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第132回 (平成25年1月号) SR山形会

契約書を間違えた!
「私は、この契約内容でOKです」

SRネット山形(会長:藤見 義彦)

D協同組合への相談

幼児対象の英会話教育を行っているO社は、D協同組合に加入し、これまでも事業活動のサポートを受けてきました。今般、O組合員より組合事務局に次のような相談がありました。

O社に在籍する外国人は13名、すべての者が6ヶ月の雇用契約で継続勤務しています。もともとO社の社長は、「まぁ悪いようにはしないから…」的な人情派タイプしたが、これが原因でさんざん痛い目にあってきた過去がありました。そのため規則や契約書は、痛い目に合うたびに改良を重ね、いまでは就業実態や契約書内容によるトラブルが発生することはなくなっています。

ところが、安心していた矢先、A氏の労働条件が残ったままの更新契約書をB氏に送るというミスが発生し、担当者と社長が“誤送”であることを必死に説明しましたが、B氏は「私はこの契約内容でOO、すでにサインもしてあるので有効だ」と契約書の返却も正しい契約書へのサインもしない状態が続いているとのことでした。O社は最初に捺印した契約書2部をB氏に送り、一部を返送させるという手法をとっていました。

「困りましたよ、日額で2,500円も違うのですから、これで6ヶ月となると、30万円近く払い過ぎることになります。また、A氏と違いB氏に対する生徒の評判が良くないところもあるため、この件を機に契約不成立ということで退職してもらおうかとも思い始めました…」とO社の社長は頭を抱えていました。

新たな契約が開始するまであと1週間足らずしかありません。O社の社長からB氏に対して、どのような対応をすべきかのアドバイスを求められた組合事務局では、専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業O社の概要

創業
2003年

社員数
正規 5名 非正規 15名

業種
幼児英会話教室

経営者像

O社の社長は55才、大手の進学塾を退社して、3年前に会社を設立しました。最初は閑古鳥が鳴いていたO社の教室でしたが、優秀な外国人の採用もあって、最近では2教室を経営するまでに成長しました。しかし、外国人の契約主義的な勤務態度には、なかなか慣れない義理人情派の社長です。


トラブル発生の背景

まずは、契約書作成・送付までの内部事務処理について、二重のチェックができていないことが最大の要因です。
また、契約期間6ヶ月の雇用契約を反復継続するという方式が、惰性的な事務処理となり事務担当者の緊張感を失わせてしまったのかもしれません。さらに、“誤った契約書”によって、B氏が自分と他人の評価に不満をもつことになってしまいました。

ポイント

O社は、B氏に送った契約書が“誤ったもの”であることをどう証明するのか。B氏が同意しない場合はどうなるのか。O社における評価の内容についても、問題となりそうな事件です。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)

一般に、契約とは、申込と承諾の各意思表示が客観的な意味内容において合致することによって成立します。売買契約であれば、「甲家屋を100万円で売ろう」という意思表示(申込)に対して、「甲家屋を100万円で買おう」という承諾の意思表示がなされることにより成立します。

本件においては、契約条件を明記して記名・押印した契約書2部をB氏へ送付したO社の行為は、明記された条件による雇用契約の申込に相当し、これにB氏が署名して返送すれば、承諾がなされたことになります。そして、契約の内容は、契約書に明記されているわけですから、その内容のものとして双方の意思表示は客観的に合致していることになり、契約書記載の条件による雇用契約が成立したことになります。

なお、契約の成立如何とその有効無効は、以下に述べるとおり、別の問題です。

ただし、O社からみると、客観的に合致した意思表示の内容と表意者の真意との間に食い違いがあることになりますので、錯誤(民法95条)の問題が生じます。錯誤とは、易しく言えば「勘違い」ということであり、民法は、表意者の真意を重視する立場から、「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする」(同条本文)と定めています。雇用契約において、賃金額は重要なポイントですから、日額2500円も違えば、その勘違いは「要素の錯誤」に当たるでしょう。そうすると、O社の意思表示(高額な賃金日額による申込)は無効となり、契約も無効ということになりそうです。そうなれば、O社にとっては好都合ですが、そううまくいくのでしょうか。

逆に、B氏の側に立って考えてみましょう。B氏にしてみれば、契約書に記載された内容に間違いがあるとは、通常、考えないはずであり、そこに記載された賃金日額がO社の真意であると信じて疑わなかったのではないでしょうか。もし、O社の意思表示が無効ということになれば、表示(契約書の記載)から推断される意味内容を信頼したB氏が全く保護されないことになってしまいますが、常にこのような帰結となるのはいかにも不当です。

