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第119回 (平成23年12月号)

?「退職した者に永年勤続報奨金は支払いません…」?!?

SRネット山形(会長:山内 健)

相談内容

55歳のW社員は、まもなく勤続30年になろうとしています。根はまじめなのですが、酒好きが高じてたまに大失敗をすることがありました。これまでは、笑い話の域を越えることがありませんでしたが、ある日のこと、仕事帰りに酒を飲んだW社員が飲酒運転で警察に拘留されるという事態が発生してしまいました。幸いに人身事故には至らなかったものの、地元の新聞には壊れたポストの写真と実名が公表され、会社の人間がマスコミからインタビューされるという始末となりました。R社では直ちに懲罰委員会を開催し、W社員の懲戒解雇が即決され、W社員は、退職金を支給されることなくR社を追われました。

それから6ヶ月ほど経過した頃、W元社員から電話がかかってきました。要約すると、自分の不始末なので解雇も退職金不支給も納得している。しかし、30年勤続報奨金の30万円についてはもらう権利がある、というものでした。

確かにR社には、勤続報奨金の規定があり、今年もつい先月に贈呈式を終了したばかりでした。電話の応対をした総務部長は、「在職しているからこその報奨金だ、退職した者が請求する筋合いはない」と突っぱねましたが、W元社員は、「飲酒運転の件は、結果的に酒気帯びで罰金刑だから、懲戒解雇は重すぎるし、30年勤めて退職金なし、についてもひどいと思っていますよ、実際に30年勤めたのだから、その祝い金くらいもらってもよいでしょう…」とあくまでも強気です。押し問答が続きましたが、どうしても支払わないなら、解雇撤回と退職金の支払いを求めて裁判を起こす、というW元社員に「社長と相談するから、少し時間をくれ」というのがやっとでした。さっそく総務部長がT社長に相談すると、一喝の下に無能呼ばわりされ、聞く耳さえ持たない、という態度でとても話にはなりませんでした。

相談事業所 組合員企業R社の概要

創業
昭和40年

社員数
31名 パートタイマー6名

業種
空調設備工事業

経営者像

R社のT社長は67歳、先代の後を継ぎ、R社をまずまず発展させてきました。時代の波に流されることなく、年功主義を継続した成果として、R社は社員の定着がよく、「自己都合」で退職した社員は、この40年で10名足らずです。


トラブル発生の背景

賃金ではない慶弔見舞金、勤続報奨金などについて、その金額の規定はあるものの、支給要領については定めていないケースが中小企業には散見されます。
相手に強く出られると、何が正しくて何が悪いのか、わからなくなってしまうような頼りない管理職も存在しますが、総務部長の初期対応はどうだったのでしょうか。

経営者の反応

「お前は何をやっているのだ!」T社長は総務部長への苛立ちをますます高めています。周りの役員立ちもT社長に同調し、総務部長をなじるばかりです。総務部長はついに逆切れし「私は断固彼の要求を突っぱねましたが、不当解雇で訴えられることを考えると、いくら会社が正しくても、報奨金支払って済むのなら、その方が安いと考えたのです、どなたか妙案があったら教えてください!」とT社長や役員達を見渡しました。総務部長の剣幕にさすがのT社長も冷静を取り戻し「確かに部長の言うことにも一理ある」と豹変しました。「しかし社長、退職した者に勤続報奨金を支払う前例となりますが、よろしいのでしょうか」とある役員。「これからは報奨金をなくせばよいのだ」とある役員。まとまりがつかなくなった会議に総務部長が苛立ち「社内では結論が出そうにありません、相談先を探しましょう」と言うと、「総務部長の言う通りだ、今後のこともあるので優秀な専門家に解決策を伝授いただこう」とT社長が締めくくりました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山 永)

本件においては、まず、飲酒運転を理由とする懲戒解雇および退職金の全額不支給がそれぞれ有効なのかを確認しておきましょう。これらの問題と比較すれば、勤続報奨金の問題は小さな問題に過ぎません。

