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第114回 (平成23年7月号)

「家が心配なので、早退します!」
それは心配しすぎですよ…?!

SRネット東京(会長:藤見 義彦)

相談内容

M社は、外国人講師3名、日本人講師3名で市内3つの英会話教室を運営しています。まさにギリギリの人員ですので、1人でも欠けてしまうと他の講師にかなりの負担がかかってしまいます。このような現状にあって、東日本大震災以降、多発する地震に多大な影響を受ける入社4ヶ月目のT社員がいました。T社員の家族構成は、妻と子供が2人、そのうち小学校1年の長女が異常なほどの地震恐怖症ということでした。T社員は30歳で、25歳までイギリスで生活していました。正統派の英語を話せることもあり、顧客受けも良く、夜間は企業に出張しての研修も行っていました。D社長が期待するT社員でしたが、「社長、今日も4時で帰らせてください、先ほどの地震で家が大変なようです…」D社長が“またか”という顔で「君は室長候補として採用したのだから、毎日早退されると困るんだよ、夜間のレッスンもできないし、他の社員からは苦情がくるし、奥さんの両親にきてもらうとか、何とか対策できないのか…」とT社員に問いかけても、家族が心配であることを繰り返し訴えるだけで、D社長もほとほと疲れてしまいました。無断欠勤、無断遅刻、また、いきなりの早退と、ここ2ヶ月間のT社員の勤怠はでたらめな状態です。これまでは、情状で給与を支払っていたD社長でしたが、今月からは不就労分を控除することに決めました。M社の給料日、血相を変えてT社員が社長室に駆け込んできました。「社長!給与計算が間違っていますよ、いつもの半分位しか振り込まれていません!」D社長は、有給休暇がないため、不就労分を控除したことを話しましたが、「これでは生活できません、家族の面倒をみるのは当然のことではないですか、会社は社員が困っているのに何もしてくれないのですか…」半狂乱のようにわめき散らすT社員をどうしたものかと見つめるしかないD社長でした。

相談事業所 組合員企業 M社の概要

創業
平成7年

社員数
8名 パートタイマー3名 

業種
英会話教室の経営

経営者像

M社のD社長は45歳、5年前に銀行を辞めて地元に戻り、英会話教室を始めました。最初は苦しかった経営も、今では3教室を開校にするまでに成長しました。D社長の現在の悩みは、幹部社員がなかなか育たないことでした


トラブル発生の背景

最初の温情的な取扱いが、T社員の誤解を招いたようです。少なくとも、不就労控除を実施する前に、T社員に説明すべきでした。
家族的経営のデメリットが一気に噴出したようなM社ですが、法律を守れていない代わりの「特別扱い」がまだまだありそうです。

経営者の反応

「最初は全額支払ってくれていたのに、いきなり払わないのは納得がいかない」と怒り続けているT社員に「しかし、働いていないのだから、そこまで会社が面倒みる義務はないよ、最初は、少しくらいなら君の将来性に期待して、と思ったが、あまりにも回数が多すぎる、他の社員にも説明がつけられなくなった、本来なら約束通りの労務を提供できないのだから、解雇されても文句言えないのだよ…」とD社長が返しました。しかし、“解雇”という言葉に、またも反応したT社員は、「こんなことなら、最初から幹部候補とか言わないでくださいよ、幹部は管理職でしょ、管理職ならば、遅刻も、早退もないのではないですか、だから残業代もないのでしょ…」とD社長に逆襲してきました。不意を突かれたD社長は、言葉を返すことができず、「そんなに嫌なら、辞めていただいて結構!」と言い、T社員を追い返しました。

「自分がやったことは間違いだったのか…」何とも不安になったD社長は、労基法の参考資料を取り出しましたが、回答が見当たらず、インターネットで検索を始め、頼れそうなサイトをみつけました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:市川 和明)

無断欠勤や遅刻・早退を繰り返しているT社員について、これまで情状で給与を支払っていたD社長が、今月から不就労分を控除しました。D社長の措置は正しいのかどうか検証してみましょう。

法律的には、従業員の労働義務が現実に履行されてはじめて、確定した金額の給与の支払義務が発生すると解されており、雇用したからといって直ちに確定した金額の給与の支払義務が生じるわけではありません。ですから、欠勤や遅刻・早退による不就労があれば、不就労部分に対応する給与の支払義務が発生しないので、その分を支払う必要はありません(ノーワーク・ノーペイの原則)。ただし、特約により欠勤等の不就労分を控除しない旨合意をすることはできますし、使用者の判断で任意に控除しないこととしても構いません。

