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第118回 (平成23年11月号)

「仕事をしていない時間は賃金を支払いません…」?!

SRネット熊本(会長:元田 克秋)

相談内容

「自分ばっかり目立って嫌な感じよね…」「そうそう、私達が安い給料で働いてやっているのを何もわかっていないのよ…」このような会話がインターネットの掲示板で延々と繰り広げられています。会話の主は、G社営業のC子と経理のU子です。2人とも入社半年足らずですが、それなりにA社長の信頼を得ているようでした。「明日はお客さんと打ち合わせ、ということにして、○○会社に面接に行くのよ…」とC子、「いいわねぇ、私も役所に行くことにして、彼氏呼び出して映画に行こうかしら…」とU子。いやはや、あきれたものです。

A社長は、研修、オーナー候補との面接、雑誌の取材と目が回るような忙しさで、C子やU子がまさかそのようなことをしているとは、夢にも思っていませんでした。ある日のこと、IT担当の社員が「実は…」とA社長のもとに相談にやってきました。話を聞くと、C子とU子が業務中にチャットをしていること、そしてその量が膨大なこと、さらに、自分や他の社員の中傷誹謗、顧客の悪口、文章にできないような下劣な話等々が書かれていること、A社長は気を失いそうになりました。やっとのことで、気合を入れると、今度は怒りが沸々と湧き上がってきましたが、何とか気を静めて「このことは私以外には絶対に口外しないこと」とIT担当社員に言うと、会社を出て一人喫茶店に入りました。「う?ん、どうしてくれよう…下手に動くと解雇予告手当なんて言われるかしら…いやそんなことはない、あれだけひどい状況で証拠もあるのだから、強気に出ても問題ないはずよ…」試行錯誤を繰り返したA社長は、とりあえず2人に話をしてみることにしました。「何か不満があるのなら、それを取り除けば立ち直ってくれるかも…」

相談事業所 組合員企業G社の概要

創業
平成15年

社員数
19名 パートタイマー5名 

業種
飲食店フランチャイズ業

経営者像

G社のA社長は41歳の美人社長、健康ブームに乗じて、無農薬野菜などを食材とした料理・ドリンクを提供するおしゃれな店舗開発を行っています。わずかな出資で開業できるメリットを前面に打ち出し、オーナーの勧誘に日夜励んでいます。


トラブル発生の背景

業務中のネットサーフィンや個人的な趣味によるサイトの視聴、個人的なメールの受送信、チャットなど、いかにも仕事をしているようでしていない時間が存在する可能性があることを踏まえ、これらをどう管理するのか、についての対策を講じる必要がありました。
ワンマン経営的な会社では、社長が忙しすぎるために社員一人ひとりに目が届かなくなってしまいます。信頼できる管理職の養成が急務のようです。

経営者の反応

A社長とC子、U子が対峙しています。「社長は私達を信用していないということでしょうか」「信用するしないの問題ではなく、業務時間中に私的な行為をしていないのか、と尋ねているの」とA社長。このような会話が幾度となく往復し、なかなかC子もU子も口を割りません。A社長は、二人の態度にイライラしながらも「あなた達には、この会社のキーマンになって欲しいの、私の気持ちがわからないの」と二人の反省の言葉を引き出そうとしますが、「お気持ちはありがたいですが、この会社に一生いるわけではありませんから…」とU子に言われ、ついに切れてしまいました。
二人の目の前にチャットを印刷したものを“ドサッ”と置くと、二人は顔面蒼白になりました。「今日で退社します」二人は会社から出ていきました。
「やれやれ…この後始末をどうしよう…」A社長は、とにかく相談相手を求めることにしました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:松岡 智之)

本件でA社長がまず検討しなければならないのは、C子およびU子との間の今後の雇用関係についてです。C子およびU子は、「今日で退社します。」と、退社の意思を持っているようですので、A社長としては、C子およびU子に対して、退職届を提出させ、雇用契約を明確に終了させておくべきです。一旦締結した雇用契約を解除するのは簡単ではありません。本件においても、たとえ、勤務時間中に私的行為を行うなどの勤務態度の不良があったからといって、C子およびU子をA社側から解雇することは容易ではありません。解雇が有効となるためには、解雇が合理的な理由に基づくものであり、解雇の方法も相当なものでなければなりません。今回のような勤務態度の不良についても、不良の程度や改善可能性によっては、解雇の合理性が否定されることも考えられますので注意が必要です。