近年、飲酒運転による重大事故が多発したことから、飲酒運転に対する社会的批判が高まり、これを受けて飲酒運転に対する種々の制裁(刑事罰、免許取消等の行政処分、勤務先における懲戒処分等)が強化されており、官、民ともに、飲酒運転した労働者を懲戒解雇する例が増えています。

しかし、単なる(人身事故を伴わない)酒気帯び運転であれば、通常、刑事罰は略式起訴による罰金刑に留まり、正式起訴されて懲役刑を宣告されることはほとんどなく、それほどの重大犯罪とはされていません。このような刑事的な扱いとのバランスからしても、飲酒運転を理由に懲戒解雇とするのは、処分として重過ぎるのではないか、という問題があります。

この点が争われた裁判例は少なからずあり(特に公務員に関するものが目立ちます)、懲戒解雇が有効とされたもの(名古屋高判平20.2.20等)もあれば、無効とされたもの(神戸地判平20.10.8等)もあります。飲酒運転の一事をもって白黒が付く事柄ではなく、他の事情も総合的に考慮して有効無効の判断がなされているという他ありません。

本件のW社員の場合、それまでには格別な非違行為もなく30年にわたって勤務してきたわけですし、民間企業の社員であって公務員ほど高度の社会的責任は要求されていないともいえますから、懲戒解雇の効力が争われれば、R社の方が分が悪いと思われます。また、懲戒解雇が有効とされても、そこから直ちに退職金の全額不支給が正当化されるわけではありません。

退職金は、「賃金の後払」的性格と「功労報償」的性格を併せ持ったものと考えられています。懲戒解雇の場合には退職金を支給しない(あるいは減額する)旨の規定が就業規則等におかれている例が多くあり、退職金の「功労報償」的性格からすれば、このような規定を一般的に無効ということはできませんが、「賃金の後払」的性格からすれば、その許容性はかなり厳格に考える必要があります。そのため、退職金不支給・減額規定を有効に適用できるのは、労働者のそれまでの勤続の功労を抹消(全額不支給の場合)ないし減殺(一部不支給の場合)してしまう程の著しく信義に反する行為があった場合に限定されると解されています。飲酒運転を理由とする懲戒解雇を有効としつつ、退職金の全額不支給は許されないとした裁判例として、東京地判平19.8.27(ヤマト運輸事件。規定額の約3分の1の支払を命じました)があります。本件のW社員についても、仮に懲戒解雇が有効とされたとしても、退職金全額の不支給は有効とは認められず、W社員から請求があれば、相当額を支給しなければならないことになるでしょう。

次に、永年勤続報奨金ですが、これは「賃金の後払」的な性格は持っておらず、「功労報償」的なものと解されます。したがって、支給基準、額、方法、支給日、支給対象者等については、使用者において自由に定めることができます。支給日を定めておき、その日に在職していることを支給要件とすることも有効と解されます。支給日に在籍していることを支給要件とすることの有効性については、賞与について問題とされたことがありますが、「賃金の後払」的性格をも持つとされる賞与の場合ですら、支給日在籍要件は有効とされています(最判昭57.10.7等)。

よって、懲戒解雇が有効であるとすれば、W社員は所定の支給日にはR社に在籍していなかったことになりますから、永年勤続報奨金を請求することはできないという帰結になります(逆に解雇が無効とされれば、在籍要件を充たすことになり、請求できることになります)。

R社における勤続30年の報奨金の額は30万円であり、退職金に比べれば少額です。W社員も勤続報奨金さえもらえれば、懲戒解雇を争ったり退職金を請求したりはしない考えのようですから、これをW社員へ払うことによって、すべて決着させるというのも現実的な解決方法かも知れません。しかし、前述のとおり、勤続報奨金は、懲戒解雇が有効であれば支払う理由のないものですから、これを支払うというのは、R社の基本的な立場と論理的に矛盾する行動になります。勤続報奨金としてではなく、解決金等の名目で30万円を支払うことにより決着を目指すのがベターではないかと思われます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:池田 順一)

労基法でいう賃金とは、「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払う全てのものをいう。」(法11条)とされています。