そこで、民法は、同条但書で、「表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない」と定めることにより、表意者と相手方の保護のバランスを取ることにしています。本件にあてはめますと、O社は、A氏の更新契約書をB氏の氏名に書き換えて使用し、賃金日額をB氏のものに変えるのを失念したまま送付してしまったというのですから、「重大な過失」があると判断されてしまう可能性が高いと思われます。そうなれば、O社は、契約の無効を主張することができないことになります。それでは、賃金日額の書き間違いの程度が甚だしい場合(例えば、日額1万円のところを10万円と書いてしまったような場合)でも、無効主張はできないのでしょうか。このような場合にまで無効主張ができないというのも、いかにも非常識です。そこで、表意者が錯誤に陥っていることを相手方が認識し得る場合には、無効主張が可能と解されています。日額が桁違いになっていれば、表意者が勘違いしたものと容易に認識できますから、このような場合は無効主張ができるとされているのです。

以上により、O社は、今回の契約期間については、契約書記載の賃金日額でB氏を雇用する他ありません。B氏に辞めてもらうとすれば、次の契約期限の際に雇い止めにすることになりますが、外国人であっても、日本人と同様に雇い止め制限法理が適用されますので注意が必要です。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:池田 順一)

今回のトラブル発生の原因は、契約書の内容を社長がチェックしないまま発送してしまったことにありますが、その根本には様々な要因があるように思われます。

一番の問題としては、契約内容が就業実態に合っているとし外国人労働者と十分な話し合いをしないまま安易に考え、捺印した契約書2部を送付しその内の1部を返却させる契約方法を更新の都度行ってきたことにあります。

弁護士のアドバイスのとおりB氏との契約は会社の意図するところと異なったまま有効に成立してしまいます。本件のような労働者と会社(事業主)との間のトラブルは、個別労働関係紛争といわれ近年増加の一途をたどり、平成23年度厚生労働省の総合相談コーナーに寄せられた件数は100万件を超えると共に、民事上の個別労働紛争相談件数も25万件を超しております。

民法で契約(労働契約)は、当事者双方の意思の合致(一方の契約の申込、他方の承諾)のみにより成立し、契約書の有無を問わず口頭でも有効に成立するとされています。労働契約の内容である労働条件を明確にしないままにしておきますと、後々トラブルの原因になりますので、民法の特別法である労働基準法第15条では労働者の賃金、労働時間その他の労働条件の明示を義務づけ、さらにその明示方法として書面の交付をも義務づけています。義務ですので違反すれば当然に罰則があります。

また、民法の特別法としての労働契約法が、平成20年3月1日より施行されています。この労働契約法の中でO社の事例に特に関連するものとしましては、次の2条があります。

?第3条(労働契約の基本原則)には、契約の基本である意思表示の合意(合致)が定められると共に、労働契約の内容が仕事の内容や能力・経験などその働きに見合った合理的なものでなくてはならないと規定しています。

?第4条(労働契約内容の理解の促進)には、契約内容に労使間で認識のずれがあると後のトラブルの原因となりますので、契約内容を曖昧にしたままにせず、できる限り書面により労使当事者間で内容を明確にすることを規定しています。O社が十分な話し合いを行わずに契約書を一方的に送付していたとすると問題があります。

O社の社長は、B氏をこの件を機に契約不成立で退職してもらおうかと思い始めたとのことですが、既に述べたとおり新しい契約は有効に成立していますし、前契約期間の満了で退職とすることは解雇したこととなり、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」(労契法第16条)により無効とされます。強行すれば訴訟となることが予想され、その場合の会社が受ける損害は計り知れません。

使用者が有期労働契約の更新を拒否したとき、その期間満了により契約が終了することを「雇止め」といいます。これまでは判例による解雇法理の類推適用を受け雇止めの有効・無効の判断がなされていましたが、法改正により第19条として条文化されました。対象となる有期労働契約は、次に掲げる?、?のいずれかの契約で労働者から更新の申し出があったものを、使用者が雇止めすることが「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」は、その雇止めは認められません。

?過去に反復更新された有期労働契約で、その雇止めが無期労働契約の解雇と社会通念上同視できるものと認められるもの
?労働者において、有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があると認められるもの

また、今回の法改正で有期労働契約が反復継続されて通算5年を超えたとき労働者の申込をもって無期労働契約の転換を承諾したとみなす条文(第18条)も追加され、より労働者の保護が強化されました。

外国人労働者といえども、日本人労働者と同様に労働基準法、最低賃金法、労働者災害補償保険法等が適用されます。我が国の労働諸法規は、国籍等に関係なく日本国内で労働する者を対象とする属地主義をとっています。

