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第112回 (平成23年5月号)

「予定があるので旅行には参加できません!」
懲戒処分となるのか…?!

SRネット愛知(会長:田中 洋)

相談内容

E社は地元の顧客を中心に、“何でもお任せ下さい”とコピー機やパソコンなどOA機器をはじめとして、企業の事務所に必要なものすべてを販売・リースしています。何よりも“人”が第一の商品であることを大切にするM社長は、年1回の社員旅行を欠かしたことがありません。E社が実施する社員旅行は、土日の休日を利用した一泊2日の研修旅行です。ここで、“人間として”、“営業社員として”、そして顧客満足のあり方などを旅行を通じて教え込むものでした。

新入社員のAは、今回が初めての社員旅行となります。「困ったなぁ、来週は予定があって、旅行どころではないのですよ…」と先輩格のC社員に相談しましたが「おいおい、旅行に参加しないなんていったら、即解雇だぞ!予定がなんだか知らないが、調整して必ず参加しろよ!」C社員は、とんでもないヤツが入社してきたと、肩をすくめて立ち去りました。他の社員にも相談したA社員でしたが、反応はみなC社員同様でした。「この会社は、少しおかしいんじゃないの…」行き場を失ったA社員は、仕方なく直接総務部長に申し出ることにしました。「36協定にも、休日出勤が必要な事由欄に“社員旅行”とありませんので、私が旅行に行かなくても、命令違反ではありませんよね」A社員は、いろいろと考えた挙句、少し強行に出てみました。しかし、総務部長は烈火のごとく怒り始め「お前みたいなヤツは見たこと無い!何を屁理屈こねているのだ!」と、その後は懇々とA社員に説教を始めました。途方にくれたA社員は、このような理由で退職するのは不本意でしたが、あまりにも古い体質の会社に辟易して退職届を提出することにしました。

事の経緯を聞いたM社長は、「退職届は受け取らず、解雇処分を通知しろ」と総務部長に指示しました。

相談事業所 組合員企業E社の概要

創業
昭和49年

社員数
54名 パートタイマー5名 

業種
OA機器の販売・リース業

経営者像

E社のM社長は65歳、営業社員の教育に力を入れています。その甲斐あって、E社の営業社員たちの評判は、なかなか良いものがありました。“人”との付き合いが営業の基点であることを実践するM社長です。


トラブル発生の背景

A社員が退職届を提出したのに、わざわざ解雇する必要はありませんでした。

しかし、このようなことは、“企業の姿勢”“他の社員への示し”として、時折発生する事案です。果たしてこれで良いのでしょうか 社員旅行を休日に実施する企業は多いと思いますが、強制参加であれば、36協定に盛り込む必要があるのか、また、休日労働の正当な理由となるのでしょうか。

経営者の反応

「不当解雇だと?」A社員の退職届を不受理とし、解雇通知を出したところ、A社員からの内容証明郵便が届きました。総務部長も「こんなことは初めてです。本当にふざけたヤツです…」とM社長に同調しますが、内心は穏やかではありません。これまではM社長のカリスマ性に頼り、さまざまなことがE社の常識として片付けられていましたが、新しい社員が入社するたびに、“素朴な疑問”を突きつけられ、そのたびに問題をつぶしてきた経緯がありました。そろそろ体質改善をしなければ、と考えていた矢先の出来事に、ますます頭が痛くなる総務部長でした。しかし、M社長の怒りは収まる気配をみせません。E社の将来と、M社長の考え方を変えるためには、経営者の気持ちが分かる相談先を探す以外ないと、総務部長は動き始めました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:橋本 修三)

土日を利用した研修旅行は、労働者からすれば休日出勤(労働)ということになります。労働者は、休日に労働義務を負わないのが原則ですから、使用者は、労働者に休日労働を強いることは原則としてできず、何らの定めなく休日労働をさせた場合には、使用者は労働基準法違反の刑事罰を負うことになります(労基法119条)。

このような労働時間規制に対する例外として認められたのが労基法36条1項です。使用者が労使協定を締結し、労働基準監督署長に届け出た場合には、その協定に定められた限度で労働時間を延長して労働させたり、休日に労働させることが可能となります。

