えば「○月○日の業務は、1日7時間労働したものとみなす」「×月×日の業務は10時間30分労働したこととみなす」という形です。ですから、「1ヵ月180時間勤務したものとみなす」とか「年間2050時間勤務したものとみなす」というものは認められないことになります。

在宅勤務には、メリットが多くあることはいうまでもありませんが、これが労働者なると、労働時間をどのように管理するのか、もしも出来高払いを取り得入れた場合には、労働時間に対して最低賃金を保障することが求められます。業務の内容によっては必要以上に時間がかかり、その時間の割には出来高が上がらない場合なども考えられ、労働者の不満のもとになることも危惧されるところです。

いずれにいたしましても、日々の業務の内容とその業務に要した時間等をきめ細かく報告させ、社内で業務を行う場合と遜色のない管理が必要であると考えます。

もちろん、正社員の4分の3以上の就労時間であれば社会保険の適用も義務付けられます。始業・終業時刻の管理等は、日々または週単位で行い、在宅勤務は通勤が不要になることのメリットで疲労の軽減、育児・介護などの時間としての利用、自己管理による生産性・効率性向上等も期待され、また、仕事場所が会社から自宅になることにより、居住地選択技の拡大、高齢者、障害者など通勤困難者にとっての就業機会の拡大、その他、地域コミュニティへの参加の機会の増加など多くの魅力があることは見逃さません。

対象のパートの方々としっかりと話合いを重ね、使用者側の思惑ばかりが先行するのでなく、労使にとってよりベターな働き方はどのようなものなのか、を考えて話を進めるべきだと思います。

税理士からのアドバイス(執筆:村上 博丈)

本件で想定される税務上の留意点について触れていきます。

J社側の課税関係
(1)法人税及び源泉所得税上の取扱い
?給与の場合
雇用契約を前提としていれば、その支払う対価はパートへの給与の支払いとなり、損金の額に算入されます。なお、給与の場合、J社において源泉徴収義務が発生します。「業務中はJ社の指揮命令下にあり」「場所」「時間」等の拘束を受けていれば、雇用関係があると考えられます。

?外注費の場合
委託契約を前提としていれば、その支払う対価は外注先への外注費となり、給与と同様に損金の額に算入されます。
この場合、委託契約書において、「業務委託内容」「支払条件」「仕損等の責任負担」等を明確にし、その契約書に沿った日々の運用が必要です。
また、独立した事業者としての、日々の納品書(業務内容、数等)及び請求書(当月の入力件数等の業務内容等を記載)の発行が前提となります。

?まとめ
いずれの場合も支払いの証明資料(振込明細・現金支給であれば受取書等)をJ社にて保存することが必要です。運用上の安定性を考えると、各人への銀行振込が確実です。

(2)消費税上の取扱い
?給与の場合
雇用契約を前提としていれば、その支払う対価は課税仕入れの範囲から除かれます(消費税法2条1項第12号)。

?外注費の場合
委託契約を前提としていれば、その支払う対価は課税仕入れの対象となり、J社の消費税額の計算上、仕入税額控除を行うことができます。
仕入税額控除を行う場合には、独立した事業者への対価の支払いであることが条件ですので、法人税上の取扱いで挙げた委託契約書、納品書、請求書等の保存が必要です。消費税上の事業者とは「その契約に係る役務の提供の内容が他人に代替可能」「役務の提供に当たり事業者の指揮監督を受けない」「引き渡し前の完成品が滅失した場合は報酬の請求ができない」「材料又は用具等は自分で準備」等の観点から総合勘案することとされています(消費税法基本通達1-1-1)。

パートまたは外注先の課税上の留意点
(1)所得税上の取扱い
?給与の場合
支払いを受ける給与は源泉徴収の対象となり、扶養控除申告書を提出している場合にはJ社において年末調整を行うことになります。

?外注費の場合
支払いを受ける対価は、事業者としての収入となり、その年の必要経費を控除した金額を事業所得として確定申告により所得税を計算し、納税を行うことになります。なお必要経費とできるものは、その業務に必要な、パソコン、消耗品、ガソリン代等に限られます。場合によっては、家内労働者等の必要経費の特例の活用も検討することも考えられます(租税特別措置法27条)。

?まとめ
支払いを受ける方の立場からすると、事務的には、雇用契約の方が容易かと考えます。事業者として考えた場合、必要経費とできるものは限られますので、納税金額上も委託契約が一概に有利とも考えにくいです。

(2)消費税上の取扱い
外注費の場合、支払いを受ける金額は消費税の課税対象になりますので、基準期間の課税売上高が1、000万円を超える場合は消費税の納税義務が発生します。

雇用契約から委託契約に切り替えることは、条件さえ満たせば、J社側とすれば、経費の節減という点でメリットがあります。しかし、実質的にも委託契約の条件を満たすには、委託先にこれまでにはない事務負担を要求することになります。独立した事業者として取り組みたい方も、雇用契約で働きたい方も両方いるかと考えます。J社の業務内容や人員構成からすると、現状のパートは重要な戦力であり、長い目で見て、「パートの方のモチベーションを維持していくためにどうしていくべきか」を念頭に置いた取組がJ社の発展にも必要不可欠であると考えます。

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SRネット石川 会長 菊池 寛治  /  本文執筆者 弁護士 犬塚 雅文、社会保険労務士 菊池 佳寿代、税理士 村上 博丈



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