さて、本件でT社員は、最初は全額支払ってくれていたのに、いきなり払わないのは納得いかないとか、自分は幹部候補(管理職)として採用されており、管理職だから残業代もなく、遅刻も早退もないのではないかと主張しています。

しかしながら、D社長によれば、T社員に給与を支払い続けることを他の社員に説明できないようですので、M社には、就業規則上の不控除の定めも不控除が長年の慣習になっていたなどの事情もなく、不就労分を控除しない旨の合意はないようです。

また、T社員が管理職であったとしても、勤務時間を無視して全く自由に出退勤してよいというものではありません。本件では、英会話教室が3教室で外国人講師と日本人講師が各3人であって、T社員は夜間のレッスンも担当していたというのですから、英会話講師として、その準備と授業時間等に合わせて出勤すべきことは当然です。にもかかわらず、無断欠勤、無断遅刻、いきなりの早退を繰り返しており、他の講師にかなりの負担がかかって苦情も出ているとのことです。T社員は家族が心配であることを繰り返していますが、長女の地震恐怖症については、T社員以外では対応不能であるという医学的根拠等もないようなので、T社員が過敏に反応しているに過ぎないと思われます。

いずれにしてもM社とは何の関わりもない事情です。したがって、T社員の勤怠状態は、管理職としての裁量の範囲を明らかに超えており、欠勤等を正当化できる事情は見当たりません。よって、不就労分の控除は、ノーワーク・ノーペイの原則に基づき法的には正しい措置といえそうです。ただし、事例発生の原因にあるように、D社長が誤解を招いて問題をこじらせてしまった面は否定できないでしょう。

次に、T社員の普通解雇について考えてみましょう。

D社長は、T社員に対し、解雇されても文句は言えないと言ったり、辞めてもらって結構などと言ってT社員を追い返したりしていますが、T社員を普通解雇することに正当性があるでしょうか。

労働契約法16条により、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」とされています。一般に解雇の合理的な理由は、労働者にその帰責事由に基づく債務不履行(労働義務違反・付随義務違反)があり、かつ、それが労働契約の継続を期待しがたい程度に達している場合に肯定されます。合理的理由が認められても、労働者の情状、他の処分との均衡、使用者側の対応・責任、解雇手続などを総合考慮して解雇が苛酷かどうかにより、社会通念上相当と認められるかどうかが判断されます。そして、無断欠勤等が労働義務違反として解雇理由となるには、それが反復継続的で、使用者の注意指導によっても改善の見込みがない場合に限られると解されています(東京海上火災保険事件・東京地判平成12・7・28労判797号65頁)。

本件では、T社員は無断欠勤、無断遅刻、いきなりの早退により、ここ2ヶ月間の勤怠はでたらめな状態とのことです。前記のとおり、欠勤等については、何ら正当な理由がありません。D社長から奥さんの両親にきてもらう等の対策を具体的に提案されているにもかかわらず、これを誠実に検討しようとする姿勢もみられず、独自の考えに固執しているようです。しかも、不就労分の控除につき、半狂乱にわめき散らしたり、D社長が欠勤等による解雇の可能性に触れて反省を促しても、独自の議論を展開して逆襲するなどしています。さらに、会社の規模や幹部候補として期待されているT社員の地位に照らしてみても、配置転換の余地はなく、欠勤等により会社の業務へ多大な支障をきたしていると考えられます。それにもかかわらず、T社員には反省の態度がみられません。それ故、T社員の勤怠については改善の見込みがなく、解雇の合理的理由があるといえそうです。最近では、管理職である従業員が、業務上の必要性の認められない外出を繰り返し、上司による再三の注意指導や懲戒処分を受けながら、同様の外出を繰り返したため、改善の見込みがないとして、諭旨解雇が有効とされた裁判例があります(東京電力事件・東京地判平成21・11・27労判1003号33頁)。

また、D社長に不当な動機・目的は見当たらないこと、T社員は、4ヶ月前に入社したばかりであって、会社への貢献の度合いも高いとはいえないこと、就労期間と比較して既に相当の頻度での欠勤等があったと考えられること、本人に反省の態度がみられないこと、年齢がまだ30歳であり、正統派の英語で顧客受けもよかったことから、必ずしも再就職に困難をきたすとまではいえないことなどの事情に照らせば、本件の場合、普通解雇がT社員に苛酷とまではいえず、解雇権の濫用はないと思われます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:久禮 和彦)