この協定によって使用者は労働者に時間外労働・休日労働をさせても罰則を受けないことになるわけです。これが労働基準法36条に規定されていることから、この協定のことをいわゆる「三六協定」といいます。三六協定を締結・届出することによって、事業場の労働者全体についてその効果が生じ、例えば過半数を組織する労働組合との協定は、非組合員に対して時間外・休日労働をさせることが可能となります。

では、使用者と労働者との間で三六協定が締結、届出されていれば、それだけで使用者は労働者に対し時間外・休日労働義務を課すことができるのかといえば、必ずしもそうではありません。

この点については諸説ありますが、判例が採用している考え方は次のとおりとされています。すなわち、三六協定は時間外・休日労働を適法にさせることができる枠を設定するにすぎません。具体的に労働者が時間外・休日労働を命ぜられて、これに応ずる義務が生ずるのは、労働協約または就業規則において業務上の必要があることを前提に三六協定の範囲内で時間外・休日労働を命ずることができると明確に定められていることを要するというものです(最判平成3・11・28日立製作所事件)。

つまり、就業規則等において三六協定の範囲内で「一定の業務上の事由があれば時間外・休日労働をさせることができる」旨の定めがあるときは、その就業規則等の規定内容が合理的なものである限り、労働者は時間外・休日労働をする義務を負うとされているのです。

この判例の事案は、三六協定において「生産目標達成のため必要ある場合、業務の内容によりやむを得ない場合、その他前各号に準ずる理由のある場合」という事由の定めがあり、これに基づいて残業を命じられたというものです。裁判所は、このような事由の定め方が概括的、網羅的であるとはしつつも労働者には残業義務があると判断したものです。

本件では、三六協定に休日労働が必要な事由欄に社員旅行はないとのことですから、会社の業務命令だとしても、その命令自体が無効となり、労働者は休日労働義務を負わないものと解されます。

一方、三六協定の休日出勤が必要な事由欄に「社員旅行」と記載されていたとしたらどうでしょうか。また、社員旅行と明記されていなくても、前記の判例のように記載されていたとしたらどうでしょうか。

休日労働が義務となるのは三六協定に記載されていれば足り、それがどんな事由であっても認められるというものではありません。休日労働を命ずる業務上の必要性がなければ、その命令は有効要件を欠くことになります。この点、例えば社員旅行中に業務上の研修カリキュラムを組むなどして、それが会社の業務維持に必要不可欠であるということであれば、有効要件を充たすと考える余地はあるかと思います。また、判例の考え方からすれば、三六協定の記載内容について必ずしも社員旅行と明記しなくてもよいと思われます。

労働者は拒むことができないのか
労働者側に休日労働を拒むやむを得ない理由がある場合には、休日労働命令も無効となるという意味で、前述の有効要件が相対的なものとなることに注意が必要です。例えば、労働者側において休日労働を拒む理由が友人とのゴルフや遊びである場合には、休日労働命令が有効となる可能性が高くなるでしょうし、他方、宗教上の理由で日曜日における休日労働を拒むような場合には、信教の自由が憲法で保障された基本的人権であることから、休日労働を行わないやむを得ない事由があるということになろうかと思います。

以上のようなさまざまな問題があることから、E社としてはA社員に対し、社員旅行への参加の必要性を充分に説明したうえで参加を促すべきです。そして、何故参加しないのか、事情を聴取してその理由を具体的に確認する必要があると思います。

最近では休日の過ごし方などのライフスタイルもさまざまで、それを尊重する風潮もあります。懲戒処分については、三六協定の有効要件、本人の拒絶理由の正当性を吟味したうえで慎重に行うべきものと考えます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:高江 剛和)

まずは全員参加を前提とした研修旅行ならば、年間行事予定表なりを、特に新入社員に対して周知・徹底させておくことが大切です。
また、入社時の社員教育の中でも、事前に社内行事の内容・意義・予定等を明確に教え込んでおくことが大切でしょう。

昨今、社員個々の価値観の多様化にともない、団体での行動や終業時間外での上司との付き合いが疎遠になっていることは、多くの方々が感じられているところだと思います。個々の価値観の尊重も大切ですが、その価値観を正しく主張し、実行できる社員にするためには、個々が社会人として成長していく過程の中で係わっていく、社会(企業を通して)の仕組みを学ばせ、そして実践させて、社会という集団での行動の在り方を十分に理解させることにあると思います。

