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第126回 (平成24年7月号)

賞与の概算支払と確定精算? 
業績が悪ければ返金となります…!!

SRネット鹿児島(会長:横山 誠二)

相談内容

今回のT社長の発案は、「賞与の前払い精算方式」というものでした。現在のA社は、完全年俸制で賞与の制度はありません。他国の法人では、すでに導入済みのところもあり、それなりの実績を上げているとのことでした。

「賞与の前払い精算方式」とは、四半期が終わる頃に、当期の業績予測から賞与原資を計算し、以降四半期毎に支払うというもので、業績が予想以上の場合は、最後の四半期分に加算され、業績が低迷した場合には、最後の四半期分で減額調整、なお調整しきれない場合は、翌期の賞与からさらに減額するというものでした。期の途中で退職する社員、あるいは、翌期の減額調整を待たずに退職する社員については、相応の額の返金を求める(退職金がある者については退職金を減額)という仕組みです。

A社の人事部長は、「この方法は日本の法律に抵触する」「支払うものから差し引くことはまだしも、一旦支払ったものを返金させることはできない」とT社長に意見しましたが、「規則を変更し、合法的にできる方法があるはずだ。諸外国では問題なく実行しており、社員たちは減額という事態とならないように、必死に頑張っている。できたら支給する、よりも、できなかったら返金、というプレッシャーの方が効果的だ」と強気の姿勢です。T社長の視線が、いかにも自分が能力なし、というよに見て取れ、「日本の法律に抵触しないように、鋭意検討しますので、2週間お時間をください」というのがやっとでした。

翌日の営業会議に顔を出した人事部長が、T社長の発案概要を説明すると、以外にも社員たちの賛成が多いことに驚きました。「部長、前払いとは気前がいい話じゃないですか!ぜひ、やりましょう」

相談事業所 組合員企業A社の概要

創業
平成15年

社員数
35名 契約社員9名 パートタイマー1名 

業種
工業機械の輸入販売

経営者像

○国が本社の日本法人であるA社のT社長は51歳、本社からの出向者。何事も自国の常識からくる発想で人事・賃金制度を変更しようとするため、日本人の人事部長はてんてこ舞いです。社員のやる気を高めるために、あの手この手を打ってくるT社長でした。


トラブル発生の背景

どのように定義すれば、一旦支払った賃金を状況によって返済させることができるのでしょうか。

社員からすれば、減額調整や返済などの事態が発生することなどないだろう、という安心感があるようです。賞与ではなく、貸付金であれば問題ないのでしょうか。

経営者の反応

人事部長の報告を聞いたT社長は、「やはり社員達も望んでいることなのだよ、先にガソリンを入れておくと馬力が上がるというものだよ」と上機嫌です。

しかし、人事部長を見るとかなり顔色が悪いことに気がつき、「まだ、君に与えた時間はある。専門家に相談するなどして、このシステムを万全なものにしておこう。君が心配しているように、プラスばかりではないからな…」というT社長に、「私はもう社長についていけません、会社を辞めさせていただきます」と人事部長は、ほとほと疲れ果てた様子で社長室を後にしました。人事部長からすれば、いくら外資だからといって、ここは日本であり、何でも通用するはずがない、という過去からのジレンマがついに爆発したような結果となってしまいました。そして、パワハラで訴えられるものなら、何とか一矢報いたいような気持にさえなっていました。

そんな人事部長の気持ちが伝わったのか、T社長は不安な気持ちになりました。頼りないと思っていた人事部長でしたが、いなくなると寂しいものです。賞与の件を含めて、力強いアドバイザーを探すべく、外国人クラブの友人に相談することにしました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:中馬 敏之)

賞与とは、通常、就業規則等において、夏季及び年末の2回程度支給されるまとまった金額のものをいいます。賞与は、労働基準法上の「賃金」にあたり、賃金の一種とされていますが、賞与には労働の対償としての側面のほか、会社に対する功労報償的意味や従業員の生活補填的意味、さらには将来の労働意欲を向上させる意味も含まれています。

