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第107回 (平成22年12月号)

仮眠時間があると残業ではなく、次の日の勤務の開始!
「そんなものですか…」

SRネット東京(会長:藤見 義彦)

相談内容

Y社にはさまざまな勤務シフトがあり、そのうち夕方から翌日の朝(夜6時から朝9時、深夜12時から3時間は仮眠時間)までの緊急コールセンター勤務には、アルバイト3名が交替で当たっています。このシフトの日給は15、000円と高いのですが、最近入社したばかりのアルバイトのSが「普通の日給が10、000円だから、残業4時間としても15、000円じゃ少ないと思います…」とA社長に質問してきました。A社長は、「仮眠時間があるから、6時から12時までが今日の勤務、3時から朝の9時までは次の日の勤務という内訳だから、残業という考え方はないのだよ」とSに優しく説明しました。「そんなものですか…」とSは半信半疑でしたが、その場の話はそれで終わりました。

数日後、日勤のシフトを終了したSにA社長から指示がありました。「今日の夜は待機担当だ。緊急事態に備えてこの携帯を持っておくように、待機手当は2、000円だよ、今日は酒を我慢して万が一に備えてくれ、もしも出動した場合には日給を支払うからね」指示をうけたSは「それは拘束ではないですか?何もしないで家にいろ、と言われるのですか?それで2、000円でしたら結構ですよ、他の人に回して下さい」と言い返しました。ついにA社長は切れてしまい「前から屁理屈ばかり言いやがって、そこまで言うなら辞めてくれ、他の者はみな協力しているのに、君のような考えの持ち主がいると職場の和が乱れる…指示命令違反は解雇事由になっているから訴えても無理だよ」と言い捨てると、他のアルバイトの方へ歩き出しました。残されたSは唖然としながらも、だんだんムカついてきました。「今に見ていろ…」とA社長をにらみつけながら、会社を後にしました。

相談事業所 Y社の概要

創業
平成10年

社員数
3名 アルバイト 11名

業種
駐車場管理請負

経営者像

55歳のA社長は自ら徹夜勤務を行うようなエネルギッシュな経営者です。仕事のためなら、多少の無理は仕方ないと、社員たちにも根性論を説き、「稼ぎたいヤツは稼げ!」をモチベーションの源とした労務管理を行っています。Y社は、資本関係はありせんが、大手管理会社の専属下請会社です。


トラブル発生の背景

Y社では、採用時に労働条件をよく説明していないようです。おそらく書面の交付もしていないのでしょう。変則的なシフトや変形労働時間制については、事前の説明と労働者の納得が必要です。

「稼ぎたいヤツは稼げ!」を労働時間ではなく、別の評価に移行する必要があるY社です。従業員の毎月の残業時間は、平均50?60時間でした。

経営者の反応

「まったくふざけたヤツだ、この時代にアルバイトで30万円近くも稼げる仕事なんてあるかよ…」怒りが収まらないA社長は、その日の夜に社員3名を招集して居酒屋で大声を上げていました。ある社員が「しかし社長、この時代だからこそ、法的にもっとしっかりとした根拠をもっておかないと危険じゃないでしょうか、いろいろな人がいますからね、最近はわざとトラブルを起こす人もいるらしいですよ…」と進言すると「確かにそうだな、人から聞いた話しだけでやっているから、本当に正しいのかどうか、そういわれると自信ないなぁ…残業も減らさないと労基がうるさいし、でも仕事がうまく組めるかなぁ」A社長は冷静になりながら、この先どうしようかと考え始めました。別の社員が「どうしたら残業が減るのかをみんなで考えましょう、それで残業分給与を上げてもらえば、結婚できますよ!」と調子に乗ったところで、宴会は終了となりました。

「Sが逆襲してきそうだし、これは早めに手を打ったほうがよさそうだ」
A社長は、帰り道でいろいろと考えを巡らしながら、以前お世話になったSRネットの社労士の顔を思い出しました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:市川 和明)

そもそも、労働基準法上の「1日」というのは、原則として、午前0時から午後12時までのいわゆる暦日ですが、継続勤務が2暦日にわたる場合は、まとめて1つの勤務として扱い、始業時刻の属する日の労働として、「1日」の労働となると解されています(昭63・1・1基発1号)。

さて、本件のように仮眠時間がある場合、果たして継続勤務しているといえるのでしょうか。仮眠時間が労基法上の労働時間であれば、継続勤務していると考えられますので、まずは仮眠時間が労働時間といえるかどうか、が問題となります。

