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第133回 (平成25年2月号) SR大阪会

ヒステリー?病気?
触らぬ神に祟りなし…!

SRネット大阪(会長:木村 統一)

E協同組合への相談

一戸建のリフォーム工事を専門とするM社は、E協同組合に加入し、これまでも事業活動のサポートを受けてきました。今般、M組合員より組合事務局に次のような相談がありました。

M社のU経理課長は勤続40年、58歳の独身女性です。高校卒業後、すぐにM社に入社し、30歳で経理課長となってからは、まさにM社の金庫番であり、社員にとっては、口うるさいお局様のような存在になっていました。このU課長が原因で何人かの社員が退職したという経緯もあります。最近ではその日の気分によって遅刻・早退したり、周りの社員に当り散らしたり、経費の精算に不要な文句を言うなどの悪行が多くなってきました。 

社長や役員が何か言おうものなら、「これだけ会社に尽くしているのに…」「私がおかしくなったというのなら、会社のせいよ…」と機関銃のように言葉を返される始末です。

確かに経理面では頼りになるU課長ですが、他の社員へ被害が蔓延している状態は何とかしなければなりません。少し会社を休ませようと優しく話をしようものなら、「そうやって辞めさせようとしているのでしょう…どうせ、もうすぐ定年ですからね…」とさんざんな嫌味を言われ、それ以上話が進まなくなる始末です。

M社の功労者ではありますが、冷静に考えると規則違反を多発している状態です。他の社員にも示しがつきませんし、どうしたらよいものか悩んでいます。 できたら円満に退職してもらう方法、だめならU課長を更正させる方法を含めて、当面どのような対応をすべきかのアドバイスを求められた組合事務局では、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業M社の概要

創業
1972年

社員数
正規 24名 非正規 9名

業種
リフォーム工事業

経営者像

M社の社長は68才、M社を立ち上げて40年間事業を継続させてきました。社長の悩みは、身内に後継者がいないことと、創業当時から経理を任せているU課長の存在でした。他の社員は世代交代していますが、経理のトップとは、切るに切れない重たい関係が続いています。


トラブル発生の背景

これまで放任しておいて、急に対応を変えるということは、かなり難しいことだと思います。「何が原因なのか」この問題を企業が追求し解決を図るのか、それとも、服務規律違反を厳しく問うべきなのでしょうか。「子供ではないのだから…」という声をよく聞きますが、「言わないとわからないこと」もあるはずです。現在の企業組織におけるあらゆる場面で「見てみぬ振り」が多くなっているように感じます。

ポイント

社長や役員が態度を硬化させると、ますますU課長が逆上するかもしれません。果たして、社内の人間だけで対応すべきなのか、社外の専門家を活用すべきなのか、誤った進め方をした際のリスクについても想定が必要な案件です。
また、他の社員への影響も考慮しなければならないところです。
本件の円満な解決方法について、良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:山本 展大)

まず、会社が希望するU課長に円満に退職してもらう方法を検討してみましょう。

円満退職ですので、会社からの一方的な通告である解雇を選択することは得策ではありません。会社とU課長の話合いに基づく双方合意の上での退職を試みることが適切な手段です。使用者が、労働者に対して、労働契約の終了を促すことを退職勧奨といいます。本件においても、会社が、U課長に対して、退職勧奨行為を試みていくことになります。

ただし、退職勧奨は、あくまで労働者の自由意思による労働契約の終了を促すものです。そのため、その手段・方法等は社会通念上相当かつ必要な限度にとどめられるべきであると理解されています。たとえば、執拗に多数回にわたり長時間説得作業を行う等退職勧奨の限界を超えた勧奨行為は不法行為(民法709条)として慰謝料請求の対象となります(最判S55.7.10労判345号20頁)し、退職強要であるとして解雇無効が争われることもあります。

また、虚偽の告知等により退職勧奨を行った場合には、労働者がそれによる退職を承諾したとしても錯誤(民法95条)により退職が無効となる場合があります(横浜地川崎支判H16.5.28労判878号41頁)。

労働者が素直に退職に応じた場合でも、後々に、退職を強要されたのだと主張して、解雇無効が争われ、法廷闘争に発展するケースも少なくないので、退職勧奨は慎重に行われなければなりません。

後々の紛争を予防するためにも、一般的には、?退職を促す理由を合理的に説明する、?少人数で行う、?事業所内で就業時間内に短時間で行う、?丁寧な言葉遣いを徹底する、?解雇通告とは異なることを告げる、?ICレコーダー等により話合いの状況を保存する、?退職届を作成し速やかに受理手続を取る等の点に留意をして勧奨行為を行う必要があります。

安易に退職勧奨を行ってしまえば、直ちに退職強要であると騒ぎだし、果てには労働組合に加入して、労働組合との団体交渉に突入してしまう事態に陥る等、事態の収拾がつかなくなってしまう可能性がありますので、退職勧奨を試みる場合には、より慎重な対応が必要です。