一方、入管法は、一定の場合のみ就労のための入国、在留を認め、外交・公用・永住者の在留資格以外は3年(今回の法改正により5年)以内の一定期間とされています。 また、「外国人労働者の雇用・労働条件に関する指針」では、外国人労働者を雇用する場合は、その者が適法に在留し、就労できる者であるかを必ず書面で確認する必要があります。外国人労働者は、自分の能力や適性について強く主張する傾向が見られますし、契約を重視しますので合意内容は正確に文書に落とし込むことが必要です。安易な日本人的発想は避け相互に納得した労働条件で協同し、企業の発展を図る必要があります。

税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)

税理士の立場からは、外国人の源泉徴収制度についてご説明します。

個人の納税義務者は、「居住者」と「非居住者」、また「居住者」はさらに「非永住者」と「それ以外」に区分されています。それぞれその区分ごとに、課税所得の範囲が定められていますが、「居住者」で「非永住者以外」については、「日本国内及び国外で生じたすべての所得」が課税対象となります。また、「居住者」のうちの「非永住者」及び「非居住者」については一定の国内源泉所得等のみについて課税対象とされています。

ここにいう「居住者」とは、日本国内に住所を有する個人または日本国内に引き続き一年以上居所を有する個人をいいます。「非居住者」は居住者以外の個人をいいます。

さて、一般的には、非居住者が支払いを受ける給与等の人的役務の提供に対する報酬等については、原則として、日本国内において役務の提供が行われたものを国内源泉所得として源泉徴収を要することとされています。

また、非居住者に対する源泉徴収については、一般的に税率二十%の分離課税が適用されますので、確定申告は不要です。

源泉徴収義務者は、居住者に対しては「給与所得の源泉徴収票」を二通作成し、受給者と所轄税務署長に提出するのが原則ですが、非居住者については、この規定の適用がありません。非居住者については、支払調書を作成することになります。非居住者については、日本国内での確定申告は必要ありませんが、帰国後に、本国で外国税額控除を受けるためには、源泉徴収票ではなく、本人が帰国した後で、源泉徴収義務者(支払者)が所轄税務署長から納付済みの証明書の発行を受けて、本人に送付することになります。

居住者である外国人(「非永住者」を除く、以下同じ)の扱いは、基本的には、日本人と同じですので、年末調整や源泉徴収票の作成、あるいは確定申告などが必要です。またその居住者が、日本を出国する時には、その時までに、確定申告が必要な場合には所定の納税手続きをしなければなりませんし、還付税額がある場合にはその手続きをすることができます。

外国人に対する源泉徴収については、国内法である所得税法とそれぞれの国と租税条約を締結している場合には、その租税条約の内容により取扱いが異なる場合がありますが、年の中途で、出入国があった場合の短期滞在者については次のような要件を満たしている場合には、免税規定が適用されることが一般的です。

?滞在期間が課税年度(暦年単位、一月一日から十二月三十一日を一単位として)または継続する十二ヶ月を通じて合計百八十三日を超えないこと。
?報酬等の全額が日本国外の会社等から支払われていること(日本の支店等が負担していないこと)。
?日本の居住者でないこと(海外の居住者であること)。

これは、数日間あるいは数週間などの短期滞在者に国内源泉所得に対する課税ルールを厳密に適用すると極めて煩雑な税務処理が本国でも、日本でも発生してしまうことが理由です。通常「183日ルール」と云われるものです。

ただし、当初の予定では短期滞在者に該当していたものが、帰国後すぐにまた日本に戻ったために要件に該当しなくなった場合などには、前年に遡って課税対象にされるケースもありますので注意が必要です。

居住者である外国人については、社宅家賃の会社負担などが発生することも多いと思いますが、これらの扱いも基本的には日本人社員と同じ扱いを受けます。賃貸料相当額とその徴収している賃貸料の額との差額が給与等として課税対象となります。

「賃貸料相当額」とは、
家屋の固定資産税の課税標準 × 0.2% + 12円 × (家屋の総床面積(?)/3.3?) + 敷地の固定資産税の課税標準額 × 0.22%
として計算したものをいいますが、本人から賃貸料相当額の二分の一以上を徴収していれば、課税されません。

その他の経済的利益に対する課税関係も、基本的には、居住者である外国人については一般の日本人と変わるところはありませんが、「ホームリーブ旅費」と云われるものが特例的な規定として認められています。

これは日本国内に長期間引き続き勤務している外国人に対して、就業規則等に定められたところにより、相当の勤務期間(概ね一年以上)を経過するごとに休暇のための帰国を認め、その帰国費用に当てるために支給する金品については、一定の範囲で課税しなくてもよいというもので、本人のみならず、その人と生計を一にする配偶者やその他の親族に係る費用も含まれるというものです。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット山形 会長 藤見 義彦  /  本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 池田 順一、税理士 木口 隆



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