次に、C子およびU子が、私的行為を行っていた時間について、その時間に相当する賃金を給与から控除できるのかどうか、について検討します。まず、月給制を採用している場合についても、月給額のうち就労していない時間に対応する部分については、そもそもC子およびU子に賃金債権が発生しないので、A社は、C子およびU子に賃金を支払う必要はありません(ノーワーク・ノーペイの原則)。しかしながら、遅刻や欠勤などと異なり、今回のような勤務時間中の私的行為については、不就労時間の算定が非常に困難を伴うと考えられます。欠勤や遅刻については、その時間帯に労働者が仕事をしていないのは明らかですが、今回のような勤務時間中の私的行為については、仕事の合間に行っているものであり、不就労時間がいつからいつまでなのかが不明瞭であるからです。判例は、労働時間について、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義した上で、労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものとしています(三菱重工業長崎造船所事件 最判平成12年3月9日 判時1709・122)。C子およびU子は、仕事の合間にチャットを行ってはいますが、全く日常の業務を怠っていたわけではなく、また、A社長から業務を命ぜられればチャットを止めてその指示に応じなければならない状況にあったといえます。したがって、判例の基準に照らしても、C子およびU子の私的行為の時間を、指揮命令下に置かれた労働時間と明確に区別し、その時間数を算定することは非常に難しいと考えられます。また、C子については、営業職にあり、会社外での労働時間については、原則として所定労働時間労働したとみなされるため、会社外での私的行為についても、その時間を特定することは困難を伴うと考えられます。

それでは、仮に、不就労時間が特定できたとして、過去に支払った賃金の返還を求めることは可能でしょうか。過払いの賃金については、本来、C子およびU子に、A社への賃金債権がないにもかかわらず支払った賃金であり、A社は、C子およびU子に対して、不当利得の返還請求(民法第703条)をすることが可能です。また、過払い分を、C子およびU子の賃金から控除できるかについては、労働基準法第24条に規定する賃金の一部控除に関する労使協定が締結され、その協定に過払い分を控除する旨を規定しておけば、支払い額の一部を控除できますが、そのような協定がなければ、C子およびU子に対して、全額を支払い、別途返還を求めることになります。

最後に、いきなり退社したC子およびU子への損害賠償請求(求人費用等)が可能なのかを検討します。原則として、契約自由の原則から、C子およびU子が退社をすること自体は自由ですので、退社のみを理由に損害賠償を請求することは困難です。ただし、退社が突然であったために生じた損害であれば、請求は可能と考えられます。たとえば、C子およびU子が、次の従業員を補充する間もなく突然辞めたために生じた損害については、請求可能であると考えられます。しかし、新たな求人費用については、突然の退社ではなくても、新たに求人をする以上、A社に発生する金銭であり、請求は難しいと考えられます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:小堀 郁江)

事業拡大に気を取られていたA社長にとって今回の出来事は、まさに気を失いかけるほどの衝撃だったようです。会社を創業して、順調にビジネスが伸びている時期というものは、経営者の関心は売上などの数字に向き、足元の組織固めや人材育成が疎かになりがちです。会社の業績は右肩上がり、会社の知名度も上がってきて「従業員は会社に満足している」と思っていても、従業員の胸の中は会社に対する不満、不安がいっぱいのことがあります。会社が真に成長を続けるためには、労務管理と組織固めを早急に行っていくことが必要です。では、こうした問題が組織の中で起こらないような予防策はあるでしょうか。また万一このような問題社員が出てきたときの対応はどうしたら良いでしょうか。

対策? 就業規則の見直し
顧客の信頼を大きく損ねる可能性がある今回のような問題がおきてから対処するのでは取り返しがつきません。そこで、G社だけでなく、各企業としては、問題が起きないように万全の対策をとっておく必要があります。その第一手がリスク回避を十分に意識した就業規則を持つことです。就業規則の整備によって、労使トラブルやサービス残業をかなりの確率で防ぐことが可能です。今回の事件に沿って、就業規則に欠かせない規定を以下に挙げることにします。

<服務の基本原則>
C子とU子の行為は、労働者としての職務専念義務(労働者は誠実に労働力を提供する義務があります)や企業秩序遵守義務(労働者は、企業秩序を遵守する義務があります)に違反しています。こうした行為を防ぐために、服務規律の章の初めに、次の規定を入れて社員としての基本姿勢を示します。

