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第111回 (平成23年4月号)

賃金の非常時支払い…地方税滞納の差押え…
「今度は振込名義を妻にしろだとぉ」

SRネット高知(会長:結城 茂久)

相談内容

「労働基準法には、賃金の前借制度があるなんて知らなかったよ、俺も勤めていた頃に利用すればよかったなぁ」S社長が車を修理しながら、古株の社員に話しかけています。「しかし、そんなに都合がよい法律があるのですかねぇ、社長はHにだまされているのですよ」と社員が応答しました。

M社のH社員は、入社12年目36歳の営業担当です。人当たりがよく、アフターサービスにも力を発揮し、ちょっとした修理なら自分でやってしまうH社員は、M社における№1営業マンです。S社長も何でもできるH社員を可愛がっていて、これまでも多少の無理は聞いてやっていました。3日前にH社員が、借金を早く返したいのでと賃金を前借に来たときも、小言はいわず10万円を渡しました。抜け目のないH社員は「社長、みんなが前借にきたら大変ですので、これは労働基準法の賃金非常時支払、ということにしておいてください」と他の社員への影響を心配する素振りもみせていました。

それから一週間後、○市の税務課から文書が届きました。その内容は、H社員が2年前から地方税を滞納しているので、会社で差押え納付して欲しいという依頼でした。H社員を呼んで事情を聞いても「会社が特別徴収してくれないので、ついつい貯めてしまって…」といかにも会社のせいだというような言い訳をする始末です。それでも、仕事についてはきちんと成果を出していますので、S社長は、それ以上の追及はしませんでした。

ある日のこと、H社員が神妙な顔つきでS社長に相談を持ちかけました。「いろいろと事情がありまして、実は今月の給与から振込先を妻名義の口座にお願いしたいのですが…」S社長は唖然として、怒鳴るのも忘れてしまいました。

相談事業所 組合員企業M社の概要

創業
昭和51年

社員数
5名 パートタイマー 2名

業種
5名 パートタイマー 2名

経営者像

M車は外国車を中心とした中古車販売と車両の整備を行っています。長年、地元に密着したサービスを提供しているため、不景気の波をなんとか乗り切ってきました。S社長は、2代目で45歳、社員たちと油にまみれて第一線で仕事をしています。


トラブル発生の背景

お金にルーズな人は、なかなか立ち直れないようです。仕事はできるが、お金にだらしない、このようなタイプの人を会社はどのように管理すればよいのでしょうか。
「会社のお金に手をつけていないか?」S社長が疑心暗鬼になるような出来事が立て続けに起こってしまいました。

経営者の反応

「Hのことをどうするかなぁ…仕事はできるのだが、これからもあの調子じゃ何が起きるかわからないしなぁ…」S社長が、会社の金庫番である妻に話しかけています。「お客さんから勝手にお金をもらっているかもしれないわよ、集金できなかった、というお客が何人かいるけど、調べたほうがよいかしら…」妻も次第に不安になってきました。

「だいたい、いくら事情があるからといって、自分の賃金を身内の口座に振り込んでもよいのかなぁ、Hがいうには、自分が依頼しているのだから問題ない、といっていたが…」

「そのうち、差押えがわんさかくるんじゃないの、そうなる前に、H君には辞めてもらった方がよくないかしら、面倒に巻き込まれるのはイヤよ」という妻に、多少の冷たさを感じながらも、S社長も同感でした。

それでも、何とかならないものか、と考え込んだ結果、S社長は相談できる先を探すべく、パソコンのスイッチを入れました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:参田  敦)

多重債務者の場合、お金に困っているわけですからS社長の奥さんが言うようにお客さんからお金を勝手にもらっているのでは、という心配が生じるのは当然のことです。

仮に横領などの不正の事実があれば、会社の存続を危うくするので、会社は不正行為がないかどうかを調査することができます。最高裁判例は、使用者は企業の存立・運営に不可欠な企業秩序を定立し維持する当然の権限を有し、労働者は労働契約の締結によって、当然にこの企業秩序の遵守義務を負うとしています。これは労働契約の本質に根ざす当然の権限および義務とされているのです。しかし、逆にこの本質からすれば労働者は企業および労働契約の目的上必要、かつ合理的な限りでのみ企業秩序に服するのであって、企業の一般的な支配に服するものではないことになります。