判例は、労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下におかれたものと評価することができるか否かにより客観的に決まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないとしています(三菱重工長崎造船所事件・最判平12・3・9判時1709・122)。

また、仮眠時間が労働時間といえるかについては、仮眠室での待機や警報・電話への対応等が義務付けられている場合、労働からの解放が保障されていないので、単に仮眠時間に実作業に従事していないというだけでは使用者の指揮命令下から離脱しているとはいえず、このような仮眠時間は労基法上の労働時間にあたるとしています(大星ビル管理事件・最判平14・2・28判時1783・150)。

ただし、その後の裁判例では、仮眠時間中に業務対応することが皆無に等しく、仮眠室に警報機が付いていない事案につき、労働から解放されているとして、仮眠時間は労基法上の労働時間ではないとしたものもあります(新生ビルテクノ事件・大阪地判平20・9・17労判976・60)。

本件では、緊急コールセンター勤務にアルバイト3名が交替で当たっているということからすると、仮眠時間中も緊急時の対応を義務づけられていると考えられるので、労働から解放されておらず、労働時間に該当すると思われます。

仮眠時間の賃金に関しては、前述大星ビル管理事件の判例で、仮眠時間の待機業務を昼間の業務とは別の業務として別の賃金を決めることができるとしています。そのため、そのような合意がない限り、普通の日給を基礎として、時間外労働、深夜労働の割増賃金を支払う必要があります。

次に、実働を伴わない「待機」の許容範囲について考えてみましょう。

A社長は、Sに会社支給の携帯電話を持たせて、飲酒も禁止し、夜間の待機を指示しているので、Sに対し、夜間の待機業務を命じているといえます。ただし、実際の出動がなければ、待機手当2000円を支払うだけのようです。Sは日勤シフトを終了したその日の夜に待機業務を命じられているので、時間外労働をすることになりますが、Y社が待機手当2000円で時間外労働を命じることが許されるでしょうか。また、SはA社長の業務命令を拒否できるのでしょうか。

時間外労働を命じることができるのは、いわゆる三六協定を結んでいる場合か、非常災害等による場合であって、就業規則に合理性のある定めがあるときに限られます(日立製作所事件・最判平3・11・28判時1404・35)。

夜間の待機業務であっても、基本的に労働時間に該当するので、時間外労働と深夜労働の割増賃金が必要になってきます。つまり、使用者の指揮監督下にある限り、いわゆる手待ち時間として、就労のために待機している労働時間の扱いを受けるということになります。

しかし、夜間の待機の場合、現実には、実作業時間よりも待機時間の方が長くなってしまい、労働密度が低い状態にあるのが通常です。そこで、週に1回程度の宿直で労働密度の低い断続的な勤務であれば、労基法41条3号の監視又は断続的労働に従事する者として労基署長の許可を受けることにより、労働時間等の規制の適用を免れることができます。この場合、宿直につくことの予定されている同種の労働者の賃金の1人1日平均額の3分の1以上の「相当の手当」の支給が許可の条件とされています(労基法施行規則23条、昭22・9・13発基第17号、昭63・3・14基発第150号)。

自宅での夜間待機の場合(宅直)でも、「宿直」勤務で断続的な業務であるとの実態があり、かつ、労基署長の許可を受けることができれば、「相当の手当」の支給で、夜間待機を命じることは可能ということになろうかと思います。

本件では、三六協定があれば、SはA社長の業務命令を拒否できませんが、宿直に関する労基署長の許可はないようなので、通常の労働時間の扱いとなり、前記の割増賃金を支払う必要があると解されます。そのため、待機手当2000円で夜間待機に応じるよう命じることはできないと考えられます。

なお、最近の裁判例には、勤務医が宿日直勤務及び宅直勤務につき時間外労働等の割増賃金の支払を求めた事案につき、宿日直勤務は割増賃金を支払う対象となる労働時間であるが、宅直勤務は勤務医が自主的に行っていたもので病院の指揮命令下にあったとはいえないとして労働時間とされなかったものがあります(奈良県(医師時間外手当)事件・奈良地判平21・4・22判時2062・152)。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:鶴田 晃一)