少子・高学歴化の環境の中で育ち、そして入社してきた社員に対して、企業全体が一丸となって活動し、業績を伸ばし成果を分かち合う日本企業の体質に馴染ませることは、これからの企業の発展に不可欠な要素ですし、非常に大切なことです。

求人募集において研修旅行の有無を記載してあるか、面接時において会社行事の内容について研修旅行がある旨を説明したか、前にも述べたとおり新入社員教育においてしっかりと説明し、理解させたか、この部分を再点検し、新入社員に対して説明の漏れがないように徹底を図りましょう。

しかし、個々の考え方を全て否定することにも危険はあります。会社の一方的な考え方のみ押し付けるのではなく、社員の考え方、価値観にも耳を傾けながら、企業全体が一致団結していく中にも柔軟性を取り込んで対応していくことが企業の発展に相乗効果を生むことになります。

たとえば、取引先等との兼ね合いもありますが、これまで休日一辺倒だった研修旅行を平日に実施してみることもよいのではないでしょうか。あるいは、平日と休日(金曜日と土曜日)に実施する方法もあるでしょう。

会社の経営理念に基づく会社行事である研修旅行は、継続すべきです。そして、新入社員にとどまらず、社員に対しての継続性の意義を丁寧に、繰り返し説明していくことが大切だと思います。

ここで、議論の対象となるのが、休日に行った場合の研修旅行が、時間外あるいは休日出勤となるのか、ならないのかということです。

社員教育の一環として位置づけられ、参加することを義務付けているのであれば、平日であれば通常出勤、休日であれば所定外休日出勤もしくは法定休日出勤となります。

さて、本件の場合はM社長の意志がはっきりしている以上、業務の一環であり、休日(所定外・法定外)出勤として取り扱うべきでしょう。さらに、法定休日出勤を伴うのであれば、事前に振替休日を取得させるなどして、法定休日出勤を避ける方法があります。やむを得ず、法定休日に実施しなければならない状況が発生することを考慮し、36協定に「業務の都合上日時を変更できない場合」と記載しておくこともいかがでしょうか。ある学術団体の36協定の休日労働をさせる必要のある具体的事由に、「シンポジウム・講演会等に対応するため」として届出してある事例もあります。

研修時間が、所定時間外に及んだ場合は、割増賃金を支払うことを明確にしておくことや、研修終了後の酒席等への出席を強要しないこと、あるいは出席したくなるような雰囲気作りも含めて、自由時間の過ごし方についてのルール作りをしておくことを傾倒されてはいかがでしょうか。

公私(業務と非業務)のけじめをつけることを、会社側から率先して実行することにより、“良識ある社会人とは”という見本を示すべきでしょう。

税理士からのアドバイス(執筆:川崎 隆也)

本件テーマにおいては、「休日に行われる社員研修旅行」について、「当該支出の経費処理」について記述いたします

ひとくちに、研修に対し企業が拠出する金銭といっても、当該支出が企業にとって必要な技能・資質の習得のためになされる支出であるか、従業員などが個人的に受講する一般的修学のための講習費用を本人に代わり支出したものであるかによって大別されます。そして、企業等が収入を得るために必要な支出であるかを前提に、その支出が通常必要と認められる適正な支出であるか否か、社会通念上一般的な範囲内であるか否か、特定の者に労働の対価として与える特典であるか否かなどのポイントが検討されます。

一般的には、従業員が事業遂行上必要な技術の習得に対して支出されるものであるならば「(図書)研修費」、従業員に資質向上のため一律に受講させるものであれば、同じく「研修費又は福利厚生費」、特定の従業員に限って私意的に与える特典であるならば、「賞与及び給与(経済的利益)」に該当することになります。受給の対象者は、当該企業の従業員であり、研修等が企業活動の一環として行われる場合においては、当該企業は、従業員が研修等のサービスを受けその対価である費用を負担することとなった段階で損金又は必要経費として処理することになります。他方、企業が得られる効果というより、属人的嗜好の充足のために支出されるものについては、単に当該従業員の支払うべき費用を立て替えて支出したものに過ぎず、当該支出を企業が負担する場合は、従業員への賞与や給与として処理することになります。