そこで本件の場合ですが、不正行為の有無については企業秩序を維持するのに必要不可欠ですから調査できますが、負債の状況を調査することはプライバシーに属することであって、企業秩序の維持とは基本的には無関係なのでできないことになると思われます。また、多重債務者の場合は、会社に催促の電話がかかってくることが考えられます。このような場合、会社は通常の応対をすれば良いのですが、ときによっては「業務に支障を来すので、そのような電話はやめて頂きたい」などと毅然とした対応をすることも必要です。

さらに給料の差押えがくることが考えられますが、これについては拒否することができません。裁判所の命令にしたがって給料債権の一部を債権者が指定する方法で支払うようにして下さい。

さて、このような多重債務者を解雇できるかどうかですが、残念ながら解雇はできません。H社員が破産手続をとった場合でも同様です。多額の借金があるとか、破産の申立をするという事情は会社外の問題であって、それらによって会社の業務に影響が生じることは通常考えられないからです。

しかし、会社にとって、このような社員がお金を扱かう部署にいるのは不安ですよね。そのような場合は、一般的には配置転換が許容されることもあります。H社員は営業に優れているということですから、配置転換は会社にとってもマイナスになると思われます。よって、集金はさせないなど、お金を直接扱わないように徹底すれば良いのではないかと思います。

また、H社員が多重債務のために仕事に身が入らない状態になるようであれば、上司が早めに注意することが必要です。さらに職場の上司や同僚が連帯保証人になっていたり、お金を貸していたりするケースもままあり、このような事態になると職場の人間関係が壊れてしまうこともありますので、このようなやりとりは厳に慎むよう指導すべきでしょう。  

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:秋山 直也)

まず賃金の非常時支払いについてですが、S社長が誤った認識をしていますので、正しく理解する必要があります。労基法第25条により、非常時の賃金の支払いが義務付けられていますが、これは労働者が次の事由に該当する場合に限られています。

? 労働者の収入によって生計を維持する者の出産、疾病、災害
? 労働者またはその収入によって生計を維持する者の結婚、死亡
? 労働者またはその収入によって生計を維持する者が、やむを得ない事由により1週間にわたって帰郷する場合
以上の事由により賃金を請求する場合においては、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を払わなければならないとされています。

いいかえれば、それ以外の事由であれば賃金を支払期日までに支払う必要はありません。

今回H社員が借金の返済のために、ということで賃金の前借りをしましたが、賃金の非常時払いに該当するものではありませんので、S社長は支払う必要はありませんでした。また「既往の労働に対する賃金」とは、既に行った労働に対する賃金を支払うもので、これから行う予定の労働に対する賃金を前払いする義務があるわけではありません。

中小企業においては、現実として、従業員から賃金の前借りをお願いされ、ついつい情義により、賃金を前払いするケースが少なくないでしょう。しかし、前払いをした場合、その従業員の退職により回収ができなくなってしまう可能性があることや、賃金前払いの場合は、後の賃金と相殺することは労基法上認められないため、回収が困難となるといったリスクが発生することを知っておく必要があります。そのため、前借りの要請があった場合には、従業員からよく事情を聞き、前借りが必要な理由やその金額、さらには消費者金融からの借り入れの有無などを把握し、リスクを覚悟の上で前借りに応じるのであれば、借用証を取り交わし、会社として安易に前借りに応じない姿勢が望ましいでしょう。

次に、賃金使者払いの留意点らついてご説明します。

労基法24条第1項により、賃金の直接払いの原則が定められています。これは仲介人等が間に入ることによって、労働者に対する賃金が不当に搾取されたり、未成年者が親から賃金を横取りされたりすることを防止するために設けられた規定です。そのため、親権者等の法定代理人や労働者の委任を受けた任意代理人、または労働者が賃金債権を譲渡した場合であっても、労働者以外の人に賃金を支払うことは違法になります。 本件では、H社員から、給与の振込先を妻名義の口座へと変更を要請されましたが、いくら本人からの要請であったとしても、本人以外の口座に賃金を振り込むことに応じることはできません。会社としては、断固として断ることが必要です。ただし、この直接払いの例外として、労働者が病気などで賃金を直接受け取ることができないような場合に、配偶者に支払うことは問題ないとされています。この場合、配偶者は労働者の代理人ではなく「使者」と考えられるためです。ただし、これは稀な事例だと思いますので、賃金は本人に直接払うという原則を理解しておいてください。

