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第11回 (平成15年1月号)

契約社員を契約期間中途で解雇!
契約残期間の賃金は?

SRアップ21栃木(会長:石下 正)

相談内容

E社は、どちらかというとN社長のワンマン経営の会社です。 E社では、正社員と契約社員の雇用形態があり、保有能力や経歴、年齢を考慮して採用を行っています。
E社の実態を見てみますと、正社員も契約社員もさほど業務内容に違いはありません。
大きな違いは、正社員は月給制で退職金有、契約社員は年契約・年俸制で退職金なし、といったところです。
契約社員の場合は、年俸を16分の1したものを月給とし、残りを2回の賞与として支給しています。ほとんどの契約社員は契約更新を繰り返しており、8年間勤続している契約社員もいます。

N社長は、6ヶ月前に雇用した契約社員のSの仕事振りがずっと気になっていました。Sの経歴は輝かしいのですが、何かにつけてマイペースの業務遂行で協調性がなく、部門内で孤立しているようでした。Sにしてみれば、「E社でいくら頑張っても正社員にはなれない」と思っているようです。
N社長は、何度もSの部門長に指導するように言っていましたが、Sの態度は改善の兆しをみせません。ついに痺れを切らしたN社長は、Sに1ヵ月後の日を指定した解雇を言い渡しました。
Sは、「解雇は甘んじてお受けしましょう。ただし、残りの年俸はすべて支払ってもらいます。E社が契約違反だから当然です。支払わなければ、不当解雇の問題も含めて徹底的に争いますよ。」と言い放ちました。

相談事業所 E社の概要

創業
昭和63年

社員数
122名(パートタイマー 3名)

業種
業務用ソフトウエアの開発、特定労働者派遣事業

経営者像

59歳、株式店頭公開を目指す野心家、総務部関連業務については、細かい指示を出すタイプ


トラブル発生の背景

急激に業績を伸ばしてきた会社にありがちな、「契約社員」の労務管理の甘さが浮き彫りになったケースといえます。
「契約社員ならば、企業本位の雇用」が達成できると安易に考え、本質的な契約社員とは何か、を正しく理解し、その能力を活用していないことがトラブル発生の一因といえるでしょう。
これまで反復継続して雇用される契約社員の処遇について、なんらの危機管理もなく、契約社員たちの不平・不満についても気にしていなかったようです。 「正社員ではないから簡単に解雇できるし、契約社員も長期雇用は希望していない」と思っていたのは、N社長だけだったのかもしれません。

経営者の反応

思ってもいなかった契約社員Sの言葉にN社長は動転してしまいました。 「なぜ、契約社員の年俸を保証しなければならないのだ。Sの勤務態度からして、1ヶ月前の解雇予告で十分だろう」とSの部門長に食ってかかる始末です。
やはりN社長は契約社員を「会社にとって都合よく使えるフロー型人材」と簡単に考えていたようです。 慌てたのは他の役員や管理職です。
「契約社員に労働組合でも作られたら大変だ」とE社の顧問税理士に相談に行きました。 幸いにも、E社の顧問税理士がSRネットの一員であったことから、仲間の力を借りて、この問題の解決と今後の指導にあたることになりました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:)

E社の場合、契約社員であるSと「期間の定めのある労働契約」(労働基準法第14条)を結んでいることになります。この場合、契約期間中途での解約に関しては、民法第628条において規定されており、社会保険労務士の説明の通りです。
この場合、E社とその契約社員双方の契約期間中途での解約は、原則として許されません。やむを得ない理由があるときは許されますが、一方的不注意によって生じたときは、契約解除した方は相手方に損害賠償義務を負うことになります。
E社としては、S氏を解雇するためには、S氏の勤務態度が解雇するにやむを得ない程度に至っていることが必要です。 一般には、労働基準法第20条[解雇の予告]第1項但書の「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」「労働者の責めに帰すべき事由」と表現されています。