弁護士の説明の通り、6時から12時までが今日の勤務、仮眠終了後の3時から9時までは次の日の勤務というわけにはいかないと考えられます。

そのため、時間外割増について、勤務が開始された日の労働として労働時間を計算し、法定労働時間を超えた時間に対しては時間外割増(25%増)が必要となります。さらに午後10時から午前5時までは深夜時間帯になりますので、その時間帯の中で労働時間にあたる部分については深夜割増(25%増)が加算されることに注意しましょう。

また、仮眠時間中についても、突発的な電話などに対応しなければならないのか、また、その頻度などによっても判断が分かれますので、緊急コールセンター勤務の職務内容やルールについて、再考し、今後の対策を講じておかなければならないと思います。

次に待機に関する考え方について、例を挙げて整理してみましょう。

労働者に一定の場所で待機しておくように指示し、労働者がその間に自由に時間を利用することができない状態であれば、労働時間とみなされます。例えば、昼休み中の電話当番などがあります。自由に昼食は取っていますが、電話があれすぐに対応しなければならず、その場を離れることができず、個人の自由に時間を利用できない状態にあたるからです。一方、労働者に待機の指示は出されているものの、労働者が自由に私的な行動をしても良いような拘束である場合で、携帯電話等で労働者に連絡し出勤させる場合は労働時間とはみなされないと判断されます。(もちろん、出勤した時間は労働時間となります。)本件では、A社長が「今日の夜は待機担当だ。緊急事態に備えて携帯を持っておくように。今日は酒を我慢して万が一に備えてくれ」と言っています。また、指示を受けたSさんは「それは拘束ではないですか?何もしないで家にいろ、と言われるのですか?」と答えています。

「酒を我慢して万が一に備えてくれ」と言う表現が「何もせず家にいて」という指示まで含んでいるかは、はっきりしませんが、使用者の指揮命令下にあり労働契約に基づく役務提供の義務があるように感じます。したがって、労働者Sさんが自由に私的な行動をしても良いような労働からの解放が保障されているとはいえず、弁護士の見解の通り、労働時間に該当することになるでしょう

現状分析はここまでとして、今後のY社において、労務管理上必要なことを考えてみます。特に、採用時に労働条件をよく説明していないようですので、まずは労働条件についてきちんと明示・説明することが大切です。

労働条件には、賃金に関する事項、労働契約の期間に関する事項、就業の場所及び従事すべき業務に関する事項、始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇ならびに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項、退職に関する事項などがあります。本件では、就業に関することと、賃金に関することがSさんにきちんと伝わっていなかったと考えらます。また、経営者たる者は、最低でも以下のことを知識として知っておかなければなりません。

1.労働時間となる場合、ならない場合の大まかな基準
2.時間外労働や深夜労働、休日労働の仕組みを知り、きちんと運用に活かす
3.雇入れ時に労働条件を書面により交付し、きちんと説明する。特に変則的な勤務がある場合は、さらに詳しく説明し労働者の方の納得を得ておくことが重要。

A社長がいう『稼ぎたいヤツは稼げ!』については、根性論だけではなく、具体的にどうすれば稼げるのか、という人財像を会社として再度考えてみる必要があります。

現状では、たくさん働くことが『稼ぎたいヤツは稼げ』になっており、これが毎月の残業時間を平均50?60時間とかなり多い状態としているのです。

時間外手当などのコストを考えると、決して効率的な働き方ではないと思われます。

今後は、長時間働いた人が稼ぐという考え方から、残業時間を減らし効率的な働き方をした人が稼ぐ、という考え方に変更する必要があるのではないでしょうか。

この時間短縮対策としては、まず、仕事内容から人員の配置を検討してみることです。夜間の待機担当など、労働時間となる、ならない、が不明瞭な状況をつくらないようにシフトが組めないかどうか、ということです。さらに、労働時間となるものとならないものの棲み分けをきちんと行い、出来るだけ労働時間となるものの中で業務が吸収できるようにしてみましょう。

また、『稼ぎたいヤツは稼げ!』について、何をもって高い業績評価とするのか、会社の考え方や指針・基準等をよく検討してまとめると良いでしょう。この指針・基準等を考える際には、労働時間の増加がコスト増ということを念頭にして検討してみましょう。そして、Y社の考えを従業員によく周知し、それに沿って行動してもらうことが重要です。会社の考えを従業員にきちんと伝え、その上で従業員との情報共有を図ることが、Y社におけるトラブル未然防止になるものと考えます。

税理士からのアドバイス(執筆:山田 稔幸)

本件について、Y社において支給されている待機手当は、出張の際の日当旅費と同じように非課税としての取扱いが可能であるのか、また、類似の手当である日当旅費及び宿日直料について、所得税法上の取扱いをご説明いたします。

