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第135回 (平成25年4月号) SR愛知会

?早く出社している社員にどう説明したら良いでしょう??

SRネット愛知(会長:田中 洋)

G協同組合への相談

小規模ながらその技術力には定評のあるN社はG協同組合に加入し、これまでも事業活動のサポートを受けてきました。普段は会員の相談にも応じていただいているN社の社長ですが、今回は自らが相談者となる事態が発生したようすです。組合事務局で次のようなお話をされました。

仲間の会社に労働基準監督署の立ち入り調査があり、始業時刻前の勤務時間について賃金が支払われていないので、「過去2年間に遡り賃金を支払え」という是正勧告を受けたということでした。その会社では早出勤務を指示していませんが、ベテランが多いその会社では、各自の自主性に任せていましたので、出勤時間が早い社員が多くても会社は気にしていませんでした。ところが、労働基準監督官は「会社が禁止しているならば別だが、労働者が仕事をしているのがわかっているのに、それを黙示している状態は、賃金の支払義務が発生する」というのです。

N社の社長は、「社員たちも賃金をもらおうと思って早く来ているつもりではなく、自分の判断で早く来ているのだから、あまりにも一方的で納得ができない。」と憤慨しています。自分の会社も、早く出社する社員が多いので不安であり、しかし、「早く来るな」という指示は出しにくいし、どうしたものかと悩んでいました。「こんなことが法律ならば、勝手に休日勤務して金をよこせ、ということが労働者の権利であるということなのか?」何とも組合事務局では返答に困るようなことまで言い出す始末です。

N社の社長がどのような対応をすべきかのアドバイスを求められた組合事務局では、専門的な相談内容について、連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業N社の概要

創業
1958年

社員数
正規 38名 非正規 15名

業種
金属加工業

経営者像

N社の社長は72才、下町の町工場の経営者ですが、地域住民の信望が厚く、町内会長や工業会の会長を務めています。そのような立場からさまざまな情報が集まりやすく、助かることもあれば、悩むこともあり、相談される立場での苦労が続いているようです。


トラブル発生の背景

「残業するなら、早出して!」残業手当の不払いが摘発され始めたころには、このような冗談も飛び出していましたが、昨今は始業時刻前の労働の有無がクローズアップされています。

どこの会社でもありうる話ですのでN社だけの問題ではありません。
社員の積極性や責任感、また“会社のために”という社員の気持ちにもかかわることですので、社長としては「勝手に早く来るな」とは言いにくいところがあります。

ポイント

労働時間の解釈として、暗黙の指示、黙示、というものがあります。本当の意味で「労働を強制している」のではない場合に、会社はどのように労働時間を管理し、賃金との整合性を図るべきなのでしょうか。

会社によっては、早出勤務の承認がない場合は、始業時刻前にパソコンの電源を入れることを禁止しているところもありますが、それだけで問題が解決するものではないでしょう。

N社の社長への良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:橋本 修三)

労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する使用者に対して、就業規則に記載しなければならない事項を定めています。その1番目には、「始業および終業の時刻、休憩時間、休日、休暇ならびに労働者を2組以上に分けて交替に就業させる場合の就業時転換に関する事項」と書かれており、この事項は絶対的記載事項となっています。

当然N社でも就業規則に始業時刻が記載されており、その始業時刻をもって社員の方々も行動されているはずです。しかし、どういうきっかけで始業時刻より早く出社するようになったのでしょうか?

交通渋滞を避けるためや、満員電車を避けるために始まったことかもしれません。

また、快適に出勤でき、気分よく仕事に取り掛かることができるため、一石二鳥的な軽い気持ちで始めたのかもしれません。いずれにせよ、早出するようになった理由を検証することが第一です。単に自主性に任せていたのでは、経営者としてどのように時間管理していたのか、はなはだ疑問に感じます。

さて、始業前の労働が労働時間に含まれるかどうかについてですが、労働とは部下が上司の指揮命令を受けて行うものはもちろん、明示的に業務命令を発して指揮命令下にあるわけではないのですが、労働が行われていることを黙認・許容していた場合も労働基準法では労働に当たります。また、労働がいつ行われたかは関係ありませんので、労働が始業前、終業後に行われた場合であっても労働となり、賃金の支払い対象となる労働時間になります。

始業時刻よりも早く出社した日においては、ちょうど所定労働時間しか労働していないにもかかわらず、始業時刻よりも前の労働時間分が法定時間外労働となり、労働基準法第37条により2割5分以上の割増賃金を支払わなければなりません。

また、もしN社の就業規則や給与規定等で、始業開始前の労働にも割増賃金を支払うように定められているようであれば、労働時間が8時間を超えなくても割増賃金の支払いが必要になります。