第○条 服務の基本原則
1 従業員は、社会人として社会のルールやマナーを当然に守らなければならない。
2 従業員は、会社が定める規則や業務上の命令を遵守し、自己の業務に専念し、能率の向上に努め、相互に協力して職場の秩序を維持しなければならない。
3 従業員は、相互の人権および人格を尊重し、快適な職場環境を維持しなければならない。

<パソコン使用およびモニタリングに関する規定>
パソコンやインターネットが、業務に欠かすことができない現在の職場環境に対応した服務規律の見直しや条文の追加が欠かせません。パソコンは、業務を行っているのか私的に利用しているのかわかりにくく、私的利用の禁止を明確にするための規定を定めます。同時に、会社が従業員のメールやパソコン内のデータをモニタリングする権限を取得するための規定も必要です。しかし、モニタリングは、無制限に許されているものではありません。厚生労働省と経済産業省が平成21年に告示した「個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」などを参考に、従業員のプライバシーとの関係で問題が生じないように注意しながら、規定や実施する際のルールを定めておくことが肝要です。

第○条  パソコンの私用禁止・モニタリング
1 従業員は、会社のパソコン、ネットワーク、ネットワークを利用した各種サービスを業務遂行の目的で使用するものとし、私的に利用してはならない。
2 会社は、必要と認める場合には、従業員に貸与したパソコン内に蓄積されたデータおよびネットワークを利用して行った通信内容、履歴等を閲覧することができる。

<守秘義務>
C子とU子は、他の社員の誹謗中傷や顧客の悪口などを二人の間のチャットで繰り返し行ってきたようです。二人の行為にはA社長ならずとも呆れますが、危惧されるのは、同様な悪口を社外の友人や家族等へも話してはいないか、インターネット上に書き込みを行っていないかということです。そうなると、顧客の信用を大きく損ね、ひいては、新規顧客開拓へのダメージを引き起こす可能性すらあります。会社の秘密保持に対する姿勢を明らかにし、従業員に周知するためには守秘義務規定が欠かせません。

第○条 守秘義務
従業員は、会社の業務上の機密事項および会社の不利益となるような事項を他に漏らしてはならない。
また、退職者に秘密保持義務を課すには、次の条文を定めるだけでなく、一般的には、退職者と在職中に秘密保持契約を締結する必要があります。

第○条 退職後の秘密保持
従業員は、退職(解雇された場合も含む)後も、業務上知り得た会社の機密事項を他に漏らしてはならない。

<懲戒に関する規定>
社内に2人のような問題社員がいる場合には、他の社員のモラルにも影響を及ぼしていることは想像に難くありません。問題社員を出さないようにするため、これまでに挙げた会社の秩序を維持するための服務規律の各規定があり、次にその実効性を担保するのが懲戒に関する定めです。判例(フジ興産事件=最判平15.10労判861?5)では「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種類および事由を定めておくことを要する」として、就業規則に根拠があることをその要件としています。更に、規定の定める懲戒事由に該当していることや、懲戒処分の内容に合理性があることなどが必要です。そこで、懲戒の事由には、企業秩序を乱すと考えられるあらゆるケースを網羅する必要があります。紙面の関係で条文例は省略しますが、各企業の実態に即し、またその業種に特有な定めなども漏れなく定めておきます。 懲戒解雇の規定の内容が、弁護士のアドバイスにある解雇という対応をとる際に重要となってきますが、会社にとってまず大切なことは問題社員を出さないように、リスク防止を十分意識した就業規則やルールを作成してトラブルの未然防止をすることです。

対策? コンプライアンス研修の実施
今回のC子とU子の行為は、会社に多大な損失をもたらす可能性のある重大な企業秩序違反ですが、当の本人がそれを自覚していませんでした。社員の自覚を促すためには、就業規則の規定を充実させるだけでなく、定期的にコンプライアンス研修を実施して、社員の意識を高めていかなければなりません。

G社では、第一回の研修の場で、二人が退社した理由について社長自ら全社員に説明し、社員の動揺を防ぐとともに、社員として求められる行動規範への理解を強く促す機会とします。どういう行為があったのか、それは就業規則のどの条文に反する行為であるか、その行為の結果会社が受けるダメージについて一つ一つ説明します。更に、会社の信頼の失墜を最小限にとどめ、C子とU子の将来に配慮して、今回のことは決して社外に口外しないことを社員に厳命します。それが出来ない社員は、就業規則に基づき、懲戒に処することを伝え、秘密保持の重要性と従業員として常に守秘義務を負っていることを強く意識付けします。社長としては、これまで、業務拡大にばかり気を取られていて、経営者の想いや会社の方針などを社員に伝えて理解してもらう努力が不足していたことへの反省も率直に述べます。