「給与、賞与(経済的利益)」とそれ以外の費用科目との違いについては、支出する企業側においてはいずれも損金又は必要経費であり、いわゆる「経費」として処理されるため、消費税の取り扱いを除き、単純な企業損益のみで考えるなら両者にとくに違いは生じません。

他方、受給を受けた側においては、当該個人の所得税の課税標準に影響する場合があります。すなわち、研修等への参加費が、本人の所得にならないまま企業側で費用負担されていくのか、その支出負担にも従業員として税金が課されるのかでは大きな違いが生じます。

具体的には、次のような場面が理解しやすいのではないでしょうか。人材募集の際ですが、「交通費は支給されますか?」と質問されることがあります。給与所得者に支給する交通費には、「非課税交通費」という概念があり、通勤のため公共交通機関に支払う定期代等は、右から左の実費弁償費用であるため、一定限度内において、その収入には所得税等を課さないとされています。このような所得税の非課税対象となりうる交通費について、企業が給与本体にて処理しようとも交通費で処理しようとも、消費税の取り扱いを除き、いずれも「経費」であるという意味において損益に与えるインパクトに違いはありません。

他方、受けとる側の従業員においてはどうでしょうか。当該交通費が給与として支給されるか非課税交通費として支給されるかは、交通費相当額が課税対象となるかどうかに加え、いわゆる103万円の扶養親族の判定にも大きく影響いたします。このように、従業員に対する給付に関しては、支払う側の企業より受け取る側の従業員個人において結果に差が生じることがあるので要注意です。

所得税法では、第9条にて非課税所得を掲げています。その中では、給与所得者の出張旅費に関する項目や通勤に必要な費用、職務の性質上制服を着用すべき者が支給される制服などの取り扱いが掲げられております。また、第36条では、所得金額の計算の通則として、その年の各種所得の金額の計算上、個人が収入金額とすべき金額等が定められています。この中には、「金銭以外の物又は権利その他経済的利益」が記載されており、基本通達において、当該経済的利益となる具体的例示と、例外的に課税しない経済的利益の取り扱いが掲げられています。

この中で、使用者が負担するレクリエーション費用などは、使用者が、役員又は使用人のレクリエーションのために社会通念上一般的に行われていると認められる会食、旅行、演芸会、運動会等の行事の費用を負担することにより、参加した役員又は使用人が受けた経済的利益(参加に代えて金銭を支給する場合等を除く)は課税しなくて良いと確認されています。

本題のポイントは、企業側での取り扱いより、当該経費がその利益を享受する側においてどのように取り扱われるかです。例えば、毎年人材採用を行う企業が、新入社員に対し入社後一律に行う新入社員研修は、紛れもなく研修費又は福利厚生費になるものと判断します。また、中小企業にみられるように、数年に一度、新たに新卒等の従業員を採用したケースにおいても、入社後、まわりの従業員と比べ職業倫理やモラルの劣る部分を解消すべく業務として受講させる研修等については、明らかに企業の社内教育の一環であり、研修等を受講する従業員に所得税の負担云々の議論は生じないものと判断します。

他方、同じく新卒の従業員に研修させる場合であっても、例えば内定の段階で、入社までに広く知識や技術を習得するよう働きかけ、その費用を実際入社した従業員に限り入社後支給するような場合においては、労働の対価性があり、非課税とされる使用人等に対し技術の習得をさせるために支出する金品(所得税基本通達9?15)にはそぐわないものと判断します。

一身専属的技能の習得であっても、医療機関において一律に看護師資格を取得させるための授業料負担(特定の成果を挙げた者に限らないもの)や海外赴任が決まった役員又は使用人に対し、赴任先の外国語を取得させるために支出する授業料は、原則として非課税と解されています。研修費用が、図書研修費や福利厚生費とされず、給与や賞与とされる場合は、所得税の源泉徴収の必要が生じるので注意です。

例題の社員研修旅行は、親睦や労働意欲改善を目的にしたレクリエーションというよりは、企業のアイデンティティーたる人間として、営業社員として、顧客満足のあり方を教えるなかば強制力のある研修(業務)である思われます。よって、職務に直接必要な技術若しくは知識の習得をさせるために支給する金品と判断でき、図書研修費として使用人において課税されないものと解します。

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SRネット愛知 会長 田中 洋  /  本文執筆者 弁護士 橋本 修三、社会保険労務士 高江 剛和、税理士 川崎 隆也



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