E社のケースでは、S氏の解雇はやむをえない事由とは言えず、解雇を言い渡したE社側が契約違反であるとして、損害賠償の対象になり得るということになります。
ところで、E社の場合、正社員と契約社員の雇用形態があり、業務内容に違いはなく、さらに、ほとんどの契約社員が契約更新を繰り返しているときは、労働契約の期間満了により文字通り満了による退職とならない可能性が高いものと予測されます。 期間の定めのある契約を繰り返し更新し、また黙示の更新などを継続し、その結果として長期の雇用関係を続けたとき、契約の更新をせずに雇い止めとすることが、契約の期間の満了ととらえることが妥当ではなく、解雇とみなされる場合があるのです。

有期契約の更新拒否に関する判例として、東芝柳町工場事件(昭和49年判決)と日立メディコ事件(昭和61年判決)があります。 前者において最高裁は、「あたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたもの」で、「実質において解雇の意思表示にあたる」としています。
一方、後者においては、契約更新時に会社側が本人の意思を確認していたことなどから、労働契約の更新は、期間満了の都度新たな契約を締結する旨合意することによってなされてきたと認定し、「期間の定めのない労働契約が存在する場合と実質的に異ならない関係が生じたということもできない」と判示し、解雇を有効としました。 この2つの判例は、「期間の定めのない契約と実質的に異ならない」という、やや曖昧な基準によって判断が分かれていますが、近年の傾向としては、契約社員の雇い止めは無効とされるものが多い傾向にあります。

またSは、年俸制の契約社員ですが、年俸制とは、労働者の1年間の賃金を、その業績や能力によって決定するものです。そのため、業績や能力によっては、契約更新の際、その額が変動する可能性があり、場合によっては、減額されることもあります。 ただし、年俸といっても、支払いは労働基準法第24条第1項の原則のとおり、毎月支払わなければなりません。
そして、1年間の賃金を中途で減額することもできません。 当初の賃金を減額したり、正当な理由のない期間中途での解約は、原則として本来支払われるべきであった賃金を上限として、損害賠償しなければならないと考えられているのです。

今後、契約社員との諸問題を避けるためにも、労働契約締結の際には、最低でも次のことを明確にする必要がありますので忠告しておきます。

 

(1)契約期間
(2)職種、業務内容
(3)賃金、賞与 年俸の額と支払い方を記入します。賞与が支払われる場合はその旨明示する。
(4)解約(退職・解雇) 退職となるのはどのような場合か、労働者側はいつまでに申し出ればよいか。解雇するのはどのような場合か。退職、解雇の場合、残りの期間の賃金をどうするか明示する。

 

契約社員制度は現在、多くの企業で採用されています。
最近では、ホワイトカラーと呼ばれる職種で特に増加傾向がみられるようです。
その特徴として、
 (1) 期間の定めがある
 (2) 特定の仕事だけを担当する
 (3) 即戦力となる専門的な知識・技能を求められる
ということがあげられます。

契約社員と言っても、正社員と同じような仕事をしながら、景気変動に伴う雇用量の調整や人件費の抑制といった使用者の一方的な判断で契約の更新が拒否されることもあり、不安定な立場であることが多いと聞きます。 E社のN社長は、契約社員の能力や正社員との均衡を考慮した賃金決定方法など、契約社員が安心して能力を発揮できる職場環境を作ることが必要なのではないでしょうか。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:)

E社では、正社員と契約社員の雇用形態があり、6ヶ月前に雇用されたSは「契約社員」=「期間の定めのある労働契約」となります。
勤務態度の改善がみられないSに契約期間中途で解雇を言い渡したN社長ですが、果たして労働契約期間中の解雇はできるのかどうか、を考えてみます。
一般的に、「契約」は尊重されなければなりませんから、契約した以上一方的に契約を解除したり、取り消したりすることはできないと考えられます。つまり、労働契約の期間を定めた場合、原則として、その期間中は、解雇できず、退職することもできないということです。