(1)待機手当の所得税法上の取扱い
給与所得は、勤務関系に基づいて雇用主から定期的に支払われる給料、賃金等及び臨時に支払われる賞与など金銭で支払われるもの(支払の名目は問いません。)のみではなく、経済的利益(現物給与)についても給与所得に含まれます。Y社の場合の待機手当については実費弁証的な性質を有するものではありませんので、時間外手当に該当するものと考えられます。したがって、給与所得として所得税が課税されます。

(2)日当旅費の取扱い
本件の場合の類似の手当として出張の際に支給される日当旅費があると思います。これについては、旅費は、使用者が給与所得者に対し、その職務遂行上の旅行に必要な費用に充てる部分、つまり実費弁償として支払うものについての所得税は非課税とされています。この場合に実費弁償の範囲内の金品であるかどうかは次の事項を勘案して判断することとされています。

イ、その支給額が、その支給する使用者等の役員及び使用人のすべてを通じて適正なバランスが保たれている基準によって計算されたものであるかどうか。
ロ、その支給額が、その支給をする使用者等と同業種、同規模の他の使用者等が一般的に支給している金額に照らして相当と認められるものであるかどうか。

上記については、会社が規定する出張旅費規程に一定の金額を記載している会社が多いかと思います。

ただし、旅費目的で支給した場合であっても、例えば、従業員に一律に支給されるものや通常必要とする範囲を超えて支給されるものについては、給与所得として所得税が課税されます。(所基通9-3)

(3)宿直料及び日直料の取扱い
本件の場合の類似の手当として、宿直又は日直の際に支給される宿直料又は日直料があります。これについても、所得税基本通達に定められていますので、ご説明いたします。

?非課税とされる宿日直料
使用人が正規の勤務時間外において宿直又は日直を行ったことにより支払を受ける金額については、一種の超過勤務(残業)に対して支給するものであると考えられるので、原則として給与所得として所得税は課税されることになります。

宿日直勤務とは、正規の勤務時間外において、本来の勤務に従事しないで屋舎、設備等の保全、外部との連絡、文書の収受及び舎内の監視を目的とする勤務を一般的にこのように呼んでいます。この宿日直勤務を行うためには、食事代や洗面器具等の追加的費用を要することや、また、実際にも実費弁償的なものとしての支払を行っている例が多いことから、宿日直料として支払われる金額のうち、食事代等の実費に充てるものとして宿日直勤務1回につき4、000円(宿直又は日直の勤務を行うことにより支給される食事がある場合には、4、000円からその食事の価額を控除した残額)までの部分は所得税を課税しないこととされています。(所基通28-1)

?非課税とされない宿日直料
宿日直勤務は、通常の勤務のほかに行なう建物の管理等を目的とした特殊な勤務であることを考慮して、一定額については課税しない取扱いとなっていますので、次のような人の勤務に伴って支払われる宿日直料名の金員については、それが本来の職務を遂行したことに対する報酬であると認められますので、この取扱いは適用されず、支給される金額はすべて給与所得として課税されることになります。(所基通28-1)

イ、休日又は夜間の留守番だけを行うために雇用された人及びその場所に居住し、休日又は夜間の留守番をも含めた勤務を行うものとして雇用された人にその留守番に相当する勤務について支給される宿直料又は日直料
ロ、宿直又は日直の勤務をその人の通常の勤務時間内の勤務として行った人及びこれらの勤務をしたことにより休日休暇が与えられる人に支給される宿直料又は日直料
ハ、宿直又は日直の勤務をする人の通常の給与等の額に比例した金額又はその給与等の額に比例した金額に近似するように、その給与等の額の階級区分等に応じて定められた金額(以下これらの金額を「給与比例額」といいます。)により支給される宿直料又は日直料(その宿直料又は日直料が給与比例額とそれ以外の金額との合計額により支給されるものである場合には、給与比例額の部分に限ります。)

現物給与及び特殊な給与のうち、所得税が非課税とされるものについては、所得税基本通達において細かく規定されています。実費弁償的なものについては非課税とされることが多いのですが、名目上非課税とされる名称を付して支給したとしても、実質での判定となりますので注意が必要となります。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット東京 会長 藤見 義彦  /  本文執筆者 弁護士 市川 和明、社会保険労務士 鶴田 晃一、税理士 山田 稔幸



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