今回の一連の出来事は、社内管理を怠っていたことが原因の一つであると考えられます。対策??を実行した上で、今後忙しいA社長に代わって労務管理ができる中間管理職を育てていくと、労務リスクが軽減するのではないでしょうか。よい人材を育てるためには、専門家に相談し人事制度等をとりいれて行くことも次のステップとして必要でしょう。

税理士からのアドバイス(執筆:吉永 賢一郎)

一般的に、勤務実態がない役員や従業員に対して支払った給与は会社の経費として認められません。特に在籍していない架空の役員や従業員に対して給与を支払ったことにするやり方は重加算税の対象となる可能性の高い悪質な脱税方法になります。本件では、従業員は架空ではなく実際に存在し、さらに勤務実態もあるが、仕事をさぼっていた従業員の給与が経費として認められるかが問題となります。

この点について、一方では、仕事をさぼっていたことを勤務実態がない場合と同様に考えることもできるかと思います。しかし、第一に雇用契約が存在する以上、会社は従業員に対して給与の支払い義務があったこと、また、第二に仕事をさぼっていたことについて、会社は知らなかったことから会社の経費として否認されることはないものと考えます。仮にG社がC子とU子に対して損害賠償請求を行うのであれば、その請求が確定した日の属する事業年度で収入として計上することになります。

次に、本件の対象となるG社が行っているフランチャイズ事業について解説します。

フランチャイズ事業は、フランチャイザー(以下、「本部」という。)とフランチャイジー(以下、「加盟店」という。)」が契約を結ぶことによって行われます。本部は、商標やトレードマークを使って営業を行うことを加盟店に許可し、経営ノウハウを与え、その後も継続的な経営指導を行うことによって加盟店の営業を支援します。一方、加盟店はその見返りとして、本部に対して加入金やロイヤリティーなどの一定の対価を支払い、本部の支援を受けながら営業を行っていくことになります。

 

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フランチャイズ事業は、我々の身近な業種でも広く行われており、大手のコンビニやファーストフードなどは、本部の直営店はわずかでほとんどがフランチャイズの加盟店です。

これほど我々の身近に浸透しているフランチャイズ事業ですが、本部と加盟店にそれぞれメリットが大きいことから広く社会に受け入れられていると考えられます。

本部のメリットとして一番大きいのは、他人の資本を利用して店舗展開をしていくので、多店舗展開による商売の拡大が容易であるという点です。つまり、本部は商標や営業ノウハウなどを加盟店が使用することを許可しますが、あくまで店舗や設備といった投資については、加盟店が自ら行うことが通常です。このように、商標やノウハウを与えるのみで、加入金やロイヤリティーを受取ことができるので、本部が自ら設備投資を行って事業展開を行っていくよりも低いリスクでスピーディーに事業拡大を行うことが可能になります。

また、加盟店のメリットとしては、なにより商品開発やブランドイメージの醸成に関するコストや時間を極端に引き下げることができることが挙げられます。通常の商売ですと、他社よりもすぐれた商品を開発し、その商品のブランドイメージを時間をかけて高めていく必要がありますが、フランチャイズの加盟店になることで、本部が開発した商品とそのブランドイメージをそのまま導入することができます。この時間と労力を買うことができることが一番のメリットになります。また、商品の仕入れを行う場合に一人で仕入れるよりもグループで大量に仕入れた方が安く仕入れることができるのでコストメリットも享受することができます。また、営業を行う上での様々な問題点についても、本部の指導を受けることができることが加盟店にとってはメリットになります。

最後に、フランチャイズ事業の税務上の取り扱いについて解説します。まずは、本部と加盟店は、あくまでも別の事業体ということになりますので、加盟店は本部とは別に帳簿を付けて加盟店独自で税金の申告をする必要があります。また、この際に本部に支払うロイヤリティーについては、経費として計上することができますので、商売で得た利益からロイヤリティーを支払った残りに対して税金が課せられることになります。一方、本部では、加盟店から得たロイヤリティーを収入として計上することになります。

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SRネット熊本 会長 元田 克秋  /  本文執筆者 弁護士 松岡 智之、社会保険労務士 小堀 郁江、税理士 吉永 賢一郎



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