次のような事案が起こったとしたらどうだったでしょう。

N社の始業時刻を8時とします。数名のベテラン社員は7時に出社してすぐに仕事に取り掛かっていました。ある日早出するベテラン社員の内の一人が出勤途中に駅の階段を踏み外して足を骨折しました。その時その社員は通勤災害として会社に報告したでしょうか。それとも自主的に出勤しているのだからと報告せず、自費もしくは健康保険で処理したでしょうか。また、報告を受けた会社は通勤災害として労働基準監督署へ届け出し、治療費等を労働者災害補償保険で処理したでしょうか。被災労働者が自費等で処理していたら、会社は彼にどのように対処したのでしょうか。

始業時刻と出社時間の関連性は密接であり、上記の例のように自宅を出た時間と始業時刻の間が、通勤に要する時間と大きくかけ離れていたら、通勤途中で「逸脱」や「中断」があったのか、あるいは「合理的経路および方法」だったのか等、問われることになります。

以上のような観点からも、時間外労働になる・ならないとか、割増賃金が発生する・しないとかの問題だけではなく、通勤災害や業務上災害等の問題も含まれているのです。

そこで、N社として今後どのような対策を講じたらいいのか考えてみましょう。

せっかく自主性をもって早出出勤しているのに定刻に来いというのでは、社員の士気にも影響します。かといって、このまま黙認を続けることも限界でしょう。

早出出勤をするようになったきっかけにもよりますが、前述のような理由であれば、社員と会社双方にもメリットがあるようなので、早出組の始業時刻と通常組の始業時刻とに分けて運用する時差出勤制を採り入れるのはいかがでしょうか。当然早出組の終業時刻もその分早めることです。

あるいは、社員間の公平性を保つために、社員全員が交代で早出組と通常組とに分かれて勤務する時差出勤制にすることも、一つの方法です。

また、始業開始前の労働時間を適切に管理するために、実際の打刻時間と始業時間を区別して管理するように改善してください。始業開始前の労働については、事前に承認を得て行うようにして承認のない労働は自主的な労働とみなすようにします。

たとえば、始業開始後に行われる朝礼の開始時刻を労働開始時刻とし、朝礼より前に労働する必要がある時は、予定労働時間や理由等を前日までに社員に申告させ、上司が妥当性を判断して承認した場合のみ労働時間とするといった管理もよいでしょう。どのような管理方法をとるにしても、取り決めた事項は就業規則に盛り込み、社員がいつでも閲覧できるようにしておくことが必要です。

事前承認制の導入にあたっては、早出時間は労働時間となること、安全衛生のために必要な準備・後始末は所定労働時間内で行うようにする、など社員への配慮も必要です。

事前承認制を導入する目的は、各社員の労働時間を適切に把握すること、特定の社員に業務負荷が集中しないこと、過重労働を防止する意味合いがあることを丁寧に説明し、社員の積極性や責任感、また“会社のために”という気持ちを損なわないようにすることが肝要と思われます。

最後に就業前後の準備・後始末・清掃など本来業務に付随する雑務などの周辺業務に従事した時間が労働時間に含まれるかどうかも知っておく必要があるでしょう。 始業開始後に速やかに業務を始めることができるように準備をすることは、社会人としての常識であり、本来業務の準備のために自主的に行っている周辺業務は基本的には労働時間に含まれません。しかし、本来業務の準備のための周辺業務を業務命令により行わせていたり、安全衛生上必要不可欠な準備を行う時間や、業務後の有害物質の除去などに要した時間など(三菱重工業長崎造船所事件 最高裁小一 平12.3.9判決)は、労働時間となりますので注意が必要です。

以上により、N社は労働時間管理を積極的に行い、会社も社員も不用意なトラブルに巻き込まれないよう最善を尽くしましょう。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:高江 剛和)

使用者は、原則として休憩時間を除き1週間について40時間を超えて労働させてはならず、1週間の各日については、休憩時間を除き1日に8時間を超えて労働させてはならないとされています(労基法32条)。そして、使用者が、労働時間を延長したりして時間外労働をさせた場合には、通常の労働時間の賃金に一定の割増率を乗じた割増賃金を支払わなければならないとされています(労基法37条1項・4項)。

本件の早出勤務が割増賃金の対象となるかどうかについては、使用者から明確に時間外労働を行うよう指示されている場合は、使用者が割増賃金を支払うべきことは当然のことです。他方、使用者が知らないままに労働者が勝手に業務に従事した時間は労働時間に算入されず、使用者が割増賃金の支払義務を負わないことも同様です。

しかし、実際には、定められた担当業務を処理するために所定労働時間を超えて労働しなければならず、いわば、なし崩し的に時間外労働を行っている場合も多く見受けられます。このように、労働者が余儀なく時間外労働をしている場合は、労働時間とすべき時間となります。労基法の労働時間とは「使用者の作業上の指揮監督下にある時間、または使用者の明示または黙示の指示によりその業務に従事する時間」と定義されます。