原則論となりますが、1年という労働契約をしたら、契約期間である1年間は、労働者は勤務する義務があり、退職できず、使用者は雇用する義務があり雇い続けなければならないということです。 ただし、どのような場合でも解雇または退職できないということは、雇用関係の実情にそぐわないため、民法において一定の場合の契約の解除を定めています。

民法第628条 (已むを得ない事由による解除)
当事者カ雇傭ノ期間ヲ定メタルトキト雖モ已ムコトヲ得サル事由アルトキハ各当事者ハ直チニ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得但其事由カ当事者ノ一方ノ過失ニ因リテ生シタルトキハ相手方ニ対シテ損害賠償ノ責ニ任ス
民法第631条 (使用者の破産)
使用者カ破産ノ宣告ヲ受ケタルトキハ雇傭ニ期間ノ定アルトキト雖モ労務者又ハ破産管財人ハ第六百二十七条ノ規定ニ依リテ解約ノ申入ヲ為スコトヲ得此場合ニ於テハ各当事者ハ相手方ニ対シ解約ニ因リテ生シタル損害ヲ請求スルコトヲ得ス
民法第541条 (履行遅滞による解除権)
当事者ノ一方カ其責務ヲ履行セサルトキハ相手方ハ相当ノ期間ヲ定メテ其履行ヲ催告シ若シ其期間内ニ履行ナキトキハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
「已ムコトヲ得サル事由」であるか否かは、社会の一般通念によりますが、即時解雇についての特別法である労基法第20条の
(1)天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合
(2)労働者の責に帰すべき事由による場合 に該当するかどうか、
で判断することとなります。

 

次に、労働者の責めに帰すべき事由による場合を検討してみましょう。
これは通常の解雇事由より重く判断され、懲戒解雇事由に該当するような重大または悪質な義務違反があった場合をいいます。
労働者の義務としては、
 (1)労働の義務
 (2)服務義務
 (3) 職場の維持義務
 (4)協力義務
 (5)守秘義務
などがあります。

本件の場合、契約社員Sの何かにつけてマイペースの業務の遂行、協調性がなく部門内で孤立しているような仕事振りという実態は、「やむを得ない事由」「責務遅滞」と言えるほど重大でかつ解雇すべき合理的理由ではないようです。
すなわち、この解雇は、「やむを得ない事由」には該当しない可能性が非常に高く、
 (1)契約違反として解雇は無効とされる
 (2)損害賠償請求の対象になり得る
といった危険性が考えられます。

なお、悪質とは言えないまでも改善の兆しのない契約社員Sの勤務態度にも問題がありますので、Sの主張するような残りの年俸すべてを支払う事態だけは避けられそうですが、この件は弁護士とも相談しましょう。

このようなことを認識した上で、何とかSとの話し合いに持ち込んで、この問題が他の社員に飛び火することなく、円満に解決するようにしなければなりません。 解雇の代償は支払わなければならないことをN社長には十分に説明しておきました。

さて、契約違反としての損害賠償の問題は労働者側にも言えることです。 「労働期間の契約をする」ということは、労使にとって相当の覚悟が必要であることを再認識すべきだと思います。
使用者は、契約社員の能力を十分活用するためにも、適正処遇と契約書の整備に努めなければなりません。

 

E社では、正社員と契約社員の雇用形態があるわけですが、労働契約を取り交わす場合の注意事項を申し上げておきます。

(1) 正社員と契約社員との処遇の相違があるならば、その違いを明文化する
(2) 正社員の就業規則を準用するならば、どこが適用され、あるいは適用されないのか、ということを明確にしておく。
(3) できれば、契約社員のための特別の就業規則を作成しておく。

 

また、E社では、正社員や契約社員の就業実態にさほど違いがなく、ほとんどの契約社員が契約更新を繰り返しているという点から、判例上の解釈も説明しておきましょう。

(1) 相当回数反復更新されると期間の定めのない労働契約に転化する。
(2) 雇用期間満了後も引き続き労働者が働いていることに事業主が何ら異議を述べない時は’黙示の更新’となり以後は期間の定めのない労働契約として取り扱われる。