行政実務上、?任意的恩恵的給付?福利厚生給付?企業設備・業務費に当たるものは原則として「賃金」とはされませんが、就業規則、労働協約等でその支給基準等が具体的に決められているものは例外として「賃金」とされます。(昭22.9.13 基発17号)

したがって、R社の永年勤続報奨金規定による給付や慶弔見舞金規定による給付等の福利厚生給付が就業規則(別規定にしている場合を含む。以下同じ。)に支給基準等が具体的に規定されている場合は「賃金」とされ、労基法上の支払義務等の規制を受けます。

ご存じのように常時10人以上の労働者を使用する使用者は就業規則を作成し、所轄労働基準監督署長に届出をしなくてはなりません(法89条)。就業規則の内容には必ず記載しなければならない事項(絶対的必要記載事項)として?労働時間関係?賃金関係?退職関係(退職手当は含まれません。)と、定めをする場合には必ず記載しなければならない事項(相対的必要記載事項)があり、表彰および懲戒規定は相対的必要記載事項とされています。

中小企業の就業規則では、表彰および懲戒規定は同じ章になる場合が多いのですが、どうしても懲戒規定に重点を置きがちになり、表彰規定は概略的記載(対象者、実施日)のみでなおざりにされる場合が多く見受けられます。

表彰制度は従業員のモラールアップ、企業のイメージアップ、生産性を向上させるためのモチベーションアップを目的として多くの企業で実施されています。一般的に永年勤続表彰、発明・考案、業務改善等の会社に対する功績表彰および災害防止の無事故表彰からなっていますが、R社のように年功主義を取っている企業は成果主義を取っている企業に比べ、さらに設定する意義は大きいと言えるでしょう。

この永年勤続表彰規定を実効性の有るものにするためには、?その目的?対象者およびその永年勤続の年数?欠格者?勤続期間の計算方法?表彰の内容(方法および金額)?表彰の時期等を具体的に定める必要があります。

本件のR社の勤続報奨金規定を文章から想像するに、勤続年数に対する報奨金の額、実施日(贈呈日)の定めは有るが、表彰を行なわない場合(欠格者)の規定、例えば ?表彰日に在職しない者
?表彰日前1年間に懲戒処分を受けた者
?その他、会社が永年勤続表彰をすることを適当でないと認めた者
等の適用除外が規定されていないため今回のトラブルに発展したと思われます。

その結果、除外規定がないのであればR社は賃金として、報奨金の支払義務を有していることになります。

一般的に、中小企業では懲罰委員会規定を定めているところはそれほど多くはないと思いますが、定める場合の内容としましては?その目的?委員会の構成?職務?招集?審議事項?意見聴取等?当事者の弁明等があります。

さて、本件におけるR社の対応は素早く、新聞報道後直ちに懲罰委員会を開催し、懲戒解雇を即決したとのことですが、果たしてこれでよかったのでしょうか。

そもそも懲罰委員会は、従業員の懲戒処分を実施するに当たり公正な取扱いを行なうために設置するものです。W社員が同委員会に出席した形跡がないため、同人の弁明を聴聞しないまま処分を決したとするならば問題があります。

W社員は、一旦解雇および退職金不支給を納得しながら、報奨金の支払がない場合は解雇撤回と退職金支払の訴訟を起こすと言っているところをみると今回の処分に不満を持っていることは明らかです。

懲戒解雇処分は、労働者の生活基盤を奪い退職金の不支給など多くの不利益を与えるものであるため明確な根拠が必要とされ、その根拠は就業規則に定められた規定に求められます。弁護士の説明の通り、懲戒解雇処分は少し厳しすぎる感があります。懲戒解雇は処分される社員、処分する企業とも大きな傷を負うものです。

また、労働者の責に帰すべき事由により所轄労働基準監督署長の認定を受けた場合は、解雇予告および解雇予告手当の支払をしないで即時解雇をすることが可能ですが、1度の私生活上の酒気帯び運転(執行猶予)および物損事故等で認定が受けられるかは疑問です。仮に認定が受けられなかった場合にはたとえ懲戒解雇といえども解雇予告手当の支払が発生します。