N社の社長は、「自分の判断で早く来ている」として、黙示的な業務命令もないことを主張しているようですが、社員が仕事をしていることを認識しながら、それを放置していた場合には、黙示の業務命令があったものと認定される可能性が高いので、注意が必要です。

近時の裁判例では、会社が時間外勤務を行っていることを認識しながら、これを止めなかった以上、少なくとも黙示的には業務指示があったものとして、使用者側の時間外労働を命じていない旨の反論が排斥されています(大阪地判平成17年10月6日、名古屋地判平成19年9月12日)。

それでは、使用者が早出勤務を禁止していた場合はどうでしょうか。この場合は、使用者が労働者に対して業務を禁止していたにもかかわらず、労働者が自らの判断で業務を行っていたものであり、使用者の指揮命令下に置かれたものとはいえず、労働時間ではない、と判断した判例もあります(東京地判平成15年12月9日など)。

しかし、使用者が禁止さえすれば、どんな場合でも時間外勤務とならないかというとそうではありません。単に禁止命令を出したか否かだけではなく、現実に残業をせずに職務遂行が可能なのかどうか、ということも考慮する必要があるからです。

すなわち、仮に、使用者が残業禁止命令を出したとしても、それが実現不可能なほどの業務量であったような場合には、その命令自体の効力がないものと判断される可能性もありえます。

つぎに、就業規則において「時間外労働は上司の許可を得ることを要する」という規定を設けている場合はどうでしょうか。許可制を採用している場合でも、単に規定が存在するだけでは不十分と思われます。許可を求める具体的手続が定められていること、時間外労働を行う場合の多くが実際に許可を得た上で行われていること、許可なく時間外労働がなされた場合の指導・監督等が行われていることなどの実績がないと、無許可の労働を完全に否定することができないでしょう。

本件では、N社長の仲間の会社が労働基準監督署から是正勧告を受けています。是正勧告とは、労基署の労働基準監督官が立入調査等を行った結果、労基法違反の事実を発見した場合にその是正を勧告・指導することです。是正勧告は行政指導として行われるものですから、たとえば賃金不払いの是正勧告の場合に、事業所に対して賃金支払いを命じる権限があるわけではありません。しかし、是正勧告してもなお事業所が是正(改善)をしない場合には、悪質な労基法違反として刑罰が科される可能性がありますので、放置しておくのは望ましくありません。なお、是正勧告は、行政指導であり行政処分ではありませんので、これに対して異議申立をすることはできないことになっています。

税理士からのアドバイス(執筆:川崎 隆也)

「就労の黙示が賃金の支払い義務を生じさせるか」については、弁護士、社労士の説明の通りです。一事業経営者としましては、今回の監督署の勧告は、就業時間前就労を、賃金支払いの対象としない悪しき慣習に対し、警鐘を鳴らすものと認識します。

しかしながら、経営者側に悪意なき場合においては、逆に労働者の足かせになる干渉とも思えます。N社の従業員の皆様は、使用人という立場ではありますが、昨今の厳しい社会情勢において、立派に練成された方々でもありましょうから、その方々各人の段取りまで踏み込み、杓子定規に取り扱うことは行き過ぎの念を有します。遠方から通勤の方等は、早めに出勤することで道中の混雑を回避したり、情報収集のための有用な時間として活用なされたりしていることも充分想定されます。

少し前置きが長くなりましたが、経理の側面から時間外労働を考えてみたいと思います。判断は、対象となる業種により異なるものと存じます。製造業やサービス業において、ある程度の人員を投じないと、そもそも現場が成り立たないような場合では、個々人の時間外労働の有無による企業メリットはありません。

逆に、個人で成り立つような業種や専門職などにおいては、集中しての業務遂行が可能と思われますので、当該時間外労働が慢性的でない限りにおいて、時間外労働と生産性が比例するものと思います。

前者のように、感覚的に判断可能なケースであればよいのですが、その他のケースにおいては、時間外労働によって生み出される付加価値と緊急性のバランスについて、日頃からコスト意識を持つことが大切だと思います。

また、人工出しの業種においては、既に職種毎に標準単価を設定されていると思いますので、このようなケースの判断は単純です。しかし、レベルの高い業務を行っているようなケースにおいては、見積は複雑になるかとは思いますが、自社において、時間外で就労環境を稼働させるに必要な間接費用(電気代、割増人件費等)を把握しておくことが重要となります。

最後に、至極当然のことですが、「日々の業務における所定労働時間内の業務効率改善を行っているうえでの、やむを得ない残業」という認識が大前提であることを付け加えます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット愛知 会長 田中 洋  /  本文執筆者 弁護士 橋本 修三、社会保険労務士 高江 剛和、税理士 川崎 隆也



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