また、賞与は、賃金そのものとは異なり、支給自体が会社の業績に左右される不確定なものですので、毎月1回以上一定期日払の原則の例外とされています(労働基準法24条2項但書)。しかし、就業規則等において賞与の支給金額、支給時期、計算方法等支給条件が確定すれば、社員が有する具体的権利となり、全額払いの原則の適用を受けることとなります。

ところで、賞与の支給については、就業規則等において、支給日に会社に在籍する者に限る、との定めを設けているものが多くみられます(支給日在職者条項)。この支給日在職者条項は、最高裁において有効性が認められていますが(大和銀行事件、最高裁昭和57年10月7日判決)、支給が3ヶ月程度遅れた二プロ医工事件では、支給日在職要件は、通常の賞与支給月をもって支給日が定められた場合に限って合理性を有するとしたものもあります(最高裁昭和60年3月12日判決参照)。また、支給日在職要件をもって、退職日を自由に選択できない定年退職者に適用することには学説の批判も強いのが現状です。

さて、本件において、A社のT社長は、従業員の労働意欲を向上させようと、「賞与の前払い精算方式」の導入を検討しています。この方式ですと最後の四半期まで賞与の総支給額は確定しないものの、四半期ごとに賞与の支給金額、支給時期が確定しており、確定した賞与を従業員に支払い、業績の変化により最後の四半期で賞与の加算ないし減額の調整を行うことになります。結局、賞与を年4回支給することと変わりがありません。では、減額調整を行う場合に、退職者から賞与の返金を求めたり、退職者の退職金を減額したりすることができるのでしょうか。

A社の方式では、在職者は支払った賞与を返金する必要がないのに退職者は返金しなければならず、在職者に比し退職者の法的地位が不安定になるうえ、確定した賞与を一部しか支払わないことに等しく全額払いの原則に抵触するおそれがあります。さらに、支給日在職者条項の定めがある場合、支給日に会社に在職していなければ賞与の受給資格がなく、退職者には会社の業績が好調な場合でも賞与の支給や加算がされることはあません。そうすると、会社の業績が低迷した場合に賞与の返金を求めるのは、会社の業績が好調な場合に退職者に賞与の支給や加算がされないこととの関係で均衡を欠くものと思います。

したがって、一旦支給した賞与を退職者から返金させることは、退職者との間で明確な合意がない限りできないものと考えます。

また、退職金については、賃金の後払い的性格から、従業員の勤続の功労を抹消するほどの背信行為があった場合には不支給とすることができるとされ(東京地裁平成6年6月28日判決)、退職金の減額も会社に対する背信性のある場合に限り許容されるでしょう。よって、会社に対する背信性が特に認められない場合に、会社の業績が低迷したことを理由に退職金を減額することはできないものと考えます。

結論としては、退職者からの返金や退職金の減額をしない方式であれば導入可能ではないでしょうか。なお、貸付金との名目であっても労働の対償として支払われる限り、労働基準法上の「賃金」にあたり、会社の業績が低迷した場合に貸付金だから返金してもらうというわけにはいきません。

つぎに、人事部長に対するT社長のパワハラの有無について検討します。

パワハラとは、パワーハラスメントの略語ですが、多義的で法的な概念ではありません。一般的には同一集団内で力関係において優位にある者が自分より劣位にある者に対して、主観客観に関わりなく、一方的に一時的または継続的に身体的、精神的、社会的苦痛を与えることをいいます。

一般的に、職場内のパワハラやいじめは、長期かつ執拗に行われることがあり、被害者は強度の精神的ダメージを受け、ノイローゼやうつ病となり最悪自殺に至る例もあります。この場合、加害者は、暴行罪や傷害罪といった刑事責任や、人格権侵害を理由とする不法行為責任といった民事責任を負うことがあります。また、使用者たる会社は、労働契約上の職場環境整備義務違反を理由とする契約責任や不法行為責任を負うことがあります。