前々からW社員は酒好きで笑い話で済む程度の失敗を重ねていたようですが、R社がいろいろな対策を講じるべき必要性があったにも拘らず行なっていなかったとすれば、今回のトラブル発生の責任の一旦はR社にもあるといえます。たとえ私生活上の行為であったとしても、会社の義務に支障があるようであれば懲戒規定のうち、けん責、減給等の軽いものを適用しながら本人の自覚を促すなどの処置は取り得たはずです。

R社がW社員との円満な和解を図ると共に、諸規定の見直しを行ない社内、社外を問わずコンプライアンス(法令遵守)の徹底を図るよう努力されることを期待します。

税理士からのアドバイス(執筆:木口 隆)

税理士の立場からは報奨金、表彰等として支給される金銭や経済的利益と給与や賞与の区別について、受け取る側の立場からの税務上の問題点を整理いたします。

まず、受け取る側から考えたとき、その所得が課税される所得なのか課税されない所得なのか、ということがひとつの問題となります。このことについては、直接の金銭であるか否かを問わず、会社から受けた経済的利益については、その利益を享受した者の所得とされるというのが基本的な考え方となります。しかし、見舞金等あるいは永年勤続の表彰、会社の福利厚生としての旅行やレクリエーションなどの全てについて給与課税することは、社会通念上適当でないということや少額不追求の考え方から、課税上弊害がない範囲内であれば課税対象としないことになっています。

ここで問題になるのは、社会通念上一般的とされる範囲と金額はどこまでなのか、ということです。具体的には所得税法の基本通達や租税特別措置法の基本通達などである程度明らかにされています。たとえば、永年勤続者に対する経済的利益については、およそ次のように規定されています。

『使用者が永年勤続した役員または使用人の表彰に当たり、その記念として旅行、観劇等に招待し、または記念品(現物に代えて支給する金銭を含まない)を支給することにより当該役員または使用人が受ける利益で、次に掲げる要件のいずれにも該当するものについては課税しなくて差し支えない』ものとして取り扱われています(所得税基本通達36-21)。

1 当該利益の額が、当該役員または使用人の勤続期間等に照らし、社会通念上相当と認められること。
2 当該表彰が、おおむね十年以上の勤続年数を対象とし、かつ、二回以上表彰を受けるものについては、おおむね五年以上の間隔をおいて行われるものであること。

ここで注意が必要なのは、「現物に代えて支給する金銭を含まない」という括弧書きです。別の言い方をすれば、現金で支給されるものは全て課税対象だということになります。ここでは、現金でないこと、またその対象期間については具体的に示されていますが、その価額については「社会通念上相当と認められること」としか記載されていません。実務上難しいケースも出てくることが予想されますが、まずは会社の規定を明確にしておくことが重要であると思います。ケースバイケースで個人によって大きく差がある場合には、賞与的な意味合いが強いものとして、課税対象とされることもあります。

また、商品券や旅行券の支給には注意が必要です。商品券はその実質が現金とほとんど変わりありませんから当然課税対象になりますし、旅行券も換金性が高いものですから、支給後相当の期間内で実際に旅行していない場合には、課税対象になると考えるべきでしょう。期間は概ね一年ぐらいと考えるのが一般的のようです。

本件でいえば、支給される(かもしれない)のは報奨金ということですので、当然に現金であることが前提でしょうから、それがたとえ永年勤続に対して支払われるものであっても、課税の対象になります。

さらに本件では、退職によって一時に受け取る性質のものとなるのかどうかということも問題となりそうです。もしもそうなれば退職所得として、通常の給与や賞与とは区別された課税関係になります。退職所得については長期間にわたる勤務についての慰労金または給与の後払い的な性格を持っているといわれています。そのような意味では勤続報奨金は、まさにそのようなものであると云えますが、通常はそこに「退職」の事実がありませんので賞与とされるわけです。本件の場合には、どのような解決方法が取られるのか?その結果によっては、給与所得か退職所得かという議論が発生するかもしれません。

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SRネット山形 会長 山内 健  /  本文執筆者 弁護士 村山 永、社会保険労務士 池田 順一、税理士 木口 隆



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