本件は単なる考え方の違いというより、外国生活が長いことによる文化の違いが顕在化したこともきっかけとなった、少しやっかいな印象があります。

大震災により家族にも多大な影響をもたらされたのは、T社員だけではないでしょう。

本件は初期段階で一つ一つの問題に丁寧に取り組むべきでした。労働者の立場、考え方、感情を経営者ができるだけ理解しようとする姿勢は話し合いの大前提です。

大地震という誰もが想像を超える事故に遭遇し、家族の地震恐怖症への対応、無断欠勤、無断遅刻等、T社員が適切な対処ができない状況があったものと思います。家族を含めた労働者の環境も業務遂行には重要な要素です。問題があったとはいえ、勤務態度だけでなく早期に相談にのるべきでした。しかも、温情的な扱いが続き本人はこれを当然のことと認識していたのです。健全な労使関係を確立することは、経営機能を十分に発揮させるのに最も大切なことです。

さて、本件の問題発生は、大震災以降のT社員の勤務態度にあります。D社長は、T社員の再度の早退請求に困惑し注意したこと、さらに給与の不就労控除を行ったことが原因で、「解雇」という言葉まで出してしまったことが問題を顕在化させ、また、問題を壁にぶつけてしまいました。

25歳までイギリスで生活していた30歳のT社員を室長候補として期待し、採用したとのことですが、英会話の専門的能力以外に、室長として何を期待していたのでしょう。採用以来、4ヶ月の間にT社員の能力について確認すべきことをD社長は怠っていたように思います。今後のM社は、試用期間に何を確認し、評価するのかを明確にしなければなりません。採用時に期待した専門的能力があるのかどうか、その能力の発揮力はどの程度か、協調性は、自主性は、業務遂行性は、仕事と家庭の両立への思いはどうか、などを基本とし、室長候補であれば指導能力等も確認項目として必要でしょう。

M社は社員数が多くないので毎日のように顔を合わすことがあったと思います。大震災が発生するまでの2ヶ月間でも、D社長から多くの問いかけをしていれば、T社員の能力がかなり確認できたのではないでしょうか。特に、欧米での海外生活が長い場合は、考え方のプリンスプルが異なることが多く、あらゆることに明り張りのあるコミュニケーションが求められます。

M社の社員数から判断して就業規則の届け出義務(労基法第89条)には該当しませんが、一人でも雇用していれば雇用契約は必要です。雇用契約では労働基準法第15条において、書面で提示すべき項目が定められています。また、M社には外国人講師がいますので、さまざまな就業文化を管理できるようなルールが必要となります。これは就業規則の作成義務に強い動機づけとなります。

言葉一つの行き違いで外国人とはトラブルになることがあります。言葉だけでなく、文書化したコミュニケーションが理解を深めます。

T社員の無断欠勤、無断遅刻等、問題となる勤務状況については、その都度注意するとともに、突然控除した額を再度支給し、今後は不就労時間分を控除することを就業規則で規定することでノーペイ・ノーワークの原則を理解させることがよいでしょう。

時間外手当、解雇規程、管理職の定義等、話に出た事柄だけでも他に問題があるようです。この際、明確な就業規則を整備すべきです。

労務管理上の判断は、温情的な判断の前に、規程に基づく判断を行うこととします。規程に基づく判断に合わない合理的な事由があれば、温情的な判断も必要なことがあるかもしれません。本来、労使関係においては、企業が経営における企業の健全な発展と労働者の生活福祉の向上に努めるという大事な側面を持ちます。お互いの信義側にもとづき就業しなければなりません。

なお、管理職候補として雇用するには、前職の職歴における雇用状況が参考となりますが、最初は一般社員としての経験を積ませることをお勧めます。実際の現場の仕事が分からなくては、管理職は務まりません。

また、大震災に起因する遅刻、早退として、特に節電として、交通機関の遅延や運行停止、関連取引先等の始業、終業時刻の変更があります。自社と相手先との就業時刻の相違を確認し、双方の歩み寄りにより調整して出退社することが必要となります。

最後に、節電は今年の最優先すべき課題となりました。労務管理上の変更もあります。適切に制度の変更を行い、全社員に周知徹底して労務関係の問題発生を防がなければなりません。当然、無断欠勤、無断遅刻はもっての外です。

税理士からのアドバイス(執筆:山田 稔幸)