それでは、パワハラやいじめが、いかなる場合に違法と判断されるのか。海上自衛隊事件では、パワハラについて、一般に人に疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した場合には、心身の健康を損なう危険があると考えられるから、他人に心理的負荷を過度に蓄積させるような行為は、原則として違法であるというべきであるとし、心理的負荷を過度に蓄積させるような行為かどうかは、原則としてこれを受ける者について平均的な心理的耐性を有する者を基準として客観的に判断されるべきである、としています(福岡高裁平成20年8月25日判決)。

T社長は人事部長より優位な立場にあり、背後には職場内の力関係が存在します。そして、「過去からのジレンマ」とあることから、T社長はこれまで人事部長に無理難題を押し付けてきたものと推測されます。具体的な態様や程度は不明ですが、長期間継続的に日本では通用しない無理難題を押し付け、人事部長に心理的負荷を過度に蓄積させていたとすれば違法と判断され、人事部長に生じた損害について契約ないし不法行為に基づく損害賠償責任を負うことがありうるかもしれません。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:横山 誠二)

日本では賞与を賃金の一種とし「賃金の後払い」や「利益還元」と考える説があります。

労働基準法では「賞与とは定期または臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支払われるものであって、その支給額が予め確定されていないものをいう」(昭和22.9.3発基第17号)と通達がなされています。

したがって、多くの企業では業績によって支給額が大きく左右され、場合によっては全く支給されないケースもあり得ます。このように月々の賃金とはその性格を大きく異にしています。

では本件A社のT社長が提案した、賞与を四半期ごとに業績予測に基づいて支給することについて、労基法上問題があるかというと、上記解釈から支給が確定しないわけですから明らかな違法とはいえません。

つぎに、A社の完全年俸制について考えてみましょう。年俸といえばプロ野球選手の契約更改が有名ですが、近年、成果主義型賃金や業績反映賃金制度の導入によって大手企業で採用が進んでいるようです。

年俸制を採用する多くの企業ではあらかじめ年俸を14等分または15等分に分けて2か月また3か月分を賞与に充てる方式をとることが一般的です。

今回、A社の賞与支給方法の詳細が不明ですが、もし既に決定している年俸を幾分か分散して支給するのであれば、月額給与が減額されるので労働条件低下の問題が発生します。人事部長はこのあたりも懸念していると思われます。

逆に従来の年俸に加えて賞与を四半期ごとに支給するとなれば急激な人件費高騰で資金繰り悪化の問題が生じる可能性があります。

T社長の意図がどこにあるのか判然としませんが、シミュレーションによる予測や業績による分配の方法など時間をかけて慎重に検討すべきと考えます。

メリット・デメリット
A社が検討している賞与制度のメリット・デメリットの考察をしてみましょう。

T社長は業績が伸びることだけを考えているようです。常に業績向上を続けるなら賞与も右肩上がり、社員のやる気も保たれることでしょう。しかし、最近の為替相場の変動や経済のグローバル化、さらに想定外の事態の発生など、将来の予測が極めて困難な経営環境において、好業績だけに着眼することはあまりにも危険だといわざるを得ません。

業績不振により最後の四半期で前3回分の調整をし、過去の清算を払わされることになったとしたらどうでしょう。きっと不満要因となって、社員のモラールが下がることは目に見えています。

また、退職後の賞与清算については、T社長は外国で問題なく実行しており、日本でも合法的にできると考えているようですが、日本では属地主義をとっていますので外資企業といえども当然日本の法律の適用を受けることになります。

ところで、T社長は最後の四半期で清算ができなかった場合、または期の途中で退職した社員からは退職金での清算を検討していますが、これには大きな問題があります。

判例においても支給条件が明確な退職金については「その法律上の性質は労働基準法第11条にいう賃金に該当する。」(電電公社小倉電話局事件 最高裁昭和43.3.12)との解釈があります。