上記(1)ないし(2)に該当する場合には、更新の拒否、つまり「雇止め」という別の問題を引き起こすことにもなります。契約社員を「会社にとって都合よく使えるフォロー型人材」と安易に採用していたN社長の雇用管理上の完全なミスです。
労働市場の規制緩和により、雇用流動化時代といえるこのような時代こそ、多様な能力を持つ労働者を有効かつ最大限に活用するためのルールと手法を確立しなければなりません。 そして、自社の労務管理を徹底した上で、会社の「権限と義務」、労働者の「権利と義務」の範囲を相互に理解し合いながら、コミュニケーション豊かな職場づくりに努力することが必要だと思います。

利益の源泉である会社の活性化は、労働者の利益を生み出すこととなります。 「責務の履行」と「権利の主張」がぶつかり合う状態から離れ、利益という同じ目標実現のための同志という古くさい関係が、これからの新しい時代に求められているのではないかと考えます。

税理士からのアドバイス(執筆:)

労働契約にて年俸を保証した場合の税務処理について解説します。

法人の役員または、使用人の行った行為により他人に損害を与え、法人がその損害賠償金を支出した場合には、その損害賠償金の対象となった行為等が、法人の業務遂行に関連して生じたものかどうか、その行為を行った役員または使用人に故意または重過失があったかどうか等により、税務上の経費として取り扱うこととしています。

本件のN社長の行為は、業務遂行に関連して生じたものですから、故意又は重過失があったとまでは言い切れず、E社の決算上はかかる費用を経費として計上することができます。

しかし、N社長が目に余るワンマン経営者で、契約社員Sの解雇に個人的感情が入りすぎると、業務遂行逸脱で会社に損害を与えたことになり、Sに支払った金額はN社長に対する債権となり、会社の費用とすることができなくなる恐れもあります。

次に、契約社員Sが残額の年俸をすべて受け取った場合の税務上の問題について説明します。
税務上、Sが受け取った残りの年俸(所得)は、次のように考えられます。
(1) 退職により雇用主から一時に支給されたものであり、退職所得である
(2) 損害賠償金として受領したものであり、非課税所得である
(3) 損害賠償金として受領したものであり、一時所得になる

退職所得とは、「退職手当等で退職したことに起因して一時に支給されることとなった性質を有する所得」といいます。 非課税所得とされる損害賠償金は「心身または、資産に加えられた損害につき支払いを受ける相当の見舞金」といいます。
一時所得とは「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他役務または、資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」といいます。
本件では、契約社員Sが残額の年俸をすべて受け取るとなると、退職したことに起因して一時に支給されたものでもなく、また心身に加えられた損害も認められないことから、これは損害賠償金と解されます。 単にE社の契約違反のために受け取ったもので、継続的なものでもなく、もちろん労務の対価でもないので、一時所得になると考えらます。

ここで、E社のように契約社員を多用する会社の人件費に関するアドバイスをしておきましょう。
労働契約とは、労働者の労務提供と使用者の報酬支払いをその基本内容とする双務有償契約であり、契約期間が短い契約社員であっても、当然に使用者との雇用契約でその関係が成立していることになります。
したがって、就業規則等で互いの義務をきちんと定めることは言うまでもなく、紛争を避けるためには労務提供に見合う報酬についての合意が必要であることは言うまでもありません。

企業会計では企業活動の成果(収益)と努力(費用)を対応させた差引計算をする、いわゆる費用収益対応の原則で処理され、税務上も概ね同原則が妥当とすると解されています。 なお、一般的な人件費は、「販売費および一般管理費」の勘定に属し、収益に対して間接的な対応関係にあると考えられていますが、本件のような契約社員を多用する会社にあっては、収益に対して直接的かつ因果的な対応関係と考えなければならないと思います。
本来、契約社員と会社との関係は、よりシビアなものと位置付けられ、その給与体系は会社に対する貢献度を従来にも増して十分に加味するものでなければなりません。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRアップ21栃木 会長 石下 正  /  本文執筆者 弁護士 、社会保険労務士 、税理士 



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