税理士の立場からは、先般の大震災に関し、いろいろ悩まれた方も多いであろう災害時の見舞金等の税務処理についてご説明いたします。

災害で被災した従業員や役員に対し、住宅や家財の損害の程度に応じて見舞金を支給した場合、個人が心身または資産に加えられた損害につき支払を受ける相当の見舞金(役務の対価たる性質を有するものを除きます。)については、所得税は非課税となっています。(所法9?十七、所令30三)

たとうば、会社が、所有資産の損害の程度(全壊、半壊、床上浸水、床下浸水など)に基づいて見舞金の支給額を定めるなど、損害の程度に応じて一定の基準をもって見舞金の支給額を定めている場合には、「相当の見舞金」に該当すると考えられるため、その見舞金については、給与として源泉徴収をする必要はありません。

この一定の基準とは、次の通りです。

?被災した全従業員に対して被災した程度に応じて支給されるものであるなど、各被災者に対する支給が合理的な基準によっていること 
?その支給金額もその支給を受ける者の社会的地位等に照らし、被災に対する見舞金として社会通念上相当であること
よって、見舞金規程等における見舞金の支給基準は、次のような区分を設けて定義されるとよろしいでしょう。
【見舞金の支給基準】
・住宅、家財が全壊したとき 70万円
・住宅、家財が半壊したとき 40万円
・上記に該当しないが、相当に被害を受けている認められたとき 10万円

なお、見舞金等を支給する会社は、その支出額は、交際費等とする必要はなく、福利厚生費等として全額損金の額に算入されます。(措通61の4(1)?10(2))

今回の大震災を機に新たに慶弔見舞金規程を改めて、従業員や役員の父母等の家屋が災害により被害を受けた場合にまで一定の見舞金を支給することにした場合はどうでしょうか。この場合も、個人が支払を受ける葬祭料、香典または、災害等の見舞金でその金額がその受贈者の社会的な地位、贈与者との関係等に照らし社会通念上相当と認められるものについては、所得税は非課税とされています。会社が従業員や役員等に対し、従業員や役員と被災した親族との関係、被災の程度に応じた一定の基準により見舞金を支給する場合には、その支払われる見舞金が社会通念上相当なものと認められるときは、給与として源泉徴収をする必要はありません。

次は、被災した従業員に対して、当面の生活に必要な資金を無利息で貸与した場合です。災害により臨時的に多額の生活資金を要することになった従業員や役員に対し、その資金に充てるために無利息または、低利で貸し付けた金額につき、その返済に要する期間として合理的と認められる期間に従業員や役員が受ける経済的利益については、所得税は非課税とされています。

たとえば、被災した従業員に対して、損害の程度に応じた返済期間を定めて、無利息で貸付した場合の利息相当額の経済的な利益については、合理的と認められる期間内に受け取る利益と考えられますので、給与として源泉徴収をする必要はありません。

また、自宅が災害により居住が不能となった従業員や役員に対して、新たな住居に入居できるまで、または自宅の修繕が完了して居住が可能となるまでの間、無償で社宅を貸与することとした場合は、被災した方が新たな住居に入居できるまで、または自宅の修繕が完了して居住が可能となるまでの間、無償で社宅を貸与する場合には、その貸与期間に受ける家賃相当額の経済的な利益は「相当の見舞金」に該当すると考えられるため、給与として源泉徴収をする必要はありません。

さて、今回もっとも多かったケースが、災害や計画停電により通勤に利用する鉄道が利用できないため、タクシーなどの他の交通手段を利用した場合、または他の交通手段に係る交通費を支給することとした場合が挙げられるかもしれません。

従業員が勤務する場所を離れて、その職務を遂行するための旅行(移動)をした場合に、その旅行(移動)に必要な支出に充てるために支給される金品で、その旅行(移動)に通常必要と認められるものは所得税が非課税とされています。

よって、通勤に利用する交通手段が災害などにより利用することができないため、他の交通手段を利用した場合に支給する実費相当額の交通費については、その利用した交通手段が合理的なものであれば、その支給した交通費は旅費に準じて非課税と考えられるため、給与として源泉徴収をする必要はありません。

また、災害などにより交通手段が遮断されたため、やむを得ず宿泊した場合において実費で支給する宿泊費用も、同様に取り扱われると考えられます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット東京 会長 藤見 義彦  /  本文執筆者 弁護士 市川 和明、社会保険労務士 久禮 和彦、税理士 山田 稔幸



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