そのため、U課長に退職の話を持ちかけるには、強制の色合いが一切出ないような環境を整えてソフトに話を持ちかけ(定年後の人生設計をどう考えているのか等)、U課長が拒絶反応を示し始めれば、早期に退職勧奨を諦めるという決断が必要になるでしょう。

つぎに、U課長を更正させる方法ですが、?就業規則の懲戒規定を整備して、U課長が規則違反を行う度に、戒告等により更正を促していく(ムチ方式)、?U課長の必要性を伝え、他の社員の模範となって会社を牽引することを希望する等の説諭を行い、その自覚を促していく(アメ方式)の2種類の方式があります。現実には、具体的状況を見ながら、その両方を組み合わせていくことになるのでしょう。

今回は、改正高齢法において、U課長を定年後に再雇用拒否できるかどうかについて検討をします。まず、就業規則の解雇事由または、退職事由と同じ内容について、継続雇用しない事由として、就業規則に別個に規定する必要があります(就業規則の記載例について厚生労働省作成の高齢者雇用安定法Q&A参照)。

要は、再雇用時点において、就業規則記載の解雇事由等に該当するのかどうかが問題となるわけです。そのため、通常の解雇と同様に、継続雇用しないことについて、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるという要件が必要となります(労働契約16条参照)。

本件の場合では、「心身の故障のために業務に堪えられない」等の継続雇用拒絶事由に該当するかが問題になります。しかし、具体的解雇事由としては、全く業務ができないという程度の強度の心身の故障が要求されますので、本件のように、経理業務を遂行可能な以上、上記継続雇用拒絶事由に該当すると認定されることは難しいといえるでしょう。なお、近時、継続雇用制度について、最高裁判例が下されたので、参考にしてください(最判H24.11.29判例集未搭載)。

まとめとしては、U課長が退職勧奨に応じないのであれば、就業規則の懲戒規定を整備し、各規則違反について、適宜懲戒処分を行い、段階を踏んで、最終的には、懲戒解雇をするというのが現実的な手段ではないかと思われます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:宮田 元)

ご相談のU課長の言動は、協調性の欠如やパワーハラスメントによって組織の調和を乱すものと窺えるため、組織としては早急の対処が必要と思われます。U課長の言動をこのままの状態で放置しておくことは、間違いなく他の社員のやる気を削ぐばかりか、ひいては組織の停滞につながりかねない問題です。

この問題を看過することで、他の社員には「会社はU課長を特別扱いしている」という印象を持たれかねません。その影響を受け、他の社員までもが業務命令を軽視し、身を入れて業務をすることがなくなり、その結果、生産性が落ちる事態に発展する危険性も否定できません。

私は次の3つを問題対処のポイントと考えます
?経営資源としてのヒトを考える
?部分最適、全体最適を念頭に置く
?対処に当たっての法的な問題の回避

やはり、最良の解決結果としてはU課長の協調性の欠如の改善であると考えます。もともと、経理課長として長期間にわたって会社に貢献してきた方なので、これまでの行動を慎み、心を入れ替えたのち規律違反を頻発させることで起こしてきた他の社員への被害が無くなれば一応の落着ではないかと思います。

そこでまず、この会社のコミュニケーション風土に解決の糸口を探ってみたいと思います。

U課長は年齢が58歳で独身。定年退職までカウントダウンの状況です。今後のライフスタイルへの不安、他の社員とのジェネレーションギャップからくる不満、孤立感、孤独感などが遠因で粗雑な業務態度につながっているのかもしれません。社長や役員は頭ごなしに注意をするという姿勢ではなく、話を聴くという姿勢でU課長に接してみてほしいのです。

聴くということはコミュニケーションスキルの大切な要素です。もし、U課長が心のうちに何らかのわだかまりを持っていたとしたら、それを話してもらうことで問題の本質が見え、焦点が絞られ、問題解決に大きく進展することもあるからです。

しかし、このように共感的理解を示して話を聴いたとしても、これまでの関係から簡単に心を開くことは困難かもしれません。「これだけ会社に尽くしているのに・・」「私がおかしくなったというなら会社のせいだ・・」など、自分は正しく上司や同僚の方が間違っているという主張を展開してくることも考えられます。そうなると事態はより深刻となります。社員間の関係改善の問題に留まらず、U課長の言動が職場におけるパワーハラスメントであるとして問題解決を図る必要が出てくるからです。

その点を踏まえ、U課長の言動をパワーハラスメントの問題として取扱い、解決を図るという方法についての注意点を考えてみたいと思います。

M社はU課長が原因で退職した社員もいるという実態を把握していました。M社のこれまでの対応は、U課長のパワハラを認識しておきながら、対策を怠ったとして使用者責任が問われかねない状態です。

仮に今後、U課長の言動が直接の原因で被害者が精神的に健康を害し休職に入ったり、または退職せざるを得なくなったり、その問題によって労災申請を行う社員が発生したりすると解決に要する時間、労力など会社としての負担はかなり大きなものになるでしょう。