本件で相談となったH社員は、会社では№1の営業マンと非常に仕事が良くできる社員ですが、残念ながらお金にはルーズな社員のようです。ここ数年同じようにお金に関する相談が増えていますが、中でも多重債務の問題は深刻です。そもそも、消費者金融の利用者は日本人の10人に1人に当たる約1300万人が利用しており、そのうちの約200万人超が返済不能に陥っている多重債務者であるといわれています。このような事態では、会社を経営するにあたり、避けては通れない問題だといっても過言ではないでしょう。

H社員のようにお金にだらしないということは、あくまでも個人の問題であり、きちんと勤務している限りはプライベートな問題なので会社として立ち入ることはできません。しかし、今回のように地方税の差し押さえが来たということは、今後大きなトラブルに発展する可能性があります。そのため会社としても本人から事情を聞き、相談に乗るなどの対応が必要になるでしょう。

これまでの多重債務というと、夜逃げや一家離散といった悲惨なイメージがありましたが、現在はグレーゾーン金利の見直しによって、多重債務は解決可能な問題となっています。特に返済が長期間にわたっていた場合などは、利息制限法の範囲内の利息で再計算してみると、既に完済であったとか、また場合によっては利息を払い過ぎていて、過払いの利息分が戻ってくるといった事例もあります。このH社員が多重債務に陥っているかどうかは現時点では分かりませんが、もしそうだとすると公的な機関である「消費者生活相談センター」や「法テラス」、「多重債務整理相談ホットライン」への相談や、弁護士・司法書士といった専門家に相談することをお勧めするとよいでしょう。

多重債務の問題は、経済的な困窮や本人の浪費癖といった理由もあれば、保証人についての知識の欠如、家族関係の不和など多様な要因が絡んでいて、多重債務に陥る危険性は誰もが秘めた身近な問題です。しかし、問題を抱えたときに誰にも相談することができず、結果的に問題がより大きくなってしまうケースがよくみられます。会社が社員から給料の前借りを要請されるという早い段階から、社員が多重債務に陥る危険性を感じ取り、その社員から事情を聞くなどして相談窓口への誘導を促すことができれば、社員の生活を早く再建することにつながります。また多重債務に陥らないような対策として、資料を配布するなどして事前に注意を喚起することも有効な予防策だといえます。

いずれにせよ多重債務者を抱えると、その社員が返済金の工面のことで仕事に集中できず、ミスやトラブルが多くなり、大きな事故につながる可能性があることなど、さまざまなリスクを抱えることになります。そうならないように早目の対応を心がけましょう。

 

(職務・賃金の再設計)
第○条 満60歳に達した社員は、身体的条件や心理的ニーズに合うように作業の方法、職務の内容、作業環境など諸条件を見直し、人に仕事を合わせる職務の再設計を行う。
2. 賃金体系は、仕事の役割・貢献度を基軸とした職務給を採用し、在職老齢年金、高年齢雇用継続基本給付金を有効活用する。

 

 

定年後の再雇用は、新たな労働契約の締結として、その内容につき双方の合意を要することから、強引な労働条件の変更にならないように、十分に社員と話合い、雇用契約を締結することが必要でしょう。なお、合意に関する採用の自由は、使用者に留保されており(雇用人員と経営のリスク責任)、合意が強制されるものではありません。

税理士からのアドバイス(執筆:山田 稔幸)

本件について、営業社員の不正防止対策、領収書発行の際のチェック機能、その他本件に関する税務上の留意事項についてご説明いたします。

営業社員の不正防止対策
本件は営業社員が『お客様から勝手に集金を行っているのではないか?』『集金をできなかったというお客様がいるが本当か?』という不安が発生しています。