退職金の支給に関しては、懲戒解雇に絡む退職金不支給または減額などについての判例がありますが、多くの判例はよほどの事情がない限り(懲戒解雇に匹敵する重大過失など)退職金の減額、不支給などは認めていません。退職金も賃金に該当するとの判断からすれば、弁護士の説明の通り、本件において退職金で賞与の清算が合法との判断が出される見込みはほとんどないと考えます。

さらに、社会保険についてもデメリットがあります。定時決定における社会保険料の算定方法は、4,5,6月に支払われた賃金合計の平均値にて決定されます。一方賞与については年3回までの支給については支給金額に一定の料率を乗じて保険料を控除します。ところが年4回以上賞与が支給される場合、過去1年の賞与額を12等分して先の平均値に合算して月額報酬として決定することとなります。このように年4回以上の賞与支給は社会保険料についてもその手続きが煩雑になるのでできるだけ避けたいものです。

以上により、本件のT社長の発案による賞与制度は、デメリットの多い制度といわざるをえず、また制度としていったん導入すれば、再び撤回することも逆に労働条件低下となりかねません。社員との間においても、優秀な社員の流出や在職者、退職者を問わず様々な紛争が起こるリスクを考慮すれば、人事部長としては毅然とした態度で社長を説得することが必要です。

税理士からのアドバイス(執筆:池田 剛)

外国人社員に対して給与を支払う場合は、他の社員と同様に原則として所得税を源泉徴収する必要があります。その際、その外国人が「居住者」に該当するか、「非居住者」に該当するかによって、源泉徴収の取り扱いは異なります。

居住者とは、国内に住所を有する者、または国内に現在まで引き続き1年以上居所を有する者です。非居住者とは、居住者以外の者で国内に住居及び居所を全く有しない者、または国内に住居を有せず、かつ現在まで引き続いて1年未満の期間しか居所を有していない者です。

居住者に該当する場合は、他の社員と同様の計算方法によって所得税を計算して給与より徴収します。非居住者に該当する場合は、原則として20%の税率による源泉分離課税によって納税を行います。

所得税法上、扶養控除の対象となる扶養親族とは、居住者の親族で居住者と生計を一にするもののうち、合計所得金額が38万円以下のものをいいますが、対象者については国内に居住しているか否かを問いません。

また、居住者が親族と日常の起居を共にしていなくても、親族間において常に生活費、学資金、療養費等の送金が行われている場合には、それらの親族は生計を一にしているものとして取り扱われるので、送金額が生活費相当額であり、かつその親族が所得要件を満たしていれば、別居している親族であっても扶養控除の対象とすることができます。
(参照 所得税法 第2条第1項第34号、第84条)

外国人社員の本国へのホームリーブ費用(帰省費用)について
外国人社員の本国への帰省費用については、以下の要件を満たせば会社が負担しても、その社員の給与として課税されません。
? 日本で長期間継続して勤務する外国人社員に対する帰省費用であること
? 就業規則等の定めるところにより相当の勤務期間(概ね1年以上)を経過するごとに認められている帰省であること
? その帰省費用は、最も経済的かつ合理的と認められる通常の費用の範囲内であること
(参照 源泉所得税個別通達(直法6?1(例規)昭和50年1月16日)

外国人社員の福利厚生費・税金の会社側での負担について
外国人社員が使用する社宅の賃貸料や水道光熱費、さらには社員個人の所得税・住民税・社会保険料なども、会社側で負担する場合が多くあります。それらの会社負担分は個人への経済的利益として、その個人の所得税や社会保険料などの課税対象となります。

このような場合は、その経済的利益も含めた上での税金等の計算のシミュレーションを行い、税金等を差し引いた金額が適切な額になるかどうかという「グロスアップ計算」を事前に行うことが重要となってきます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット鹿児島 会長 横山 誠二  /  本文執筆者 弁護士 中馬 敏之、社会保険労務士 横山 誠二、税理士 池田 剛



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