早急に全社挙げてのパワーハラスメント対策を講じる必要があります。被害をこうむった人やその周りの人からの実態の把握、加害者とされるU課長の主張の聴取、また同時進行でパワハラ研修を実施し、パワーハラスメントに対する共通の理解を深め、再発防止について啓発活動を進めなければなりません。

その上で、U課長に改悛の情なく反省の態度が臨めず、ハラスメントが再発した場合は、M社の社員として不適格であるとし、会社の意思としてU課長に退職を促すことも有り得るのではないかと思います。

この場合の留意点は、処分の判断基準を明確にした上で、不適切行為の把握のための面談の時期、方法、対象者、そして聴取内容などしっかりと記録を残しておくことが大切です。

税理士からのアドバイス(執筆:得田 政臣)

中小企業においては、本件のように創業当時から経理を一人の者に一任し、上手く世代交代が図れないまま労務問題にまで発展し、切るに切れない重たい関係が続いているケースがよくあります。ここではその雇用を維持しながら、組織経営の面から円満解決を検討していきます。

M社が財務と経理の部署を分けているのかどうかは不明ですが、中小企業の多くは兼務しているケースが多く、比較的規模の大きな会社では「内部統制」の一環で財務と経理を分けています。

何故分ける必要があるのか?それは資金を扱う部署(財務)と記帳する部署(経理)が同じでは不正ができてしまうからです。例えば不正送金したあとに、何らかの費用科目(それらしい勘定)で処理してしまうこともできてしまいます。ただし、そういうことをしても、結局どこかでほころびが出ていつかは発覚してしまうケースがほとんどですが、それだと事後的になってしまうので未然防止が必要になります。そこで牽制しあえるような体制を社内で構築するために財務と経理は分けられるのです。

それ以外にも、財務と経理では求められる職務が異なります。経理は会社の取引を数字に落とし、集計された結果を経営幹部等に報告するということを主たる職務とします。

一方、財務は出納業務のほか、資金繰り管理や資金調達、資本政策を含む財務戦略立案・実行が主たる職務になります。それらの上に立つのが社長をはじめとする経営幹部です。いわば、経理は事後的な処理を行う部署、財務は未来を予測して手を打つ部署ということができます。

もしも、M社の財務と経理が分かれていないのであれば、これを機に組織を変更し、これまで会社一筋でやってきた課長を財務責任者に登用し、定年を迎えるまでの間、社長の右腕として財務戦略の立案を担って頂きながら財務の後継者を育成し、今まで携わってきた経理業務は次の世代に交代してもらう。そうすることで、定年までの残された期間で課長に有終の美を飾ってもらう場所を用意することができ、その功績もたたえ、その立場も尊重することができます。

あるべき会社の監査体制?内部監査(内部統制)
序文で「内部統制」という表現を用いましたが、この「内部統制」とは文字通り会社を内部から統制し管理するための仕組み(体制)のことです。日本においては2008年4月1日以降、内部統制のルールとして金融商品取引法(日本版SOX法(J-SOX法))が全ての上場企業に適用されています。

J-SOX法の適用は中小企業には義務付けられていませんが、内部統制そのものは会社規模にかかわらず、事業運営上必要不可欠だといえます。

中小企業において、経営者がやるべき内部統制には、以下のようなものがあります。

●セルフコントロールのできる会社組織を作る。
・経営理念を社員に周知徹底する。
・従業員の教育を徹底し、不祥事を未然に防ぐ。
・業務に集中できる職場環境を作る。

●不正や問題を未然に防ぐ。
・経営数値に強くなり、業績予測と実績がかけ離れることのないようにする。
・従業員の行動パターンを把握し、問題を未然に防ぐようにする。

●経営者が実際の業務内容を把握する。
・会計データなどの業務処理を定期的にレビューする。
・経営者が会社全体の動きを把握していることを社員に分からせる(ミスの抑止力)。
・社内のホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)を徹底し、業務を把握する。

中小企業の内部統制は、経営者(社長)が実施することで十分に対応できますが、日常業務をきちんと整理し、以下のような仕組みとして構築することで、経営者が意識しなくても、自然に内部統制が運用されることになります。
●業務規定・マニュアルの整備
・業務の平準化
・ミスを未然に防ぐ

●承認システムの整備
・経費処理などを個人に任せずに、必ず上司の承認を得るようにする。
・業務処理を複数の人間でチェック、承認するようにする。

●分業の実施
・一人に業務が集中すると、不祥事の温床になる。
・業務プロセスを細分化し、複数のスタッフで業務を行う。

●定期的な人事異動
・時期を定め、人事異動を行う。
・一つの業務を、長期間特定の人間が担当することのないようにする。

上記のことは、聞けば当たり前のように思いますが、案外、中小企業では仕組みとして動かせていないところも多いものです。

しっかりとしたルールを設定することで、業務を効率化させ、ミスを事前に防ぎ、不祥事の温床を断つことができるのです。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット大阪 会長 木村 統一  /  本文執筆者 弁護士 山本 展大、社会保険労務士 宮田 元、税理士 得田 政臣



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