お客様からの要請により売上を現金で受け取らざるを得ない場合、業種によって現金売上の割合が多い小売店、飲食店以外の場合には、営業社員による集金の不正防止の観点からだけではなく、現金管理の上でも振込により銀行口座を通した代金回収が望ましい方法です。また、営業社員が集金できなかったという場合にも、営業担当者以外が連絡を取る、一度お客様を訪問し催促を行う、などその営業社員以外によるチェックが実施できる体制を作ることが重要です。

社員の不正を防止する上で重要なことは、
?社長及び上長自らが社員不正の問題に関心を払い、不正に対しては断固とした姿勢を打ち出すこと。
?社内に報告、チェック、相互牽制のチェックシステムを構築すること。
?体質的に沈滞した雰囲気の職場は不正を生む温床となるので、そのようにならない職場作りに勤めること。
が挙げられます。

また、チェックシステムの体制を構築することは、会社のためだけではなく、従業員にとっても職場が働き易い環境になるともいえます。

やむを得ず現金で集金する場合の注意点
やむを得ず売上を現金で集金する場合には、会社の領収の仕組み作りが大事になってきます。お客様が支払う準備があるにもかかわらず、担当者が領収書を持っていないとの理由で代金を受け取らないことは、非効率かつ不要なトラブルに発展する可能性があります。しかし、担当者に領収書綴りを持たせておくことだけでは、不正防止の点からは望ましいとはいえません。

領収書は、会社が印刷会社等へ注文した特注領収書を使用できれば一番望ましいのですが、中小企業の場合には市販の領収書に会社のゴム印等を押して使用されることも多いかと思います。この場合にも複写式のものを使用する。領収書にナンバリングを付し順番通りに使用する。書き損じたものについても廃棄しない等のルールを設定し1週間又は10日間ごとなど期間を決めて担当者のものを第三者がチェックすることが大事です。領収書は金銭等の最も基礎的な原始証憑です。不正防止のチェックのみならず税務調査の際にもチェックされる項目といえるでしょう。

住民税の特別徴収制度について
中小企業の中には、事務手続き作業が煩わしなどの理由で住民税を特別徴収されていない会社も見受けられます。

しかし、地方税法では、所得税を源泉徴収している事業者(給与支払者)は、従業員の個人住民税を特別徴収しなければならないこととなっています。(地方税法第321条の4及び各市町村の条例の規定)

本件のように会社が特別徴収をしてくれない、などと会社に責任転嫁をする従業員が現れる可能性もありますので、なるべく特別徴収を実施するように努めてください。

住民税の滞納処分及びその徴収の猶予
『市町村の徴税吏員は、滞納者が催促を受け、その催促状を発した日から起算して10日を経過した日までにその催促に係る市町村民税に係る地方団体の徴収金を完納しないときは滞納者の財産を差押えなければならない。』(地方税法331条1項)とあり、催促状を発した日から10日以内に税金を納付しない場合には財産は差押えられると規定されています。この場合にも滞納者本人に対して、事前の連絡や同意が必要がないものとされています。現実の執行上は、直ぐに差押えが実施されるわけではなく、催告書の送付、電話・訪問による納付の奨励の後に実施されることが多いようですが、法律上は催促状を発送してから10日経過すれば財産を差し押えることが可能となっています。

『地方団体の長は、一定の場合にはその者の申請に基づきその徴収を猶予することができる。』(地方税法15条)と規定されていますので、どうしても支払が困難である状態となった場合には、早めに住んでいる市町村にご相談されることをお勧めします。住民税の徴収の猶予は納税者の申請がない限りは実施されません。

住民税を法律に定められた納期限までに納められない場合には、納期限後の日数に応じて延滞金がつきます。延滞金は納期限の翌日から納付の日まで年14.6%(ただし、最初の1ヶ月は年7.3%)の利率で計算されます。

なお、7.3%の割合の部分は、当分の間、前年の11月30日を経過するときの基準割引率および基準貸付利率に4%を加えた割合が年7.3%に満たない場合には、その年内はその割合(この割合に0.1%未満の端数があるときは、これを切り捨てます。)を適用します。平成23年2月28日現在では、年4.3%となっています。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット高知 会長 結城 茂久  /  本文執筆者 弁護士 参田  敦、社会保険労務士 秋山 直也、税理士 山田 稔幸



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